番外編 こちら側の人間
今回は番外編です。
本編の裏側でルゥク視点。
ちょっとギャグ風味なので、十分お気をつけください。
+++++【密かな始まり】+++++
――――僕がケイランと会う二ヶ月前。
処刑場への旅の始まりは僕の意思とは関係なく、突然国から送られてくる書状で決定される。
『命令』
『処刑場への移動を許可する。ただし、出発は決められた地域からとし、指定された日時より、派遣された兵士と共に行動すること』
僕はぼんやりとその手紙を眺める。
任務を終えて、一般の旅人に紛れて宿に居た時にそれは届けられた。
やっと許可が下りたか……今回は間が長かったな。
寝台にゴロリと転がり、あくび混じりに命令書をひとり読み上げる。
両手の平に収まるほどの竹の筒に入った書状は、うんざりするほど目にしたいつもの文面だった。
筒の中には他にも地図やら、今回同行する兵士の履歴書やらが入っているはずだ。
「えっと……どれどれ、今度は何処のドラ息子が……」
『李 佳蘭』
性別:女 年齢:十七
王宮術師兵団 第五部隊所属
特徴:銀髪、小柄、左の頬に術師のアザ有り
「っな……!?」
僕は思わず声をあげて、寝台の上で飛び起きた。
そして、何度も兵士の名前から特徴までを読み返す。
何でケイランが!?
嘘だろ? 何であの子を捨て駒にするんだよ!?
一緒に旅をすること、僕はこの子を最後まで死なせられない。つまり、僕の最期はこの子が看取るのだ。
まさか、ハクロの奴が手を回したのか……?
元将軍の娘をこんな任務にはやらないだろう。
本気で僕を死なせようとしてくれているのか、それとも死ぬのを諦めさせようとしているか。
頭では冷静に分析しているのだが、それとは別に湧き上がるものが胸に去来する。
旅…………ケイランと二人で……?
年頃の女の子だぞ? 何か間違いがあったら…………いやいや、僕がしっかりしてれば何も……いや、でも…………
僕はしばらく寝台の上で正座しながら固まる。
ひとり命令書を握り締めながら、耳まで熱くなっていくのが分かって恥ずかしさで益々動けなくなった。
師匠…………あなたが生きていたら、今の僕を見て指差して笑い転げているだろう…………。
「っはぁ~~~~…………」
僕は複雑な思いで大きくため息をついた。
+++++【お義父さんと一緒】+++++
「ほれ! 俺の酒が呑めんのか、ルゥク!」
「……君、だいぶ酔ってるだろ。酒、弱くなったんじゃない?」
ハクロと呑むのは久し振りだけど、何だか今日は荒れている。さっきまでは世間話で盛り上がっていたのに。
「当たり前だぁっ! この十年、花よ蝶よと育てた娘が……娘が嫁に行ったら…………!!」
「あのねぇ……僕は……」
一応、“嫁にはしないよ”と、言いかけたが…………
「娘が俺の“義母”になるんだぞ!」
「そっちか!!」
……思わず突っ込んでしまった。
いや、確かにハクロは僕が保護者になったこともあるけど、こいつは僕を反面教師にして勝手に育ったようなもので、実質あまり世話はしてないんだよね。
「“孫”みたいな娘に手を出すなんて、この犯罪者~!」
「手なんて出してないよ。あ~……もう、君めんどくさいからお開きにするよ」
「や~だ~! もっと呑むんじゃ~!」
卓にへばりつくようにして駄々をこねているハクロの姿は、絶対にケイランや他の兵士には見せられないものだろう。
かつて『王都の大将軍』とまで言われた彼だが、こうして二人で酒を呑むと絡んできてめんどくさい。
酒呑むと威厳もなにも無くなるなぁ。
特に娘のことだと、これだもんな……。
ハクロには実子がいない。それで余計にケイランのことを溺愛しているのだ。
「ったく……ルゥク。あんたはずっと前は一年に一度くらいしか俺の家に来なかった。なのに、俺がケイランを養女にした途端、月に一度は来るようになったよなぁ?」
「…………それは、がさつな君がちゃんと子育てできてるか、預けた身としては不安だったから……」
「いいや! 面倒見の良いうちの妻もいたんだぞ! そこへケイランがいない隙にこそこそと、みやげに娘の好物の菓子まで持参して来おって…………堂々と娘に会いに来ればいいだろう!?」
「別に会いに行った訳じゃないから。みやげはついでだから」
「素直じゃないのぅ……さっさと“嫁にくれ”と言えばいいものを……」
ケイランが好きな餅菓子。確かにたまに持って行ったけど、会いたいとか下心があった訳じゃない。
「あのね、僕は死刑囚で『影』までしてるんだよ。ケイランに怖い思いや辛い思いをさせるわけには…………」
「大丈夫だ! 父親の俺が言うのもなんだが、うちのケイランはもう立派な大人になっているんだ。それとも、まだあの子を子供扱いするのか、あんたは?」
「いや、だから……」
大人でも辛い思いはするんだけど。
それに、ケイランを子供扱いするつもりは…………うん、そりゃあ、最初に会った時はそんな目で微笑ましく見てたけど……。
そこまで思って、僕はふと、大トカゲを退治して泊めてもらった村を思い出した。
僕が『影』であることを告白したその明け方。
ほとんど眠れなかった僕は、衝立の向こうでケイランが起きた気配がしたので、何事も無かったふうを装いながら衝立を退かした。
まず、目に飛び込んだのは、上半身裸のケイランだった。
どうやら着替えようとしていたらしい。
「……………………………………うん」
衝立をそろそろと戻し、布団の上に正座する。
――――――今……何が起きた…………?
自分が見たものを反芻していく。
普段のケイランは軍服を着ていて露出は首元だけだ。それも、頭を隠すように布を巻いてしまうと、ほぼ肌の見える箇所は無いと言っていい。
それが…………上半身は何も纏っていない。巻き付いている寝間着も腰の部分だけしか隠しておらず、白い脚が露になっていた。
兵士なので鍛えてはいるせいか、身体の曲線は美しく引き締まっているうえに、部分的に肉付きが良いのである。
まずい……意外に大人だった…………って!?
僕は思わずそれを上から下まで、じっくり拝見してしまったのだ。
しまった……ここは「あ、ごっめーん! 大丈夫、僕は全然気にしないからね!」とか言って、茶化すのが一番良かったのでは?
僕がそう言えばケイランは「馬鹿野郎ぉぉっ! 私は気にするわぁぁぁっ!!」と、瞬間的に僕に激怒して、この場はそれで終わったはずなのだ。
「「…………………………」」
衝立の向こう側は恐いくらいに無言である。
今さら誤魔化せない。
これは相当怒っているはずだ。
自分の力ではどうしようもないと悟った。
そして、正座したまま動けないでいる。今、体を動かすと色々障りがあるのだ。
僕はそこから、家人が朝食の誘いをしに来るまで、布団の上で石像のように固まるしかなかった。
回想を終え、再びハクロに向き合う。
「…………ケイランは子供じゃないのは分かるけど、それとこれとは…………」
「今…………何か思い出しておったな?」
そんなに間を空けずに話しているはずなのに、ハクロは鋭く僕に切り込んできた。
「何か、この短い間にあったのかと聞いておる……」
「何もないよ」
「嘘だ。俺に言えないことがあったな?」
「ないよ」
さすが元将軍である。
尋問する時の目が酔っているとは思えないほど鋭い。
「何があった? 吐け!」
「何もないよ」
「いいや、あっただろ!」
「ないよ」
きっと酒のせいだろう。
僕とハクロは深夜までくだらない問答をした。
+++++【正直者と裏切り者】+++++
「起きろ、ルゥク! 朝だ!!」
スタァーンッ!!
景気の良い音と共に朝から無駄に元気なケイランが、僕の部屋の戸を力一杯開け放った。
昨日、散々泣いて気分が晴れたのか、清々しい表情で部屋の中へ入ってくる。
さすがに深夜までハクロと呑んでいた僕は、夜が明けたばかりの今の時間は寝ていようと布団に潜っていた。
「……何? 出発なら昼前にって決めて…………」
「出発は明日に延期だ! 今日は朝からやってもらう事が、山のようにある!」
「………………は?」
早めの朝食を終わらせた後、僕はケイランと一緒に宿の裏庭まで来ていた。
僕の着物は白一色だ。最初は死に装束だと思ったが、どうやら修験僧の衣装のようだ。
ちなみにケイランは軍服ではなく、一般的な普段の着物である。
「これ……何?」
「ん? あぁ、ほら! これを見ろ!」
そう言ってケイランは意気揚々と巻物を広げる。
そこにはズラッと何かが書かれていた。
「これはな、あちこちの地方の魔除けや、呪い解きの方法を調べたものだ! 昨日、父上に調べてもらえるか頼んだら、こんなに調べて書き出してくれた!」
さすが父上! と、ケイランは嬉しそうにしている。
僕は不審に思いながら、その一覧と方法を黙視した。
イワシ……? イワシの頭を玄関に飾るとかあるよ?
…………これ……全部、民間の伝承じゃないか。しかも、魔除けは意味無いんじゃ……。
「それ……たぶん、効かないと思う……」
「いいや! 分からないぞ、こういうのを見落としてる可能性だってある!! えーと、なになに……」
ケイランは真っ直ぐな迷いの無い瞳で、その巻物の一覧を読み上げてくる。
もしこれで“術喰い”が落ちたら、僕泣くよ?
「よし! まずはコレにするか。ちょっとイワシの頭貰ってくる!」
「あ、それからいくんだ……」
彼女は宿の厨房まで全力で走っていった。
置いていかれた僕は、彼女の『共謀者』を思い付く限りあげてみる。
「……………………」
昨日、ハクロは深夜まで僕と酒を呑んでいた。
たぶん彼の部下にすでに伝承を知り、あの一覧を一晩でまとめ上げるくらい、あちこちの土地を往き来した者はいないと思われる。
…………だと、すると…………。
「…………ホムラ、いる?」
「へぇ。おりやす……」
近くの暗がりの方から声がした。動いた気配が全くないので、最初から居たのだろう。
「君だろ…………ハクロに言われて、伝承をまとめたのは……」
「へぇ。楽しかったですよ。ヒヒヒ……」
愉快そうな声だけが僕へ向けられる。
やっぱりホムラは姿を見せる気はないらしい。
「何、僕の指示なしに動いてるの?」
「…………残念ですが……今回はあっしは旦那じゃなく、嬢ちゃんの味方をさせてもらいやす。正直、あっしは旦那を死なせる気は毛頭ありやせん」
独特な話し声がいつになく真剣だ。
「嬢ちゃんの思い付きで、旦那が困ってるあの顔……ヒヒヒ……死なせるなんて、つまらないでさぁ」
あ、いつも通りか。こいつは僕が困ることを娯楽にしているんだよね。
ホムラは戦闘や隠密活動、生死に関わることなど、かなり頼りになるが、基本的に僕の指示は半分くらいしか聞かない。
特にケイランが来てからは、彼女の行動が面白いらしく、僕より彼女のことを優先したがっている。
遠征中だったハクロの居場所を調べて、すぐに呼んできたのもホムラであり、彼が独自に行ったことだ。
人間嫌いが珍しい……。
「……と、いうわけで、旦那は今日一日、嬢ちゃんに付き合って頑張ってくだせぇ。あれ、全部本当にある伝承で、百くらい項目がありやすんで」
「ひゃく……? 待て、ひとつくらいまともなものも有るんだろうな?」
「たぶん…………無いですねぇ」
「おい…………」
「おーい! 道具、揃ったから始めるぞー!」
遠くからケイランの明るい声が聞こえてきた。
「じゃ、あっしは見守ってるんで、頑張ってくだせぇ。たまには一日遊ぶのも悪くありゃあせんぜ。ヒヒヒ……」
ホムラの声が遠ざかったので、高みの見物を決め込むつもりだと分かった。
「…………裏切り者め……」
ホムラは別に裏切ってはいない……いつも通りだ。
でも、何故か口から出た言葉がこれ。
一応、僕の弟子なのだから、少しは味方をして欲しい……と、思ってしまったのかもしれない。
「イワシが無かったから、ホッケの頭を貰ったぞ。たぶん大丈夫だよな!」
「ウン……そうだネー……」
ケイランが満面の笑みで走ってきた。
一瞬だけ、僕は気が遠くなる。
この日、滝に打たれたり、熱い灰の上を歩いたり、よく分からない儀式を淡々とこなした。
唯一、良かったと思うのは、ケイランが最後の一つまで楽しそうにしていたこと。
…………早く明日にならないかなぁ。
僕は珍しく明日のことを考えながら過ごしたのだった。
ちょっとルゥクが痛い感じです。
でも、実はこの人はこんな感じ。




