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旅の始まり 一

 岩山ばかりの谷間を二頭の馬が引く荷馬車が走っていく。


 この馬車は幌など無く質素な物だったが、これの持ち主の農夫が大事に使っているのが分かる。草木もあまり育たないこの場所では馬車や馬が貴重なのだ。


 その為か、例え死んだ馬でもその辺には捨て置いたりしない。

 荷台には私が数時間前まで走らせていた馬が血抜きをされ、解体されて大事に布にくるまれて乗せられている。


 その元馬の横で私は腕を組んで座っていた。


「兵士さん、そろそろ目的の場所に着くよ」

「……ん……あ、すみません……」


 トントンと肩を叩かれ隣の席に座っている恰幅の良いおばさんに起こされた。どうやら私は馬車に揺られながら少し眠ってしまったらしい。

 馬車っていうのは穏やかに走られると結構居心地が良いものだと思ってしまう。


「疲れていたんだろ、大丈夫かい? あんたみたいな娘さん独りでこんな国境付近まで来させられるなんて……王国の兵士ってのは大変なんだねぇ。もう少しゆっくり走ってもらおうか? 少しでも休んでいきな」


 私は頭に頭巾のような布を被り髪と顔を隠していたが、どうやら低い身長と首から下の体型で女だと分かってしまうようだ。

 王都から必死に男装して来たのに、途中で会った野郎共は口々に「お嬢ちゃん」や「ちび」などと言ってくるので腹が立つ。


 このおばさんのように親切にしてくれる人もいるが、大抵はイヤらしい目付きと舐めた態度で接してくるので、その場合はこちらもそれ相応の対応をさせていただく。


「いえ、お気持ちだけ有り難く頂戴いたします。早く任務に就かなければいけませんし……」


 おばさんの親切な申し出をやんわり断った。

 正直、これ以上遅くなってしまうのは困る。ただでさえこんなにおしゃべりが出来るほどゆっくり移動しているのだから。



「でも、あたしらもあんたも本当に運が良かったねぇ。この辺は盗賊やら崖やらで女子供には馬でも厳しい。あたしらは崖崩れで迂回するしかなかった。あんたは馬が駄目になって立ち止まってた。そんなあたしらが一緒に町まで向かい、その道中は盗賊にも会わなかったときた。本当にこれは良い事づくめだったわ」


 おばさんは今日何回目かの感動を口にした。確かに運が良かった。



 私の名前は【() 佳蘭(ケイラン)】。周りには『ケイラン』と呼んでいる人が多い。

 今年17才になり、国の士官学校を卒業してやっと王都の小隊に配属になった新兵だ。


 私はこの方達に出会う直前に盗賊の襲撃に会い撃退したが、そのせいで都から乗ってきた馬を失ってしまった。

 ちょうど通り掛かったこの人達が私が行く予定の町まで行くと言うので、死んだ馬と引き換えに馬車の荷台に乗せてもらうこととなった。まさに渡りに船とはこの事である。



 私は自分の胸にそっと手をあてる。懐には子供の頃から大事にしている『御守り』が入っている。

 私は昔から運がいい方だ。たぶんこの『御守り』を手にした時からだと思う。


 気持ちが少し温かくなり、私は残り少ない馬車の旅を楽しむことにした。






 町に着いておばさんと御者台にいる旦那さんにお礼を言って、走り去る馬車を見送った。

 おばさんとの会話は楽しかったが、さすがに長時間の農業用の荷馬車には乗ったことがないので、降りた時に体のあちこちが固まっていた。


 私は少し体をほぐしてから目的の場所を目指すことにする。


 さて、待ち合わせは……酒場だったな。まだ早いし、昼食でもとっておくか……急いで来たので昨日の夜から食べてないし……。

 私は待ち合わせついでに食事も済ませようと思った。


 実を言うと、私はここへ何のために来たのか解らないのだ。いきなり隊長に呼び出されて、この町への地図を受け取り、待ち合わせの日にちと場所を教えられた。

 理由を聞いても「現地で聞け」と、言われるばかり。


 そしてギリギリ待ち合わせの今日、この町で兵士としてある任務を受ける事になっていた。私のような新兵に入ってくる任務にしては王都からここまで来るのに馬で半月ほど掛かっている。


 私はその辺の通行人に教えてもらい、瓦屋根の並ぶ通りを抜けて、急いでその場所へ向かった。



「いらっしゃいませー! お好きな席にどうぞ!」


 暖簾(のれん)をくぐり中へ入ると、店員の元気な声が私を出迎えた。

 店の中はかなり賑わっていて、今の時間では酒場というより食事処といった感じだ。


「あ、すまん。これとこれを……」


 私は注文を聞きに来た少年に食事を頼んでやっと落ち着いた。しかし、ふとある問題に気がついた。旅の間、私は頭と顔を布で隠していた。今もその状態であり、それは少しまずいということを。


 確か……待ち合わせの相手は、私の容姿を知っているということだったけど……うーん、困ったな……。


 私が頭の布を取らないと相手は私を見付けてはくれない。私は相手の顔を知らないのだから、私から声は掛けられない。


 食事の間だけでも被っているかとも思ったが、もしかしたらもうここに居るかもしれないのだし……取るしかない……か。


 私は意を決して頭の布を外した。

 その瞬間に店の中の人間が、一斉に私を見ているのが分かった。中には「おぉ……」と、感嘆の声をもらす者もいる。



 短く整えた私の髪の毛は銀色だ。この国では珍しい『銀寿(ぎんじゅ)』という髪の色。

 それにしても加えて、私の左の頬には赤黒い筆で書いた文字のような()()がある。


 首から上を隠さなければ、私の頭はかなり目立つ。



「よう、お嬢さん。あんたひとりかい? 暇だったら俺たちと一緒に飲もうや」

「君かわいいねぇ。こんな辺境の町じゃ見かけない上玉じゃないか。何? 観光? それとも待ち合わせ?」


 いきなり私のいる席に二人のガラの悪い男達が近寄って来た。二人ともニヤニヤしながら、人の顔や全身を舐め回すように見てくる。


 あぁ……ほら来た。私の髪の毛を見ただけで物珍しさに、からかってくる輩が……。


 こういうのには睨み付けながら「断る。あっちへ行け」と、無愛想に言ってやることにしている。しかし、この手の人種は……


「イイネェ。俺、気の強い女大好き。なぁ、少しくらい良いじゃねぇか。なぁ?」

「その顔でそんな事言っても迫力ねぇし。ほら、一緒にあっちの宿屋にでもいこうぜ」


 全く堪えていない。だいたいはこうやって食らいついてくるので、さらに冷たく言い放つことにしている。


「私は国の兵士だ、お前らの相手をする暇はない。いい加減にあっちへ……」


 言いかけた瞬間、男のひとりが乱暴に私の手首を掴み上げた。


「……っ!? 何を……手を放せ!!」

「うわぁ、手首細いな。ほんとに兵士かよ?」

「兵士さんなら、俺たちと『同類』だな。その可愛い顔の()()がそうなんだろ?」

「なっ……!?」


『同類』だと!! だからこんなにぐいぐいきたのか!?


 私は男に腕を掴まれたまま立ち上がった。周りの客が不安そうにこちらを見ているのに気付いて、何とかこの男たちを外に出せないか考える。『同類』ならば、こんな場所で暴れるのは他を巻き込む恐れがあったからだ。


 仕方ない……こいつらの言うことを聞いた()()でもして、一度店の外に出るか……。


 私が諦めの色を濃くした時、男たちの後ろに誰かが立っていることに気が付いた。その人はなんの躊躇も無く私たちに近付いてくる。


「あなた方、ここは女性に酌を求める場ではありません。そのお嬢さんの手、放してあげなさい」


 少し低めの凛とした声が響く。

 私は声の主に視線を奪われた。


 うわぁ……キレイな人だ……。


 そこに立っていた人物を一言で言うと、かなりの美人だった。



 肩につく位の艶のある黒髪、色白で目鼻立ちは恐ろしいくらいに整っている。体型は手足が長く細身であるが、丈の長い着物から見える鎖骨の辺りは意外にしっかり凹凸があって華奢には見えない。


 服装をよく見ると、腰には細い刀を差し、皮でできた四角い入れ物を左右に携えていた。

 見ようによっては旅人のようにも見える。


 近付いて来たので身長が私より頭一つ以上あることが判った。


 女性だとしたら少し高いくらいかな……?


 そう、()()()()()()()だ。


 私はさっきから嫌な予感がしている。


「うおぉぉっ!」


 私の腕を掴んでいた男が急に腕を放し、歓声をあげてその人の方へ向かった。もうひとりもその人をじっとりとした目で見ていた。男二人は下心を隠そうともしていないようだ。


「へへっ……いいねぇ、あんたもどうだ? ちょうど二人だから、俺たちがじっくり可愛がってやるよ」


 舌なめずりをしながら発せられそうな台詞を聞きながら、私はいい加減この男たちを置いて店の外に出たくて仕方なかった。しかし、兵士の私はそういう訳にもいかない。


 男のひとりが馴れ馴れしく、その人の肩を抱いているのが見えた。


「いやぁ、ほんとにキレイだなぁ。()()()()


 ――――次の瞬間。


 ズッダァアアアンッ!!


 男はその人に片手で軽々とぶん投げられた。


 ぐにゅうううううっ!!


「おごぉおおおおおっ…………!!」


 そして、仰向けに倒れた男の腹をその人は躊躇なく踏みつける。男は踏まれたところからくの字に身体を曲げ、身体の空気を抜かれているかのような絞れた叫びを涎を流しながらあげていた。


 踏んでいるその人は、無表情で冷ややかな視線を踏みつけてる男に注いでいる。


「……………………今、何て言った?」


 たった一言、その場にいた人々はこの人が『男』だと悟った。それは踏まれた男も同じだったらしく、涙を溜めた哀願の目で言う。


「姉ちゃん……と……」

「ご・め・ん・な・さ・い、は?」


 ゴスッ、ゲスッ、グシャッ、ギグッ、ガゴッ、ゴッ……!!


「ごっ……めっ……んなっ……ぐぅっ……」


 ()()は一文字毎に足を上下させて男の腹に一打一打重い攻撃を与えている。男は泡を吹きながら気絶したようだった。

 ぐったりした男を足で蹴って転がすと、くるりともう一人の男の方へ向きニヤリと笑った。


「さて……興が冷めたんじゃない? 見逃してあげるから君は帰った方がいいよ」

「…………はっ! ふ、ふざけるな!!」


 うん、あの男、一瞬呆けていたな。私も呆然としていたが。


 男は顔を真っ赤にして男性を睨み付けていた。男性はやれやれと、ため息をついて対峙する。


「君さ、さっきその()に『同類』って言ってたね。まさかと思うけど【術師】なの?」


 そうだ。今いるあの男は私のアザを見てそう言った。つまり、このアザと似たものをこいつも持っていることになる。


「ああ、そうだ。俺は『アザ持ちの術師』だ!! これを見ろ! 俺の術を食らって立っていられた奴はいねェ!!!!」


 そう言うと、男は手の甲にあるアザをこちらに見せた。何かの文字を筆で書いたようなアザ。私のより少し小さいが確かにある。



「おい、本当にあの男……術師だぞ」

「やべぇよ、術師のケンカに巻き込まれるとろくな事がない」

「下がれ下がれ!! 誰か役人呼んでこい!」


 周りで野次馬を決め込んでいた客たちは、自分たちの身に危険がおよぶ可能性がでてきたので急に騒ぎ始めた。

 そんな周りの様子に男は満足そうに顔を歪めて笑った。


「さぁて、優男さんよ、俺たちを小バカにしたこと後悔させてやるよ!!」


 男の言葉に男性はピクリと眉を動かす。


 男はアザの有る方の腕を大きく回した。一回、二回と回された腕の周囲に煙のようなものが現れる。


 その煙は小さな塊になって実体化していった。


 やがて得意気な顔をした男の腕には、三体の上半身だけのネズミのような化け物がまとわりついている。


「てめぇら、エサの時間だ! そこの女みたいな野郎を食いつくしてやれ!!」


 男が指差し、その合図と共に小さな化け物は男性に向かって飛び掛かっていく。


 しかし、男性はその場から動かずに顔を上げた。右手だけが動き腰の入れ物に掛かった。


「……………………後悔はお前がしろ……」


 ぼそりと男性が呟くのが聞こえた。


 その時、男性の右手に何かが収まっているのが見えた。

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