表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/136

化け物の名前

 僕は札の束を両手の掌に包み込む。

 おそらく、僕が刀を振る暇を男は与えてはくれないだろう。考えられるのは…………衝撃波で間合いを詰めてからの接近戦だ。


「“不死(しなず)”!! 主にくれてやる前に、てめぇをぶっ殺して吊してやる!!」


 ほら、来た。


 男が繰り出した風刃の衝撃波は、大地を削りながら真っ直ぐ僕へ向かって飛んでくる。しかし、一つではなく三つが別方向から来るのだ。


 一つを避け、二つ目にそれをぶつける。


 三つ目は風壁を作って防ごうとするが、さらに斜め後ろから、新たに生まれた四つ目が迫ってきた。


「地よ!! “(へき)”!!」


 札を地面に叩き付け、足元の土を隆起させる。その力を利用して四つ目を上に避けながら、次の札を扇状に構えた。

 しかし、それと同時に風刃の刀身が斜め下から迫る。


(おせ)ぇよっ!!」

「――――“爆”っ!」


 足元を爆発で崩し、下に落ちた僕は刃の起動から外れる。

 体勢が男と逆になったのを利用して、男の腹に札を叩き付け――――――


「ルゥク!!」

「っ!?」


 ケイランの声で一瞬、視界がずれると頭上に刃の影が見える。


「死ねっ!!」

「チッ!!」


 バシィイイインッ!!


 札を付ける前に振り下ろされる刃を、そのまま持っていた札で弾く。僕は地面に転がる間もなく、弾いた衝撃で間合いを取ることだけに集中した。ここで転んでるヒマはない。



「…………チョロチョロと……勘の良さだけはあるな……。伊達に長生きはしてねぇなぁ?」

「じゃあ……年寄りには、もう少し優しくしてよ」

「ジジィならさっさとくたばりな!」


 くだらない会話でこっそり息を整える。



 やはり風刃の術師は速い。

 正直、あの男の攻撃は単調なのに隙を突く『間』が取れない。


 ――――もう少し、遅くできれば……。


 僕は()の小物入れに手を掛ける。


 どうする? どれを使うか……?



 思案しながらも、再び風刃の攻撃を弾いたり受け流したりして、間合いを詰めていく隙を伺う。本来、僕はあまり正面からの戦いには向いていないと思う。

 しかしこいつの攻撃は大振りであり、素早さで補ってはいるが、決して避けられない動きではない。あとは、刃を振ると同時に発生する風圧を何とかすればいい。


 早く終わらせるって言っちゃったもんな~……。


 例え言わなくても、今回はいつもより必死にならないといけないだろう。


 何故なら、離れた岩の影ではケイランが大人しく…………いや、物凄い顔で僕を睨み付けながら、背後からのびている霊影でギリギリと岩を引っ掻いて、戦いを見守って (?)いるからだ。


 まるで「負けそうなら、私は容赦なく手伝うからな!!」と、言っているようだ。


 うん、やっぱりあの子は大人しくなんてする気は、更々ないかもしれない。


 これは早く終わらせないと。


 ――――『御守り』の使い時かな?



 男の攻撃を掻い潜りながら、左の小物入れから素早く一枚の黒い札を取り出す。


 僕はその札を口の端に咥え歯で挟んだ。


 パキィッ!


 石の粉で作った黒い札は、小気味良い音を出し噛んでいるところで割れて落ちる。


「はっ! 残念、札は使わせねぇよ!!」


 男が得意気で吠える。


 残念なのはそっち。

 お前は僕に『コレ』を使わせたのだから。


 口の中に残っていた札の端を吐き捨て、僕は全力で走って間合いを広げるのを試みた。



「逃げるなぁっ!!」


 男が風刃から風の刃を複数飛ばし、その刃の群れは真っ直ぐに僕へ襲い掛かる。


「っ!!」


 ドドドドドッ!!


 僕が身を守るための札を構える前に、連続した音が鳴り響き、大地に叩き付けられた攻撃が大きな土煙を起こす。

 衝撃で跳んだ地面が次々と僕へ降ってきた。


「はははははっ!! これで少しは大人しくなれってんだ!!」


「ルゥク!!」


 男が勝ち誇った笑い声をあげ、ケイランが岩影から呼び掛けてくる。今の攻撃はまともに僕に、当たったように見えていただろう。


 ――――――ほんと、残念。


 バァアアアンッ!!


 僕は周りの砂利と土を吹き飛ばす。しかし、それは札によるものではない。


「なっっ!?」


「ルゥク……それは……!?」



 抉れた地面にしゃがむ僕の足下、そこから無数の()()()()が縄のように上に伸びている。



「…………『霊影(りょうえい)』!?」


「ケイラン、ちょっと真似させてもらうね。――――影よ、行け!」


 僕の声に合わせて『霊影』は男目掛けて高速で伸びていく。

 一瞬、予想外のことに呆けていた男だが、慌ててその場から離れ、僕の攻撃を回避する。


 さすが風刃、素早く避けられ僕の霊影は虚しく地面を叩いた。そこから更に追うが、なかなか奴は捕まらない。


 う~ん、けっこう霊影の操作、難しいな……。


 そんな事を考えていると、男の風刃は周りの空気を取り込み、刃の周りに巨大なつむじ風を発生させた。


「これで終わりにしてやる!! 風刃よ、唸れ!!」


 男が勢いよく刃を振り下ろすと、圧縮された風が僕目掛けて放たれる。


「――――っ!!」


 先ほど打たれた攻撃よりも、一撃の威力は大きく、僕の立っていた場所から広い範囲は地面がめちゃくちゃになった。


 僕はそれを()()()()眺める。


「…………うっわ……怖っ。さっさと避けて良かったよ」

「てっ……てめぇ! いつの間に!?」


 僕は男の真後ろに立っている。

 男は僕に気付いたが、霊影が巻き付いて動けない。僕はそのまま、男の体全体を蓑虫のようにしてやった。


「な……何で……!?」

「自在に動く『縄』が有るんだから、逃げるのなんて簡単だよ」


 風刃の攻撃が当たる前に、僕は霊影を適度な岩に絡ませ僕の体を引っ張らせたのだ。

 本来、霊影の術はこういうふうに使うのが便利である。身体能力の補助や危険回避の為の力。


 ま、力なんて使い手によって、どんなものでも凶器にも救命にも使えるもんだよね。


「てめ……あの女兵士と同じ術ができるなんて……」


「あ、違う違う。これはあの子にちょっと貰っただけ」

「…………私は何もしてないぞ?」

「さっき『御守り』くれただろ?」

「へ…………?」


 離れた場所からケイランは疑問を投げてきたが、詳しい説明は後にしてもらおう。



「このまま絞め殺してやりたいけど…………『霊影』の時間切れだな…………」

「時間……だと……?」



 男を拘束している影が薄くなってくる。それと同時に縛りも弛くなったため男はハッとして、影を風刃で千切り吼えながらこちらに振り返る。


「うぉおおおっ!! 切り刻んでや…………」

「はい、隙あり」


 顔が正面にきたので、べしっ! と、音をたてて、僕は男の額に()()()を叩き付けた。


 男は動きを止める。

 ――――いや、動けないはずだ。


 じわり。


 白い札が中心から黒く変色していく。


「な、な、な、なに……を…………」

「…………お前は『根っこ』から引っこ抜いてやるよ」


 札がムラのない、漆黒に染め上げられた。

 僕はその札を男の額から剥がし、男を足で転がして後ろへ跳んで離れる。


 ケイランを背にして十分な距離を取ることにした。僕と男との距離はだいたい、僕の歩幅で二十歩分くらいだ。

 これくらい離れれば良いだろう。


「ルゥク……お前、今何をしたんだ……?」

「ん? まぁ、見といで……」

「…………?」


 さっき、僕が急に霊影を使ったから驚いているのだろう。ケイランは眉間にシワを寄せ、思いっきり不審な視線を僕に向けている。


 そういう渋いもの食べたような顔、面白いからついつい見たくなって、意地悪したくなるんだよね…………あ、いかんいかん。


 でもこれで、ケイランは僕の事を完全に化け物だと思うんだろうな。


 男が血走った目をして、ガバリと起き上がった。


「ルゥク!! 殺してやるっっ!!」


「…………やってみな、殺れるもんなら……」


「あああっ!! 行くぞ、風じ………………」


「……………………」



 男はピタリと動きが止まり、振り上げた腕をゆっくり見上げている。


 奴はやっと気付いたようだ。


 日焼けした筋肉質の強靭な腕。

 普通の人間の腕。


 ()()()()()()()


 自分の腕が……()()()()()()()腕になっていることに。



「風刃……? なん……で、う……うわぁああっ!!」


 男は何度も腕を振り上げたが、そこに風の刃が現れることはない。


「お前は運が良い…………」


 僕の声に男はビクリ! と、分かりやすく怯えた。


「ケイランに説明するついでに、お前にも説明してやるよ。何で僕が“不死(しなず)”と呼ばれるのか…………」



 “不死(しなず)

 それは『不老不死』だから。


 そう答える奴に更に問う。

 じゃあ、その不老不死は何処から来るのか?


「ケイラン、僕のこの体が『呪い』みたいなものだと言ったのを覚えているかい?」


「あ、あぁ…………」


 そう、呪いだ。

 僕の呪いは宿主を蝕み、けして自分では解けず、こいつ諸とも滅びようとしても、僕を勝手に動かし生き延びる存在。


「これが“不老不死”の基になるものの正体」



 ――――さぁ、呪いよ。お前の望むものだ。


 今だけ、僕とこいつの利害は一致する。



「調べたんだけど、昔はこの呪いを受けて化け物になった人間を“不死(しなず)”ではなく、別の名で呼んだんだ」


「……別の…………?」


 カチ……。


 静かに今出来上がった、黒い札を口に咥える。


 パキィッ!


 札が割れ、破片は下へ落ちた。

 落ちた破片は白いものへと変わる。



 身体中が熱くなって一瞬だけ、頭がぐらぐらするがすぐに治まり、僕は意識を集中させた。


 ――――これ、どんなもんかな……?


 僕が左腕を上に掲げると、肘までの黒い手袋の上に蔦のように光が走った。

 腕は一瞬にして変貌を遂げる。



「あ…………!」


「何で……それを!?」


 ケイランも男も僕の腕を見て驚愕している。



 まぁ、そうだろ。

 さっきまで男が使っていた“風刃”が、僕の腕に現れたのだから。


 男と違うのは若干、僕の方が刃が短く、色が真っ黒であること。どうやら風刃の術は使い手によって、刃の長さなどが変わるようだ。



「何で……お前っ……札の術師じゃないのか!?」


「そうだよ、いつもは札の術師だ。他には“不死(しなず)”やら“化け物”やら呼ばれているけど…………本来はこう、呼ばれるのが正解」


 腕の刃に風が纏わり付いてくる。

 刃は小さいが、男の繰り出す風より数段強いつむじ風が出来上がっていく。


「僕は……“術喰いの術師”…………お前の術は、()()()()もらったよ」


「ひぃっ……!!」


「術……喰い……?」



 戦場において、最も怖いことのひとつ。

 それは『戦う力を全て相手に奪われる』ことだ。


 一瞬たりとも気を抜かず戦わなければならない場所で、相手が自分の武器をかざして、丸腰になった自分に襲い掛かる恐怖は、ただ事じゃないだろう。


「うわっ……わ、分かった!! もう、俺の負けだから!! 頼む、やめ…………」



「え~と…………『風刃よ、唸れ!!』」


 ゴォオオオオオオオッッ!!


 僕は一気に風刃を振り下ろす。

 轟音と共に大地を削りながら、凝縮した風の刃が男へ向かって行った。


 ズドドドドドドドッ!!


「ぎゃああああああっ!!」


 風の音に負けないほどの、男の絶叫が響く。







 恐ろしいまでの地鳴りと大量の土煙、あとは表現し難い空気の流れはしばらく続いた。


 それが落ち着いた時、目の前はとても清々しく風が吹き抜けている。




 僕とケイランは、その光景を少し焦りながら眺めるしかなかった。



「……………………やりすぎだ、ルゥク……」


「うん、ごめん。初めて風刃使ったから、加減が分からなかった」



 この日、この岩場は山の一部が吹き飛び、地元の人間でも見覚えの無い土地と化した。


 岩山に囲まれた広い土地を、町までの見通しの良い場所に開墾してしまった。


「ルゥク……一言いいか……?」

「何?」

「お前が化け物で助かった……」

「そう、良かった」


 今日だけ、『化け物』という言葉はケイランからの褒め言葉として、僕の中に浸透していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読み頂き
ありがとうございます!

ブクマ、評価、感想、誤字報告を
頂ければ幸いです。


きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] 術を食べるのいいですね (*´▽`*)b GJ☆彡 良いアイディアだと思いました! >化け物で良かった 味方だと頼もしいですねw
[一言] “術喰いの術師”……! カッケエエエエ!!!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ