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偽りの色

いつもお読みいただき、ありがとうございます!


視点移動あり。

コウリン→ケイラン

 ケイランが必死になって『ゲンセンの影』の攻撃を避けている。

 攻撃は本物のゲンセンとそっくりで、拳や足などの連続技に加えて『土甲』の術を絡めて追い詰めていく。


 ドンッ! ドンッ! ドンッ!


『土甲』が地面に打ち込まれる度に、びりびりと洞窟内に振動が伝わって、アタシの身体も一緒に揺れてしまいそうになる。


 実際のゲンセンよりも、ケイランの方が素早さがある。でも、あれでは完全に防戦一方で消耗も激しい。


 ドドンッ!


 また、重たい一撃を連続で撃ち込まれた。

 ゲンセンの攻撃を、ケイランは絶対に“受ける”ことをしてはいけない。例え腕などで防いだとしても、防御した腕ごと破壊されかねないからだ。



 ゲンセンの攻撃なんて、一回でも当たったらバラバラにされちゃうわよ!


 物陰から見守っているけど、アタシだって何かしないと…………ケイランの体力がもたないだろう。


「……ふぅ……落ち着け、落ち着け…………アタシが手伝うのよ…………早くしないと、ケイランがやられちゃう……」


 深呼吸をして、自分とケイラン、そして今の状況を分析することに集中した。



 どうやって、このアタシが割って入る?


 アタシは『札の術師』だ。

 術師の基礎として習う『札』の術は、あらゆる術に通じる使う種類の最も多い力だ。でも、基礎故に『最弱』と評された。


 本来の『札』は攻撃よりも生活や補助に使う方が合っていて、アタシもこれと医術を組み合わせているからこそ『術医師』と呼ばれる。


 それとは違い、スルガやゲンセンは完全に“攻撃特化型”だ。ゲンセンはその最たる『拳術士』という、術と体術を組み合わせた戦闘の専門家と言っていい。


 ルゥクじゃあるまいし、アタシが『札』だけで『剛拳』と『土甲』の術を止めておくのは不可能だ。


「それに、手持ちがこれじゃ……」


 今のアタシが持っているのは、いつも自分が使う『紙の札』ではなく、ルゥクが使う『板の札』である。この札は扱いが難しく、アタシはほとんど使い方がわからない。


 それでも、


「……これを使うしかない!」


 地面にざらっと札をあけ、それを手に持って扇のように広げた。


『板の札』は全部で十枚。

 どれも黒地に白や赤、金銀で綺麗な模様が描かれている。一目では『術の札』と言うより、何かの芸術作品にも見えなくはない。


 キレイ…………ルゥクが使っているのよりも、絵が繊細で色が多いわ。


「とりあえず、攻撃用ってあるのかな……?」


 これは術師によって違うのだろうか?

 ルゥクの持っていた札はもっと絵柄が質素だった気がする。黒地に白。あれも模様は美しくはあったけど。


「えっと、ルゥクがいつも使う『爆発の札』とか攻撃は………………あぁ、もう! 『紙の札』とは違う! これじゃ、どれが攻撃で、どれが防御かも判らない!」


 鮮やかな模様であればあるほど、その札が何の効力なのかが分からなくなっていく。見れば見るほど、自分の使っているものとは違う。



「あ〜、ルゥクの奴……アタシには『板の札』はあんまり教えてくれないからなぁ……」


 一度だけ『爆発』の札を触らせてもらったけど、結局使うことはできなかった。そして一番馴染みのある『板の札』は、みんなも使える『収納』の札。


 絵柄で覚えても、それが違うんじゃあ意味がないわね……


 広げた札の前でアタシは途方に暮れる。

 とりあえず手に取り、札に気力を適当に乗せてみようとしたのだけど…………


「………………駄目か……」


『札の術』というものは目的……つまり札の中の術を理解していないと、札に込められた気術が反応しないものである。



 駄目なら他の方法は――――


 どうしようもなくなり、諦めの感情が湧き出てきた時だった。


 パチパチパチ…………


「ん?」


 地面に置いていたロウソクの炎が、まるで線香花火のように爆ぜた。


 何事かと見ている間に、それはどんどん大きくなり…………


 ゴォオオオオオッ……!!


「きゃあっ!?」


 急にまとまった炎が吹き上がる。


「な、何何何ーーーーっ!?」


 アタシは怖くなって座ったまま後退り、炎から一定の距離を取ってしまった。


「何で急に…………あっ!!」


 アタシが避難した次の瞬間、炎は周りに大きく広がり、近くに投げ出された『板の札』を飲み込んだ。


「わわわっ!! だ、ダメっ!!」


 慌てて両手を振って、炎の中から札を救い出そうと掻き集める。


 何なの!? このロウソクって!?


 そういえば、ケイランがこれは『気術』で点くと言っていた。


 もしかしたら、ここに満ちている『気力』にでも影響されて膨れたのかも……?


 頭の中で冷静な仮説が浮かんだが、現実は必死になって炎を追っ払う自分がいる。





 結論から言うと、炎に撫でられても『板の札』は燃えずに残っていた。唯一の武器が駄目にならずに済んだとホッとする。


「あちちっ!! よ、良かった……そうか、これって確か石が原料だったっけ」


 ちょっとロウソクの煤まみれになったけど、払えば何とか無事に………………


「あれ? これ…………」


 一枚の札を袖で拭うと表面の煤がとれたのだが、その札の絵柄にアタシは目が釘付けになった。


「これって、まさか……!?」


 残りの札を拾いゴシゴシと擦る。

 そこには思った通りのものがあった。


「……………………」


 考えろ。

 これなら…………大丈夫かもしれない。


 札を手に戦況を探るアタシの足下で、いつの間にか元に戻ったロウソクの炎がゆらゆらと揺れていた。




 ++++++++++++++++++++




 ズバンッ!!


 拳の攻撃を避けたものの、外れた一撃は足元の地面に打ち付けられた。


「……うぁっ!!」


 周りの地面が割れて、少し足を引っ掛けてしまう。よろけたところに、素早く『影ゲンセン』の攻撃が繰り出された。


「り、霊影っ!!」


 倒れ込む前に細い影を一本出して、近くの岩に巻き付けて身体を引っ張る。何とかその場から離れ、一撃を食らうのだけは回避した。


「はぁ、はぁ…………」


 岩の上に着地し、荒れた息を整えようとするが、その回復も段々と遅くなってきている。気を抜くと倒れそうなくらいだ。


 どこか、あっちに隙ができれば…………


 攻撃を避けつつずっと窺っているのだが、影の動きに無駄がない。

 それもそのはず。ゲンセンは『拳術士』であり、普通の術師よりも最小限の動きで最大の気力を叩き込んでくるのが特徴なのだ。


 接近戦においては、仲間内で最強と言っても良いのではないか。


 しかし、こちらも攻撃をするのならば、もう少し近付かなければ…………



 ドンッ!!


 間合いを詰めるのを躊躇していた時、『影ゲンセン』が拳を地面に打ち込んだのが見えた。


「あっ……!!」


 ザバァッッッ!!


 一瞬、判断が遅れた。急に足元の地面が膨れて、盛大に弾け飛んだのである。


「うわっ!?」


 地面と共に、わたしは後ろに吹っ飛び尻もちをついた。それと同時にフッと目の前が黒く覆われる。

『影ゲンセン』が転んだわたしに拳を振り上げているのが見えた。


 しまった、避けられない!!


 咄嗟に両腕を前にして防ぐ体勢を取るが、あのルゥクでさえ腕で受けて骨が砕けたのだから、わたしが正面から喰らっても大怪我だけで済むだろうか?


「っ……」


 半ば諦めて攻撃を受けようとした時、


「てえぇいっっっ!!」


 奇妙な掛け声と、ペシンッと軽い音が聞こえた。


「『出ろ』っっっ!!」

「へ?」


 ざばぁあああああっ!!


 突然、わたしと『影ゲンセン』は大量の水に飲み込まれた。


「わっ!? ぶはぁっ!?」


 ざざざ…………


 そして急に水は引いていく。

 まるで、大きな()()()で水をぶっかけられたように。


「ゴホッ……ゲホゲホッ!!」

「ケイランっ!!」


 思い切り噎せて、鼻に入った水を取ろうとしていると、コウリンの声がすぐ近くで聞こえた。


「ゴホッ、コウリ……」

「今!! やっておしまい!!」

「……っ!?」


 目の前には同じくずぶ濡れになったコウリンが、力強く一点を指差しながら立っている。

 その指の先に見えたのは、割れた地面に溜まった水の中に嵌って藻掻く『影ゲンセン』の姿だった。


「っ……!! 霊影!!!!」


 パァンッ! と音を立てて、『影ゲンセン』の頭の部分が飛んでいった影によって四散される。


 過程を考えるよりも現状を優先し、何も考えずになけなしの気力を振り絞ったのだ。気力切れになり掛けていたが、まだ細い縄状の『霊影』くらいは出せたようだ。



 さぁぁぁ…………


 水溜まりに刺さっていた影の塊が、空気に溶け込むように消えていった。


 警戒してしばらく様子を見たが、そこからは何も出てくる気配はなかった。どうやら、影の脅威は無くなったらしい。


「た……倒したのか……?」

「ケホッ。まぁ、やれたんじゃない…………ふぅ……」


 びしょびしょの三つ編みを絞りながら、コウリンは大きく息をついた。


「コウリン、今のは…………」


 彼女を改めて見て、疑問がすぐに口をついて出てくる。


 湖の水だろうが…………どうやって?


 コウリンが助けてくれたのは解ったが、あの大量の水をどうやってばら撒いたのか。


「あぁ、それはね…………この札よ!」


 そう言って一枚の『板の札』をヒラヒラを振る。コウリンが持っていたのは、うちではお馴染みの『収納の札』だった。


「それ……」

「うん。ザガンさんにもらった札の中にあったの。それを使わせてもらった」


 収納の札……それなら、コウリンだけでなく仲間内は誰でも使える。


「あれ? でも……」


 そんな分かりやすい札が、あの箱に入っていたか?


 師匠がコウリンに持たせた箱には、たくさんの『板の札』が入っていたが、どれがどれだかコウリンも迷っていたように記憶している。


「箱に入っていたのは、見慣れないものばかりだったはず……?」

「それがね……」


 コウリンがおもむろにロウソクを前に出す。


「このロウソク、気術で点けられるって言ってたでしょ? どうやら、この湖から流れてきた気力を吸ったみたいで……」


 偶然にも勢いよく燃えた炎が、札の表面を煤だらけにし、そのおかげで『板の札』を見分けるきっかけになった。


「この札、みんな色とりどりのキレイな模様が描かれていたから、アタシはてっきりそれが何かの術だと思った。でも、実際の『札』は全くの別物だった」


 どうやら、色彩豊かな模様は『偽装』だったようだ。


 煤が付いた札を擦ると、煤と一緒に色彩が落ちて、白い模様だけが浮かび上がる仕組みだったという。

 コウリンが渡された札は、たった二枚の『収納の札』だけが本物で、他は何も描かれていない『黒い札』であった。


「よくよく思い出したら、ルゥクが使っている『板の札』に色なんて付いてなかったわ。いつも“黒”に“白い模様”だったもの」


 ぷくっと頬を膨らませて、コウリンは真っ黒な『板の札』を憎らしげに指で弾いた。


「…………でも、さっきの大量の水は?」

「え? あぁ。ほら、これって色々札の中に“収める”ことができるでしょ? だから、これを…………えいっ!!」


 コウリンは掛け声と共に『板の札』を湖の端っこに投げ入れた。


 ポチャン。


 石でできている『板の札』は、水音を立てた後ユラユラと沈んでいく。だが、沈んですぐに水面に変化が起きた。


 ザ……ザザザ…………


「あっ!」

「ね。こういうこと」


『板の札』が沈んだ場所に小さな、でも急な流れの渦ができたのだ。


「もしかして…………湖の水を吸い込んでいるのか……?」


「そう。言っちゃえば、限界まで水を“収納”したの。それを一気に、あなたたちのところで解放した訳。ま、水を収納できるかは一か八かだったし、それで偽物ゲンセンが怯むかどうかは分からなかったけど…………本当、できて良かったぁ」


 一か八かを土壇場でやってのけるのが、コウリンの判断力の凄いところである。


「うん、本当に助かった。ありがとう」

「ふふん。アタシがいて良かったでしょ!」


 にんまりとして上を向くコウリン。しかし、よく見ると、下で握った拳が小刻みに震えていた。

 彼女は凄い。凄いけど、怖い思いをさせてしまったのだと気付いて、友人としてとても申し訳なく思った。



 …………………………

 ………………



 連戦の休憩を兼ねて、わたしたちは再び湖の前に座る。


 連戦から半刻くらい過ぎた頃。少しだけ気力も回復してきたが、あれから洞窟内があまりにも静かなことに不安が過ぎった。


 ……何の反応も無いなんておかしい。


 戦って勝ったことに意味はあるが、目的が分からないままだということはないだろう。師匠ならもっと、他に何か修行の終わりを分からせるものを置くはずだ。




 同じことを思っているであろう、隣りのコウリンも眉間にシワを寄せていた。


「まさか、これで終わり? 何にもないなら、アタシたちも帰っていいんじゃないの?」


「いや、たぶんまだ…………終わってない」

「…………そうよね。だって…………」


 二人で顔を見合わせて、それから湖の中心へと視線を移した。



 広い洞窟内の人工的な湖。

 気力が込められた淡く光る水。


 その湖の中心にぽつんとある、小島と一本の木。


 最初から気にはなっていたのだ。

 あの木に近付けば、きっと何か起きる。



「ねぇ、あれを無視して帰ったらどうなると思う?」

「たぶん帰れないし、永遠に終わらない……」


 何故なら、背後の出口の方からザワザワと気力の流れを感じるから。今ここで回れ右をしても、師匠の影とかで出口を塞がれてしまう気がする。


 ならば、踏み込まないといけないだろう。


 何かあった時を考え、コウリンにはここで待機してもらうことにした。




「あそこで終わりじゃなかったら泣くかもしれない……」


 ジャブ……


 湖に片足を突っ込む。


 この湖の水深が自分の身長を超えないことを願いながら、わたしは離れ小島に向けて進み始めた。





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