仲間は強敵の素
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視点移動あり。
ケイラン→コウリン
“壊れた水車”…………そう言われたことがあったな……
「“壊れた水車”? ぎゃはははっ!! そいつぁ、上手い表現じゃねぇか!!」
修行の初日。
へとへとになるまで踊らされた後、倒れてるわたしに向かって師匠が発した台詞である。
「…………………………」
「お? 何だ、もう声も考えも出ねぇか?」
何で、こんなに踊りだけ…………
「そいつぁ、初っ端からは教えられねぇなぁ。あと数日は喰らいついてもらわねぇと」
「あなたのしごきに、喰らいついたら…………教えてくださいますか……?」
「あぁ、いいぜ。色々教えてやるよ」
「…………わかりました」
「んじゃ、おれは先に帰るぞ。また明日な!」
「はい……」
ドスドスと床に響く足音。
仰向けに倒れている、わたしの後頭部に揺れが伝わってきた。
はぁ…………ダメだ、少し休んでから帰ろう。
「あ、言い忘れてたが……」
「っっっ…………!?」
いきなり、にゅうっと師匠が顔を覗き込んできたので、わたしは思わず息が止まりそうになる。
な、なんでしょうか……?
「お前の踊り、お前が思ってっほど悪くなかったぞ。基礎は壊れてねぇし……“素人が造った水車”くらいな感じだなぁ」
「……………………」
正直、この言葉に驚いてしまった。
しかし喜びよりも、踊っている間は散々だったのを思い出して、スンッと気持ちが落ち込んでいく。
あんまり、かわらない気がするけど……
「全然違ぇよ。足の運びが思ったよりできてるじゃねぇか。誰かさんに教えてもらってたみてぇだな?」
「………………」
あぁそうだ。ルゥクに少し教えてもらったんだ。
ふと、あの眠れなかった夜を思い出す。
――――僕はそんなに器用な方じゃなかった。
器用だと思っていたが、あいつも不器用なのを重ねていったのだと知った。
「ま、せっかく旦那に教わったんなら、それをちゃんと活かせよ?」
「……………………」
………………旦那じゃない。
「へっ。ルゥクも苦労してんなぁ。やっぱお前、おもしれぇわ……じゃ、おやすみなー」
「………………」
実に嬉しそうに呟くと、師匠は戸口へ歩いていった。わたしは声を出す気力もなく、寝転んだまま見送る。
はぁ…………疲れた。
仰向けになって、ひと息つこうとした時。
「あ、まだ言い忘れてた」
「っっっ……!?」
再び、にゅうっと髭面が覗き込んだ。
おぃいいいいっ!!
二回目はないだろ、びっくりする!!
「お? 内心はけっこう元気だなぁ。もうちょい続けるか?」
「……………………」
満身創痍だ。
頼むから、今日はもうやめてくれ。
「…………用があるなら、早く言ってください」
ニヤニヤしながら、おもちゃを見るような目を向けてくる。堪らず、読心される前に思い切り冷たく言っておいた。
「心身ともに余裕の無い奴だな……」
師匠は小さくため息をつく。
余裕なんて、微塵もある訳が無い。
「…………それでいい。お前は最後まで足掻け」
「……………………」
師匠はフッと意地悪な笑いをやめ、一瞬だけ優しい眼差しを向けてくる。
「えぇっと、何の話だっけ…………あぁそうだ、お前の踊りを“水車”に例えたってのは、言い得て妙だな……と思ったんだ」
「へ……?」
思ってもなかったことを言われ、わたしは思考を一旦やめた。
「ひとつだけ。最初だから、ひとつだけコツを教えてやる。『霊影』ってのは『水』の気力と相性が良い。性質は同じだと思っておけ」
水…………そういえば、ルゥクから踊りを教わった時に『踊りは水と同じ』って言われたと言っていたっけ。
――――上から下に。自然に動作を繋げるように流れを作る。
ぴしゃん。
一瞬、どこからか水が落ちる音がした。
気のせいだと思うが、その水音に何故か安心感を覚える。
「じゃ、本当に帰るからなー」
「………………」
しばらくすると足音は完全に遠ざかり、道場の静寂に織り込まれるように外から虫の声が聞こえてきた。
…………帰った……?
聞こえるのは虫の声だけ。
それなのに、わたしは急に落ち着かなくなった。
道場に居るのはわたしだけなのに、ザワザワと周りから人間の気配が消えない。
「何だ…………これ……?」
よく分からないが、遠くにいる人間の話し声がしてくる。
ある所では、慌ただしく動き回る複数の足音が行き交う。
がんがん響いてくる音に、頭の整理がつかなくなってきた。これは、港町で襲われた頭痛によく似ている気がする。
「うる……さい……」
思わずギュッと目を閉じてしまったが、もしもこれが『気力過剰加多』ならば治せることを思い出した。
そうだ、落ち着け……『気力操作』をすればいいんじゃ…………
そう思い至って目を開けた時、視界いっぱいに『黒色』があった。
『…………代ワロウカ?』
「っっっ…………!?」
目の前から発せられた声に、わたしは心臓が飛び出しそうになった。
…………………………
………………
そして現在。
わたしは、とある人影と対峙していた。
バシャバシャバシャバシャバシャ!!
「『霊影』っっっ!!」
湖の境界を迂回しながら、こちらへ間合いを詰めてくる人影に、次々と霊影を槍のように向ける。そして容赦なく、一斉にその影を串刺しにするよう攻撃を仕掛けた。
しかし、
「なっ……!?」
霊影の先端が捉える前に、目標物である人影は消える。
「ケイランっ!! 上っ!!」
「っ!!」
掛けられる声に咄嗟に反応し、視線を向けるよりも早く霊影の一本を伸ばした。
バシンッ!!
当たった手応えがあって、自分の立っているところから少し離れた場所に落下物を確認する。
人影は地面に転がるように落ちたが、すぐに体勢を立て直して四つん這いの姿でこちらを向いていた。どうやら、こちらの出た方を確認しているようだった。
この流れまでがほんの一瞬のできごとだ。
は……早い! 気を抜くと目で追えない……!?
こいつが現れてから、わたしは攻撃を仕掛けるも、簡単に避けられて反撃されそうになるのを繰り返していた。
素早く霊影の攻撃を避け、腕の『風刃』らしきものに払われる。
この人影は“スルガ”の身体能力を真似ているのか……?
普段、日々の体術訓練で手合わせをしているから、この動きはそのまんま“スルガ”のものだと確信した。
また、『影スルガ』がこちらに向かってくる。
霊影を何本が斬られるが、そこからすかさず反撃を繰り出していく。
これ以上後ろに下がったら、攻撃にコウリンを巻き込んでしまう……。
わたしの背後、洞窟の出口へ続く道の近くの岩ではコウリンが隠れ、わたしと影との戦闘を見守っていた。
コウリンは戦えないが、離れたところで全体を見てくれるので、敵の動きをすぐに教えてもらえる。
今のところ、湖から『影スルガ』を出さないように戦う形で何とか互角になっている。
正直なことを言うと、スルガの素早さはルゥクやホムラに引けを取らない。だが、攻撃の仕方が素直で単純だから何とか防御できる。しかし防戦一方では、長引けば長引くほど体力がなくなる。
できれば、隙を見つけて早く倒してしまいたい。でも、ひとつ気になることがある。
バシャンッ!
『影スルガ』が高く跳んで刃を振りかざしてくる。すぐに霊影を向け、刃を横から弾いて後ろへ仰け反らせた。
まただ。
弾かれただけなら、再び攻撃を仕掛けてくる。わたしは単純にそれを弾いて…………そう。さっきから単純な同じ攻撃ばかり。
スルガの術である『風刃』は、本人が修行中なこともあるが、もっと多岐にわたる攻撃が可能だったはずだ。しかし今は、ただの刀の役割りしか果たしていない。
それでも……この素早さは、気を抜いていたらやられる……。
身体能力であれば、接近戦ではわたしが断然不利には違いない。
「……………………」
今は間合いを取りつつ、『影スルガ』を湖の淵から出さないように戦う。そうすれば、足が取られると同時に動く度に水音がする。
影の化け物が、手合わせしたことがある仲間だったのは幸いかもしれない。でも、少しだけ気になることがあった。
スルガも屋敷で剣術の稽古をしていた…………たぶん、そこを師匠に真似されたのかもしれないということ。
言わば『影スルガ』は『本物』が訓練をしていたものを模倣したもので…………あのスルガは『本物』の全力を出してない。
全力を出していないスルガなら、わたしの練習相手になると判断されたのだ。つまり、お師匠さまから見たら、わたしはスルガよりも“弱い”ということだ。
「舐められたものだな……!!」
バシャンッ!!
再び影からの攻撃を受けたが、今度は出来る限りの間合いを取るために走り出す。すると、あっちも同じ間合いを取るために、こちらへと猛然と向かってきた。
「確かに、私はスルガにも勝てないと思うが……!!」
そっちが手加減して長引かせるなら、こっちは全力で終わらせてやるっ!!
まったく、あのお師匠さまは悪趣味なことばかりなさる人だよ!!
「『霊影』っ!!」
ザバッと一本の霊影が、水の中から『影スルガ』の片足を捕らえた。
『影スルガ』はわたしを追うことに集中していたのか、あっさりと影の一本に足を取られている。気力を込めた霊影は、しっかりと溶け込むように奴の足に巻き付いた。
すぐに『影スルガ』は水の中から振りほどこうと風刃を振り上げるが、霊影の本体は揺れる水面と湖の光に邪魔されてか、バシャバシャと水を打つだけで狙いが定まっていない。
その隙に、巻き付いている霊影を一気に下へ引っ張って『影スルガ』の態勢を崩した。
「いけっっっ!!」
グラッとよろめいた隙に、槍状にした十数本もの霊影を集中させる。
『――――っ……』
ズドドドドドドドッ!!
霊影が完全に捕らえた瞬間、ばしゃあっ!! と音を立てて『影スルガ』は弾け飛んだ。
ヒラヒラと影の欠片が、紙の灰のように湖の水面に落ちて消えていく。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
湖の波紋も無くなって、わたしはやっと勝ったのだと自覚した。
「…………よしっ」
「やった!! 凄い凄い!!」
コウリンが岩陰から出てきて、喜びながら駆け寄ってきた。
「ふぅ、何とかなっ………………ん?」
ゆらりと、コウリンの後ろの岩壁に大きな影が揺れる。
コウリンの手には、私が持っていたロウソクが握られていた。わたしの背後には光る湖も有るし、コウリン影が彼女の後ろにあるのは当たり前だった。
しかし…………
「コウリン!?」
「えっ…………わっ!!」
嫌な予感がして、すぐにコウリンを霊影で引き寄せた。
「な、何!?」
「スルガがいたなら…………そりゃ、こっちもいるはずだ……」
ゆらゆら。
コウリンが退けたのに、岩壁に大きな影がそのまま残っている。
ゆらゆら、ゆらゆら…………ザザッ!!
揺れていた影が、力強く一歩前に出た。握った片方の拳が前に突き出される。
「まさか、今度は…………」
「間違いない。次の相手は『ゲンセン』だ……」
ズキンと頭痛がした。
気力が切れかけた体に、この連戦は酷すぎるだろう。もう次の段階に進めと言うのか。
「あぁ……少しは認めてもらえたけど…………勘弁してほしい」
わたしはさっき、全力で霊影を繰り出したことを後悔してしまった。
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近くにあるケイランの顔色が悪い。おそらく、気力切れによる貧血が起きてしまったのだ。
「ケイラン、ちょっ……」
「コウリンは下がってて……相手がゲンセンなら、力業の接近戦ばかりになる……」
ケイランがアタシの肩を押して遠ざけた途端、ゲンセンを模した影はダダダダダッ!! とものすごい勢いで向かってきた。
「ケイランっ!!」
ケイランが言ったように、『ゲンセンの影』は体術を駆使した攻撃を仕掛けてくる。ケイランはその攻撃を、術をまったく使わずにただひたすら避けた。気力切れでも、まだ避けるだけの体力はあるみたいだけど限界はある。
スルガほど素早くないが、ゲンセンの攻撃はいつも一撃が重い。
あのルゥクでさえ、攻撃を素手で受け止めて腕の骨を粉砕されたことがあったのだ。
もしも、ケイランがその拳を一発でも食らったら…………
想像して、アタシは体から血の気が引く。
「アタシも何か、できることっ……!!」
再び岩の陰に隠れながら己の無力さを痛感する。
アタシに闘いは無理。
できるのは札による手伝いだけで…………
「そうだ、札があるじゃない…………」
慌てて腰帯に挟んでいた木箱を取り出して開けた。箱にはルゥクがよく使う『板の札』が束で入っているが、アタシにはどれがどの効果のある札なのか見分けがつかない。
こんなことなら、もっとルゥクに『板の札』の使い方を問い詰めておけば良かった。
岩から頭を出して今の状況を把握する。湖の近く、ケイランが『ゲンセンの影』の攻撃を懸命に避け、反撃の隙を狙っているのがわかった。
「あの子は諦めてないじゃないの……」
ぱしぃんっ!
両手で顔を叩いて、自分なりの気合いを注入した。
考えろ…………今のアタシはコレしかない。ザガンさんに渡されたんだから、ケイランを手助けできるものになるのよ。たぶん、きっと!!
箱から札を出して地面に並べてみる。
見た目はキレイな模様が描かれた『板の札』だ。いつもルゥクが使っている。
「これがアタシの手札……」
小さなロウソクの灯りの中、アタシはこの札に真剣に向き合うことにした。