目的と標的
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
前回に続き、コウリン視点です。
ガサガサガサガサッ!!
「はぁっ、はぁっ…………」
「っ!? 横に飛べっ!!」
「きゃあっ!!」
真横の茂みから伸びた黒い影を、咄嗟に掛けられた声に反応して飛び退けた。
シャッ!! ズドォォォッ!!
標的であるアタシに向かってきたが、すんでのところで退けたので、黒い影はその場の地面にめり込むように突き刺さった。
「このっ……!!」
スバァッ!!
ケイランの『霊影』が地面に固定された影を薙ぎ払って真っ二つにする。
二つに分けられた影は、ヒラヒラと舞うように浮いた後に消えた。
「はぁ……はぁ……もう何なの、次から次へと……」
「コウリン、こっちへ……少し休もう」
手を引かれ、なるべく大きな岩の陰に座らせられる。一旦、気持ちを落ち着かせることにした。
「ここ……大丈夫なの?」
「ああ。狭い範囲だが、この影の中は私の術の範囲内だ。少し…………陽の角度が変わるまでは休めるはずだ」
そう言って、ケイランは頭上を睨んだ。アタシたちが座っている地面では、ぽこぽこと小さな影が蠢いている。
たぶん、太陽がもっと上に来たらこの岩の影が小さくなって、休めるだけの影がなくなってしまうのだと思う。それまではきっと、ザガンの術を避けていられるのだ。
アタシは恐る恐る辺りを見回す。
攻撃をしてきた影は一つだけだったようで、他にはそれらしいのは見掛けない。
「で…………さっきの細長い影は……?」
「たぶん…………蛇、だな」
「蛇? あはは……もう、何でもありじゃないの…………」
空からのカラスから逃れたと思いきや、今度は地面からの蛇である。
「おそらく、あれの行動範囲は茂みの周辺だ。この辺りは岩だらけだから、追ってきていないのが証拠だ」
「なるほど…………カラスも、森の枝葉が重った所までは来なかったものね……」
「そういうことだ。ちゃんと『決め事』を与えれば、影はその通りに動くらしい」
「へー、便利ね……余計なことするわ……」
心の底からオッサンのことが憎くて仕方ない。
ザガンが『霊影』から造ったという『影の妖獣』には、それぞれきちんとした行動理念があるらしい。
「あれって、ケイランの『霊影』でもできないの? いつか奴の寝所に、でっかいトカゲの影とか送れないものかしら…………」
「残念だが、私には『霊影』から『分身』を生み出すのは気力的にも厳しい」
「分身……?」
今まで、影を伸ばせば色々できていたけど、それとは違うの?
「あ……うん。そうだな……」
アタシの疑問が表に出たのか、ケイランが困り顔をしながらも説明してくれた。
「えっと……“私の意思を乗せて、離れた場所へ送り込む”ということなんだけど……」
「別の? 札の術でも“手紙とかを作って送る技”があるけど…………それと似た感じ?」
確か、カガリとか連絡用に、紙の札で作った鳥みたいなものをルゥクに飛ばしてたのを見たことがある。
あれを見た時はちょっと感動したわ。薬の仕入れとか販売とかの日付けを、遠くの相手に前もって送れて便利じゃないかと考えたもの。
「う〜ん…………」
例をあげてみたのだけど違ったのか、ケイランは難しい顔で考え込んだ。
「どちらかと言うと…………“物”よりも“人”に近い…………手下とか……」
「ホムラとか、カガリみたいな?」
手下……と聞いて思い浮かぶのは、ルゥクの手足になっているあの人たち。
「うん、そっちが近いかも。私の『霊影』は、私と繋がった状態じゃないと動かせない。それを切り離して、命令通りに動かせるのが師匠の『霊影』なんだ」
「つまり、独立して動いてくれるってことね。じゃあ、カラスや蛇の『霊影』が攻撃してくるのは、ザガンさんから“やれ!”って云われたから……?」
「修行の一環。試練ということだ」
「あんのクソ親父…………」
さらに憎らしさが増す。
う〜ん、でもこれが使えれば、勝手に薬草の採取とか…………いかんいかん、アタシはすぐに生活の方で考えちゃうわ。
そんな話をしているうちに、気付けば休んでいた影がかなり狭くなっていた。もう足がはみ出そうになっている。
「さ、そろそろ移動しよう。影が狭くなってきた。明るいうちに目的地に行かないと……途中で食べられるものも探したいし」
「うん……正直、お腹空いた。煮炊きができないって辛いなぁ」
静かに影から出て山道を急ぐ。
途中で木の実があったので、それを口に入れつつ歩いていった。少し足しにはなったけど、やっぱり力はつかないと思ったのは木の実と一緒に飲み込む。
そこから、さらに三回ほど普通の妖獣と、カラス、ウサギ、蛇などの『霊影』に襲われながらも、アタシたちは地図の目的地らしき場所に辿り着いた。
…………………………
………………
まず、その場所に着いて目にしたのは『巨大な穴』だった。
そこは岩だらけで、不思議なことにこの穴の周辺は木どころか草が一本も生えていない。
「うわ……何これ。底が見えないんだけど……深いのかな?」
「わからない。この薄暗さじゃ、余計に見えないのだろうが……」
言われて見上げると、空がうっすら橙色になっている。もう夕方だ。
「それで、ここに来たら何なの?」
「うん…………地図によると……」
胸元から取り出した地図をよく見ると、目的地の印のところに小さく『下へ』と書いてあった。
「下?」
「下……か」
ビュオオオオオオ…………
穴の中に風が吸い込まれていく音がする。
試しに足元にあった小石を投げ込んだが、何の音も聞こえてこない。
「「……………………」」
ダメだ、怖い。でも、ここまで来て何も無いのも逆に怖い気もする。
「…………どうやって降りる?」
「霊影がある。コウリン、私にしっかり掴まって」
「……うん」
身長差故に、アタシはケイランの首に腕を掛ける。ケイランが腰に腕を回し、その上から霊影で締め付けた。
片方の手をかざすと、霊影の一本がアタシたちから伸びて近くの大きな岩に巻き付く。
「行くぞ……!」
「ひゃっ……」
タンッと蹴り出して一気に穴の中へ飛び込んだ。
「〜〜〜〜〜〜っっっ!!」
アタシは有らん限りの力を込めて口を閉じる。穴の中に何があるのか分からない以上、不用意に叫び声をあげる訳にはいかないから。
まだなの?
もう少し?
あと、どのくらい?
感じる時間と実際の時間は違うと思うが、突然ガクッと霊影が身体を支えようと引っ張ってきた。
トン。
足が、静かに地面を踏む。
……思ったより早く着いたわ。
安堵して目を開けると、そこは想像以上に広い空間。でも、上を見ると落ちてきた場所が確認できる高さ。だいたいアタシの身長の五倍程度だった。
どうやら、壺のようになっていて上の穴が狭いみたいだ。そのせいで光が届きにくく、下の地面が暗くなって見えない構造になっていた。
さらに足元には黒っぽい苔が、敷物のように岩ばかりの地面を覆っている。けっこうふかふかするので、石が落ちてもそんなに大きな音はしないかもしれない。
「…………帰りも霊影ですぐに上がれる?」
「これくらいの距離なら平気」
こう考えるとそんなに深い穴ではないように思えたけど、何故かこの中はどんな洞窟よりも湿っていて空気が重苦しく感じる。
上から、そして後ろから、アタシたちを押すように風が吹いてきた。
目の前には真っ暗な横穴がある。
「奥……続いてるね……」
「うん。向かうのは、そこしかないと思う」
「「……………………」」
穴を見た時以上に緊張してきた。
今度こそ、向こうには得体の知れないものがいるように思えてならない。
「灯り、これしかないが……無いよりはマシかな……」
そう言って、ケイランは懐からロウソクを取り出した。それは朝に会った時に持っていたものだ。当たり前だが火はついていない。
「火打ち石とか持ってないけど……」
「いや、これはこうして…………」
ケイランがロウソクの先を、親指と人差し指で摘んで擦った。
ボッ! と小さな音と共にロウソクに火が灯る。
「えっ!? 何、今なにやったの?」
「うん……このロウソク、私が山に飛ばされた時にその場に落ちていたんだ。ロウソク自体に『気力』が込められてて、触ると発火する仕掛けになっていた。たぶん、師匠が一緒に置いてくれたんだと思う……」
「へぇ、『炎の術』がロウソクの芯に仕込まれてるのね。やるじゃないの」
あのクソ親父にも少しは情けというものがあったのね……。
ロウソクの揺れる火を見て、ここに来て初めてオッサンを褒める。
女の子が独りで山道……しかも、妖獣が出る道のりを行かせるんだもん。これくらい、もしくはもっと手厚い配慮があって然るべきだわ。
「まぁ、これでも心許ないけど……進みましょうか」
「あぁ……」
ケイランがロウソクを突き出して、ゆっくりと横穴に入っていく。アタシは彼女の腕を握ってついていくことにした。
意外にも足元はきちんと均されていて、暗いながらも順調に進むことができた。
ピチャン。
時々、水が落ちる音が響く。それ以外はアタシたちの足音だけで、他の音は何も聞こえない。
…………静かだ。怖い。
二人とも全方位に警戒しながら歩いているせいで、この静寂が余計に怖くなってきた。
山道ではうるさいくらいに葉音や、妖獣の鳴き声がしていたのに、この穴の中はその全てが遮断されている。
「あ…………」
前方にぼんやりと青い光が見えた。いや、もっと行くと少し明るい空間がある。
あれが目的地なのかな……?
静かにゆっくりと、その部屋へ入っていくと…………
「わぁ、何ここ…………綺麗……」
ものすごく広い空間に大きな湖が出現した。
「…………地底湖? 水が光ってる?」
そう、その湖全体がうっすら青白く光っていたのだ。そのおかげで、周りを全て見回すことができる。
「あ、見て! 真ん中に木が生えてる!」
「一本だけだな……」
湖の水面を見ると、真ん中に小さな島があり、そこに一本だけ立派な木が生えていた。
とても大きい湖なので、その中心にある木まではかなり遠く、何の木なのかは判別できそうもなかった。
「あれ以外は……何も無さそうだ」
「じゃあ、あの木まで行くんじゃないの?」
「わからない……あそこじゃ、必ず一回は水に落ちることになる。霊影が届かないかもしれないし……」
もしもあの木まで行こうとするのなら、横に移動するのに不向きな霊影は使えず、この湖を泳いで近付くことになるみたいだ。
「他に何かないのか……?」
ケイランはロウソクを近くの岩に置き、地図を取り出して眺めてはクルクルと回したりしている。
「着くだけで合格じゃあないわよね?」
「まさか……あの師匠にそれはないだろう」
「そうよね……」
道中にあれだけ仕掛けといて、目的地で何も無いとか有り得ない。
「ちょっと休むか……」
「うん……」
辺りに警戒しながらも、アタシたちは湖の方を向いて座り込んだ。
改めて見ると、光る謎の湖は深い紺青でとても綺麗だ。
「この湖、もしかしたら、人の手で造ったものかもしれない……」
ケイランがおもむろにボソッと呟く。
ぴちゃんと細い影が跳ねる。ケイランから伸びた霊影が湖の水面に触れていた。
「霊影で判るんだ? で、どうなの?」
「……全体に満遍なく、整った気力が巡っている……光っているのはそのせいだろう」
「『水の術』とか?」
「たぶん、そんな感じだと思う」
「飲んでも大丈夫なの?」
「念の為、やめておいた方がいい…………飲み水用じゃなさそうだし」
「ふぅん……」
…………………………
………………
黙って座り込んでしばらく経った。たぶん、外は夜になっている頃。
洞窟の湖は怖いくらい静かだ。
ケイランのロウソクは、時間が経ってもほとんど減らずに燃え続けている。
「…………ふぁ……」
「………………」
あまりの静けさにアタシは欠伸がでたが、ケイランの方は辺りに細く霊影を張り巡らせて警戒していた。
「コウリン、疲れたらちょっと休んでもいいぞ? 私が起きているから……」
「…………さすがに、こんなわからない状況で眠れないわ」
本当に静か過ぎて…………嫌な予感がする。
「…………ん?」
一瞬、ほんの少しだけ湖が波立った。
「ケイラン……あれ……」
「………………」
指差したのは湖の向こうの木。
いつの間にか、木の幹が黒っぽくなっている。
――――いや、木が黒いんじゃない…………木のところに誰か立ってる!!
「っ……『霊影』!!」
ケイランが周りの地面から『霊影』を出現させた途端、木の幹に張り付いていた黒い影が消えた。
バシャシャシャシャッッッ!!
水面に叩き付けるような、足音らしきものが発生する。
「来る……!!」
「っ……!!」
ザンッ!!
瞬きする、あっという間の出来事だ。
霊影の切れ端が宙を舞う。
一瞬で移動してきた真っ黒な“人影”が、ケイランの『霊影』を薙ぎ払ったのだ。
「ひ、人間っ!?」
「とうとう、来たか!!」
目の前に『人影』が堂々と立っている。飛び退いて間合いを取り、アタシたちは影の全容を確認した。
『人影』はケイランよりも少し背が高い。
真っ黒で性別や顔はよく分からないが、特徴的なのはその右腕だった。
右腕だけ、通常の倍の長さがあるだろう。
先端が細く尖った、まるでカマキリの腕のような………………
「ケイラン…………この影って…………」
湖から移動してきた時の素早さ。
見覚えのある立ち姿。
「この影は…………スルガ、か?」
それは、まさに『風刃』を構えたスルガの輪郭だった。