人間という幻想
お越しいただきありがとうございます。
まったり更新です。今回は視点が変わります。
あれは完全な油断だった。
ケイランと菓子を食べながら、和んでしまった僕の油断。
「姉ちゃん」の言葉につい反応してしまい、そいつをぼっこぼこにしている間に、本格的な攻撃を受けていた。
どうやら、最初に声を掛けてきた男たちは囮だったようだ。気が付けば野次馬のようにいた者たちが、槍やら刀やら鎌やらを持って、間髪入れずに攻撃してくる。
攻撃は単調だが、隙間のない打ち込みは少々避けずらい。しかも腰の札が入っている小物入れや、刀を携帯するための帯革を執拗に狙ってくるので面倒だった。
まずい。僕はともかく、ケイランは接近戦には不利だ。それこそ『霊影』の術は、遠距離や奇襲攻撃、もしくは捕獲や束縛に向いているはずだ。
しかも、ケイランは他の平均的な女の子よりも小さい。こんなゴツい男どもに囲まれれば、術を出す前に埋もれてしまうだろう。
「ケイ……」
僕が彼女の名を呼ぼうとした時、体の横を棒がかすめていった。
ズドンっ!
棒が服の裾に触れた途端、低く重い爆発音が響いた。見ると、当たった裾が焦げてボロボロになっている。その音を出した棒はすぐに引っ込んだが、別の棒が再び僕に向かって突き出された。
これは、札か?
棒の先には何枚かの紙切れが貼り付けてあった。
きっとこれには、爆発の術が封じてある。しかし、この札の造りでは投げることは不可能だ。だから棒に貼って槍のように使ったのだろう。
この札は少しでも触れれば爆発するらしい。ギリギリで避けていたが、髪の毛一本でも当たれば術が発動する。しかも、棒が二本出てきた時にお互いがぶつかっても爆発するので、棒の先にいる僕の服が所々焦げて落ちた。さらにそれにぶつかり…………いずれは僕の体に損傷が出てくるはずだ。
子供騙しだけど、確実に追い詰めてきている。
きっとこいつらは、僕のやり方をずっと見ていた。おそらくケイランの術も確認してから来ている。
案の定、ケイランも数人に囲まれ、術を発動させることができないでいる。そのうち、ケイランの近くにいた男が、手にしていたこん棒を振り下ろすのが見えた。
男たちの足の隙間から、ケイランが地面に倒れ伏すのが見え、僕の焦りは最高潮になった。
「ケイランっ…………!!」
何とかケイランを助けようと、上げていた腕を下げて腰にある札に手を伸ばした。しかし、その隙を奴らも見逃さない。
バァアアアンッ!!
体に響く振動と爆発の圧迫感が、体の右側から全身に駆け巡った。僕の頭上を見慣れたものが飛んでいく。
右腕の肘から少し上を切り飛ばされ、左手で武器を受け流したが、防御の甘くなった右の脇腹に容赦なく槍が突き刺さった。
「ぐっ…………!! ゴホッゴホッ……」
喉から上がってきた血を吐き咳き込む。さすがに呼吸が苦しくなった。周りの男どもがこの絶好の機会に、ジリジリと周りを詰めてくる。このまま僕を四方から串刺しにする気だ。
残念だが、僕はここで殺られる訳にはいかない。
体に突き刺さったままの槍を左手で掴んで、それを使っていた奴ごと持ち上げて体を回転させる。
「うわぁああっ!!」
「ぐわっ!!」
「がっ……!」
次々と周りをなぎ払い、刺さっていた槍は途中から折れた。倒れている男たちを見ながら、短くなった槍の先を持つ手に力を込めて、出来る限りゆっくりと引き抜く。
「うぅっ……がぁっ!!」
引き抜いた直後、血が吹き出して、足下に小さな池を作る。貫通はしていなかったが、完璧に臓器を貫かれていた。
普通ならば刺された時に即死か、槍を抜いた瞬間に失血死だ。
でも僕は死なない。
僕は…………死ねないのだ。
僕のことよりも、ケイランは…………。
「この……化け物がぁぁっ!!」
「これだけ血を流せば、俺たちでも勝てるぞ! 怯まず攻めろ!!」
「「おおっ!!」」
周りの男どもが雄叫びに似た声をあげる。耳障りな声と囲んでいる男たちを退けようと、僕は片腕のまま男のひとりを殴り飛ばす。男は背後の二、三人を巻き込んで大袈裟に吹っ飛んだ。
ほんの少しできた隙間から、囲まれていたケイランを探したが何処にもいない。
しまった、拐われたか……!
いつもなら、兵士は殺されるか、買収されるかだ。拐ったということは、この場で僕を殺せなかった場合の人質とするつもりだろうか? それとも、ケイランの『銀寿』が珍しかったからか?
兵士を殺せば、僕の旅は終わりになる。
奴らにとっては、護送の兵士の存在はただの飾りにすぎないが、僕にとっては唯一、刑場へ入るための生きた『通行証』だ。
しかし、ケイランに限ってはそれだけでは済まされない。
僕はあの娘を不幸にはしたくないのだ。
再び槍を構えた男が数人、今度は四方から一斉に突いてきた。いくら僕でもこれはまずい。例え死ななくても、動けなくなるのは死ぬのよりも酷いことになるからだ。
生きたまま捕らえられるのだけは避けたい。
今度は一、二本刺さっても動けるだろうか?
刺さる覚悟を決めて向かおうとした時、広場の脇の木の上に一瞬だけ光るものが見えた。
「ぎゃあっ!!」
「ぐっ!」
日が暮れた月明かりに、それは次々と男たちの首元へ向けて放たれた。立っていた男たちは全員、喉を鉄製の杭のようなもので貫かれている。
程なくして僕の周囲には、血の海に沈む屍の群れができあがった。早くここを離れた方がいいだろう。
僕はすぐに広場から近くの林へ身を隠す。
「……はぁはぁ…………助かった…………ホムラ……」
僕は姿の見えない助っ人に声を掛けた。
ガサッと音がして、木の上にあった気配が消える。
「到着早々、珍しいもんを見せてもらいやした。もう少し、旦那がやられている姿を眺めるのも良かったんですがね……ひひひ……」
どこから忍び寄ったのか、愉快そうな声がすぐ近くの茂みから聞こえた。どうやら茂みから出て、姿を見せる気はないようだ。
こいつの名は【焔】。僕の子飼いの『影』だ。
『影』が『影』を飼うことはよくある。分かりやすく言うと、師匠と弟子。僕が死んだら、僕が仕事で得たものは全て、彼に継がれることになっていた。
普段、ホムラは僕の側にいることは少ない。特に刑場への護送の時はだいたい、僕から言われたお使いを遂行している。
「旦那に言われたもの、全部調べてきやした。あ、でもその前にこれをどうぞ」
ガサガサと何かを取り出すような音がする。次に彼の隠れている茂み、そこから、腕を持った腕がにょきっと出てきた。
「旦那、腕拾っておきやしたよ。無くすと戻すまで面倒くさいんでしょう?」
「あぁ、すまない……」
まるで落とした帽子を拾ってもらったように、僕は自分の腕を受け取った。自分の体から離れた一部はずっしりと重く感じる。
僕はその腕をちぎれた部分に充てがった。
ビキビキビキッ…………!
不快な音と共に痛みで痺れていた右側に、スゥッと冷たさが伝わって肩に重みが加わる。押さえていた手を放すと腕は落ちてはこなかった。
「くっつきやしたか?」
「まぁ……ね。ちゃんと動くのは、もう少ししないと無理そうだけど……」
ドクンドクンと腕に血が流れ始めた感覚が伝わる。血が抜けて、蒼白くなっていた指が次第に赤みを帯びてきた。
「さて……ケイランを探しに行かないと……」
「…………例の銀寿の嬢ちゃんですかい? 拐われやしたか……」
「うん。ホムラが来る少し前。今回は完全に僕の油断だ」
「ひひひ、本当に珍しい…………嬢ちゃんとの楽しい旅で、舞い上がってたんじゃねぇですか?」
「否定はしない……」
情けないことだ。
浮かれて護りたいものも護れなかった。
「じゃあこれを。たぶん役立ちやすね? 調べてきやした」
「ん、ありがとう」
茂みからにゅっと出たホムラの手には、折り畳まれた紙が握られている。僕はそれを受け取り、紙を広げて内容を確かめた。
「言われた通り、この周辺で旦那を狙っている奴らを一覧表にまとめやした。さっきの連中もここからすぐに割り出せやす」
「助かる…………で? 何でこれも調べているんだ?」
「あぁ、そいつですか。それは嬢ちゃんに何かあったら使えると思いやして……迷惑でしたかね?」
こいつ…………僕以上に喰えないところがある。
しかし、他の『影』よりずっと優秀な奴でもある。
「いいよ、せっかくだから使おう。まずはケイランを拐った奴を教えてくれ」
「へい、分かりやした。すぐに戻りやす」
少しだけガサッと音がして、ホムラはお使いに行った。たぶん、一時間もしないうちに探して来るだろう。
その間、僕は腕の回復を待った。いつもより回復に掛かる時間が長い気がする。
きっと彼女に会ったら、僕は全てを話さなくてはならないだろう。
ホムラが戻ってすぐ、僕はその輩の屋敷の召し使いになって入り込んだ。奴らは浮かれているのか、潜入は容易だった。
ケイランの居場所も突き止めるのに時間は掛からない。
食事を運ぶ役を獲得し、何気無い顔で牢に向かうと、ケイランは牢のなかで無防備に眠っていた。
この子…………意外にどこでも寝られる人種だな……。
けっこう図太いというか…………。
苦笑いをして、その寝顔を少し堪能させてもらう。あんまり見ていると起きた時に言い訳が難しい。
…………まぁ、嫌がらせと捉えられるだろうけど。
予め盗んでいた鍵で牢の中に入って、持ってきた毛布を掛けておいた。そこでやっと無事だったことにホッとした。
それから数十分後にケイランが目を覚ますまで、僕は静かに彼女の側に座っていた。
「何をしてるんだ…………ルゥク…………」
「寂しくなかった? 迎えに来たよ」
目覚めて、ケイランはすぐに僕に気付いた。
たった一日しか経っていないが、やっと再会した僕はホクホクと笑顔でケイランの顔を覗き込む。しかし、ケイランは眉間にシワを寄せて、恐る恐る僕の顔を見てくる。そしてとても言い難そうに言葉を発した。
「その……格好は……女の…………」
「うん? 女に化けたんだから、女に見えなきゃ。そうじゃないとバレちゃうよ」
自分で女装するのは良いんだよ。僕が腹立つのは、素の姿で間違えられること。でも、まぁ……確かに僕も厳つい顔をしているわけじゃないから、しょうがないっちゃ、しょうがない。
やはりここは、頭を坊主にしたり、髭を生やしてみたりしてみて……………………あ、だめだ。似合わない。
僕が余計な事を考えていると、ケイランは鉄格子に手を掛けて、へなへなと力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「ルゥク、お前…………良かった……生きてて……」
「その台詞、死刑囚にはちょっとおかしくない?」
僕の顔を見て、ケイランは心底安心した顔になる。ちょっと目が涙ぐむ様子を見ると、かなり心配させてしまったらしい。
いつでも逃げられるように鍵で牢の扉を開けた。でも、ケイランはその場にぺたりと座ったまま、頬を膨らませてこちらを見上げている。
うん、やっぱり可愛い。その顔は反則だ。
実はいつもケイランを心の中で愛でているが、そう思ってもこの子にそれを言う気はない。例え言ってしまっても、この子は僕の言うことを冗談に受け取るように、この数日で慣らしておいた。
ケイランには僕がふざけた奴に見えておいてほしい。だから、次の言葉も激怒しないように、軽く小バカに注意する。
「まったく、ぼーっとし過ぎだよ。君は国の兵士なんだろう? 護送の任務中なら、もう少し危機感持ってくれないと……道中で執行されたんじゃ、その辺の行き倒れと変わんないよ」
「………………ごめん」
「ちょ…………何も泣かなくても……」
ケイランは大きな目からポロポロと涙を溢して、僕の顔をじっと見つめてきた。内心、僕は大慌てである。
えええっ!? 待ってよ!! これまでの君ならここまで言われたら、「分かっている…………私の落ち度だ、悪かった!」と、ムッとした顔で言うんだろ!?
普通の女の子の表情しないでよ!? 術師兵だろ!?
「はぁ……。今回は僕も悪かったよ。だから、泣かないで…………って…………何?」
泣いたかと思えば、今度は睨むような視線だ。
「お前……私に隠している事があるだろ? 全部吐け!」
「急に何を…………」
「ルゥクは知っていただろう!? お前は私の『恩人』がお前と同じ流派の術師だって、分かってて…………っ」
「そうだよ。分かってた。…………でも、少し違う」
話す時がきた。もうケイランに隠し事は難しい。
「あと……“不死のルゥク”って、どういう意味だ!? 私を拐った奴らはお前を『不老不死』だと信じてるぞ!?」
僕はすぅっと目を細めた。
ケイランはとうとうこの話を聞いてしまった。
「僕はそんなたいそうな存在じゃないよ。でも、君には話した方がいいね」
「全部……?」
きっと全て話せば楽になる。
しかし、それでは時間がない。
「君が関わることだけ……全部話したらきりがない。僕はそれだけの時間を生きてきた。僕自身、思い出しきれないほどの、途方もない時間」
少し長くて小難しい話だ。
それでも僕は話始める。
僕の化け物としての遍歴を――――――。