表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/136

人間という幻想

お越しいただきありがとうございます。

まったり更新です。今回は視点が変わります。

 あれは完全な油断だった。

 ケイランと菓子を食べながら、和んでしまった()の油断。


「姉ちゃん」の言葉につい反応してしまい、そいつをぼっこぼこにしている間に、本格的な攻撃を受けていた。

 どうやら、最初に声を掛けてきた男たちは囮だったようだ。気が付けば野次馬のようにいた者たちが、槍やら刀やら鎌やらを持って、間髪入れずに攻撃してくる。


 攻撃は単調だが、隙間のない打ち込みは少々避けずらい。しかも腰の札が入っている小物入れや、刀を携帯するための帯革を執拗に狙ってくるので面倒だった。


 まずい。僕はともかく、ケイランは接近戦には不利だ。それこそ『霊影(りょうえい)』の術は、遠距離や奇襲攻撃、もしくは捕獲や束縛に向いているはずだ。

 しかも、ケイランは他の平均的な女の子よりも小さい。こんなゴツい男どもに囲まれれば、術を出す前に埋もれてしまうだろう。


「ケイ……」


 僕が彼女の名を呼ぼうとした時、体の横を棒がかすめていった。


 ズドンっ!


 棒が服の裾に触れた途端、低く重い爆発音が響いた。見ると、当たった裾が焦げてボロボロになっている。その音を出した棒はすぐに引っ込んだが、別の棒が再び僕に向かって突き出された。


 これは、札か?


 棒の先には何枚かの紙切れが貼り付けてあった。

 きっとこれには、爆発の術が封じてある。しかし、この札の造りでは投げることは不可能だ。だから棒に貼って槍のように使ったのだろう。


 この札は少しでも触れれば爆発するらしい。ギリギリで避けていたが、髪の毛一本でも当たれば術が発動する。しかも、棒が二本出てきた時にお互いがぶつかっても爆発するので、棒の先にいる僕の服が所々焦げて落ちた。さらにそれにぶつかり…………いずれは僕の体に損傷が出てくるはずだ。


 子供騙しだけど、確実に追い詰めてきている。

 きっとこいつらは、僕のやり方をずっと見ていた。おそらくケイランの術も確認してから来ている。


 案の定、ケイランも数人に囲まれ、術を発動させることができないでいる。そのうち、ケイランの近くにいた男が、手にしていたこん棒を振り下ろすのが見えた。


 男たちの足の隙間から、ケイランが地面に倒れ伏すのが見え、僕の焦りは最高潮になった。


「ケイランっ…………!!」


 何とかケイランを助けようと、上げていた腕を下げて腰にある札に手を伸ばした。しかし、その隙を奴らも見逃さない。


 バァアアアンッ!!


 体に響く振動と爆発の圧迫感が、体の右側から全身に駆け巡った。僕の頭上を見慣れたものが飛んでいく。

 右腕の肘から少し上を切り飛ばされ、左手で武器を受け流したが、防御の甘くなった右の脇腹に容赦なく槍が突き刺さった。


「ぐっ…………!! ゴホッゴホッ……」


 喉から上がってきた血を吐き咳き込む。さすがに呼吸が苦しくなった。周りの男どもがこの絶好の機会に、ジリジリと周りを詰めてくる。このまま僕を四方から串刺しにする気だ。


 残念だが、僕はここで殺られる訳にはいかない。

 体に突き刺さったままの槍を左手で掴んで、それを使っていた奴ごと持ち上げて体を回転させる。


「うわぁああっ!!」

「ぐわっ!!」

「がっ……!」


 次々と周りをなぎ払い、刺さっていた槍は途中から折れた。倒れている男たちを見ながら、短くなった槍の先を持つ手に力を込めて、出来る限りゆっくりと引き抜く。


「うぅっ……がぁっ!!」


 引き抜いた直後、血が吹き出して、足下に小さな池を作る。貫通はしていなかったが、完璧に臓器を貫かれていた。

 普通ならば刺された時に即死か、槍を抜いた瞬間に失血死だ。


 でも僕は死なない。

 僕は…………()()()()のだ。



 僕のことよりも、ケイランは…………。


「この……化け物がぁぁっ!!」

「これだけ血を流せば、俺たちでも勝てるぞ! 怯まず攻めろ!!」

「「おおっ!!」」


 周りの男どもが雄叫びに似た声をあげる。耳障りな声と囲んでいる男たちを退けようと、僕は片腕のまま男のひとりを殴り飛ばす。男は背後の二、三人を巻き込んで大袈裟に吹っ飛んだ。

 ほんの少しできた隙間から、囲まれていたケイランを探したが何処にもいない。


 しまった、拐われたか……!


 いつもなら、兵士は殺されるか、買収されるかだ。拐ったということは、この場で僕を殺せなかった場合の人質とするつもりだろうか? それとも、ケイランの『銀寿』が珍しかったからか?


 兵士を殺せば、僕の旅は終わりになる。

 奴らにとっては、護送の兵士の存在はただの飾りにすぎないが、僕にとっては唯一、刑場へ入るための生きた『通行証』だ。


 しかし、ケイランに限ってはそれだけでは済まされない。

 僕はあの娘を不幸にはしたくないのだ。


 再び槍を構えた男が数人、今度は四方から一斉に突いてきた。いくら僕でもこれはまずい。例え死ななくても、動けなくなるのは死ぬのよりも酷いことになるからだ。

 生きたまま捕らえられるのだけは避けたい。


 今度は一、二本刺さっても動けるだろうか?


 刺さる覚悟を決めて向かおうとした時、広場の脇の木の上に一瞬だけ光るものが見えた。


「ぎゃあっ!!」

「ぐっ!」


 日が暮れた月明かりに、それは次々と男たちの首元へ向けて放たれた。立っていた男たちは全員、喉を鉄製の杭のようなもので貫かれている。

 程なくして僕の周囲には、血の海に沈む屍の群れができあがった。早くここを離れた方がいいだろう。


 僕はすぐに広場から近くの林へ身を隠す。


「……はぁはぁ…………助かった…………ホムラ……」


 僕は姿の見えない助っ人に声を掛けた。

 ガサッと音がして、木の上にあった気配が消える。


「到着早々、珍しいもんを見せてもらいやした。もう少し、旦那がやられている姿を眺めるのも良かったんですがね……ひひひ……」


 どこから忍び寄ったのか、愉快そうな声がすぐ近くの茂みから聞こえた。どうやら茂みから出て、姿を見せる気はないようだ。


 こいつの名は【(ホムラ)】。僕の子飼いの『影』だ。

『影』が『影』を飼うことはよくある。分かりやすく言うと、師匠と弟子。僕が死んだら、僕が仕事で得たものは全て、彼に継がれることになっていた。

 普段、ホムラは僕の側にいることは少ない。特に刑場への護送の時はだいたい、僕から言われたお使いを遂行している。


「旦那に言われたもの、全部調べてきやした。あ、でもその前にこれをどうぞ」


 ガサガサと何かを取り出すような音がする。次に彼の隠れている茂み、そこから、()()()()()()がにょきっと出てきた。


「旦那、腕拾っておきやしたよ。無くすと戻すまで面倒くさいんでしょう?」

「あぁ、すまない……」


 まるで落とした帽子を拾ってもらったように、僕は自分の腕を受け取った。自分の体から離れた一部はずっしりと重く感じる。

 僕はその腕をちぎれた部分に充てがった。


 ビキビキビキッ…………!


 不快な音と共に痛みで痺れていた右側に、スゥッと冷たさが伝わって肩に重みが加わる。押さえていた手を放すと腕は落ちてはこなかった。


「くっつきやしたか?」

「まぁ……ね。ちゃんと動くのは、もう少ししないと無理そうだけど……」


 ドクンドクンと腕に血が流れ始めた感覚が伝わる。血が抜けて、蒼白くなっていた指が次第に赤みを帯びてきた。


「さて……ケイランを探しに行かないと……」

「…………例の銀寿の嬢ちゃんですかい? 拐われやしたか……」

「うん。ホムラが来る少し前。今回は完全に僕の油断だ」

「ひひひ、本当に珍しい…………嬢ちゃんとの楽しい旅で、舞い上がってたんじゃねぇですか?」

「否定はしない……」


 情けないことだ。

 浮かれて護りたいものも護れなかった。


「じゃあこれを。たぶん役立ちやすね? 調べてきやした」

「ん、ありがとう」


 茂みからにゅっと出たホムラの手には、折り畳まれた紙が握られている。僕はそれを受け取り、紙を広げて内容を確かめた。


「言われた通り、この周辺で旦那を狙っている奴らを一覧表にまとめやした。さっきの連中もここからすぐに割り出せやす」

「助かる…………で? 何で()()も調べているんだ?」

「あぁ、そいつですか。それは嬢ちゃんに()()()()()()使えると思いやして……迷惑でしたかね?」


 こいつ…………僕以上に喰えないところがある。

 しかし、他の『影』よりずっと優秀な奴でもある。


「いいよ、せっかくだから使おう。まずはケイランを拐った奴を教えてくれ」

「へい、分かりやした。すぐに戻りやす」


 少しだけガサッと音がして、ホムラはお使いに行った。たぶん、一時間もしないうちに探して来るだろう。

 その間、僕は腕の回復を待った。いつもより回復に掛かる時間が長い気がする。


 きっと彼女に会ったら、僕は全てを話さなくてはならないだろう。




 ホムラが戻ってすぐ、僕はその輩の屋敷の召し使いになって入り込んだ。奴らは浮かれているのか、潜入は容易だった。

 ケイランの居場所も突き止めるのに時間は掛からない。


 食事を運ぶ役を獲得し、何気無い顔で牢に向かうと、ケイランは牢のなかで無防備に眠っていた。


 この子…………意外にどこでも寝られる人種だな……。

 けっこう図太いというか…………。


 苦笑いをして、その寝顔を少し堪能させてもらう。あんまり見ていると起きた時に言い訳が難しい。


 …………まぁ、嫌がらせと捉えられるだろうけど。


 予め盗んでいた鍵で牢の中に入って、持ってきた毛布を掛けておいた。そこでやっと無事だったことにホッとした。


 それから数十分後にケイランが目を覚ますまで、僕は静かに彼女の側に座っていた。






「何をしてるんだ…………ルゥク…………」

「寂しくなかった? 迎えに来たよ」


 目覚めて、ケイランはすぐに僕に気付いた。


 たった一日しか経っていないが、やっと再会した僕はホクホクと笑顔でケイランの顔を覗き込む。しかし、ケイランは眉間にシワを寄せて、恐る恐る僕の顔を見てくる。そしてとても言い難そうに言葉を発した。


「その……格好は……女の…………」

「うん? 女に化けたんだから、女に見えなきゃ。そうじゃないとバレちゃうよ」


 自分で女装するのは良いんだよ。僕が腹立つのは、素の姿で間違えられること。でも、まぁ……確かに僕も(いか)つい顔をしているわけじゃないから、しょうがないっちゃ、しょうがない。


 やはりここは、頭を坊主にしたり、髭を生やしてみたりしてみて……………………あ、だめだ。似合わない。


 僕が余計な事を考えていると、ケイランは鉄格子に手を掛けて、へなへなと力が抜けたようにその場にへたり込んだ。


「ルゥク、お前…………良かった……生きてて……」

「その台詞、死刑囚にはちょっとおかしくない?」


 僕の顔を見て、ケイランは心底安心した顔になる。ちょっと目が涙ぐむ様子を見ると、かなり心配させてしまったらしい。

 いつでも逃げられるように鍵で牢の扉を開けた。でも、ケイランはその場にぺたりと座ったまま、頬を膨らませてこちらを見上げている。


 うん、やっぱり可愛い。その顔は反則だ。


 実はいつもケイランを心の中で愛でているが、そう思ってもこの子にそれを言う気はない。例え言ってしまっても、この子は僕の言うことを冗談に受け取るように、この数日で()()()()おいた。

 ケイランには僕がふざけた奴に見えておいてほしい。だから、次の言葉も激怒しないように、軽く小バカに注意する。


「まったく、ぼーっとし過ぎだよ。君は国の兵士なんだろう? 護送の任務中なら、もう少し危機感持ってくれないと……道中で執行されたんじゃ、その辺の行き倒れと変わんないよ」

「………………ごめん」

「ちょ…………何も泣かなくても……」


 ケイランは大きな目からポロポロと涙を溢して、僕の顔をじっと見つめてきた。内心、僕は大慌てである。


 えええっ!? 待ってよ!! これまでの君ならここまで言われたら、「分かっている…………私の落ち度だ、悪かった!」と、ムッとした顔で言うんだろ!?

 普通の女の子の表情しないでよ!? 術師兵だろ!?


「はぁ……。今回は僕も悪かったよ。だから、泣かないで…………って…………何?」


 泣いたかと思えば、今度は睨むような視線だ。


「お前……私に隠している事があるだろ? 全部吐け!」

「急に何を…………」

「ルゥクは知っていただろう!? お前は私の『恩人』がお前と同じ流派の術師だって、分かってて…………っ」

「そうだよ。分かってた。…………でも、少し違う」


 話す時がきた。もうケイランに隠し事は難しい。


「あと……“不死(しなず)のルゥク”って、どういう意味だ!? 私を拐った奴らはお前を『不老不死』だと信じてるぞ!?」


 僕はすぅっと目を細めた。

 ケイランはとうとうこの話を聞いてしまった。


「僕はそんなたいそうな存在(もの)じゃないよ。でも、君には話した方がいいね」

「全部……?」


 きっと全て話せば楽になる。

 しかし、それでは時間がない。


「君が関わることだけ……全部話したらきりがない。僕はそれだけの時間を生きてきた。僕自身、思い出しきれないほどの、途方もない時間」


 少し長くて小難しい話だ。

 それでも僕は話始める。


 僕の化け物としての遍歴を――――――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読み頂き
ありがとうございます!

ブクマ、評価、感想、誤字報告を
頂ければ幸いです。


きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] ホムラいいキャラだなあ……って書こうとしたら先客がいた (´・ω・`)ww 次回、ルゥクの正体がわかるんですかね!? 化け物でもカッコいいですね!
[一言] ホムラのキャラもいいですねえ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ