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一蓮托生

 ある朝。と言っても、まだ夜が明けていない未明。


 ふとアタシが目覚めると、隣りでケイランが寝ていたはずの布団はキレイに畳まれていた。


 …………もう修行に? 寝る前は何も言ってなかったけどなぁ。あ、足は大丈夫だったかしら?


 この頃、ケイランの足の怪我は極端に少なくなった。きっと修行に慣れてきたのかも。

 もしかしたら、踊りが上手くなったのかもしれない…………でもそれなら、黙ってないで自慢でいいから言ってくれてもよさそうなんだけど……。


 毎朝、何となく暗い顔で道場へ向かうので、修行が楽しいものではないのは事実。


 …………今日も道場かな? それにしても、まだ早いんじゃないの……?


 目覚めて考え出したら、目が冴えてしまって二度寝をする気にならない。近くの雨戸の隙間から外を見ると、東の方はうっすらと白んできていた。


「ふぁ…………」


 寝間着から着替えて、ちょっと早いけど日課の調合の準備を始める。今日は常備薬として、疲労回復の薬草で丸薬でも作っておこうと思う。


 粉はいつも、ケイランが飲みにくそうにしてるのよねぇ。


 子供の頃から、よく薬を飲まされていたという彼女にはあんまり良い思い出はないのだろう。いや、薬を好きな人ってそんなにいないとは思うけど。


「さてと……薬草、薬草…………」

「おはようございます。コウリンさん」

「っ!? ひゃああっ!!」


 ガサガサと薬草の袋を探していた時、急に後ろから声を掛けられ。その場で驚いて飛び跳ねてしまった。


 振り向くと、入り口にはスエがお盆を持って立っている。他にも何か荷物を肩に掛けているのも見えた。



「起こす手間が省けて良かったです。すみませんが、コウリンさんに急用がございます」

「す……スエさん、おはようございます…………急用って……?」

「早速ですが、朝食を召し上がられたらこちらに着替えて、この荷物をお持ちになって外に出てください」

「…………は?」


 そう言って差し出されたのは、粥と漬物だけの簡単な朝食、道着のような着物と編み込みで作られた履き物、そして両手くらいの大きさの包みだった。


「あの…………これは?」

「私どもは存じ上げません。ザガン様からのご指示ですので…………」

「……………………」


 あのオッサンの指示…………? アタシにも何かさせようってこと?


 物凄く疑いたくなったが、もしかしたら起きた時にケイランがいなかったことに繋がるのかもしれない。そう思ったら、その指示とやらに従うのが礼儀というものだ。


「…………わかりました。朝食、いただきます」

「はい。では、終わったら食器はそのまま、ここに置いててください」

「はい……」

「あ、あとこの包みは、指示がある前に開いて中身を見たりしないようにお願いします」

「は、はぁ……」


 にっこりと作ったような笑顔を浮かべて、スエはスススッと部屋を出ていった。


「何をやらせようってのか知らないけど…………やってやろうじゃあないの…………」


 こちとら、幼い頃から薬の行商で国中を練り歩いてんのよ。ちょっとやそっとじゃ驚かないわ………………たぶん。


 自分でも度胸はある方だと思ってる。最近はルゥクとか見て、その自信が不安になるけど。

 人間の常識の範囲…………それなら揺るがない。範囲外でも驚いたあとは、大抵のものは慣れてきたんだもの。



 粥を流し込むように勢いよく食べて、出された着物に素早く着替える。これはケイランが毎朝着ていく修行の道着と同じだ。

 よこされた包みは腰に結び付けておく。大きさの割には少し重くて、まるで石を付けたみたいに思った。


 もしかして、アタシはケイランの手伝いでもするのかしら?


 そうなら、やっと出番がきた。

 一抹の不安はあるが、それを跳ね除けるように思いっきり入り口の戸を開く。


 大事な友人の為だもの、ひと肌脱いであげるわ!


「さぁ、行く………………あれ?」


 さっき外を確認したら夜明け前で薄暗かった。だから、もうそろそろ明るくなっているはずなんだけど………………


「え? 何で、()()()なの……?」


 暗い。外は夜中よりも暗かった。


「……何これ、おかし…………ぶっ!?」


 この暗がりを疑問に思った瞬間、アタシの頭から何か布のようなものが掛けられ、強い力で全身を包み込まれてしまった。


 真っ暗なのって…………真っ黒の布!?


 ぎゅうぎゅうに全身を締め付けられる。身体の自由はどこにもなく、ミシミシと骨が軋んでいく音が聞こえそうなくらい強い。


 く、苦し…………何なのっ!?


 訳が分からないまま、身体に浮遊感を感じる。そして急に強い力で引っ張られていった。


 ……い、いやぁぁぁぁぁっ!?


 まるで釣り竿で釣り上げられた魚の気分で、アタシにはどうしようもない。


 ドスンッ!!


「うっ……!!」


 いきなり地面に投げ出された。

 身体を包んでいた真っ黒な布? は何処にも無い。ただし、見えた景色にアタシは驚愕しかなかった。


「…………ここ……?」


 先ほどまでザガンの屋敷の敷地にいた。そこは平坦で庭も手入れがされていて、庭木もきちんと整えられていた。


 しかし、今見えている場所は針葉樹林が自由に生える林の中。足元に傾斜があるから山の中だろうと思った。

 びっくりしたけど、落とされた場所には落ち葉が積もっていて体はどこも痛くない。


 釣り上げられ、引っ張られたのはほんの少しの時間。


「いつの間に、こんな山奥に入ったの……?」


 あまりのことに、その場で立ち尽くして考え込む。


「もしかして……移動の術? 術で連れてこられた?」


 さっき、アタシを包んで引っ張ったのは何かの術だったのだろう。


 だとしたら、何でアタシをここへ?

 さすがに不安になって辺りを見回した時、


「コウリン、何でここに!?」


 傾斜の上から聞き慣れた声が降ってくる。


 見上げると、薄暗い中で灯りのロウソクを手にケイランが驚いた顔でこちらを見ていた。

 慌てたように、すぐにアタシの側へと駆け寄ってくる。


「どうしたんだ!? 何かあったのか?」

「ケイラン! いや、アタシもよく分からないけど、急に真っ暗になってここに落とされた? そんな感じに…………」

「あ…………それ師匠だ。ごめん」


 曖昧な説明にもかかわらず、ケイランは眉間にシワを寄せて謝ってきた。言った後には大きなため息もついている。


「オッサ…………ザガンさんが? あ、確かに着替えとか荷物とか、朝一で用意されたけど……」

「そうか、師匠が言ってたのはこれか……まったく……なんて危険なことを…………」

「…………?」


 額に手を当てて、ケイランは難しい顔でブツブツと呟いた。しかし何かを決めたのか、キッと頭を上げてアタシの顔を正面から見据えてくる。


「コウリン、簡単に説明すると…………たぶん、私の修行にコウリンを巻き込んでしまったんだ……」

「え? ケイランの修行に?」

「そう。実は今回の『試練』で修行を終わりにすると、師匠から言われてた」

「試練……」


 背中にゾクリと悪寒が走る。


「ねぇ、ザガンさんからはアタシのことは何も言われてないの? アタシもあんまり言われないで放り込まれたから……」

「……師匠は…………あ、そうだ! 確か、“後で『包み』を持たせるから、それを確認したらあとは自分で考えて動け”って謎の言葉を言われていた。それはコウリンのことだったんだ…………『包み』とか分かる?」

「包み…………?」


 もしかしなくても()()のことかな?


 ここに来る前にスエに渡されたもの。

 アタシはそれを腰から外してケイランの前に置く。地面に置かれた包みは、妙な存在感を醸し出しているように思える。


「確かに、包み…………だな?」

「コレね? 確認しろってことは、開けてもいいってことよね?」

「うん。たぶん…………」

「意外に出番が早かったわね。どれどれ……」


 自分でも少し気になっていたので一気に布を剥ぎ取ると、中には質素な造りの木の箱が入っていた。その蓋をそっと持ち上げる。


「え…………」

「……『札』だ。しかもこれは…………」


 箱の中には『札』が入っていた。

 アタシがいつも使う『紙の札』ではなく、ルゥクが使っている『板の札』の方だ。


「コウリンに使えってことかな?」

「……アタシ、使えないわよ」

「私はもっと使えないぞ……」

「じゃあ、やっぱりアタシ用か……」


 アタシは術医師の見習いだけど、『札の術師』でもある。普段は『紙の札』を使っている。『板の札』はアタシも普段手にしてはいるが、それは荷物を入れるための収納用の札だ。


 収納以外の用途の『板の札』は、ルゥクが使っている時くらいしか見ない。


「ふぅ…………」


 試しに息を整えて『気力操作』をする。札の術というのは、予め札に描かれた術に気力を加えて発動させること。

 自分の気力を札に伝え、札の中で気術として完成させて表に出すという仕組みだ。


 アタシは箱の中の『板の札』を一枚手に取り、試しに気力を乗せてみた。


 本来ならば気力が入った札は熱を帯びる。しかし『板の札』には変化が起きなかった。


 やはりアタシの『紙の札』とは違う。

『板の札』は指から伝った気力を吸収せずに弾いてきた。札を持つ指の皮膚がじんじんと痛みだし、行き場の無くなった気力は手の周りで霧散したのがわかった。


「いちち…………やっぱり使えない。収納の札とは勝手が違うわ…………」


 ふーふーと指先に気休めの息を吹きかける。


「見た目は収納の札とそんなに変わらないのに、使うとなると違うのだな……」

「そうね、純粋に流す気力の量の違いだけど……」


 一度だけ、伊豫でルゥクに普段の『板の札』の使い方を習ったが、これは強い気力で押し込まないと気力を吸収しないのだ。


「まいったなぁ……これしか、荷物を持ってないのに…………」


 今のアタシの手持ちはスエから渡されたこれだけ。


 つまり何かあったら…………いえ、()()()()()()アタシに“使え”って言っているのだ…………ザガンさんが。


「なんか、アタシまで修行をさせられてるみたい…………」

「ほんと、ごめん……」


 なんとも申し訳なさそうなケイランの表情。これは、いつもの責任感の強さの表れである。


「まぁいいわ。うん、良かった」

「へ?」

「だって、やっとアタシの出番がきたのよ。今まで、あんたの帰りを部屋で待つだけで、物凄くもどかしかったから。存分に発散してやる!」


 不安がない訳じゃない。

 でも、アタシは動いている方が気が楽だ。


「ありがとう、コウリン」

「お礼はまだ早い。で? アタシたちはここで何をやればいいの?」

「………………それは……」


 あたしの質問に、ケイランは懐から折りたたまれた紙を取り出した。

 広げられたのを覗くと、それはとても簡単に描かれた地図だった。


「とりあえず、ここに行け……と言われた」


 とんとんと指されたのは、地図の端に記された朱の丸。


「んーと……これが目的地ね」

「たぶんあっちだ。私が放り込まれた場所がここで、そこから星を頼りに方角を見て…………ほら、ここに描かれている岩はあそこに在るものだし」


 ケイランが指差した方向には、特徴的な形の大岩が存在している。


「私は真夜中に来て半分くらい歩いた。もう半分はもっと早く行けると思う」


 そう言って、ケイランは天を仰いてから手に持っていたロウソクの火を吹き消す。

 木々の間から見える空は、灯りがなくても大丈夫なほど白く明るくなってきていた。


「確かに。これから陽も昇って明るくなるし、進みやすくはなりそうね。印の付いた目的地は…………こっちね」


 素直に地図通りに進むなら、これは山路をひたすら歩く修行のようだ。


 でも…………これがケイランの最後の修行って言ってたっけ?


 胸に、これでもかと不安が過ぎった。


 あのザガンさんが、ケイランを歩かせるだけで終わらせるのだろうか?


 アタシを送ったのと『板の札』の意味は?


「ねぇ…………ケイランがここに来るまで、歩く以外に何かあった?」

「え? いや、特には…………あ、たまに弱い妖獣が出たくらいかな……?」

「妖獣……」


 こめかみにピクリと力が入る。


「この森、妖獣が出るのね? 極弱くても、気力が乱れてる証拠よね?」

「…………っ……」


 ケイランがハッとした表情をした。

 ここに来るまで、地図通りに来ることに集中していたためか、妖獣のことを深く考えてなかったのかもしれない。


「…………まさか、この目的地に……」

「もんの凄い奴が居たりして…………」

「なら、目的は化け物退治……?」

「……女子二人で?」


 二人で地図を見ながら固まった。

 この先、目的地に付けられた朱色の印が禍々しく見える。


 …………やりかねない。あのオッサンなら絶対に何かやると思う!


 極浅い付き合いなのに、直感的にそう思ってしまう。


「コウリン……とりあえず私だけで行くから、ここで待ってても…………」

「アタシだけ待つのは無し。アタシを送ったってことは、なにかの役目があるってことでしょ?」

「うん…………でも……」


 もしも本当に戦いなどになれば、戦闘能力のないアタシはケイランの足でまといになり得る。


 正直、それは避けたいところだけど…………


「アタシ、何があっても最後までついてくわ。背後はアタシが見張ってるから、ケイランはとにかく前に進みなさい!」

「わ、わかった……」


 何でもやってやろうって。さっき、部屋を出る時に思ったじゃないの。


「ここまで来たら一蓮托生よ。アタシはケイランの手伝いを完璧にこなしてやるんだから!」


 アタシは着物の帯に、使えるか分からない『板の札』を差し込んだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] ケイランが強くなっていく様子、頼もしくもあり、危なげさもあり (*´▽`*)
[一言] これは胸熱な展開( ˘ω˘ )
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