腑に落ちぬ動静
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
スルガ視点です。
ザガンのオッサン…………師匠のとこで、オレやケイランが修行を始めて早十日。
オレが見ている限り、ケイランがやらされているのは『踊り』だけのような気がする。
毎日毎日、道場にいる師匠に挨拶に行くと、関節の固まったような動きのケイランを見掛ける。
「…………おっちゃん、どう思う?」
「ん? 何がだ?」
「ケイラン、ちゃんと修行されてねぇんじゃないかなーって……」
「ん〜…………」
オレは剣術場。
ゲンセンは格闘訓練場。
道場から出てそれぞれの修練場へ向かう時、オレはさっきのケイランの修行についての疑問をゲンセンに投げ掛けた。
「どう……って言われてもなぁ。俺たちとケイランは術師としての質が違うんだし、お師匠さんが決めたことに俺たちが口出しできないだろうが」
「でもなぁ……遊び半分でやられてる気がしてならないんだよなぁ…………」
毎朝挨拶の度に、ものすごく頑張って踊っているケイラン。それをあんのふざけた師匠は、
『だはははははっ!! いいぞいいぞー、ほらほらもっと回転しとけぇっ!!』
とか、朝から酒呑んで大笑いしながら観てた。
「まぁ……毎日アレはねぇよな……」
「ケイランが不憫…………」
よくも飽きずに笑って見ていられるもんだと、オレは心底あのオッサンに対して怒りを覚えていた。そんなオレの心持ちも、あの人は読み取ってニヤニヤしてくるんだけどな。
「言っとくが、俺やスルガがケイランの修行に対して口出しはできないからな。お師匠さんに言われてんだからな」
「わかってる。ただ、ふざけた態度に怒ってるんだよ」
「そのふざけた態度に、当の本人は何とも言ってねぇだろ?」
「それは……そうだけど…………」
「俺はケイランとはそんなに長い付き合いじゃないが、あいつなら『ひとの踊りを酒の肴にするなぁっ!!』とか言って怒りそうだと思わないか?」
「…………………………」
ゲンセンが言った台詞が、頭の中でそのままケイランの声で再現される。
確かにそうなんだ。真面目なケイランなら特大の突っ込みを入れて、真っ先に抗議しているんじゃないだろうか?
「ケイランは真剣に踊りの練習をしているように見えるが。一緒にいるコウリンにも聞いたが、初日だけじゃなく毎回治療しても足の裏の皮が剥けるまでやってるってよ」
「…………そんな……」
「本人が心底やろうと思わなきゃ、特に術の修行は成り立たない。お前だって、伊豫にいる時にもそう思ってやってただろ?」
「うん、まぁ……」
術って気持ちの入り方で、かなり出来に差が出てくる。単なる気力操作でも、ダラダラとやろうとすると少しも気術が発動しない。
“如何に術を毎回同じように出せるか”……それは伊豫にいた時にゲンセンにも教えてもらったし、ケイランの『霊影』を見て“均一”に気力を扱うことの難しさも実感した。
「ケイランの術は操作の系統だし、俺やお前の術は格闘系だ。お師匠さんも何か考えがあんだろ? もう少し、信用して見てみないといけないかもな」
ゲンセンの言葉に、オレは術に関する少ない知識を頭で巡らせる。でもやっぱり、あのオッサンが何をやろうとしてるのか、それがさっぱり読み取れない。
「…………オレはおっちゃんと違って、あの師匠のオッサンは信用したくない」
「できないじゃなく、したくない……か」
「嘘は言ってなさそうなんだけど、何か肝心なことが抜けてるっていうか…………うん、さっぱりわかんねぇんだよ」
「………………」
立ち止まって、ゲンセンはちょっと考えてるみたいだ。
そして、大きなため息をついてこちらを見る。
「サトリの化け物……」
「そうだよ。ルゥク兄ちゃんも嫌がってたろ?」
「だが、あのルゥクが嫌々でも、ザガンをケイランに会わせたことは何か意味があると思う…………俺らはやっぱり、ケイランのことに関しては見守るだけだ」
「う………………」
ゲンセンがそこまで言うんだ、それ以上は何も言えなかった。
結局はルゥクが何か考えてケイランを連れてきたのだから、オレは狙いも解らないし手伝いもできない。
「……面白くない」
「言うな。そのうち分かるだろうし、お前は『見気』を持ってんだからすぐに見抜けるかもしれないだろ?」
「…………わかった」
「おう。偉いぞ」
わしわしと頭を撫でられたが、本当はわかりたくない。でも余計な手伝いを申し出て、一生懸命やってるケイランに嫌われたくもない。
「……………………」
訓練場へ着いても、何か全然頭からモヤモヤが離れないでいる。
何でケイランをあのオッサンに任せるのか?
あのオッサンは何なのか?
これは、ルゥクをとっ捕まえて聞き出す方が手っ取り早い……!
そう思ったオレは夕方に稽古を終えると、真っ直ぐに母屋に戻ってルゥクを捜した。
「あぁ、スルガくん。ご飯、もう少ししたらできるから……」
「サイリ! ルゥク兄ちゃんってどこ!?」
母屋のみんなが食事で集まる部屋に行くと、そこで夕飯のために卓を用意しているサイリに会った。
すかさずルゥクの居場所を聞いた。何故なら、ルゥクは最初にこの邑に来た時以来、特別な用事が無ければこの部屋に来ることはほとんどない。こうなったら、居場所を聞いて直接会いに行く。
「ルゥク様? たぶん自分のお部屋だと思うよ」
「その部屋ってどこ?」
「さぁ?」
「へ?」
「ルゥク様のお部屋はね、弟子でも誰も知らないんだよ。たぶん知ってるとすれば…………」
「………………?」
サイリがオレの背後へ視線を向けている。何? と思いながら後ろを振り向くと、オレの顔が何かにぶつかった。
「ぶっ……な、何だ!?」
「坊、何そんなに憤ってやすか?」
「え? うぁっ!」
いつの間にか、背後にピッタリとホムラが立っていた。オレは至近距離で、見下ろすにんまり顔と対峙する。
ホムラは紺色の着物を着て、金髪は隠すことをしていない。なのに青い眼だけは保護眼鏡で隠していた。
そういや、ルゥク同様にホムラも見てなかったな。
何となくだけど、ベルジュがホムラだったとわかった時から、顔を見るとちょっと気まずくなるんだ。オレ、けっこう仲良くしてたと思ってたから。
「どうかしやした? 眉間にシワ寄ってやすけど」
「いや、ここにホムラ兄ちゃんが普通にいるのが……」
「ここ、あっしの家でもありやすからね」
「あー……そう、だな…………」
にんまりしたまま小首を傾げるホムラ。
だよな。そりゃ、我が家なら当たり前だ。
「ホムラ、いいとこに来たねぇ。ちょっとひとっ走りして、鶏婆さんから明日の朝食の玉子貰ってきてよ! この籠の野菜と引き換えに」
「嫌でやす」
サイリがオレたちの間にひょいっと顔を出して、ホムラに籠を差し出して頼み事をしている。
しかし、それはすぐに拒絶され、上がっていた口角も逆になってる。
ふと、ベルジュの時だったらニコニコと頼み事を受けただろうと思った。だからホムラとの落差が何とも言えない。
「えぇえ〜? 鶏婆さん、若い男が行くとオマケくれるのよー。ほら、あんた婆さんのお気に入りなん…………」
「嫌でやす。あのばあさん、舐め回すように見てきやすんで……」
「んん〜……どうするかなぁ。女が行くとめちゃくちゃ愛想悪いのよね……あんのクソババア…………」
サイリの穏やかじゃない呟きが聴こえる。そしてどうやら、ホムラにも耐えられないものがあるみたいだ。
「サイリ姉、あっしよりも適材がいるじゃねぇですか」
「ん?」
急にホムラに肩を掴まれて、くるりと向きを変えられる。
「坊が代わりに行ってきてくれるなら、教えても良いでやすよ?」
「あ…………ルゥクの……」
そういえば、最初はサイリにルゥクの部屋を聞こうと思ってたんだっけ。
「おー、確かにスルガくんなら大丈夫そうだわ! はい、じゃあお願いするね。籠の中に必要な個数書いてあるから!」
「おう、わかった!」
「なるべく、婆さんとは楽しく会話してきてね!」
「……? わかった」
サイリに鶏婆さんのいる場所を教えられ、オレは急いでそこへ向かった。
――――四半刻後。
鶏を管理している鶏婆さんの所へ行って戻ってきた。
「きゃあー! スルガくん最高ですぅ!」
「あらあら、やるわねぇ!」
「え? まぁ、何だか色々貰ってきたけど…………」
頼まれた玉子と、一緒に持たされた別の籠を作業台に置いた。それを見て、台所で支度をしているサイリと、その妹のユナンがオレに向けて賛辞を送ってくる。
「なんか、あの婆ちゃんすげぇ優しかったぞ。玉子以外にも鶏肉とかくれたし」
野菜を渡して玉子を籠に入れてもらう時、ちょっと世話ばなしをしたら、婆さんはニコニコと頼んだ個数よりも多く入れてくれた。
「すごいわ。あの婆さんから鶏一羽とゆで玉子まで貰ってくるなんて……!」
「スルガくん、ずっとこの邑にいてくれればいいのにぃっ!!」
「…………そんなに?」
オレ、何かやってしまったみたいである。
「さ、みんな集まってるからご飯にするよ!」
「あ! それよりもホムラの兄ちゃんは!?」
「え? あぁ、あの子なら人が多くなってきたから引っ込んじゃったわね」
「そんな……」
台所から部屋を見回すと、かなりの人数が席に着いていた。その中にホムラの姿は見えない。
「玉子もらってきたら、教えてくれるって言ったのに……」
部屋を覗きながら、オレは思わず不満を漏らしてしまう。するとすぐ後ろでくすくすと笑い声がした。
「仕方ないよ。ホムラは邑でも、人が多くいるとあんまり出ていこうとしないからね。君たちが来た日は特別だった」
「でも……ルゥク兄ちゃんの部屋を教えてくれるって言ってたのに…………」
「僕の部屋に何か用?」
「そりゃ、ルゥク兄ちゃんに言いたいことが…………………………へ?」
てっきり、サイリたちが後ろにいると思っていたのに違った。
振り返ると、久し振りに見るルゥクの姿があったのだ。
「ホムラから“スルガが僕を捜してる”って教えられて来たから」
あー、そっちかー。
オレにルゥクの部屋を教えてくれるんじゃなく、ルゥクにオレのことを教えてくれたみたいだ。まぁ、部屋が目的じゃなく、ルゥクに会うのが目的だからな。
「で? 何の用?」
「……………………」
がしぃいいいいっ!!
軽い口調のルゥクに向かって、オレは思いっ切り突進した。絶対逃すもんかと思い、ガシッとルゥクの腰にしがみつく。
「〜〜〜〜〜…………」
「まったく……どうしたのスルガ?」
殺意などはまったく持たなかったから、少し驚きながらもルゥクは特に避けようともしない。
「………修行とオッサンのことで話がある」
「なるほど…………そろそろ、君かコウリンあたりから抗議の声があがると思ったよ」
「へ……?」
抱きついたまま見上げると、ルゥクが困ったように眉を下げて笑っている。
「とりあえず、ご飯食べたら外においで。色々と教えてあげるから」
「色々って?」
「ザガンの正体…………とか。言える範囲でね」
「本当に?」
「本当」
嘘は言っていない…………はず。
でも、何を考えてるかはわからない。
ザガンと同様に、オレはルゥクの表情から何も読み取れなかった。