サトリの化け物 二
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ケイラン視点です。
意外に立派な屋敷だな……。
件の屋敷の前で、わたしは大きな門を見上げた。
年季の入った丸太を組んで作られた門だ。
一見、雑な造りに見えたが、その屋敷の入り口はなかなかに強固な造りだった。
『サトリの化け物が住む』と言う割にはどこにも“化け物感”を感じない。むしろ、どこかの由緒正しい旧家だと言われても納得してしまいそうな佇まいだ。
「……想像より立派な御屋敷みたいね」
「門のデカさだけじゃわかんねぇぞ?」
「あ、でもオレが山を降りて来る時に建物見えたけど、かなり大きな家だった!」
わたしのすぐ後ろでコウリン、ゲンセン、スルガといういつもの面々が少し愉しそうに屋敷の門を見上げている。
「結局、みんな来たな……」
「だって……なんか心配だったし……」
「そーだよ、ルゥク兄ちゃんが苦手な奴なんて、ケイランには危ないに決まってんじゃん!」
難しい顔で言うコウリンとスルガ。この二人の様子に、ゲンセンが小さくため息をつきながら後ろを向く。
「…………で? 実際のところ、危険な奴なのか?」
「まぁ……危険って言えば、危険な奴なんだよね……僕には」
「あっしも奴は苦手でやす」
「あちもです。ルゥクさまが来るんで、仕方ねぇからきたですが……とんでもねぇ奴です」
ルゥク、さらにホムラとカガリまでついてきている。
総勢七名が門を睨んで立っていた。
まるで、怪談聞いたあとに厠に独りで行けない子供に、心配する友達がぞろぞろとついてきたみたいだ。
…………『苦手』って言ってる割にはついてきているから、実際は大したことないのでは?
「なぁ、ルゥク…………本当に、私とお前だけでは危険だったのか? お前が話すのが苦手ってだけで、こんなに大仰な訪問にしなくても…………」
「そ、そうよね。大袈裟じゃない?」
「…………………………」
わたしとコウリンの言葉に、ルゥクは珍しく神妙な顔で黙り込む。
「銀嬢も三つ編みも甘っちょろいです……」
「ん?」
「奴の所に少人数で行くのは、はっきり言って自殺行為でさぁ……」
「「「……………………」」」
思い詰めた顔のカガリに、いつもの“にんまり”が全く無いホムラ。
これだけ不穏な空気を漂わせられると、目の前の門の先には恐怖しか抱かなくなってくる。
ルゥクが静かに前に進み出て門に手を掛けた。
「じゃあ、みんな行くよ……」
「あ、あぁ……」
ギギギギギ…………
重い音を立てて両開きの門を押し開けていく。
門が完全に開かれると、そこにはちょっとした前庭があり、奥に大きな木造の屋敷が建っていた。
…………古くて大きな屋敷だが、けっこう普通……なのかな?
建物は古いがこれといって奇抜な訳ではなかった。
何となく違いを上げると、一般的な家よりも木製部分が多く広々としていて、大陸で多く見掛ける造りよりも、『伊豫』で滞在した屋敷に造りが似ている気もする。
敷石が敷かれた玄関までの道を、キョロキョロと見回しながら進んだが何も起きる気配はない。
あっという間に玄関に辿り着き、ルゥクが遠慮なくガラガラと引き戸を開けた。
警戒して損した……?
「今は特に変わったところは…………」
「おーい、誰かいないかー? 僕が来たんだけどー?」
入り口の広い土間からルゥクが奥へ向かって叫ぶ。その途端、廊下の奥からドタバタと数人が急ぎ足でこちらに向かってくる音が聞こえた。
あっという間に、入り口は賑やかになる。
「ルゥク様、お待たせ致しました!」
「ようこそ、おいでくださいました!」
「どうぞ中へ…………」
出てきたのは十数名ほどの男性ばかりで、土間にいるわたしたちの前に迎えるように立った。
人数にも驚いたが、それ以上に…………
「おい……何だありゃ?」
「何なの……?」
「うぁ、目がチカチカする……」
「…………………………」
仲間たちが不審の声をあげ、わたしも何も言えずに立ち尽くした。
男たちの見た目の年齢は十代前半くらいの若いのから、六十代くらいまでとまちまちだ。だが、所々巻くった着物からのぞいている腕や脚などを見るに、全員が素晴らしい筋肉の持ち主たちだと判った。
しかし、わたしたちが固まった原因は、彼らが着ている着物が皆一様に『派手な柄物』だったから。
それもただ単に派手な訳ではない。
形、色、柄の雰囲気から、どう見てもその着物は『女物』にしか見えなかったのだ。
十数人の“女物の着物を着た屈強な男たち”である。
「しゅ…………集団女装…………」
「「「ぶっっっ!!」」」
スルガの呟きに、わたしとコウリン、ゲンセンが同時に噎せてしまう。
「あっ……!」
「いや、そのっ……これは……!」
「ちちち違うんですっ……!」
「わわわ……」
「うわっ、押すなよ!」
男たちはバタバタと着物を手で隠したり、お互いに隠れるように他の人間に前を譲る。
……ん? 恥ずかしがってる?
ア然とするわたしたちを見て、“屈強な女装男たち”は急に気まずそうに慌てだした。まるで『この格好が恥ずかしい!』と自覚しているみたいに。
「えっと……?」
「彼らの名誉のために言っておくと、あれは趣味でやってるんじゃないから」
「へ? そうなのか?」
ルゥクが気の毒そうに、慌てふためく男たちを指差して言う。
てっきり、自分たちの趣味で着物を着ていると思ったが、どうやらそうではなさそうである。
はぁ……とルゥクがため息をついて男たちを見回す。
「……今日の“決まり”は女装なんだ?」
「は……はい…………」
「お見苦しいところを…………」
“決まり”とは何ぞや? と内心首を傾げていると、みんなが出てきた奥から一瞬だけ人の気配がして…………
『今日は客人が来るっつーから、こっちは着飾って待ってたんだろーが』
突然、屋敷に低い男の声が響く。しかし、声の主は見当たらない。
「「「っ………………」」」
ルゥク、ホムラ、カガリ以外がその声に身動きができなくなっていた。
声はそこまで大きくはないのに、まるで壁や床、天井などを伝ってきたかのように、ビリビリと身体に触れる空気を震わせる。
「…………弟子に女装させるな。こっちはお前の悪趣味に付き合いたくないんだ」
再びため息をついて、ルゥクはその場の天井を見上げて静かに言い放った。
ルゥクが向いている方や、屋敷の奥の廊下に視線を巡らせるが…………何処にも誰もいない。
「……誰か来るのかしら……?」
「さっきの声の気配がしねぇ……」
気配を探れるゲンセンが首を傾げ、その後ろにコウリンが警戒しながら隠れている。
さっきのルゥクの口調から、来るのはおそらく…………ルゥクの“苦手な奴”ということか。
わたしは警戒しながら、その人物が現れるかもしれない暗がりを睨み付けた。しかし、しばらく待っても一向にその人物は現れてくれない。
「…………あれ? 来ないぞ?」
「静かね……?」
し〜ん…………
皆が奥の暗闇を見ながら黙り込む。緊張感が漂う中、ルゥクだけが欠伸をしながら暇そうに伸びをする。それを見ていたら、何だが疲れが出てきた。
…………なんか……調子狂うな……。
ここに来てから、何度か緊張と緩和を繰り返しているせいだ。
事前の情報で『怖い』と刷り込まれたせいか、門をくぐる前から力が入ってしまっていた。そして、驚くことも多いのに、その後に必ず間が空くので徐々に慣れてきたのだ。
いいかげんに、すんなりと終わらせてほしいのだが――――
ふぅ。
少し息をついた時だった。
「ーーーっっっ!?」
突然、わたしの背中に何かが思い切り突き刺さった…………気がした。
なっ!? ……いや、落ち着け落ち着け。
わたしはその場で指も動かさずに集中する。
感覚はほんの一瞬だけで、背中には何も刺さっていないし、痛みがあった訳ではない。
「……………………」
目だけを動かして、周りのみんなの様子を伺ったが、誰一人としてわたしの背後を気にしている者がいなかった。ルゥクでさえ、こちらを見ていないのだ。
私だけ? みんなには無いのか?
背中に…………いや、心臓の後ろに槍を向けられているようなビリビリとした感覚。物騒だがとても覚えのあるもの。
……これは…………“殺気”だ。
動いたら殺されると思えるほどの、わたしだけに向けられた殺気。
こんなに激しい“殺気”を、こんな細くて一点だけに集中させることができるものなのだろうか?
何で、こんなところで……一人だけに!?
身動きできずに独りで戦慄していると、自分の背中と耳もとにひんやりとした空気が動く。
『………………』
「…………っ……」
耳に静かに冷気がかかり…………
『……ケイランちゃん久しぶり。ボク、ずっと会いたかったんだよぉ?』
――――――ゴウラ……!!!!
「…………霊影っっっ!!」
ザザザザザッ!!
聞き覚えのある声に、わたしの身体と影は考えるよりも早く反応した。
「ケイランっ!?」
「えっ!?」
その場にいた仲間たちが一斉にわたしを見て驚く。
わたしの足元に待機していた『霊影』は、背後の冷気を一気に後方へ押し出した。
ズズズンッ…………!!
影の先端は門の手前で収束して止まる。
「何だ!?」
「……ごほっ、ごほっごほっ!! はぁ、はぁ……」
「ケイラン、どうしたのよ!?」
急に背後に攻撃を繰り出した反動で、息を乱して思い切り噎せてしまった。
「だ……だ、だって私の背中に…………」
「何も、いなかったぞ……?」
「いない…………でも、ゴウラの声が…………」
「な、何言ってんのよ……」
仲間たちは首を傾げ、怪訝な顔でわたしを見ている。
何も手応えのなかった影は、門の所でまっすぐ伸びままゆらゆらと動いていた。
「でも、確かに……耳に声が…………」
「大丈夫、何もなかったわ。ゴウラなんていたら大変じゃない」
心配顔のコウリンが腕を力強く掴んでいて、その圧迫感に少しずつ気持ちが落ち着くのがわかった。
…………そうだ……ゴウラがいたら、ルゥクが真っ先に攻撃しているじゃないか。
呆然とするわたしの肩に手が置かれる。ルゥクが小声で言う。
「ケイラン、落ち着いて。たぶんそれは『幻聴』だから」
「へ? 幻……聴……?」
ルゥクが霊影の先の方を睨みながら大きくため息をついた。スゥッとルゥクの表情が仄暗くなっていく。
「“ザガン”…………わざわざ後ろに回ってまで、うちの仲間に嫌がらせか……?」
『影』の時の冷たい声が投げられた。『ザガン』という名前でハッとしてルゥク視線の先を見る。
ゆらゆらと揺れる影、一瞬だけ霊影の先端が膨らんだかと思ったら、そこに大柄な人影が現れた。
「はははははっ!! 良いじゃねぇか、男だねぇルゥク!! やっぱ“嫁”を攻撃されたら黙ってねぇよなぁ!!」
豪快な笑い声が辺りに響く。
「“嫁”じゃない…………まだ……」
「ん?」
「……………………別に……」
ルゥクが何か呟いたが、それよりも人影が気になってしまう。
霊影と同化していた人影が一歩二歩と前に進みでて、まるで暗がりから陽の下へ出たように、人影の姿がはっきりと見えてくる。
「ククク……なかなか良い影を持ってるじゃねぇか。なぁ、嬢ちゃん」
近付いてくる人影は大柄な男だった。
「………………あ……」
わたしはその男の顔から目が離せなくなる。
男の左の頬には、わたしと同じ術師のアザがあったからだ。