試練のち安息?
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
ケイラン視点です。
「お……お疲れ様……?」
「「…………………………」」
コウリンとゲンセンは無言でコクリと頷く。
……二人とも、もう話す気力もないのか。
恢鄍に到着してすぐに、ちょっと激しめの歓迎を受けたわたしたちが解放されたのは、すでに空が白んできている明け方だった。
いつ終わるともわからなかった宴の中、わたしはいつの間にか寝てしまい、起きた時には全てが終わっていたのだ。
卓は片付けられ、部屋のあちこちでは雑魚寝をしている者が数名いるのが見える。
あぁ、終わったのか。寝てしまっていたな……。
身体を起こすと、すぐ目の前にルゥクの顔があった。
「あ、おはよう」
「おは……………………っっっ!?」
機嫌の良さそうなルゥクにひざ枕をされていたのにも焦ったが、もっと焦ったのは床に倒れ込んでいたコウリンとゲンセンの姿を見付けた時である。
慌てて二人を起こし、何ともないか確認してホッとしたのも束の間。
コウリンは派手で動きにくい着物を着せられて、施された化粧や香水の匂いに「気持ち悪い……」と、嘔吐きそうになりながらげっそりしている。
ゲンセンはいくら断っても注がれる酒を飲まされ続け、人生でほとんどないという二日酔いの状態にフラフラになっていた。
ちなみに、宴の始めに連れていかれたスルガの姿は見当たらない。
そして今に至る。
「いやー、みんなやられてたね。でも、これがこの邑の歓迎だから初日だけ許してやって」
「「……………………うん」」
もはや考えることもままならないのだろう。二人とも力無く返事をしている。
「歓迎方法、もう少し考えてほしい……」
「仕方ない。まずは相手の動きを封じるのが『影』のやり方だから」
「封じる……って……」
「そうだね……」
ルゥクはため息をついて、コウリンやゲンセンが何をされたのか説明を始めた。
「まず、君たち個人の特性は余すところなく、邑の住民に把握されていると思ってほしい。コウリンが術医師で薬師だとか、ゲンセンが酒に強い拳術士だとか…………みんな、僕と一緒に行動する人間は必ず調べるんだ」
確かに、この邑の人間はルゥクのためにいるのだろうから、頭であるルゥクを護るために動くのも納得する。
これまで、一緒に旅をしてきた者の中にも、簡単にルゥクを裏切った輩もいただろうから警戒もしているはずだ。
だから、まずは潰しにかかったのだろう。
薬や毒に詳しいコウリンは、派手な着物を目に入れさせることで“視覚”を、化粧や香水で繊細な薬草などに気付かれないように“嗅覚”を潰されて、本来の能力を発揮できなくされてしまった。
その上で、ゲンセンの方には酒の中に『酔いやすくなる薬』を仕込まれていたそうだ。これは拳術士であるゲンセンを戦闘不能の状態にするためのもの。酒には強いゲンセンだったが、馬車酔いで動けなくなったのを利用されたようだ。
「無抵抗の状態で色々と観察されてたよ。たぶん、君たちには『合格』って判断は下ったと思うけどね。だから二日くらいはゆっくり休んでるといいよ。この邑の人間は、敵じゃないとわかれば良くしてくれるから」
「あの……私は、邑の洗礼を受けてはいないが…………大丈夫なのか?」
わたしは終始、ルゥクとホムラに挟まれて座っていたため何もしていない。
これでは邑人たちの信頼は得ていないのでは? と考えてしまう。
「あぁ、それは…………」
「あはは! 大丈夫に決まってんじゃない!」
突然、背後からサイリがやってきて、笑いながらわたしの背中を叩いた。
「だって、わざわざ『邑長』のルゥク様と、その『後釜』のホムラが守りに入ってたのよ? そんな大事な子に、ちょっかいでも掛けようもんなら、あたしたちの命なんてすぐに消されちゃうって解るもの」
「……消しはしないけど、お仕置はする」
物騒なことを笑いながら言うサイリと、それに続くルゥクの不穏な言葉。
怖いのだが、それはここ特有の冗談だよな?
そして気になったのが『後釜』…………そういえば、ホムラはルゥクが死んだりした時に、財産や『影』の仕事を引き継ぐ弟子の扱いだ。つまり、その立場はこの邑でも通用しているということか。
「それに、ケイランが『どっちなんだ?』って言って、みんな興味津々だったしねー」
「どっち……とは?」
「ルゥク様とホムラ、どっちの嫁なのかって」
「ぶっ!?」
「へぇ……それは面白いこと言ってるねぇ」
サイリのとんでもない発言に思わず吹き出してしまったが、ルゥクは特に驚きもせずに愉しそうに笑っている。
「僕の嫁って噂は良しとして……」
「良くない!!」
「ホムラの嫁ってのは何で?」
「そう! 何でそんなことに!?」
「え? だってー、あたしとしてはルゥク様よりも、ホムラとくっついてくれた方が面白いんだもーん!」
「「だもーん、じゃない……」!!」
わたしとルゥクの声が見事に重なった。
「でも、みんな驚愕してたのよ? 『あのホムラが女の子の横に座ってる!?』……って。古株さんたちの中には咽び泣いているのもいたくらいで…………」
「あ…………ちょっといい?」
サイリの話に、どこかムッとした表情でコウリンが割って入る。
「…………サイリ、あなた港町でもケイランにベルジュ…………ホムラのことをくっつけようとしてたでしょ? なんで?」
「え、何でって言ってもなー。かわいい弟分のホムラに、お嫁さんでも見付けてあげたいなーって思っ…………」
「あら、お姉様。嘘はよろしくありませんよ?」
「「「えっ?」」」
「…………ユナン……」
「みんな、ケイランはホムラじゃなく、『ルゥク様の嫁だな』って言ってるじゃないですか?」
何か確定事項になってないか? わたしの意見はなしか?
サイリの後ろに、にっこりといい笑顔で立つユナンが現れた。しかし、その笑顔が何となく迫力があるというか…………もしかして、ちょっと怒っている?
「あたしはホムラの方が良いかなぁって…………」
「せっかくルゥク様もいるのだから、本当のこと仰ったらどうです? “誰でもいいからさっさとホムラはお嫁さん見付けて、ルゥク様の後釜から降りてほしい”…………って」
「ユナン! なんでそんなっ……!!」
「最初に無礼なことを言ったのはお姉様でしょう?」
ユナンはサイリをかわしてルゥクの前で跪く。
「姉が勝手なことをして申し訳ございません。わたくしどもがルゥク様の意思を無視することなど言語道断。決定権は総てルゥク様にあることを改めて誓います」
「~~~っっっ!!」
サイリは今にも何かを訴えそうな表情をしたが、ギュッと目を瞑ってルゥクに深々と頭を下げた。
そして、そのまま大股で部屋を出ていった。
「まぁ、サイリの意見も解るけどね。ホムラを後釜にしたのは、完全に僕の一存だったんだから……」
「いえ。ルゥク様の決定に従えないお姉様がいけません。わたしたちは現状に満足しております。姉の無礼については、それを厳しく咎めなかったわたしの落ち度としてください」
港町にいた時のユナンとは雰囲気が違う。
まるで今は、王に使える忠実な兵士のように厳格な態度を見せていた。
謝罪の後に少しの沈黙に支配される。未だ頭を垂れているユナンを見下ろし、ルゥクは深くため息をついた。
「でもさ、後釜には必ず独り身でいろ……なんて、僕は決めてないけど?」
「わたしたちでは決まっております。ルゥク様のお傍にいるのに、伴侶を持ってしまっては覚悟が鈍るでしょう。それもお怒りならば受け止めます」
「はぁ……べつに、サイリにもユナンにも、誰にも怒るつもりは無いよ。後釜の基準も特には設けない」
「はい……」
どうやら邑人たちは、ルゥクとは別に厳しい掟を作っているようだ。
「それよりも、うちの仲間たちに湯と寝床を用意してもらえる? もう歓迎が終わったんだから、ゆっくりさせてあげたいんだ」
「……わかりました。今すぐ用意させます」
ユナンが手を上げると、近くにいたのか若い女性が近付いてきて、ユナンからいくつかの指示を受け取り去っていく。
「はい。じゃあ、これで終わり!」
「……はい」
パチンッとルゥクが手を叩くと、ユナンが立ち上がって伸びをした。急に周りの空気が軽くなる。
「あーもう、お姉様ったら素直じゃないんだから!」
「いや、サイリは良くも悪くも素直なんだよ」
「……はぁ、めんどくさい姉をもってしまいました。では皆さま、お部屋にご案内しますね」
「「「……………………」」」
ルゥクたちのやり取りを見ながら、わたしたちはこれ以上の詮索はできなかった。
何だか、ルゥクの周りにも色々と複雑な事情がありそうだと感じた。
…………………………
………………
ヘトヘトになった一日が過ぎ、二日目は仲間たちは床から起き上がれずに、のろのろと集まってきたのは夜になってだった。
「あ~……まだ香水の匂いが残ってるわぁ……」
「俺はまだ、頭がズキズキする…………」
クンクンとしきりに自分の匂いを嗅ぐコウリンと、頭を押さえて座り込むゲンセン。二人とも本調子ではないようだ。
宴が催された広い部屋は、普段は住民が食事をしたり自由にくつろぐ共有の場所らしい。
二人が来たので、淹れてもらったお茶を持っていく。
「二人とも、大丈夫か? はい、すっきりする薬草茶だって」
「ありがと…………アタシは匂いが消えれば大丈夫だけど、ゲンセン、あんたはずいぶんな顔色ねぇ」
「うぅ……寝ても起きても具合い悪ぃ…………あ、お茶がうめぇ……」
ゲンセンは茶を飲み干すと、目の前の卓に突っ伏すように倒れ「う~ん……う〜ん……」と低く唸っている。ここで敵などに襲われても、ゲンセンは起き上がれないだろう。かなり重症のようだ。
「でも……この邑でルゥク狙う奴もいないか」
「そうねぇ。よくよく考えたら、ここに居るって物凄く安全じゃない?」
邑人のほとんどが『影』。
しかも、邑に近付く前から確認し監視されるという徹底ぶり。
味方であれば、この上なく頼もしい場所だ。
最初はゆっくりしろと言われても不安だったが、案外くつろいで過ごせるのかもしれない。
コウリンとのんびり茶をすする。途中で中年の婦人が簡単な蒸し饅頭を持ってきてくれたので、それで夕飯は軽く済ませることにした。
「……そういえば、スルガってどこ行ったの? 昨日から見てないんだけど…………」
「あ…………忘れてた。私も昨日から会ってないな……」
そんなことを話していると、廊下からガヤガヤと大勢の声が聞こえてくる。
「よぉ! みんな居るなー、元気かー!」
「スルガ! お前、今までどこに行ってたんだ!?」
昨日の夜に何処かへと連れていかれたスルガは、今日の昼間も見掛けることはなかった。誰かに聞いても「朝食の後は見ていませんね」と返されて、軽く行方不明になっていたのだ。
ルゥクに聞いても「そのうち戻ってくるから大丈夫だよ」と言われていたのだが…………
「どこって、みんなと一緒に山で遊んでた。ほら、おみやげに山菜いっぱい採ってきたぞ!」
スルガが後ろを指差す。そこには邑の子供たちがいて、腕に抱えた籠いっぱいに山菜や茸が盛られている。
「こいつらさ、毒草や毒茸にはやたら詳しいんだけど、食べられる野草なんかは全然だったんだよ。だから、朝からオレが色々と教えてやってたんだぜ!」
「スルガすげーよな!」
「色々知ってんだよな!!」
「ま、オレは小さい頃から山や海で遊び尽くしたからな。家にもいっぱい人が住んでたし、食えるもんは遊びながら調達してきてたんだ」
「そ、そうか……それは凄いな」
えへんっと胸を張るスルガ。見ると、他の子供たちのスルガに対する態度が、とても友好的だということに気が付く。
「じゃあ、明日は川行こうぜ! 魚捕りは負けねぇかんな!!」
「おう! また明日な!」
「「「またなー!」」」
スルガはすっかり邑に溶け込んだようだ。
「…………あいつ、将来は物凄いひとたらしになる気がするわ」
「良いんじゃないのか。一応、スルガは伊豫の王族なんだから、将来は外交に有利になるかもしれないし…………」
これも才能の一種か。確かに末恐ろしいものがある。
スルガも夕食がまだだというので、そのままみんなが固まって休む形になった。
あまりにもスルガがいなかったから心配した……という話をした時、スルガが何かを思い出したようだ。
「そうだ、帰ってくる時に山の途中の道でルゥクの兄ちゃん見たぞ」
「へぇ、アタシは今日一日見てないわ」
「俺も……」
「私も朝食の時に見たきりだな」
「なんかさ、邑の外れにある古くてでかい家に入っていったんだよ」
「ふぅん?」
ここはルゥクの拠点だから、久しぶりに帰ったことで色々と顔を出さなきゃいけないのかもしれない。
「でもさ、そこの家、他の奴に聞いたら『子供は入っちゃダメ』って言われてて、大人でも一部しか出入りできない所らしいんだ」
「そりゃ、『禁足地』ってやつか……?」
「う〜ん、何だか……“悟り”が出るって言ってたなぁ」
「サトリ? 伝説上の化け物の?」
なんか急に胡散臭くなったが、ルゥクが出入りしていたのなら、おいそれと近付いてはいけないものなのだろう。
スルガの話に、コウリンが顔を顰めて手を振る。
「きっと、アタシたちには関係ないわよ。さて…………アタシ、明日からこの邑を見て回ろうかと思ってたけど……ケイランは?」
邑の入り口から見た限り、町のように店なんかもあったので興味があった。
「そうだな、私も――――」
「ケイラン。ちょっといい?」
「ん? なんだ?」
「慌てて、どうしたのよ?」
急にルゥクが部屋に入ってきた。
「明日の夕方に、僕と一緒に来て欲しい所があるんだ」
「夕方に?」
「ちょっと暗くなってから。良かったら、みんなも来てくれるといいんだけど…………」
ルゥクの顔が少しだけ曇る。あまりいい話ではないような気がしてきた。
「……まさか、危険な場所じゃないでしょうね?」
「危険ではない……はずだけど……僕ひとりでケイランを連れて行きたくはないかも…………」
「「「………………」」」
みんなが怪訝な顔をする。
それ以上に、ルゥクが苦々しい表情をしているのが気になってしまう。
「ちょっとね……僕の苦手な人物が、ケイランに会いたがってる。本当は断りたいけど、君のためには会った方が良いかもしれない……」
「私に……か?」
『ルゥクの苦手』が、わたしに何の用があるのか?
きっとこの邑では、安心安全でぬくぬくと過ごすことは許されないだろう……そう、思い始めていた。