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恢鄍の宴

いつもお読みいただき、ありがとうございます!


ケイラン視点です。

 ルゥクが拠点にしているという隠れ里。

 邑の名を『恢鄍(カイメイ)』という。


 そこは山の深く奥にありながら、まるで大きな町のようだ。


 石積みの巨大な塀に囲まれ、正面には鉄製の大門を構えている。門をくぐると、正面は都の市場と同様に広場の両脇に露店軒が見えた。だいぶ日も暮れていたが、広場には数十ほどの人間が行き交っている。



「邑……というより、都の市場周辺を切り取ったみたいに見えるな……」

「ほら、突っ立ってないで行くよ」


 つい見入ってしまったわたしの脇を通って、ルゥクが門をくぐりスタスタと広場へ歩き始めた。


 促されるままにルゥクのあとについて行くと、広場の奥に大きな屋敷が見える。とてもわかりやすく、それが邑の中心だと主張していた。




「やっぱりルゥクさまだー!!」

「本当だ、お久しぶりです!」

「ルゥク様、おかえりなさいませ!」

「お客様方もようこそ!」


 門が開いた時、辺りにいた人たちがこちらを伺っていたが、ルゥクが先頭になって通りを歩き始めるとあちこちから声を掛けられた。他の人間の声を聞いて、建物から出てくる者もいる。


 一斉に来られるかと思ったが、みんなちゃんと距離感を弁えていて、ルゥクが近付くまで飛び出してきたりしない。それどころか、母屋までの道を作るように両脇に並んでこちらを見ている。


 都では兵団が通る際には先立って人混みを整理するから、何も言わなくとも自主的に並ぶ邑の人間は住民というよりも、まるで兵士のように統制が取れていた。


 村人……いや、この感じは…………


「ふーん……なんだか邑というよりは、ひとつの軍隊みたいな感じだわ……」


 ぽつりとコウリンが言ったことは、わたしが今思っていることそのものだった。


「ルゥク……ひとつ聞きたいのだが、この邑の人たちって…………」

「邑の約六割が現役の『影』の仕事をしてる」

「…………そ、そう」


 わたしの様子からすぐに察したのか、尋ねたいことの答えがあっさり返ってくる。


 足を踏み入れて住民を見て感じた違和感。

 わたしも兵士の端くれだし、ゲンセンやスルガも同じように感じたはずだ。外にいるほとんどの者たちから、隙というものを感じないのだから。


 ……現役で六割と言っても、あとの四割だって引退か見習いの『影』が入るのだろう。


 まさに『影』の邑。


「……オレたち、下手な動きしたら殺られるんじゃねぇの?」


 珍しくスルガが緊張した面持ちで呟く。


 しかし、わたしたちは特に問題なく通りを進んだ。住民たちは時折こちらに手を振ったり、手作りの菓子や野菜などを押し付けたりしてくるが、歩みを妨げたりする者はいない。


 警戒するような事は何も起こらなそうに思えた。

 そこから少し心に余裕ができてくると、この邑が場所に似合わないくらいに賑わっているのがよくわかる。


「本当に大きな処だな……」

「邑としては大きいけど、ここは小さなものが寄せ集まってできているんだ。平面として広いのは、この正面広場と裏の鍛錬場だね。あとは個人宅と『母屋』があるだけ」

「……あれか」


 ルゥクが指差したのは、やはりあの奥の建物。


「そう、正面にある建物が母屋だよ。あれひとつで邑の三分の一の大きさなんだ。邑の人間の半数以上は、あの母屋に暮らしているんだよ」

「へぇ、共同生活なのか……」

「邑の子供や年寄りは、ほとんどが母屋暮しだね。個人で家に住んでいるのは職人とかが多い」


 聞けば、この邑はまずあの建物が建てられ、それが造設を繰り返して大きくなり、後に個人で母屋の周りに小さな家が建てられていったという。


 とりあえず、目指すのはその母屋。

 ルゥクが寝泊まりするのもそこで、わたしたちの宿泊施設にも使っていいと言われた。



 近付くと母屋の前はちょっとした堀があり、大きな跳ね橋が掛かっている。その橋の手前に見覚えのある人物がこちらを見て立っていた。


「みんなー! いらっしゃっーい♪」

「サイリ!」


 大きく両腕を振っていたのはサイリだ。


「待ってたよ。疲れたでしょ、ちゃんと準備してたから早く中に入ってご飯食べなよ!」


 駆け寄ってきたサイリは、わたしとコウリンの後ろに素早く回ると背中を押して、母屋の入り口まで誘導してくる。


「今日は歓迎会だからゆっくりしてね♪」

「えぇっと……でも……」

「ほら、こっちこっち!」


 グイグイと流されるように玄関に到着し、そこから通じる廊下を案内された。

 恐る恐る進むわたしにサイリは笑いながら肩をたたく。


「何小さくなってんの、ここでは遠慮はしないで! 実家みたいにくつろいでってよ。ねぇ、ルゥク様! みんな、しばらくは邑にいるんですよねー?」

「うん、まぁね」

「よし、じゃあ二、三日は遊んでもらわなきゃ!」


 廊下の突き当たりに扉が見えて、サイリがそこを元気よく開いた。


「ルゥク様とご一行の到着だよー!! 全員、宴を始めるよー!!」

「「「おおーーーーーーっっ!!」」」


 サイリの呼び掛けに歓声をあげたのは、ざっと見て百人は居るであろう老若男女。


 そこはものすごく広い部屋で、入り口から小上がりになった板の間にたくさんの長卓、その上には様々なご馳走や酒が並んでいる。


 王都の屋敷での新年会を思い出す光景だ。



「うわ、凄い人ね……」

「この人たちがここに住んでいる人間よ。まだ来てない人や、邑を留守にしている人もいるから、全員揃うことはほぼないけど」

「え……これで全員じゃないの? どれだけいるのよ……」

「村全員で三百人くらい。その内、七割弱はこの母屋に住んでるかな」


 そして、その半数が今ここにいる……と。

 よく『隠れ里』で通せているなぁと感心してしまった。


 サイリに案内されて、わたしたちは部屋のほぼ中央の卓へと座らされた。四方から視線や歓迎の挨拶が飛んでくる。


「ルゥクさまー、おかえりだですー!」

「みなさーん、ようこそ恢鄍へ♪」


 席に着くとご馳走の乗った大きな皿や、大きな酒瓶を持ったカガリとユナンもやってきた。

 同時に、広間にどこからともなく音楽や歌が流れてくる。


「よいしょっ! ほらほら、冷めないうちに食うです! ルゥクさまとお前らが来るのに合わせて、みんなが宴の用意したです!」


 とても慣れた手つきで、カガリが皿に一人分のご馳走を取り分けて渡してくれた。


「え? 合わせたって…………」

「へぃ。昨日の夜、道沿いの森に焚き火が見えたんで、もうすぐ来るのが分かりやした」

「ここに続く山道に入った時点で、この村には僕たちがくるのは筒抜けなんだよ」


 わたしのすぐ横から説明が入ってくる。しかし……


「へぇ…………ってあの、ちょっといいか?」

「ん? なに?」

「なんでやすか?」

「…………………………二人とも、近い」


 いつの間にか両隣りに、ルゥクとホムラがわたしを挟むように座っているのだ。


「なぜ、こんなにぎゅうぎゅうに…………」


 何もこんな隙間なく座らなくても……。


 そこにカガリが来て、わたしの目の前にどんどん食べ物と飲み物を並べて、ムッとした表情で向かい側へ座った。


 ものすごく怒っているような顔……。


 そりゃそうだろう。大好きなルゥクと、あにさんと呼んでいるホムラが、何故かわたしにくっつくみたいに座っているのだから。


「え〜と、カガリすまん……良かったらこっちと席交換…………」

「我慢しろです。こうでもしないと、銀嬢は落ち着いて飯食えねぇと思うです……」

「へ…………?」

「そうだね。あんな風になるのは大変だし」

「あんな……って……?」


 ルゥクが視線を送る先には、村の住民がわいわいと楽しそうに集まって『三つの人集り』ができていた。



「や〜ん、この子って素材がいいのに地味すぎる〜!!」

「せっかく『外』にいるんだから、王都で流行りの化粧くらいしなさいよ〜!」

「はいはーい! 大人しくししようね、コウリンちゃん!」

「やっ、無理! これは無理っっっ!!」


 コウリンがサイリや他のお姉様たちに囲まれて、食事以外に着物や化粧品を大量に押し付けられている。



「おいおいおいおい! 樽ひとつくらいはイケんだろ!? 酒もっと持ってこーい!!」

「ほらほら、呑め呑めーーーっ!!」

「いや……いくらなんでも樽までは…………」

「イケるイケる! 人間やればできる!!」

「ゲンセンさん、おつぎしますね〜♡」


 ゲンセンがユナンと中年のおじさん達に囲まれて、大量の酒瓶の前で器になみなみと酒をつがれている。



「ちょ……オレもケイランと飯食いたい……」

「飯用意するからあっちで食おーぜ!!」

「大人と一緒だと酒くせーし!!」

「あたし、お菓子ももってくるー!!」

「どこに連れてく気だーーーーっ!!」


 スルガがたくさんの子供たちに担がれ、どこかへ連れていかれる光景が見えた。哀しげな叫びが遠ざかっていく。


 …………か、歓迎のされ方が激しい!!


「一度捕まると逃げらんないと思うよ。男だけじゃなく、女子供もみんな『影』やってるから…………」

「わぁ……抵抗する暇もない…………」


 仲間たちかがもみくちゃにされる様子を、わたしはただ震えながら見守るしかないのが申し訳ない。


「私だったら体がもたないな…………」

「だからだよ。君があんな歓迎されたら、明日は起き上がれなくなるのが目に見えてるもん」


 つまり、わたしの健康のためにルゥクとホムラが両脇を固めている…………と。


 ……最近、寝起きに頭痛がしたり熱出たりしていたからな。ここは甘んじて護ってもらおう。ちょっと恥ずかしいが。





 ……そして、一刻ほど過ぎた頃。


 さすがにコウリンやゲンセンも慣れてきたのか、周りの人たちと馴染んできている。最初はどうなるかと思ったが、この邑の人たちはみんな仲間には優しそうだ。


 スルガは全然戻ってこないが……。


「三人とも……大丈夫みたいだな?」

「みんな気に入られちゃったねぇ。この邑って、純粋なお客さんが珍しいんだよ。人が来ても、敵か道に迷った旅人だし……」


 ちなみに迷った旅人の場合は、ここの存在を知られる前に邑の人間が猟師の振りして安全に下山させるそうだ。



「まぁ、客さんが来た初日が騒がしいのは仕方ねぇんでさぁ」

「あちには、あのやかましさは落ち着かねです」


 そう言いつつ、カガリとホムラも普通に座っている。

 わたしも何も邪魔されることなく食事ができているが、周りから見たらこの卓だけは別世界のように落ち着いて見えることだろう。


「…………そういえば、他の人は全然ここには来ないな」


 来る人間はいても、空いた皿を下げて飲み物と食べ物のおかわりを聞きにくるだけだ。

 他はちらちらとこっちの卓を伺っている人たちはいるが、積極的に来ようとは思っていないらしい。


「コウリンたちは囲まれたのに、こっちは静かなものだな…………?」


 うっかり思ったことを口に出してしまうと、それを聞いたルゥクが苦笑いしながら言う。


「そりゃあ、僕が座っているからね」

「ルゥクがいるから? 普通は逆じゃ……」


 ルゥクは邑長という立場ではないのか?

 それに、久しぶりに帰ってきたというなら、みんな話そうと寄ってくるのではないのか?


「帰って早々は静かにしてもらってるんだよ。みんな、僕の機嫌は損ねたくないから従ってくれる」

「『影』は上下関係が厳しいんだです!」

「そうか……」


 う〜ん……『影』ってそういうものなのか?


 言われれば納得はするのだが、すぐに気持ちの奥底から何かせり上がってくる。


 そんな煮え切らない気持ちの時、


「……気にしねぇ方が、この場を楽しんでいられやすよ」


 ボソッとホムラが呟く。


「え? なに……」

「いえ、別に。特に意味はありやせん」

「………………」


 ホムラはにんまりとしているだけ。ルゥクとカガリは聞こえなかったのか、それとも無視しているのか二人は何も反応していない。


 ――――『影』の邑……。


 それを思い出して改めて宴を眺めると、笑っている者たちがほとんどの中、時々冷めたような目をする人間がいることに気付く。


 まるで、何かを観察しているような顔だ。


「あの……みんな……?」

「……終わるまで、立たない方がいいよ」

「用があるなら、あちに言うです」

「わ、わかった…………」


 きっと、この歓迎の宴も楽しいだけではないのだろう。


 見えない殺気を首に突き付けられた気分になったが、それを顔に出さないように務めた。




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― 新着の感想 ―
[一言] >「ふーん……なんだか邑というよりは、ひとつの軍隊みたいな感じだわ……」 言い得て妙ですね( ˘ω˘ )
[一言] 宴だ宴だ! てか、ルゥクぱぱ~って感じじゃないのか (´・ω・`)
[一言] (*´ー`*)なんだぁ。「ルゥク父さーん!」と叫ばれながら全員から懐かれるパターンじゃなかったのかぁ。 怖いお父さんのパターンでしたね。
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