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遠き日の回想録 【ケイラン】

お越しいただき、ありがとうございます。

今回はまるっと回想が入るので少々長めです。

 ――――――十年前。

 それが起こったのは深夜。


 私は天蓋付きの寝台の中でその音を聞いていた。

 本を読むためにこっそり夜ふかしをしていた私は、急いで行灯(あんどん)の灯を消す。何かが起きているのが屋敷の空気で伝わってくる。


 ドタドタと何人もの足音が響く。怒声が聞こえ、それが悲鳴に変わっていった。

 何度も何度も繰り返し聞こえてきて怖くなった私は、毛布を頭から被り、沢山置いてある枕や人形の中に隠れて耳を塞いだ。できるだけ体を小さく丸めその群れに溶け込む。


 少し静かになった頃、急に私の部屋の扉がバタン! と、乱暴に開かれ、そこから五人ほどの粗野な顔をした男達が部屋の中へなだれ込んできた。


 暗い部屋の中、窓からの月明かりがぼんやりと状況を浮き出させる。


「おい、ここはもうだめだ!! さっさとずらかろうぜ!!」

「待てよ、雇い主が死んだんだぞ。俺たちの金はどうなるんだ!?」


 部屋への侵入者を予想して、私は毛布の隙間からそっと部屋を伺う。今、入ってきた男達には見覚えがあるからだ。


 安っぽい着物の上に鎖帷子(くさりかたびら)を身につけ、腰には刀や短刀、手には棍など各々の武器を携えている。確かこの屋敷に雇われていた用心棒たちだ。頭は悪いが、腕っぷしはあるらしい。


 私はこいつらとはあまり接したことはない。私の護衛を頼んだこともないし、夜中に寝所に入られるほど親しくもしていない。


「金なら()()()をやり過ごした後に蔵でも漁ればいい……あと、()()も足しに連れて行くか……前から目ぇ付けてたんだよ」


 男のひとりがギロリと私の方を見た。他の男達もそれに習って視線を動かす。ある程度分かってはいたが、自分の心臓が急に早くなるのを感じて、震えそうになるのをじっと堪えてみる。

 たぶん私の努力は無駄だろう。それでもこの身が無事であれば見つかっても構わない。


 男達がこちらに歩いてくる。その顔はニヤニヤと欲望剥き出しの表情だった。


 こいつらは絶対良い死に方はしない。絶対だ。


「おらぁっ! 起きろ、()()()()()!!」

「…………っ!!」


 隠れていた私は毛布ごと持ち上げられて床に転がされた。纏っていた毛布が外れ、私は質素な寝間着ごと部屋の真ん中に転がっていく。

 目を回し体を起こせない。顔だけを上げて男達を睨み付けた時、月明かりを受けて、薄く光る私の銀色の長い髪がパサリと頬に掛かった。


「やっぱりいい髪の色だ。こいつを欲しがる商人は山ほどいるはずだ。人買いが違法でも関係ねぇ奴らばっかだから、かなりの大金が手に入るぞ」

「さぁ、お嬢ちゃん。もうここの主は死んだから、おまえさんも死にたくなきゃ、俺たちと一緒に別のお家に行こうぜ。へへへ……」


 ニヤニヤと男達は私に手を伸ばしてくる。こんなに卑しい奴等に連れていかれ、こいつらの酒代になるのは嫌だったが、私はそれ以上に死にたくなかった。


 まだ子供の私は、大人になるまでは絶対に生き抜くと決めているのだ。


「こっちに来るんだ」

「…………っ」


 伸ばされる手に私は抵抗せずにギュッと目を瞑ったその時、ヒュッ!! と、何かが風を切って飛んできた音がした。


 ――――ドンッ!! 


「ぐぇっ!!」

「ぎゃああっ!!」


 小さな爆発音と共に、悲鳴とドサッと人が倒れた音。


「ひっ………!! 何で……まだ下には他に護衛が……ぐわぁ!!」

「うわ……やめ……おぼぉうっっ!!」


 汚い叫び声と共に、再びドサドサと床に人が倒れる音が連続で響く。私は目を閉じていたので、一瞬何が起きたのか分からなかったが、鼻に錆び鉄と生臭さが雑ざる湿った臭いが入ってきた。


 恐る恐る目を開けると思った通り、床には塊が四体、先程まで無駄に元気に動いていた男達が、自分から流れた赤い池に沈んでいる。


 本当に良い死に方しなかったな……。と、ぼぅっと実感の無い頭で考えていた。


 ふと見ると、私のすぐ側の床の上に何かが落ちている。拾い上げると、それは薄暗い中でぼんやり光っていた。

 それは私の手の平より少し大きめの、長方形の板だった。手触りが石のように固く、しかし紙のようにとても薄い。片面にはキレイな模様が描かれている。もう片側は真っ白だ。


 あ……これ何だろう。すごくキレイ……。

 拾った板をしげしげと眺めていた。


「お……おれはまだ何もしていない! だから見逃してくれ……!!」


 泣き叫ぶような男の声にハッとして顔を上げた。思わず手に持った板を懐に入れる。


 少し離れた壁際に最後の一人がへばりついていた。あわあわと命乞いをするその男の前に誰かが立っている。


 部屋が薄暗い上に後ろ姿しか見えないが、髪の長い人物が両手に片刃の子供の腕ほどの大きさの刀を握っていた。その人物の輪郭はとてもほっそりしていて、ゴツい男達を屠ったのが信じられないくらい華奢だった。


「ふぐぅっ!!」


「………………」


 男の命乞いなど無かったように、その人は何の躊躇も無く流れるような動作で男の喉を片手の刃でかっ切った。男は膝を突き前に倒れ込む。斬られた喉はすぐには血が出ず、男が倒れて下を向いた途端に床に向かって吹き付けていた。


 子供のうちにこんな光景を見せられる自分は、なかなか厳しい体験をしていると思う。部屋が暗くなければ失神しているところだが、この状況は非常にまずいと本能が告げていた。


 さっきから全身がゾクゾクと粟立っている。子供だということで見逃してもらえるかと、期待しないわけではないがその考えは棄てなければならない。


 自分の身は自分でどうにかしないといけない。私は横に転がっている男の腰から短刀を引き抜く。


「あなたは誰……?」


 私は短刀を構えながらその人に問いかけた。

 その人の後ろ姿には優しさというか、安心感というかそういうものが一切感じられない。悲しいことにそういった雰囲気は、七年という短い人生の経験の中でよくあったことだ。


 その人は振り返らないが、部屋に入って来る時には既に、私の存在に気が付いているだろう。


 私の声に両手を下ろしたが刀は握ったままだった。



「…………君、この家の子?」


 掛けられた声は想像よりも低いものだった。私は女性の高い声を想像していたのだ。


 この人、もしかして男の人? でもこの体型は細身の女の人だよね? 髪も長くて綺麗だし……。


「そうだ、私はこの家の主の娘だった。でも私はお金で買われて来ただけで、血は繋がってないし何の情もない! だから私はここで死ぬ理由はない、それで……っも、こ、殺し……すなら、わた、しは最後まで、て、抵抗するっ……!!」


 後半は体が震えて上手く声が出なかった。


 分かっている。私が抵抗した程度ではこの人は何事もなく私を殺せるだろう。


 “きっと殺される”と頭では解ってはいるが嫌だ。


 ぐぐっと短刀を握りしめ、覚悟を決める。


「……………………いいよ」

「へ……?」


 その人はスッとこちらを振り向いた。顔はよく見えないが、振り向いた時に腰まである髪の毛が、黒金のように月明かりに浮かび美しいと思った。


「死にたくないなら、外まで連れて行ってあげる。だからその短刀は捨ててくれないか? 子供が持つ物じゃない」

「…………はい」


 私は大人しく短刀を捨てた。

 私に掛けられた声は段々優しさが濃くなっていた。その人は両手の刀の血振りをしてから器用に回して腰の鞘に納める。


「あと、外に出るまで目を瞑ること。引っ張って行ってあげる……今、この屋敷じゃ動いているのは君だけなんだ。見たくないだろ?」


 つまり、この屋敷の人間は私以外はこの人に殺された訳だ。

 一応父親だったこの家の主は、役に立たない用心棒に無駄金を積んでいたらしい。


「もう一度聞くけど……あなたは誰?」

「それを知りたいなら、君を生かしておけないけど……聞きたいかい?」

「…………聞かなくていい。知りたくない」


 その人がふいっと少しだけ顔を逸らした。

 今、笑ってたような気がしたが気のせいだろうか?


「ほら、目を閉じて。行くよ」


 目を瞑ると何かの布で目隠しをされ片手を握られた。その手は思ったよりもしっかりしていて温かかった。




 目隠しのまま手を引かれ屋敷内を歩いて行く。途中何度か抱き抱えられたりもしたが、おそらく『何か』を跨いだせいだろう。


 しばらくして、顔にひんやりとした風があたるのが分かった。どうやら外に出たようだ。

 空気が新鮮でうまい。屋敷の中はよほど澱んでいたのだろう。


「目隠し取っていい?」

「まだ駄目」


 何だろう、もう外なら良いと思うけど……。

 何かを考えるようにその人は手を握ったまま立ち尽くしていた。


「ねぇ、君の名前は?」

「……え? あ…………ケイランだよ。あなたは?」

「知りたいの?」


 あ、そうか。知ったら殺されるのか。

 私はふるふると首を振った。繋いでいる手から少し震えが伝わった。たぶんこの人笑っている。

 その時、頭にポンポンと手を置かれた感触があった。


「今日が『影』じゃなかったら教えてあげられたけどね」

「『影』って?」


「内緒でいろいろする人のことだよ。普通に暮らしていたら君には関係ない人達のことさ」


 ふーん、じゃあ私の養父は普通には暮らしてなかったのか。よく考えたら、皆殺しにされるって凄いことだよね……と、いうか、私はその殺戮者と呑気に手を繋いでいるじゃないか。


「ねぇ、何か待ってるの?」


 先程から手を繋いだまま立っているので、きっと何かあるのだろう。


「うん。君をこのまま置いて行ってもいいんだけど……たぶんケイランみたいな髪の毛の娘は放っておくと、ろくでもない奴に連れていかれそうだからね」


「そうね、私の銀の髪って『銀寿(ぎんじゅ)』って言うらしいから……」


 金銀は縁起の良い色とされて、金髪を『金寿(きんじゅ)』銀髪を『銀寿(ぎんじゅ)』と呼んで商売人の家族にそれがいると、家業が栄えると云われていた。


 この国では金髪や銀髪の人は珍しいらしい。だいたいは黒や茶色が多いので、私のような珍しい子供は人買に狙われる。人買いは違法だが、孤児を引き取ったと言ってしまえば特に何も言わないらしい。けっこう世の中はいい加減なものである。



「さっき、金で買われた……って言ってたけど、ケイランは拐われでもしたの?」


「ううん、単なる口減らし」


 私の生まれた村はとても田舎で農業が生活の糧だった。しかし昨年はかつてないほどの飢饉に見舞われ、もともとそんなに裕福ではなかった私の家は、体も小さく珍しい髪の毛の私を商人に売ったのだ。私ひとりでどのくらい家族は食い繋いだのか気になるところではある。


「じゃあ、君は親を恨んでる?」


「うーん、あんまり? だって仕方なかったもの。それに私を売る時、お母さんもお父さんも泣いて謝ってくれたし」


 あの時の両親の顔は忘れられない。激しい罪悪感と後悔、飲まず食わずで痩せ細った体、目からは涙が出る余裕もないほど表情は憔悴しきっていた。


 私は産んでくれた実の親を責めることは出来ない。

 だから私は買われた先でどんなに冷たくあしらわれても、食べることも出来て生かされているから、実の両親には感謝しかなかった。


「私は大人になったらお母さんたちに会いに行くんだ。ちゃんと生きていけたって伝えに行くの」


「そう……だから死にたくなかったんだ」

「うん」

「…………」


 また何かを考えるように、その人は黙ってしまった。

 その時、遠くから何か地鳴りのような音が聞こえた。よく聞くと馬のいななきも聞こえてくる。何やら騎馬の集団がこちらに向かっているみたいだ。


「…………来たか。そろそろ君とはお別れだな」

「そう、助けてくれてありがとう。あなたの名前が聞けないのが残念だったけど、私はずっと忘れないようにする」

「本当は覚えられているのは困るけど……」

「忘れろって言う方が難しいと思わない? それにあなたの髪の毛もとても綺麗だった。次に会ったら明るい所でちゃんと見せてね」

「次って…………困ったな……」


 うーん……と、唸ってから、その人は深くため息をついた。


「君はこの先周りの大人達に振り回されると思うよ。自分の意志とは関係なく、何も出来ない子供は赤の他人の大人にとっては道具でしかないからね」

「…………う……」


 何? いきなり怖いことを言い出したよ、この人。

 でも……それはそうだ。私はそうしてここに来たんだから。


「そういう子供は命さえ大人に左右されるんだ。君が生きたくてもある日急に死ぬかもしれない」

「それは嫌だな……」


 本当に、今日だってもしかしたらこの人に殺されていた運命かもしれなかった。今の私は大人のさじ加減で生かされているのだろう。


「……じゃあ、自分で生きていく為の力、欲しくない?」

「そうね……欲しい。どうするの?」


「よし。ケイラン、今から君にする事を人に言わないと約束して欲しい。約束出来るなら君に生きていく方法を教えてあげる」

「う……うん、わかった……」


 真剣な声が顔のすぐ近くから聞こえた。もしかして、しゃがんで顔を覗き込まれている?

 何か恥ずかしいな……。


「少しじっとしていて、すぐ終わるから」


 終わる……?

 何かを教えてくれるのではなかったのだろうか?


 私が黙って立っていると、何やらカチャカチャと音がした。それからその人は、私に近づき片手で軽くあごを押さえてきた。

 その人は私の左頬を指か何かでなぞり始める。墨で文字でも書いているのか、頬にぬるりとした感触が伝わる。


「…………」


 何やらぶつぶつとその人は呟いていた。

 その途端に何かを書かれた私の左頬がカァッと熱くなった。


「えっ……? 何……!?」

「大丈夫、あとはこれで終わり」


 目隠しをされているので、されている事が分からないと少し怖い。混乱していると片手を握られ、またあごに手を置かれる。


「頑張って生きる努力を怠らないようにね……ま、君ならできそうだね」


 その人からクスクスと笑い声が漏れていた。そう言われた後、頬に柔らかいものが押し当てられた。

 んー……私の片手とあごにその人の手が在るから……頬に当たってるこれは何?


「あの…………」


 頬の感触が離れて、続いてあごと片手からその人の手が離れた。


「うっ……!?」


 最後に触れていた指が離れた途端、急に体が重くなった。外から掛かる重さではない、私の体の全てが下に向かって引っ張られるような感覚だった。それと同時にダルさと吐き気と頭痛、まるで酷い風邪を引いたみたいに立っていられない。崩れかけた体が支えられて横に抱かれていた。


「あ…………」


 目隠しの隙間から、あのキレイな板が下に落ちたのが見えた。

 手を伸ばして取ろうとしたけど、体がいうことを聞かず、私は手をぶらぶらとさせるだけだった。


「やっぱり動けないよね? 最初は少しつらいけど、苦しくなくなるまで休めばいい。決して無理はしないように」


 私を横に抱き上げているのはやっぱりその人だった。

 たぶん今が人生で一番苦しいかもしれない、そう思いながらも、抱えられていることにとても安心できた。

 先程から聞こえていた騎馬の音が近くで止まり、私達の方へ誰かが徒歩で近づいてくる。


「じゃあ……さよなら、ケイラン。ご武運を」


 顔に掛かっていた目隠しが外された。でも私はその人の顔を確認する前に意識を放棄した。






 …………………………

 …………





「………………夢?」


 いつの間にか、私は眠っていたようだ。


 石の床に敷かれた質素な(ござ)に横たわっていたのだが、その他に、先程まで部屋には無かった毛布が掛けられていた。おかげでずいぶんぐっすりと寝ていた。


「起きられましたか?」


 急に声を掛けられて、私はビクッと体を震わせた。

 格子の前にいたのは、簡素な服を纏った召し使いらしき女性。


「お食事、食べられそうならどうぞ。さっき温めておきましたので…………」

「あ……。どうもありがとう…………」


 鉄格子の小さな扉を開けて、盆に乗った食事を受けとる。温かい粥と漬物、汁ものとお茶。それと一緒におまけのように乗っているものがあった。


「これ…………この餅菓子……」

「どうぞ、お召し上がりください」


 バッ!! と、顔を上げ、目の前の女性を凝視する。


「何をしてるんだ…………ルゥク…………」

「寂しくなかった? 迎えに来たよ」


 ()()で髪をかき上げ、ルゥクはにぃっと笑った。

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