奇縁の足跡 一
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
ルゥク視点です。
長生きしても、他人の行動などわからない時がある。
伊豫を出た直後、国から『港町で横行する奴隷商人を拘束し、その関係を全て潰しておけ』と命令がでていた。
あの時の僕は『仕事』などどうでもいいから、今すぐ目の前の者たちから逃げたい気分だった。
何故なら、最初は僕とホムラがいれば充分だったが、何故か仲間の人数が倍近くになっていたからだ。
ケイランほどではないが、仕事中の姿を『身内』に見られるのは何とも嫌なものだと改めて思うこととなる。
…………………………
………………
時は少し遡って港町に到着する前。
野営をしていると、ひとりの男性が駆け込んできた。
「た……助けてくださいっ!!」
ハギと名乗るその男性は、真面目そうな顔に似合わず派手な美しい着物を着ている。たぶん、金持ち育ちだろうと容易に想像ができた。賊が狙いを定めるのには充分すぎる獲物だろう。
ハギは山賊に襲われた仲間のために、焚き火が見えたこちらへ向かって死に物狂いで駆けてきたのだ。
……よく、こんな広い森を抜けてここへ来られたもんだ。
真っ直ぐ逃げてきた男性に少し疑念が湧いたが、ケイランは助ける気が有りそうなので準備を始める。
念の為、カガリに『この男がおかしな事をするようなら押さえ付けるように』とこっそり命じて、僕の手持ちの札から相手を拘束する術を預けた。
教えられた場所へ向かうと、本当に馬車が襲われている。
まぁ、たまには素直に人助けもいいか……
そう思ったが、目の前で馬車ごと囲まれている三人…………彼らから漂う『気』には覚えがあった。
一人はホムラだ……一目で判る。
あと二人の女性。
見覚えがあると思ったら、サイリとユナンだ。
ホムラには僕の代わりに港町の偵察を頼んだのだが、何故か『諜報活動要員』のサイリとユナンがいたのだ。
「…………ホムラ、どういうこと?」
サイリたちと交流し野営の場所まで戻る際に、馬車の後ろを守る振りをして、一緒に並ぶホムラとこっそり会話をした。
ホムラの今日の姿は『楽器演奏者のベルジュ』だ。
これは、たまにホムラがサイリたちと情報を集める時にする、こいつの貴重な表の顔である。
いつもは三人だけで情報を集めてくるのだが、今回はサイリたちが悪ふざけを始めた。
街道で馬車を賊に襲わせたのもわざとのようだ。
賊がいる気配を解っていて、わざわざその近くを通って襲わせやすいところまで誘導したという。
相手を誘き出し手のひらに乗せるのは、サイリたちの上等手段だ。
怪我まで演出して、何も知らないケイランたちの懐に入るまでが彼女たちのやり方である。
「申し訳ねぇでさ。サイリ姉たち、たまには旦那に会いたいってついてきちまいやして…………連れてかねぇと、港町の情報教えてくれねぇみたいなんで」
「……………………」
う〜ん……ホムラは表で情報を集めるのは難しいから、サイリたちの協力は必要なんだよなぁ。
ホムラの自毛は『金髪』だ。それと瞳も珍しい『碧眼』。
本当なら奴隷商人たちの情報を完璧に集めてから、ベルジュとして自分の金髪を餌に釣るつもりだったらしい。
ホムラは捕まったくらいじゃ、どうってことないから内部から壊していくのも簡単だった。
「ま、たまにはユナン姉の歌でも聴きながら、のんびり調査するのもいいんじゃねぇでやすか?」
「…………いや、あの二人が僕をゆっくり労ってくれる気がしない」
特にサイリは、ホムラに次いで僕を娯楽扱いするから……平気でふざけ半分に僕の困ることをしたがるのだ。
「ちょっとー、あんたもこっちおいで!」
馬車の前の方から、サイリがベルジュであるホムラを呼んでいる。
「ホムラ、呼ばれてるよ」
「正直……行きたくねぇでやすなぁ。ベルジュの演技、ちょっと疲れるんでさ……」
ホムラは馬車の陰から、チラチラと伺う演技らしいことをする。そこへ痺れを切らした振りをしたサイリがやってきた。
「よし、ホムラ! ケイランちゃんに素顔を見せてあげよう!」
「嬢ちゃんに? 必要でやすか?」
「必要も必要、きっと惚れちゃうわよ〜♪ ほら行くよ!」
惚れる……って、サイリはホムラに何かさせようとしてるの?
ホムラの首根っこを押さえ、サイリは楽しそうに戻っていった。
前方のサイリとユナンは、みんなに見えない所でニヤリと黒い微笑みを浮かべている。あれは絶対にろくなこと考えていない顔だ。
案の定、サイリたちに「港町に行くついでに、護衛役と踊り子がいないから手伝って!」と言われ、僕が踊り子となることが決まった。
くそぉ……コウリンが並以上に踊れてるから、黙って見てようと思ったのに…………
コウリンの後に渋々踊ったケイランの動きに、不覚にも笑ってしまった。
そのせいで、想像以上にブチ切れたケイランによって、僕が踊り子に指名されたのだ。
いやー、だってあのカクカクした堅苦しい動き。可愛いやらおかしいやら…………あれはドン引きするか、笑い転げるかの二択しかないよねぇ。
あの子の義母のジュカから踊りが苦手だと聞いてはいたけど、まさかここまで酷可愛いとは思わなかった。
でも彼女はその辺の貴族令嬢と違い、国の兵士として表で働いているから社交的な場で踊ることは少ない。気にしなくてもいいんじゃないかなーと思ったが、真面目な彼女は努力してもできないことをずっと気にしていたようだ。
まぁ確かに、少しくらいは踊れた方が楽しいか。機会があったら教えてあげようと思ったが、本人がやりたいと言うまで待つことにする。
港町に着いた。
はっきり言うと最高に気分が悪い。
町に到着する前から女装することになり、目立つ位置に座らされた。
サイリとユナンは実に楽しそうに通行人に手を振っていて、ケイランたちは護衛の立場として馬車の後方から黙ってついてきている。
僕に踊り子役を押し付けた罪悪感が後からきたのか、ケイランが目を合わせなくなってしまった。
気まずそうに顔を逸らすケイラン。それを見る度に、サイリたちに文句を言いたくてたまらない。
しかも町に着いてから、サイリは事ある毎にケイランとベルジュを仲良くさせようとしているのが目に付いた。
「…………二人とも、何か企んでる?」
宿に着いて、公演の打ち合わせと称してサイリとユナンに直接問い詰めたが…………
「何も企んでませんよぉ。ただ、『姉心』ってやつですかね〜。あたしは全く女っ気の無いホムラが心配で心配で……」
「ケイランちゃん可愛いですよね〜、ホムラと同じ金銀の髪の毛同士、お似合いじゃないですかぁ♪」
「お似合いって………………」
なんか、双子がとんでもないこと言いだした。
「いいじゃないですか。ルゥク様はその気になれば、両手に余るくらい女性を口説けるんですから」
「そーですよぉ。一人くらい、奥手な可愛い弟子に譲ってあげれば良いのに」
ニヤニヤする表情から、彼女たちは『僕が嫉妬に駆られる様子』を見るために煽っているように思える。
「そういう問題じゃない…………ほら、くだらないこと言ってないで、奴隷商人の情報集めに協力してくれないか。この仕事、さっさと終わらせたいんだよ」
「「はぁ〜〜〜い♡」」
遊ぶ気たっぷりの双子姉妹の笑顔に、久しぶりに心が折れそうになった。申し訳ないが、そう簡単にこの二人の玩具にされる訳にはいかない。
次の日から夕方の公演時間以外、僕ら『影』の一味は情報集めに奔走することになった。
…………………………
………………
翌日。情報集め以外は特に問題なく進むかと思ったが、ここでケイランが体調を崩してしまう。
最初は疲れが出たのだろう……と、コウリンとも話していたのだが、彼女は夕方にはケロリと良くなった。しかし翌朝にはまた不調になるという繰り返し。
毎日薬草を煎じるコウリンが首を傾げ、僕もケイランを見舞ったが彼女を目の前にすると原因が見えない。
しかし、毎回部屋に入る前にふと、ケイランの方から『気配』を感じることがあった。
…………『術』の気配?
ほんの一瞬だけ、術師が術を使う直前に気の流れがわかる時がある。その時の感覚に少し似ている気がした。
「コウリン、ちょっといい?」
「ん? 何?」
明日の分の薬湯を作っているコウリンに、ケイランが体調を崩す原因を伝えてみる。
「『気力過剰負荷』って知ってる?」
「知ってるわよ。それが?」
「ケイランの症状、それを疑ってるんだけど……」
『気力過剰負荷』
本来なら、生まれつき術師のアザ持ちの子供が、身体の中で気力を上手く流せない時に掛かるもの。
「え、まさか…………う〜ん……ケイランって、術師になって長いわよねぇ?」
「ちょうど十年だね」
「今さらって気もするけど……」
ケイランが術師になったのは、僕が『術喰いの術』で得たものを付与したからだ。
自然に習得したものではないし、最近になって強化もしていたから、今さらではあるが少しずつ身体に負担が掛かってきていたのかもしれない。
…………あの『霊影』、実は前の持ち主に“難”があるんだよね。まさか、それが原因だったりしないよね?
ケイランには術の出処は教えてない。だから、僕はちょっと責任を感じてしまっていた。
その晩、風呂上がりで夜風に当たっていると、ふらふらと起きてきたケイランに会う。
昼間に寝ていて、夕方も仕事を休みにされたせいで眠れなくなったみたいだ。
……そういえば、踊りを教える約束してたな。
律儀にその事を思い出したので、子供の頃に師匠から踊りを教えられた時のようにケイランを抱っこした。
そうしたら面白いくらいに誤解していたので、その様子を楽しみつつ真面目に教えてあげた。
「今日はもう終わりでいいね」
しばらくして、僕からそう言って踊るのをやめた。
懐かしさやら抱っこしたケイランの温かさやらで、内心は離したくなくなっていたが、一応具合いの悪い彼女をそんなに遅くまで起こしておけない。
名残惜しさを堪えて部屋に戻ると……真っ暗な部屋の中に人の気配がした。それも強烈に。
普通の人間なら部屋の異常に気付いて恐怖するだろうが、特に気にせずに火起こしの石を手に取る。
備え付けの蝋燭を灯すと、いつもの黒い格好をしたホムラが天井からぶら下がっていた。
「…………やっぱ、旦那は驚きやせんねぇ」
「わざと気配漂わせてまで、驚かせようとしないでくれる?」
暗闇に怪しい黒い男が逆さになっているなど、僕にとっては日常である。心臓の弱い人間なら、即あの世逝きになってるかもしれないけど。
僕の反応が薄いのを確認したので、ホムラは天井から降りて床にしゃがみ込む。椅子に座る僕を見上げると、にんまりと楽しそうに笑った。
「旦那、随分とお楽しみでやしたねぇ?」
「まぁね。たまにはこういうこともないと、やってられないからね……」
庭でケイランに踊りを教えていたのを見ていたみたいだ。
「そういうお前も、昼間僕がいない時に随分と楽しく過ごしてるみたいだね。ベルジュでケイラン口説いたりしてないよね?」
「………………………………それは、ありやせんね」
ねぇ……今、すごく間があったけど?
「ホムラ、今の冗談――――」
「明日、嬢ちゃんの代わりに坊が役所に行くみたいでさ」
『坊』とはスルガのことだ。
僕の言葉途中で仕事の話に移行したが、それに突っ込むこともせずに会話を続ける。
「……そう。で? お前は?」
「ベルジュとしてついて行きやす。兵士の相談受け付けの男が商人と繋がってるらしいんでさ」
ベルジュで行くというのは、奴隷商人たちを『釣り』にいくつもりだということ。
最近、この町を訪れた国の兵士が行方不明になっている件も片付けられそう。
「スルガを巻き込んじゃうね」
「仕方ねぇでやすな。坊も少し揉まれた方がいいと思いやすんで。それに嬢ちゃんを商人の網にかけるよりはマシでさ」
「そうだな。あ、ついでに…………くれぐれも、小競り合いになった時、町の狭い所でスルガに『風刃』とか使わせないようにして。大惨事になるから」
「わかりやした。じゃ、あっしは明日の用意をしておきやす」
「うん。頼んだよ」
「へぃ」
部屋が近いんだから普通に部屋から出ればいいのに、ホムラは窓から音もなく飛び出していく。ここは奴なりの人目につかないための拘りのようだ。
「さて……明日は忙しくなりそうだな」
肩を回しながら、明日起こす騒動を楽しみにしている不謹慎な自分がいた。