一座一味
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
視点移動あり。
ケイラン→ルゥク
※残酷な表現があります。ご注意ください。
人間、想像を遥かに超えた出来事が起きると、一時的に意識を全てから遮断するようだ。
「おーい、ケイラン? しっかりしなー」
「…………はっ!? 私は今、何を!?」
ルゥクがわたしの顔の前で手をひらひらとさせていた。
「君、立ったまま意識放棄してたけど大丈夫? この指何本か分かる?」
「二本。いや……ちょっと頭が現実逃避してたかもしれない……」
驚愕のあまり叫んだところから、少し意識が飛んでいた気がする。
恐る恐るルゥクの後ろに視線をやると、頭に布を目深に被ったベルジュ…………改め、ホムラがにんまりとしながらこちらを見ている。
うん……遠目でよく見たら、背丈や体格も完全にホムラじゃないか。なんで気付かなかったのだろう。
いや、気付けないのは仕方ないか。髪の毛や顔でだいぶ印象が違うし…………
「は! もしかして、金髪とかは変装……」
「ホムラの髪の毛と目の色は自前だよ。だから、あれがあいつの素顔ね」
「……………………」
まさかの変装をしないという変装。『影』が潜入するのに素顔って有りなのか?
「声を変えるのはお手の物だけど変装は得意じゃないんだ。だから、あんまり『表の仕事』はホムラにはやらせないかな」
「そうなんだ……」
再びホムラを見ると、少しもにんまりが崩れていない。
…………慣れるまで時間が掛かりそう。
ため息をつくわたしの肩に手が置かれる。
「ケイラン、大丈夫か?」
「あぁ。スルガは…………あんまり驚いてないのだな?」
「………………うん。まぁ……ちょっと前に、予感がしたというか…………」
「予感?」
どうやら、スルガは捕まっている時に「もしかして?」と思ったそうだ。
「……いや、なんかこう……確信はなかったんだけど、見てるうちに頭に浮かんできたっていうか…………たぶん『見気』のせいだと思うけど……」
「はっきりとはわからないのか?」
「そうだな。これは、もう少し修行が必要だなぁ……」
そう言うと、スルガもため息をつく。
どうやらスルガ自身、まだまだ術に対しての正確さを測りかねているようだ。
「お互いに、鍛錬が欠かせないな」
「うん。がんばろ」
決意を新たにしたわたしとスルガだが、周りに広がる死屍累々(誰一人死んではいない)とホムラのにんまりが見えた途端、心の中でひゅるる……と何かが引っ込んでいく気がした。
あ……やっぱり、頑張るのは明日からにしよう。
スルガも同じく思ったらしい。再び見合わせた顔が今にも悟りそうな『無』の表情になっていた。
「「はぁあああ〜…………」」
「君たち、そろって何を落ち込んでるの?」
ルゥク、落ち込む要因の約半分はお前だ。
いくら任務を遂行させるのが目的とはいえ、仲間を騙して仕込みをしているなんて……………………ん?
「…………そういえば、ホムラ……というか、ベルジュって独りぼっちで活動してなかったな」
「え? ………………あっ!!」
そう。ベルジュは旅の芸人一座の一人にすぎない。
「ルゥク………………まさか……」
「あぁ、やっとそこに気付いた?」
わたしがルゥクを睨み付けた時、
「みんな〜!! 張り切ってやってるか〜い!!」
「皆さま、お疲れ様です」
やけに明るい声とおっとりした声が、海岸の方から近付いて来るのが聞こえてきた。
声がした方へ向くと、そこには全身真っ黒の動きやすそうな着物を着た、サイリとユナンが手を振って笑っている。
ついでに彼女たちの後ろには、苦虫を噛み潰したような表情のカガリもいた。
「あ、さっすがルゥク様、もう終わってたんですねー!」
「当たり前ですけど、ホムラも無事でしたねー」
二人は手に荒縄を握っており、その先にはボッコボコにされた男が三人縛られて引きずられている。
「いやぁ、小船で三人ほど海上に逃げようとしてたから、とりあえず半殺しにして黙らせておきましたぁ♪」
「ふふふ、わたしたちから逃げようなんて、お馬鹿さんたちですねぇ♡」
「「………………………………………………」」
無邪気に無慈悲なことを言い放つ彼女たちの登場に、わたしとスルガは無言でその場に蹲った。
みんな知り合いかい!! と叫ぶ気力も無い。
「およ? どうしたの二人とも?」
「疲れちゃいましたか?」
「…………急な展開に頭がいっぱいいっぱいなんだよ。少しそっとしてあげて」
よく解った。この場にいるのは『芸人一座』ではなく『ルゥク一味』だったということが。
「これはあれか…………サイリたちをゴロツキから助けたあたりから、全部流れに乗ってたみたいなやつか?」
「う〜ん……正直に言うと、目的地をこの港町にしたあたりからかなぁ」
「そう…………」
こいつはいつも、わたしが想像したよりも三歩先で企んでいる。
しかしそう言いながら、ルゥクは眉間にシワを寄せて不機嫌そうな顔を造った。
「でも、サイリとユナンが来たのは想定外。僕は最初、ホムラにだけ命じていたから」
「そうなの?」
「えー? あたしたちだって、たまにはお傍で役に立ちたいですよー! あたしは――――」
「そうそう、少しくらい一緒にいてもいいじゃないですかー! わたしは――――」
がしぃっ!! がしぃっ!!
ルゥクの腕に両側から双子姉妹がしがみつく。
「「ルゥク様の『娘』なんですからー!!」」
「「えぇえええええっっっ!?」」
姉妹の息のあった言葉に、今度はわたしとスルガがそろって声をあげた。
…………………………
………………
…………はぁ、お茶が美味しい。
わたしは宿屋に戻って、今日の事をコウリンと話していた。ついでにカガリも一緒だ。
もう夜も遅いが、外であんな事があった後でとても眠れる状況じゃなかった。わたしに二人が付き合うかたちで、三人でお茶を飲みながら一息ついていたところだ。
「…………いや、もう……最初に言われた時は『は?』って言っちゃったわよ」
「そうか……」
わたしたちがスルガたちを救出に向かった後、サイリとユナンが「自分たちはルゥク様の『娘』だ」と言ってきたそうだ。
最初は何を言っているのか分からなかったコウリンだが、よくよく話を聞いてみると……
「サイリもユナンも……ついでにベルジュまで、ルゥクの『邑』の『影』だって言うんだもん」
「ふん! ルゥクさまの『娘』はあちだってそうだです!」
「…………要は、ルゥクが『邑』に匿った孤児を娘や息子って呼んでるってことなんだな?」
カガリから『邑』とは何かと聞いたら、昔から現在に至るまでに、ルゥクがあちこちで拾ってきた孤児が集まってできたのが『邑』なのだそうだ。
一般的には『隠れ里』として、地図には載っていない。
それをやっと理解できたのは、カガリが説明を入れてくれたおかげでもある。
「アタシ、本当に奴の子供じゃないかって疑ったわよ。伊豫での彌凪や嵐丸のこともあったでしょ?」
「ああ……いつか、奴の『隠し子』という人間が出てきてもおかしくはなさそうだ……」
「ルゥクさまはそんな節操無しじゃねぇです!」
「どうかしら……奴も男だからねぇ。あの顔じゃ、説得力ないわよ」
「か、顔に釣られる女なんてろくでもねのに、ルゥクさまが引っ掛かるわけねぇです!」
バチバチと火花を散らしそうなコウリンとカガリ。
「……それよりも、カガリがベルジュに脅えていたのって、正体がホムラだって知ってたからだったのだな……」
「…………そうだです。だって…………あのあにさんがルゥクさまみたいに、優しい顔でにっこりして、自分のこと『ぼく』って言ってて………………うぶわぁああ……! あちはいつまで経っても、あれは慣れねぇです!」
「「…………………………」」
どうやら、ホムラはベルジュを演じる際にルゥクを参考にしていたらしい。どうりで笑い方が似ているはずだ。
ちなみにゲンセンは「まぁ、そういうこともあるか……」と呟いて、そのまま受け入れたようだ。あれが大人の余裕というやつか。
「サイリとユナンのあねさんも、いきなり言うから状況が通じねぇんです。さらに、あにさんを表に出すところがタチ悪ぃです……」
卓に座って話している横で、寝台にゴロゴロと転がりながらカガリが文句のように言ってくる。
今回、ルゥクが国から命令されたのは奴隷商人たちの摘発と撲滅。
ただし、港町には一切の被害を出さないように行い、町でその商人に関わる人間を見つけ出すことも命令に入っていたそうだ。
国はそれらを穏便に消せれば良かったので、やり方はルゥクに一任されていたらしい。
ルゥクとしては、ホムラに港町での人間の動きと組織との関係、潜伏先、売買の場所や方法など…………すぐに奴らを潰せる材料を揃えさせ、港町にルゥクが到着した時点で壊滅させるのを目的としていた。
しかし、その情報をサイリたちが事前に握っていたため、ホムラがサイリたちと接触すると彼女たちは『面白そうだから自分たちも参加させろ』と情報提供の交換条件に交渉してきたという。
…………サイリたちの言うことを素直に聞いているので、案外ホムラも面白がって演じていたのだろう。
「わざわざ『旅の一座』を名乗って、手の込んだ芝居を仕掛けてくるとは……」
「いんや、あねさんたちは普段から芸人の振りして国中を回ってるです。ルゥク様が情報を欲しい時にすぐに渡せるようにしてるです」
「え? じゃあ、常に諜報活動しているってことか?」
「そです。でも、あにさんまで入るのは珍しです。しかもルゥクさままで巻き込まれるなんて…………正直、あちは凄いものを見てしまったです……」
確かに……ルゥクの女装だってそんなに頻繁にやるつもりもないものな。さらにホムラの演奏付き…………サイリたちは楽しかったかもしれないが、こっちは驚かされてばかりだった。
「あ、そういえばルゥクっていえば、さっき部屋にお茶もっていった時いなかったけど…………こんな夜中に何処行ったのかしら?」
「それを言うと、サイリとユナンも出掛けてる。おそらく、奴隷商人たちを役人へ引渡す手続きをしていると思うが…………私やスルガは行かなくてもいいって言われたな……」
「『影』の仕事だから?」
「たぶん…………ねぇ、カガリ。ルゥクから何か聞いていたか?」
寝台のカガリに尋ねると、彼女は途端に神妙な表情になった。
「…………いいから、お前たちは待つです。あちは二人と部屋で話して、今夜は絶対に外に出るなって言われたです」
「「…………………………」」
何か重苦しい雰囲気に、わたしとコウリンは黙り込んでしまった。
++++++++++++++++++++
コツコツコツコツ…………
周りを石で固められた地下の通路は、静かに歩いているはずの僕の足音も大きく響かせた。
ロウソクを片手に通路を奥へと進むと、突き当たりに木でできた扉が見えてくる。
僕が前に立つと、
「旦那でやすか。どうぞ」
ホムラの声と共に扉が開いた。
頭から足先まで真っ黒な着物に、保護眼鏡を掛けたいつもの姿。こいつはこっちの方が落ち着く。僕も今は女装は嫌だもん。
「…………何、もう三人で始めてたの?」
「いえ、あっしは何も。サイリ姉とユナン姉が準備運動に……って」
四隅にロウソクが置かれた部屋。
宿屋の部屋よりも少し大きな物置くらいの広さで、真ん中には椅子に縛り付けられた中年男性が一人。
その両脇に、黒い着物のサイリとユナンが立っていた。
男性は項垂れてぐったりしている。
「…………僕が来る前に何二人で遊んでんの?」
「だぁ〜って〜、ルゥク様が来るまで退屈させるのも悪いかなぁって思ったんだもん」
「気絶してんじゃん?」
「わたしたちは前座ですよー。ほらほら、起きてください!」
ぱしゃん!
ユナンが近くにあった桶から、柄杓で掬って下から男の顔に叩き付けるように水を掛けた。
「ぶっ……!! ゴホッゴホッ!! く……てめぇら……!! ぎゃっ!?」
気が付いた男の髪の毛を掴んで、僕の顔が見えるように上を向かせる。
「起きたね。さて……お前は何で自分だけ、役人に引き渡されなかったか解ってる?」
「うぐ……何が…………」
「お前は奴隷商の顧客に直接会って、尚且つ交渉や注文も受けていたよね?」
「し、知らねぇなぁ……聞きたきゃ、役人におれを引き渡せばいいだろ…………」
「それをやりたくないから、ここに連れてきて個別に聞いてるんだよ。役人の中にはお前らと通じてる奴がいるから、すぐに釈放されるだろ?」
髪を掴んだまま横に引き倒す。男は椅子ごと床に倒れ込んだ。
「お、おれがいなきゃ、役人も取調べが進まねぇぞ!?」
「国だろうと地方だろうと、僕は役人に期待はしていない。今回の事が完全に解決しなくても一向に構わない」
「な……仲間だって、おれがいなきゃ不審がる…………ぐぁっ!」
ガンッ!
倒れている男の横顔を踏み付ける。少し話しづらそうだが、これくらいは問題ないだろう。
「僕はお前に嘘はつきたくないから言うけど……お前には『捕まえる直前に逃亡して行方不明』ってことになってもらうよ。聞き終わったら片付けるつもりだし……」
「なっ……最初から生かすつもりがないなら、何もしゃべったりしないぞ!!」
三下が自分の命を盾に、この僕を脅すつもりらしい。
こういう奴らがいるせいで、ケイランみたいな子供が苦労をしているのが腹立たしい。
「え? 別に良いよ。言っとくけど、僕はここにいる三人よりもぬるくないからね? お前が『話すから楽にしてくれ』って懇願するまで続けようかな」
「ひっ……!?」
こいつが生きてる間に、残さず聞き出さないといけない。
「さて…………お前らの顧客のことを聞きたい」
「ひぃぃぃっ!!」
時間は掛かってもいい。僕はゆっくり聞き出すつもりでいる。
「…………客の中に『ゴウラ』って奴がいたはずだけど? そいつはどんな“商品”を注文した?」
その後、僕が丁寧に接したせいか、男は夜明け前に解放を願ってきた。