女兵士と芸人
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ケイラン視点です。
スルガとベルジュを助けようと、日が落ちると同時に敵の隠れ家と思わしき場所へ到着した。
「なんだここ? ただの岩山?」
「ルゥク、ここがその『奴隷商人』たちの砦で間違いないのか?」
「うん、ここだねぇ。カガリが教えてくれた位置と合ってる」
町に近い浜辺から海沿いを歩くと、そこにはゴツゴツとした岩山ばかりの場所だった。
この場所までは、わたしとルゥク、そしてゲンセンの三人だけ。コウリンにはサイリたちと宿屋で待ってもらっている。
「…………建物らしきものは見えないが……」
「おかしな点は…………お? 二人とも、あれ何だと思う?」
「うん?」
ゲンセンが指差した方向へ視線を向けると、岩山の一部に穴が空いていて鉄格子が掛けられていた。
まるで牢屋の窓のようなものが、大きな岩山にいくつか見える。これは遠目からではよく分からないかもしれない。
「たぶん、岩山に砦を紛れさせたってとこかな? あっちに小舟が何槽か見えるね」
「なるほど、小舟で海上へ行けば漁船と間違う。そこで人間の取り引きをしている…………と」
ここは漁業が盛んな港町だが、この港を通して国内の他の港町へ行くことができる。
陸路と違って、海上には国や領主などの関所などもないし、荷物を調べられる前に行き来するのも可能だろう。
…………しかも、この町に来た旅人や他の村などから子供を拐ってくるとは。絶対に許すことはできない。
ルゥクが言うには、酒場で踊りながらも客を眺めていると、それらしい奴らが客として出入りしていることもあったとか。
そういえば、如何にも怪しい風貌と会話の二人連れがいたことがあった。
今考えれば、わたしはあの者たちに憶えがあった。それは…………あいつらが『人買い』だったからかもしれない。
自分の中にある薄い記憶。
両親の元から引き離された時、わたしを連れに来たのはあんな風貌の奴らだった気がする。
苦い思いと共に可笑しさが込み上げてきた。
似た様な連中というのは、何年経ってもあまり代わり映えがしないものだという滑稽さに笑ってしまいそうだ。
「…………つまり、あの岩山に似せた砦の中に、スルガやベルジュだけでなく、拐われた人たちもいるかもしれないのか」
「うん。ここしばらく奴らの出入りがなかったから、そろそろ動くだろうって報告を受けてる」
「報告って…………」
「僕には優秀な耳や目がいるからね」
なるほど……ルゥクに前もって命令が来ていたなら、ホムラやカガリに調べさせておけるからな。
最近はホムラを全然見なかったから、たぶんルゥクに命じられて別行動をしていたのだろう。
ルゥクがこの港町を訪れた時にすぐ、国からの仕事を片付けられるように。
その怪しい岩山は少し離れた場所から、上へと続く道が続いていた。
そこを登っていくと岩山のてっぺんに辿り着き、そこではガラの悪い男たち数人が気分良さそうに酒盛りをしている。わたしたちが近くに潜んでいるのを知らず、奴らは大声で『今日の成果』を話していた。
「ぎゃはははっ! いやー、いくら術師兵でもガキは大したことねぇな!」
「それよりも、『金寿』が手に入ったんだぞ? あれは高く売れるよなぁ!」
「おい、でも油断すんなよ。まだ町にあいつらの仲間がいるかもしれないんだぞ?」
「いやいや大丈夫、役所に来たらすぐに教えろって言ってある。残りの兵士も仲間がいなくなったら、最初に役所へ行くはずだろ。ウサギが罠に掛かるのを待てばいい!」
「「「あはははははっ!!」」」
ちょうど、スルガとベルジュの話をしていたようだ。ついでにわたしを役所で騙し討ちするつもりなのも丸聞こえだった。
「「「…………………………」」」
三人とも思わず『無の表情』で固まる。
え、ぬるい。こんなにわかりやすくていいのか?
ついでに言うと、奴らの後ろには階段が見えるので、そこを降りればスルガたちがいることも容易に考えられる。
「ふわぁ……張り合い無いなぁ……」
ルゥクがつまらなそうに、欠伸をしながら呟く。
残念ながら、わたしとゲンセンも同意見になりそうだ。
「どうする? 定石としては、大きな音を立てて誘き出して叩くのがいいと思うけど?」
「安直…………と言いたいが、それがいいな」
「賛成……」
これはもう、何も考えなくてもいいかもしれない。
「じゃあ、あいつらの相手はルゥクに頼んだ」
「ん、頼むぞ!」
わたしの提案にゲンセンも何も聞かずに頷く。
「ちょっと……二人とも、僕に面倒なの押し付けようとしてない?」
「お前の仕事なんだから、面倒なのは任せた」
「ケイランの霊影より、お前の札の術の方が誘き出すの上手いだろ?」
揃って頷くわたしたちに、ルゥクは少し拗ねたように言う。
「わかったよ。じゃあ、ちょっと行ってくる……」
「頑張れ」
「周り壊さないようにほどほどになー」
ルゥクが両手に板の札を持つ。
ヒュッ! と風を切るような音と共に、
「――――――『爆』!」
控えめに言うルゥクの声。
どぉおおおおおおんっ!!
「ぎゃあああっ!?」
「うわあああっ!?」
「ゲホゲホッ!! なんだ!?」
「て……敵襲ーーーっ!! 敵襲!!!!」
いつもより範囲は狭いが、派手な音の爆発が奴らの真ん中で起きた。今の札の攻撃で二人ほどが焦げて倒れている。
「次、僕が札を使ったら、二人はすぐにあの出入り口へ走って」
「わかった!」
「おう!」
それだけ言うと、ルゥクは正面から男たちの前に出ていく。どうやら刀を抜く気は無いようで、素手の接近戦のために相手をできる限り近付けようと立ちはだかる。
最初に飛び出してきた三、四人を拳で黙らせ、再び爆発の札を使って砂塵を舞い上がらせた。
わたしとゲンセンはその砂煙に乗じて入り口へ向かう。
砦の中は外観と同じ岩の洞窟のようで、通路には点々と松明が灯っていた。
入ってすぐの所に小さな部屋があり、そこに鉄の輪っかに括られた幾つもの鍵があるのを見付ける。
『牢屋』の鍵のようだな…………思ったより多そうだ。
その鍵束を取って進むと道が別れていて、わたしとゲンセンはそれぞれ違う通路を進んだ。
途中で二人ほど敵と遭遇するが、ここは霊影で締めて気絶させる。上の騒ぎにも外に出ていかない者に気をつけて、さらに奥へと進んでいくと、一番奥にひとつだけ頑丈そうな牢屋があった。
そこにスルガとベルジュの姿を見付ける。
良かった……無事だった……。
スルガの術こそ封じられていたが、二人とも大きな怪我もなくて元気そう。
いや、スルガが少しだけ元気がないか。
どうやら今回の事を自分の責任だと感じていたらしい。今度から悪いところは叱ってほしいと言われた。
スルガは向上心がある。
わたしも見習わないと。
スルガとそんなやり取りをしながら脱出を図っている間、ベルジュは黙って後ろをついてきていた。
時々、心配になって振り向くと、その都度目が合ってにっこりとされる。それが妙に落ち着かない。
やっぱり何か…………ベルジュの笑顔って、ルゥクに似てる気がする。
昨日までは気のせいかと思っていたが、ここに来て助け出す時にベルジュの落ち着き様に違和感を覚えた。
いや、捕まっていたからって、混乱して泣かれたりするのも嫌なのだが…………なんか、こう……ちょっと違うような気がしてならない。
何とも分からない気持ちになりながら、やっと岩山のてっぺんに戻ると、外ではルゥクが圧倒的な勝利を納めていた。
先ほどスルガが言っていた術師らしい奴が、地面で白目を向いて倒れている。
予想通り、あっさりルゥクに見付かり倒されてしまったようだ。
そこに立つルゥクの手には使用された『黒い札』が握られていたので、この術師…………いや、この男はもう術を使うことはできなくなっただろう。
「ルゥク! これでもう終わりか? これ以上は爆発の札は使わないでほしいのだが……」
安全のためにゲンセンから言われたことを伝えて駆け寄ると、ルゥクが海岸への方向に視線を向けている。
「ルゥク?」
「いや、あっち。まだ大勢隠れているね。こんなに仲間がいるなんて、この町では『人買い』の需要があるんだなぁ……」
「えらく偏った需要だ。なんでもいいから、とっとと片付けてしまえばいい」
「君、今回はいつになく雑になってない?」
そう……今回はこの輩たちに微塵も情けを掛けるつもりはない。
今ならルゥクがどんな仕置きをしても黙っていられる自信がある。
「よし行け、ルゥク! 奴らにこの世の地獄を見せてやれ!」
「ケイラン……目が怖…………あ、いや……君の気持ちはものすごーく解るんだけどね……」
「なんだ? いつもなら、お前の方が非情なことやっているだろう? 別に殺せとは言ってないのに……」
「……う〜ん、まぁ……いいけど…………」
ぶつぶつと何か不満を言っているが、ルゥクは前に出ていく。
手に持っていた『黒い札』を口の端に咥えてへし折った。札は黒い煙をあげると、真っ白になって砕け散る。
口に残った札の切れ端を吐き出すと、ルゥクは自分の右手を開いたり閉じたりして何かを探っているようだ。喰った術の種類と使い方を考えているのだろう。
「ふぅん……『毒の術』ねぇ? あんまり頻繁には使えないけど、面白いかもしれない……」
指先を舐めて風向きを確認すると、風下であろう方へと右手をかざした。
「え〜と……有効なのはコレかな………………えいっ!」
一瞬、ルゥクの周りに霧状のものが発生したかと思うと、手の動きと同時に風に乗って消え去る。
すると…………
「うっ!? ゴホゴホッ!!」
「ぐぁあああっ!! 目……目が痛てぇ!!」
「テメェ!! 何しやがったぁっ!!」
遠くから十数人がぞろぞろと、煙に追われた害虫の如くいぶり出されてきた。
聞けば、ルゥクは『催涙』の毒霧を使ったそうだ。
「じゃあこれを一網打尽に…………」
「……『爆発』と『晶樹』は地面に影響が出るからだめだぞ? ゲンセンや拐われた人たちの避難が優先だ」
「えー? めんどくさいなぁ…………それなら……」
また素手で戦うのかと思ったら、ルゥクは後ろを向いてスルガとベルジュの方を見る。
「せっかくだから、手伝ってもらおうかな?」
「え? それは無理だ、スルガは術を封じられて…………」
スルガの腕には、未だに封印の札がぐるぐると巻き付いている。残念ながら、わたしには解けなかったものだ。
「あはは、スルガじゃないよ」
「じゃあ……」
まさか、ベルジュに?
いや、それこそ無理では………………
そう思っているわたしの隣りで、ルゥクはにっこりとして口を開く。
「ホムラ、許可する。――――――やれ」
――――――…………は?
何かの聞き違いかと思った瞬間、無表情だったベルジュの口の両端が大きくつり上がった。
「へぇ、わかりやした。旦那」
にんまり。
ベルジュとは違う声と、見慣れた口元の笑顔。
わたしの視界の中、スルガの後ろにいたはずのベルジュの姿を見失う。
次に近くで、しゃらん……何か軽い音がした時、わたしとスルガはその場に固まって動けないでいた。
ダダダダダダダダダッ!!
「「「ぎゃあああああああっ!!」」」
連続の重い音と同時に、悪党どもの叫び声が響く。
「は…………」
身体が動いてやっと振り向けた時、ルゥクの傍にはベルジュが立っている。両手の指の間には、鉄の杭のようなものが握られていた。
「えっと…………あの、ベル…………?」
「これでいいでやすか? ルゥクの旦那」
「うん、ご苦労」
…………『ホムラ』だ。ベルジュじゃない。
「ベ……ベル…………いや…………ホムラ?」
「へぇ、なんでやすか? 嬢ちゃん」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
にんまりした口元と声。
しゃべり方に攻撃の仕方。
これは、いつものホムラだ。
そこに、顔やら髪やら瞳やらが邪魔をして、わたしの頭は混乱から抜け出せない。
「ねぇ、ケイラン?」
「うん…………」
「これ、ホムラだからね?」
「うぇううぅ〜ん……」
ルゥクに真顔で声を掛けられたが、自分でもどんな返事をしていいのかわからない。
目眩がしてきそうになった時、フッと目の前に影ができた。
すぐ近くに、ベルジュのふんわりとした笑顔がある。しかし、すぐに笑顔から『ふんわり』が無くなった。
「ほぇ…………」
「騙しててすいやせん。でもやっぱり、嬢ちゃんは面白いでやすねぇ? ヒヒヒ……」
「うぇ、え…………………………えぇえええええええええええええええっっっ!!!?」
至近距離で『にんまり』とされて、やっとわたしの脳が活動を始めてくれたようだ。