新兵と芸人 三
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スルガ視点です。
「…………ルガ……スルガ……起き…………スルガ!」
「――――――む゛っ……?」
肌寒さとオレを呼ぶ声で意識が浮上する。
気が付くと、オレとベルジュは洞窟のような薄暗い岩に囲まれた場所に転がっていた。
上の方に格子付きの窓があり、そこから満月が見えている。すっかり夜になってしまったようだ。
――――オレたちが戻らないと、みんな心配してくれるかな?
仲間たちがオレの心配をしているかどうかが気になったが、まずは自分の状態を確認しようと身体を動かした。どうやら、毒による痺れはもう無くなっているみたいだ。
オレは口に猿轡をされ、両手両足を縛られていた。さらに右腕には文字がびっしり書かれた包帯を、これでもかとぐるぐる巻きにされている。
「ふごっ……」
「『術封じ』だね。スルガは術師のアザが目立つから、真っ先に封じられていたよ」
「むぐー……」
ベルジュも両手両足を縛られてはいるが、口には何もない。いや、元々は同じく猿轡をされていたようだけど、頬に泥が付いているのを見ると、壁とかに顔を擦り付けて外したんだろう。
それ以外は怪我なんかはしていないから、とりあえず無事で良かったというところか。
「ふぐぐ、ふがっが!」
「あ、スルガのも外してあげる。えーと……ちょっとゴメンねー」
「ふぐ!」
そう言うと、ベルジュはオレの顔の横から、猿轡の布を口で引っ張って緩めようとした。
手が縛られているので仕方ないけど、引っ張っられて痛いというか、時々耳に息が掛かってくすぐったいというか……なんか、背中がゾワゾワして居心地が悪い。
しばらく、グイグイと引っ張られていると、次第に布と顔の間に隙間ができて、スルッと布が首元に落ちた。
「ぷはっ!! ふぁ〜、酷い目に遭ったなぁ……」
「ふぅ。大丈夫、スルガ?」
「うん。ありがとう、ベル兄ちゃん。あ、でも……しゃべってたらまた……」
猿轡が外れて自由に話せるけど、見つかったらまたされるんじゃないか?
「それでも、しばらくは大丈夫だよ。ほら、見張りの人もいないから」
「ほんとだ……」
ベルジュが顔を向けた方向に、薄暗い中に鉄格子とその向こうの廊下が見えた。
そこに小さな卓と椅子があったけど誰も座っていない。オレの刀や荷物もそこに無造作に置いてあるだけだった。
「……なんかねー。どうせ、ぼくらは逃げらんないから、見張りがいなくても大丈夫だろーって、見張りの人は仲間とお酒飲みに行っちゃったよ」
「ば、馬鹿にしやがって…………」
確かに術を封じて縛り、さらに牢屋に入れているなら、どう見ても逃げ出せる可能性は低い。
しかも、眠っている間に連れてこられたので、ここがどの辺かもわからず不安になる。
「…………ベル兄ちゃん。ここ、何処だかわかる?」
「う〜ん……町よりも海の近くだね。波の音が大きいから」
ザザ……ザザン…………
波がぶつかるような音。この場所を見ても、たぶん海近くの岩場とかかもしれないな。
「あと…………あっちにも誰かいるよ。子供の泣き声が聴こえるから」
「……………………」
反響しているので位置は確認できないが、廊下の方からすすり泣きのような小さな声がする。
「あいつら、たぶん人買いだよな? それなら他にも誰かいるのかも…………」
ほんっとに赦せねぇ。同じ人間の癖に、人間を食い物にしてるなんて!!
「術が使えたらギタギタにしてやりたい!」
「……でも、あっちも術使うから簡単にはいかないね?」
「次はあんな毒なんて……」
「次があればいいけどね?」
「えぇ〜?」
……何か、ベル兄ちゃん厳しくねぇ?
のんびりしていると思ってたベルジュの手痛いツッコミにオレが動揺していると、ベルジュは壁に寄りかかりながら困ったように笑った。
「…………スルガは術師だけど、今まで術師と戦ったこと無いよね?」
「そんなこと………………ない……」
言われてみると、オレは術を身に付けてから一度も術師を敵に回したことはない。
伊豫にいた時は、周りに誰も戦闘で術を使う術師なんかいなかった。
ケイランたちも、オレに術の使い方を教えてくれていたが、オレ自身に向けて術を使って稽古をしてくれた訳ではなく、オレが倒してきたゴロツキも術師ではなかった。
「術師同士の戦いは、相手に手の内を知られないようにするのが基本だよ。初見で相手の罠に掛からないようにしないといけない」
まるで、術の講義が始まったような気分になる。
「でも……普通は戦いになった時に、術使ったらわかるんじゃ……」
「さっきみたいに、隠れて使われたら?」
「……………………」
「だから大勢に囲まれて混戦になったら、その中に術師がいないかどうか警戒しないといけないんだよ」
その通りだと思う。
ベルジュは全然、術なんて使ってなかったはずだ。なのに言われたことがするすると理解できた。
「ベル兄ちゃん……もしかして、術……使えるの? 術師だったの?」
「ん? 少しだけね」
「でも、さっきも全然、術使ってないのに…………」
「そりゃあ、バレないようにしないと。敵を欺くには、まず味方からって言うよねー?」
「へ…………?」
にっこり。整った顔が笑顔を作る。
いつもなら、ふんわりと笑った顔がキレイだと思うのだが、今はその笑顔に身体が強ばった。
――――え? 待って、この顔…………
オレの勘……というか、『見気』が有り得ない答えを弾き出す。
その時、
どごぉおおおおおおおんっ!!
物凄い轟音が何処かで鳴り響いた。
身体に軽く振動が伝わり、天井からパラパラと塵が落ちる。
「ふぁっ!? 何、今の!?」
「あー、来たみたい」
「来たって?」
「あの爆発の主だよ」
爆発の主……たぶん今のはルゥクの『爆発の術』だ。
何故、ここが分かったのかが不思議に思うが、ルゥクだということだけで納得してしまう。
「ルゥク、きっとスルガのこと心配してたんだよ♪」
「………………………………うん」
仲間が駆け付けて来てくれたのは嬉しいが、オレはにこやかに笑う隣人に対して、背中の冷や汗が止まらない。
オレが内心、ベルジュに対して恐れおののいていた時、廊下の奥から「ぐえっ!」とか「ぎゃっ!」などの短い悲鳴が聞こえた。
「スルガ!! ベルジュ!!」
「…………ケイラン!!」
ガッと勢い良く鉄格子に飛び付いてきたのは、急いで走って来てくれたであろうケイランだった。
「会えて良かった……二人とも無事か? 怪我は無いか?」
「大丈夫……オレもベル兄ちゃんも無事……」
「大丈夫だよー」
オレたちの返答を聞き、ケイランは少しホッとしたようだ。
「……縄で縛られてるな。『霊影』!」
するすると格子の隙間から細長い影が伸びて、オレたちの手足を縛っていた縄を切って解く。残念ながら腕の『術封じ』は解けないようだが、手足が自由になっただけでも嬉しい。
ケイランは霊影を引っ込めてすぐ、手に持っていた鍵束の鍵で牢を開けようとしてくれる。
「…………すまなかった、スルガ」
「え?」
ガチャガチャと次々と鍵を差し込みながら、ケイランは何とも申し訳なさそうに謝ってきた。
「私が大陸に不慣れなスルガを、無理に行かせたばかりに……」
「えっ!? いや、そんなことない! 絶対ケイランのせいじゃねぇし!!」
「そうだよー。この町を知ってるぼくもいたんだし、ケイランは悪くないよー?」
オレがよく考えずに歩いていたのも原因なんだし、それにベルジュは巻き込まれただけなんだから。
そう言っても、この二人はオレの落ち度を責めたりなんてしないだろう。むしろ庇ってくれる。
仲間になった最初はそれに甘えてしまっていたが、こんなことがあった後では自分の未熟さがよく分かって辛い。
伊豫にいた時にこんなことが起きたら、オレは父ちゃんに思いっきりゲンコツを食らわされているはずだ。
「オレは怒られるくらいが楽なんだけど…………」
牢屋を開けて喜ぶ二人に聞こえないくらいで呟いた。
「ケイラン、鍵束貸してくれ。あっちの牢屋に子供がいっぱいいる!」
「わかった。そっちはゲンセンに任せた」
途中で合流したゲンセンに鍵束を渡し、ケイランはオレとベルジュを連れて真っ先に外へ出ることにしたようだ。
「あ! それと、ルゥクに上で爆発の札をこれ以上使うなって言ってくれ! 助け出す時に岩が崩れたらシャレにならん」
「そうだな。言っておこう。スルガ、ベルジュ、そこの通路を道なりに進めば外だ。急ぐぞ!」
「おう!」
「うん」
洞窟のような通路を抜け、空気に風の流れを感じられるくらいになった時、外から大勢の怒号やら悲鳴やらが聴こえてくる。
まるで地獄の叫びのようだ。
オレ一人だったらあんまり近寄りたくない騒ぎだ。
「……なんか、外すっげぇ騒いでるけど?」
「私とゲンセンが人命救助にまわって、外にいたほとんどの敵はルゥクに押し付けてきた……」
「…………気の毒だな」
もちろん、気の毒なのはルゥクを相手にしなきゃならない敵側である。
やはり最初の爆発音はルゥクのせいだった。
挨拶がわりに軽く数人を派手に飛ばして、敵をいぶり出したそうだ。
オレは伊豫からルゥクを見ているが、あの兄ちゃんは絶対に戦闘で敵に回しちゃいけないと思っている。ケイランのことに関しては、オレも簡単に譲るつもりはないけど。
ケイランの話によると、ここの拠点には数十人のゴロツキどもが集まっていそうだ。
どうやら、ここから船に乗せて海上で人の売買をするようだったとか。
「もう、国から目を付けられてたんだ?」
「あぁ。こっち方面に行くなら仕事しろ……と、前もってルゥクに討伐命令が下っていたそうだ」
「兵士って、そういうこともあるんだ……」
「ルゥクが特殊なだけだ。だが、この仕事ならルゥク以外にもできそうなのだがな……」
何故、こんな普通の仕事をルゥクに命令されたのかわからない。ケイランはそう言って首を傾げる。
…………普段のルゥクは、どんな仕事を回されてるんだろう? すげぇ気になる。
目の前に上へ昇る石積みの階段が見えた。
「よし、このまま外に出られそうだな……」
「途中、まったく敵に会わなかったな」
通路に二人くらい倒れていたが、最初のルゥクによる爆発でほとんどの奴らが外におびき出されたのだろう。
ん…………敵?
「あ!! そうだ、敵の中に『毒』を使う術師がいる!! あいつ、仲間に隠れて毒撃ってくるんだよ!!」
混戦に乗じて撃ってこられたりしたら……
「大丈夫だ。ルゥクの敵じゃない」
ケイランは何の揺らぎもなくキッパリと言い放つ。
「私はまだまだだが…………ルゥクなら紛れている術師くらいはすぐに見つけ出すだろう。『影』の状況把握は普通じゃないからな」
「へ、へぇ…………」
何でルゥクが『影』だからという理由だけで、ここまではっきり言えるのか。
それはたぶん、ケイランがルゥクの強さを信用しているからだ。
「それに、大勢が掛かって来た時に術師が混じっていることは、戦闘になった時には常に頭の片隅に入れておくものだ。私やスルガのように術師のアザが見える者ばかりじゃない。着物でアザを隠したり、アザなしの術師も大勢いるのだから」
さっき、ベルジュから聞いたような話をケイランからも聞かされる。
「オレ……術師との戦い方、全然分からなかった……」
「それは仕方ないぞ。スルガは術師になったばかりなのだし……」
「……………………」
違う。本当は術師とかそうじゃないとか、そんなの関係なく油断したのが悪いんだ。だから、やっぱりこれはオレの責任だ。
「もうオレ、『次』があるなんて思わないで戦う……」
「え……スルガ、どうした?」
「もう油断しない。だから、ケイランもオレがヘマしたらちゃんと怒ってくれ」
「…………わかった。これからはキツいぞ?」
「おう!」
ちょっと苦笑いするケイランが可愛いと思いつつ、オレは今なら誰にも負けないくらいの気持ちになる。
そう、今だったらルゥクにも勝てそうな――――――
階段を昇って地上に出た途端、そこのあまりの光景に絶句した。
あちこちに転がる、黒コゲになってピクピクしている十数人の野郎ども。
少し離れて、ルゥクがにっこりと微笑みながら一人の男の首を片手で締めて、頭より高い位置まで持ち上げている。
締め上げられていたのは、あの『毒』の術師だった。
…………やっぱり、まだ勝てる気がしない。
術を封じられているオレの戦意は急激に冷めた。
「あ、みんな思ったより早かったね」
ドサリ。術師は泡を吹いて地面に落ちる。
「ルゥク! これでもう終わりか? これ以上は爆発の札は使わないでほしいのだが……」
ケイランは全然動じずに、転がっている奴らを跨いでルゥクの所へ駆け寄っていく。
「いや、まだ…………」
「え…………なん……」
ケイランとルゥクが別の方へ指差し何かを言っている。
すると、ルゥクがオレとベルジュの方に振り向いて口を開いた。
「…………、許可する。――――――やれ」
へ……? ルゥク、何言って…………
一瞬、理解できなかったルゥクの言葉で、事件は一気に終わりを迎えるのだった。