新兵と芸人 一
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
今回はスルガ視点です。
「スルガー、おはよー」
「あ、おはよう。ベル兄ちゃん」
オレが早く起きて外の水場で顔を洗っていると、そこにベルジュがやってきた。
朝の光に短い金髪がキラキラと光っている。
「早いんだね。どこか出掛けるの?」
「うん。役所に行ってこようと思って……」
「役所? 場所分かる?」
「えぇと……だいたいの位置は。適当に行けば分かるかなぁって思ってた」
「良かったら案内しようか? ぼく、あっちの方に買い物もあるし」
「ほんと?」
年上のベルジュは親切だし人懐っこいなぁと、オレも思わず気を許してしまう。
そんなこんなで、気付けば二人で町の大通りを歩いていた。
そこは職人や、馬車の貸し出しなどの観光に関わる商売が多い通り。
この間は食べ物の屋台の多い通りだけだったから、そこから比べると少し静かな雰囲気がある。
「ほら、ここが役所だよ」
「へぇ……ここかぁ」
役所はそんなに目立った建物じゃなく、今オレたちが泊まっている宿屋を少し大きくして、色なんかを地味にした感じの石造りのものだった。
ベルジュの案内がなければちょっと迷ったかもしれない。
建物の中に入ると、役所らしく受け付けの場所が宿屋よりも三倍くらい広く、奥に広がる空間には職員が十人ほど見えた。
役所の職員の他には、旅の商人だと思われる集団が何かの許可を出してもらおうと並んでいたり、観光で訪れた若者たちが地図を広げながら何かの説明をしていたり。
あとは入り口のちょっとした椅子と卓で、近所の爺さんと思われる人たちが囲碁をしているのを見る。
人や物の行き来がある港町のためか、役所にはたくさんの人が来ていた。
よし! オレもさっさと用事を済ませてしまおうっと!
「えっと……王都の兵団に関する申請なんですけど……」
「はい、えっと……国の軍の関係だと、一番奥の受け付けになりますね」
「どうも……」
一番近くの受け付けの女の人に聞いたら、別の受け付けを指されたのでそちらに移動した。
「ん? ぼうず、何の用だ?」
「王都の兵団へ給与申請と、通過証明をもらいに来たんだけど……」
「軍? 王都の……本物か?」
「これが証明証だ」
案内通りに行くと、やる気のなさそうな髪の毛の乏しい太った中年男の受け付けがいた。オレはケイランに言われた通りに書類を出して、貰ったばかりの兵士の証明になる金属板を職員に見せる。
「確かに…………王都鵬明の王宮術師兵団の証明証だ。わかった……そこの椅子に座って少し待て……」
その無愛想な男性職員は、チラチラとオレと書類を見比べながら奥の部屋へと引っ込む。
なんだか疑っているような顔をされてたが、書類も証明証も本物だから大丈夫なはずだ。
もしかして、オレが未成年だから怪しまれたのかな。
不安を抱えながら、言われた通り受け付け近くの椅子に座って待つことにした。隣にはベルジュも座って、一緒に待ってくれている。
最初はベルジュと、たわいない話をしながら待てていたんだけど…………
その職員はなかなか表に戻ってこない。
しばらく待っても、まだ職員の人が戻ってこない。
オレの後から来た商人が五人ほど許可をもらって帰ったのに、オレの受け付けの男はまだ戻ってこない。
役所の入り口で碁を打っていた暇な爺さんたちが、持参した茶を飲み終わり、もう一試合始めたのにあのオヤジがまだ戻ってこない。
「なんか遅いねー?」
「………………うん。聞いてたのと違う……」
気付けば朝早く出てきたのに、もう少ししたら昼になるじゃないか。
ケイランから聞いたのは、だいたい何処の町へ行っても待つ時間は変わらない。もし身分証明に時間が掛かる場合は後日来るように言われる…………ということだった。
…………遅い。いくらなんでも、これは待たせ過ぎじゃねぇのか? 「そこで待ってろ」って言ってたのに!
「…………すいません、あっちで手続きしたんですけど、受け付けのハゲ…………係の人が、ずいぶんな時間戻って来ないんです」
「え? そうですか、それはすみません。すぐに確認してきますね!」
最初に話し掛けた受け付けの女性職員が手隙になったところを見計らって、こっちのおっさん職員の待たせ過ぎに文句を言ってみる。
女性は驚いた様子でオレに頭を下げ、ハゲが消えた奥の部屋へ行く。
すると、いくらもしないうちに、オレが持ってきた書類を抱えて部屋から出てきた。
「……もう、人を待たせてどこ行ったのかしら。あ、大変申し訳ありません。係りの者がどこかへ出掛けてしまったようで…………」
「え〜……?」
あんのハゲ玉オヤジ!
普通、仕事ほっぽっていなくなるか!? 仮にも町の役人のくせにっ!!
「本当に申し訳ございません。私で良ければ、すぐにお手続きをいたしますので……!」
「あ、はい……なるべく早く……」
この女性職員には罪は無いので、できるだけ感情を抑えるようにした。
女性はペコペコと頭を下げて、近くの机で書類をひろげている。オレは再び椅子に腰掛けてベルジュと待つことになった。
…………………………
………………
「お待たせいたしました!」
「はい……」
ハゲの十分の一くらいの時間で、女性職員が受け付けに戻ってくる。
「こちら通過証明になります。給与と給付金のお渡しは、王都への確認と金額の用意のため二日以降になります。こちらの木札をお持ちになって、またいらしてください」
「どうも……」
今度はすんなりと想像していた手続きが終わり、深々と頭を下げる女性に見送られながら役所の建物を出た。
「ぐわぁ、疲れたぁ。何だったんだよ……ったく!」
「おじさん、仕事怠けるのダメだねー」
「今度、役所に行った時に顔見たら、めちゃくちゃに文句言ってやる!」
結局のところ、オレはあのハゲになめて掛かられたということか…………そりゃ、まだ周りに子供扱いされるけど…………
伊豫にいる時だって、父ちゃんに「お前はまだまだ子供が抜けてない」って怒られてた。
ケイランだって、オレからの求婚を『まだ子供だから』と思っていて、真剣に考えてから断ってきた訳ではないだろう。
だから、今回は同じ兵士の仕事して、頑張って少しは認めてもらおうと思っていたのに。こんなにお使いが遅くなるなんて……。
「はぁ…………」
「? どうしたの、スルガ?」
「いや、オレってガキっぽいかなぁって……」
「え? だってまだ成人してないなら仕方ないよね?」
「んー…………成人してないって、言わなくても分かるのはやだなぁ。もう一年もないのに…………」
同い年のヨシタカなんて、もっと前から大人と同じくらいしっかりしているって言われていた。
あいつは身長はオレよりも低いし、身体も華奢だから見た目の問題じゃないだよな。きっと、もともとの雰囲気の違いなんだ。
「なぁ、オレはどうやったら大人っぽく見えると思う?」
「スルガはこのままで充分だと思うけど…………ぼく、わかんないや」
「…………………そう………」
ベル兄ちゃんって話し方が子供みたいなのに、背が高いから黙ってても大人なんだよなぁ。
ベルジュはオレよりも頭一つ以上の長身だ。
楽器奏者の割には体格もがっちりしてるし、やっぱ見た目も大事なのかと思えてきてしまう。
せめてオレも、もう少しでかくなれば………………ん、あれ?
そう思ってベルジュを見上げていた時、急に既視感のようなものに襲われる。
ベル兄ちゃんと会ったのってつい数日前だよな?
珍しい髪の毛と瞳を持つ旅の芸人。そんな知り合いはいなかったのに、ふと何故かもっと前から知っていたような気がしたのだ。
「ん? どうしたの、じっと見て……?」
「え、あ、いや。ごめん、なんでもない」
オレは慌ててベルジュから顔を逸らした。
いや…………今は頭のほとんどが隠れているから、知り合いも何も分からないじゃないか。普段、顔を隠しているのがケイランと似てるってことだから?
最近、仲良くしてたからそう思ったのかもしれない。
そういうことに結論付けて、オレはこれ以上気にしないようにしようと思った。
役所を出てから少し大通りを歩いていたが、ベルジュが先の細い通りを指差した。
「ぼくの目当ての店は向こうの裏通りなんだ。もう昼も過ぎたし、スルガは先に帰ってごはん食べてきなよ」
「あぁ、役所で遅くなったもんな……」
昼を食べ損ねたことに気が付く。
ベルジュは口元にふんわりとした笑みを作って、オレが困らないように言ってくれているのだ。
「ここまで来たんだから、オレも買い物付き合うよ。ベル兄ちゃんが一人で歩くのなんか心配だし!」
「そっかー、ありがとうスルガ」
最初にオレの方に付き合ってくれたから、ベルジュまで遅くなったんだもんな。あとでお詫びに、屋台で好きなものご馳走しよう。
ベルジュが行こうとしている店は、複雑な裏通りを抜けてかなり歩いた所にある雑貨屋だった。
すぐに済むと言うので、オレは店の中であちこち眺めながら、ベルジュの買い物が終わるのを待つことにした。
ベルジュは楽器の弦の材料らしきものを買って、店の親父さんと軽く会話をしてから、何か細かいものをもらっている。
「ベル兄ちゃん、それ何?」
「あぁ、コレ? コレは木の端材だよ。ここで買い物をして、おじさんにお願いするといつも貰えるの」
「端材? こんなに細かい木の欠片なんて、何につかうの?」
手の平ほどの紙袋に入っていたのは、指二本くらいの大きさの木の欠片。
「うん、コレで爪楊枝作るんだ」
「爪楊枝……」
そういえば、菓子食った時に入れ物いっぱいに楊枝があったなぁ。作るの趣味だって言ってたし。ちょっと変わった趣味ではあるが、男の拘りなんてこんなものだろ。
オレだって暇な時とか、葉っぱで舟やら風車やら作って遊んでたもんだ。うん。
用事も終わったし、あとは帰りがてら屋台でも覗いて…………という時だった。
「…………なんか、後ろに人多くねぇ?」
「うわぁ、なんか怖い……」
建物に囲まれた裏通りを歩いていると、分かりやすいくらいに後ろから人がついてきていた。
ざっと見て七、八人か。みんな柄の悪そうな雰囲気が顔から滲み出ている。
やばい、強盗かなんかか!?
「早く大通りに抜け…………」
「スルガ、前にもいる……!」
「え…………」
今度はオレたちが行こうとした先、前方からも同じ様な男どもが迫ってきた。
オレとベルジュは、路の真ん中で完全に男たちに挟まれてしまった。これは完全にオレたちの進路を妨害している。
「おじさんたち、そこ少し空けてくれない? オレたちも通りたいんだけど」
退けろと言って殴りたいが、気のせいかもしれないので一応普通に話しかけてみた。
しかし…………
「お前、王都の術師兵団の兵士だな?」
「悪いが一緒に来てもらうぜ」
「っ……!?」
ゾワッと全身に悪寒が走る。
こいつら、オレが兵士だって分かってる。
「なんで知っ………………あっ!! そこのオヤジ!!」
集団の中に役所にいた、受け付けのハゲの顔が見えた。
きっと、あいつがオレの素性をこいつらに報せたのだ。…………でも、何で?
「申請は三人分だった。小僧、もう一人はどうした?」
「……………………」
三人…………兵士の申請書類は、オレとケイラン、そしてルゥクの分だ。
オレとケイランは本名だけど、ルゥクは偽名の申請書類である。でも、それは周りにバレないための必要なものだった。
「…………いないのは女兵士か」
「ちっ……捜すのが面倒くせぇ」
たぶん、こいつらはベルジュをルゥクだと思っている。どうやら兵士のオレたち自体を、どうこうしようとしているようだ。
…………ルゥクの“不死”狙いじゃない?
ルゥクを襲おうとしているんじゃなく、分かっていて国の兵士に喧嘩を売ろうとしている。
「おらっ!! さっさと来い!!」
「このっ……!!」
男の一人がオレの腕を掴もうと手を伸ばした。
すかさずそれを振り払い、建物の壁を背にベルジュを庇うように立ちはだかる。
「『風刃』!!」
腰の刀を抜こうとも思ったが、囲まれたら術の方が便利だと考えて、風刃を右腕に出現させた。
「くっ!? やっぱり術師兵か!!」
「しかも『戦闘系』の術だ!」
――――風刃なら、こいつらを一掃できる。
風刃を出した時の風圧で、囲もうとしていた男たちが数歩後ろへ下がっていく。
おっし! このままこいつらを吹き飛ばして…………
「っ!? スルガ、ここで術を使っちゃダメだ!」
「何だよ、だって使わないと……」
ベルジュの言うことを、オレはすぐに理解することになった。
「……………………あ……」
ここは町の裏路地だ。
周りには何故かオレたちに襲いかかろうとしている奴らども。
オレはベルジュと建物を背にしている。
そう、裏路地…………周りには建物だらけ。
ザァッと血の気が引く。
「ここで、オレが風刃を撃ったら…………周りは……」
ふと思い浮かんだのは、街道でゴロツキを吹き飛ばしたあとに『森にできた広場』の光景だった。