好調不調
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視点移動あり。
コウリン→ケイラン
「え…………銀嬢、熱を出したですか!?」
「そうなのよ。だから、今日は薬飲んで寝かせてあげなきゃね」
アタシがケイランのために、宿の厨房を借りて薬湯を作っているとカガリが水を飲みにやってきた。そこで何をしているのかを説明したのだけど…………
「大丈夫だですか!? 銀嬢はもともと体弱いって聞いてたです! 誰か看てやってるですか!?」
「さっきルゥクも心配してたから、水と手拭い持っていってもらったわ。薬ができたら、アタシが傍について一日看ておくつもりよ」
だから早く終わらせないと。ルゥクは病人に変なことするような奴ではないと思うけど、こういう時は同性のアタシが面倒見てあげるべきよね。うん。
「………………………………………………」
「…………?」
何故か、ケイランが熱だした話をしたら、カガリは落ち着きなく厨房の中をうろつき始めた。
うろつきながら時々、ハッとしたように顔を上げたかと思うと、途端に苦い表情に変わって俯く。
それを三回くらい繰り返す。
「……ねぇカガリ?」
「何ですか、三つ編み」
「あんた…………ケイランのこと、心配なんでしょ?」
「なっ!? ななななな、何言いやがるですかっ!!!?」
あはぁ〜、面白いくらいに動揺してるわぁ。
さっきカガリに話した時に、ガクガクと目が泳ぎ始めたから『おや?』と思ったのよ。
それって、この子は意外にケイランを嫌ってないってことよね。
「嫌いじゃないのに、何でいつも突っかかるのよ?」
「ぎ、銀嬢はあちの『恋敵』だです! なんで心配なんか…………喜んでいいのに、心配なんかしねぇです!」
「もう……どういう理屈?」
どうやら、カガリの中では『恋敵』とは不仲じゃないといけないらしい。それを言ったら、スルガはしょっちゅうルゥクに喧嘩をふっかけなきゃならないわね。
「別に心配したっていいじゃないの。ケイランはあんたのこと可愛がってるみたいだし、お見舞いに行ったら喜ぶわよ?」
「い、行かねです! なんであちが見舞いなんか………………ヒッッッ!?」
プイッとそっぽを向いたカガリは、急にその方向に小さな叫び声をあげた。
「えっ? ケイランがどうしたんだよ!?」
「あ、お薬の匂いがするー」
厨房の入り口にスルガとベルジュが立っていたのだ。
「あ、あちはちょっと外に出てくるですぅぅぅっ!!」
脱兎の如く走り去るカガリ。
「あ………………行っちゃった……」
「なんだよ、感じ悪ぃの」
「………………ふぅ……」
カガリにとことん避けられているせいか、ベルジュは小さくため息をついていた。
そりゃ、あれだけハッキリ嫌がられたら落ち込むわね。
「元気出しなさい。あなたの珍しい見た目なんて、そろそろ馴れるだろうし。むしろ見飽きるくらいになるわ」
「飽きられるのもちょっと残念……」
避けられるよりいいじゃない。
「あ、そんなことより、ケイラン具合い悪いのかよ?」
「そうなの、急に熱だしてね。疲れでも溜まってたのかも。前から気をつけてはいたんだけど、最近は何ともなかったから体力付いてきたと思ったのになぁ……」
「前から?」
スルガがきょとんとした顔をする。
「ケイランって、どっか体悪かったの? あんまりそんな風には思わなかったから……」
「ん? まぁ、アタシが旅についてきてるの、ほとんどケイランの主治医みたいな感じだし……」
あれ? スルガはケイランが病弱だって知らなかったっけ?
そういえば、伊豫に居た時はケイランはいたって健康だった。アタシもトウカの病気を診ているのが多かったし、少し忘れていた節もあったのだけど。
「そっか、じゃあオレも看病…………」
「はい、待て。あんたは行かなくてよろしい。よけい落ち着かなくなるわ」
ケイランの所へ行こうと、回れ右したスルガの首根っこを掴む。
「だって〜、今日はケイランと役所行く予定だったし…………」
「やることないなら、宿の裏で薪割りやら家具の修理やらしてるゲンセン手伝ってきなさい。あいつ、タダでお世話になるのわるいからって、自分から宿の仕事引き受けてるわよ」
「おっちゃん、用心棒もやってるのに律儀だなぁ。よし、ならオレも行っとくか!」
言うやいなや、スルガは厨房の勝手口から裏へ走っていってしまう。気持ちを切り替えたら行動が早い。
「ふぅ……慌ただしい奴ね……」
「ねぇねぇ、コウリン」
「ん? 何、ベルジュ?」
「ぼくもケイランに何かしてあげたいんだけど……」
「……………………」
ニコニコと聞いてくるベルジュ。
こんな顔して微笑まれれば、その辺の女たちは大いに浮かれそうだけど…………
「特にないわね。あなたもサイリたちとゆっくりしてたら? 夜に出番あるんだし」
「そう?」
美男子ではあるが、はっきり言うとアタシの好みではない。でも目の色とか珍しいから観察はしたい。
この人、会ってからアタシにはあんまり話し掛けてきたことないけど、スルガとケイランにはよく話し掛けている。スルガは別にいいけど、ケイランに近付かれるのは何となくまずいと感じた。
ルゥク……あんたが女装している間に、また『厄介な敵』が増えてるわよ。
「じゃあ、アタシは薬湯持っていかなきゃいけないから」
「……………………」
「ん、何?」
「あ、ううん。薬湯持つの手伝う?」
「大丈夫よ、重くないし。心配ありがとう」
一瞬、苦笑いを浮かべているのを見たが、アタシはそれを無視して、薬湯の器を乗せた盆を手に廊下を急いで歩く。
少し振り向くと、ため息をついて何か考え込んでいるベルジュの姿が目に入った。
今のアタシ、ちょっと冷たい態度だったかしら?
サイリたちもベルジュも、悪い人達ではないと思う。
でも、アタシの頭の中で『この人たちは油断できない』と考えてしまっている部分がある。
こんな時のアタシの勘はけっこう当たるのだ。
「ケイランはアタシが守ってあげないと……」
鈍感な友人に代わって、アタシが神経を尖らせておくことにした。
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――――気配がする。
寝ていて目を閉じているのに、誰かが寝ているわたしを覗き込んでいるのが分かる。
「……………………誰……」
コウリンか、ルゥクだろうか?
もしくは仲間の誰かだと呑気に構えて目を開けた。
しかし、目の前…………鼻が付きそうなくらいの距離にあったのは、仲間でもなんでもなかった。
それは“真っ黒な塊”だった。
ただ単に人の形のような塊が、頭の部分のようなところで顔の前に接近していたのだ。
『かわ…………ろ…………か』
「…………え?」
目を逸らすこともできずにそれを見詰めていると、声のようなものが“真っ黒な塊”から聞こえてくる。
『…………ツラいなら……カわろうか?』
「――――――なっ!!!?」
かばっ!!
その言葉を認知した時、わたしは反射的に寝台から飛び起きた。
「はぁっ……はぁっ…………」
………………いない。
部屋にはわたし一人だけ。
もし、いたなら起きる時に思いっきり頭をぶつけているはずだ。念の為周りを見回したが、寝台の脇に立っていた“真っ黒な塊”の形跡はどこにもなかった。
「………………夢……か?」
血の気が引くように背中が寒くなる。寝ている間に随分汗をかいていたようだ。
――――――“辛いなら代わろうか?”
少し高い、若い女の声だった。
「……………………う……」
さっきの声を思い出して、さらに背中に悪寒が走る。
辛い? 誰が何と代わるって……?
たかが夢に訳が分からず寝台の上で座って固まっていると、桶と手拭いを手にしたコウリンが部屋へ入ってきた。
「あぁ、起きた。良かったわ、汗かいていたから拭いてあげようと思ってたところなの。着替えもした方がいいかな」
「すまない……」
絞った手拭いと着替えを手渡された時、外から差し込む光が夕方のものだと気付いた。
「もう夕方……?」
「そうそう。お昼前に薬湯飲んでから、ずいぶんとぐっすり眠っていたわね。とりあえず……えっと、食欲はある?」
「ある。むしろ、お腹空いたかも……」
「良い事ね、何か持ってきてあげる。それまで体拭いててね!」
「うん、ありがとう……」
コウリンが戻る前に体を拭いて寝台から出てみると……
「あれ……? 体、軽い……」
今朝の具合いの悪さとはうってかわって、今ならなんでもできそうなくらいに調子が良い。
薬湯を飲んで寝たのが効いたのか。これなら、夜の用心棒の仕事には出られるかもしれない。
うん、人から頼まれた仕事だからな。簡単に休む訳にはいかないだろう。
…………………………
………………
「ん? お前、寝てなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。昼間寝ていたし問題ない」
「そっか、でも無理すんなよ」
舞台が始まる前に酒場へ行くと、ゲンセンとスルガに心配される。
しかし、いざ仕事が始まるとわたしは昨日よりも、的確に酔っ払いを抑えていった。
ゲンセンやスルガが対象の酔っ払いを見付ける前に、わたしは反射的に霊影を飛ばし迅速に事を収めていく。
その間は、自分でも驚くほど気力も勘も冴えていたように思う。
うん、やっぱり昼間に休んだのが良かったんだな!
上から舞台を見ると、そこではちょうどルゥクが踊りを始めたところだった。
……とりあえず、明日は証明証と路銀の申請をして、サイリたちの公演を手伝いながら、この町で静かに過ごせばいい。
幸い、サイリたちと行動するようになってから、数で襲ってくる雑魚に囲まれることがなかった。
ルゥクが女装していることと行動する人数の違いから、今はまだ“不死のルゥク”一行だと気付かれていないようだ。
だから、今のうちにスルガに手続きなどを教えておかなくては。ルゥクを狙う輩だって猿並の知能はあるだろうし、人数が増えてもしばらくすれば認知して襲ってくるからな。
「あ、そこの酔っ払い……」
「あれだな」
ルゥクに近付きそうになったほろ酔いの男を、霊影で椅子に極々軽い力で縛る。
その酔っ払いを押さえたところで、ルゥクが踊りを終えて舞台袖へ引っ込んでいった。
「今日も無事に終わったな……」
ここ最近、ルゥクが不機嫌になっていた原因は正直よく分からない。しかしサイリの怪我が良くなったら、なるべく早めに踊り子を辞めさせてもらった方がいいのではないかと思う。
その後も体には特に異状もなく、閉店まで仕事を続けた。今朝のこともあって、寝る前にコウリンに診てもらったり、念の為薬を飲んだりしてかなり気をつけて眠りについた。
――――そう、気をつけていたはずだ。
翌朝。
「………………あれ?」
「おはよう、どうかしたの?」
「…………………………」
眠りから目覚めて、わたしは天井を眺めていた。コウリンが怪訝な様子でこちらを見ているのもわかる。
――――――何で?
無機質なはずの天井が、まるで意思を持ったようにグネグネと動き回っている…………ように見えた。
昨日より激しい頭痛と目眩。
急激に上がっていく熱が、再びわたしを寝台に縛り付けている。
『…………ツラいなら……カわろうか?』
また、あの声が聞こえた気がした。