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向こうの機嫌

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

 夜になって、宿の一階で営業している酒場はますます賑わってきていた。


「はーい! 美しい歌声の次は…………期間限定! 幻の美女の踊りを観ていただきましょーっ!!」

「「「うぉおおおおおおおっ!!」」」


 “幻の美女”…………うん、本当に幻だな。


 ノリノリで司会をする支配人の合図で踊り子が現れた途端、圧倒的に男が多い酒場は野太い歓声に包まれる。

 立ち上がって口笛を吹き鳴らしたり、仲間と何度目かの乾杯をしたりと大騒ぎだ。



「うわっ……うるせ!」

「スルガ、ちゃんと周り見ろよ。こんなバカ騒ぎの時は、どさくさに紛れて酔っ払いが出て………………あ、ケイラン。あの端の席の男が危ない」

「了解。あいつか…………『霊影』」


 人がごった返す中、ゲンセンに指差しされた男性客へ向けて、細長い縄のような影を飛ばす。


 酒瓶片手にフラフラと舞台に近付きかけた男を、霊影で軽く引っ張って椅子に尻もちをつかせる。


『おいおい、お前飲み過ぎだぞ? 脚元が覚束無いじゃないか』

『うるへー! そんなに酔ってねぇよ……』


 霊影を通して酔っ払いの声がする。


 だいぶ酔ってるぞ。とりあえず、あとが面倒だから踊り子(ルゥク)には近付くんじゃない。


 こんな感じで、わたしは舞台に乱入しそうな奴を霊影で転ばせたり、軽く動けなくしたりして興をそぐことに専念した。


 うん。一度でも勢いを止められると、しばらくは大人しくなるからな。


 これは舞台が終わるまでは気が抜けない。



 現在、店の奥にある一段小上がりの舞台では、踊りが演奏付きで披露されている。


 客のほとんどは、その舞台の方に夢中であった。だから、我を忘れて近付いてくる輩も多い。




「上から見ていると凄い賑わいだな……」


 わたしたちは客に紛れて、舞台の護衛をするためにそこで見張っていた。


 この宿の支配人の頼みで、わたしとゲンセン、スルガはサイリたちが芸を披露する今夜から、酒場の用心棒のようなことをすることになった。


 今わたしたちが居るのは、酒場全体が見渡せる中二階の席。

 大酒飲みで癖が悪い奴とか、踊り子にちょっかいをだしたい奴など、柄の良くない輩は下の階に集まっているのが普通だからという理由だ。


 役割りとしては、事前に酔っ払いを止めるのが『霊影』を使えるわたし。

 ゲンセンとスルガが全体の客の見張りと、喧嘩やその他揉め事を止める係になっている。


 わたしたちと同じ並びの奥の席には、護衛とは関係なく話をしているコウリンとハギもいた。



「しかし、これでいつもの客入りかぁ。港町ってすげぇな、伊豫の酒場とは全然違う!」


 確かに。ここの酒場はかなり賑わっている。


 スルガは楽しげな雰囲気に手すりから身を乗り出して下を見ているが、わたしとゲンセンは黙って椅子に座り辺りを警戒した。


「しかし……宿にタダで泊めてもらっているうえ、用心棒で報酬まで出されるなんて…………景気のいい話だな。ま、手持ちが少ない俺は助かるけど……」

「ちょうど、夜の酒場の護衛が見つからなかったらしい。私たちが術師だと分かって依頼してきたようだ」


 本来、兵士が一般市民の頼み事を個人的に聞くのはあまり無いが、町で起きるいざこざを事前に抑止するということなら、依頼を受けるのも構わないだろう。




 …………………………

 ………………




 やがて踊りが終わり、興奮した客たちも落ち着きを取り戻し、各々の席に着いて飲み直しを始めたり、会計を終えて帰っていったりしていく。



 舞台は大きな問題もなく、わたしたちも少し緊張から解放された。店の厚意で運ばれてきた飲み物と軽食をつまみつつ、あとは閉店まで何事もないのを祈ることになる。


 ちなみに、わたしたち三人は客が全部帰るまで店にいなければならないため、コウリンとハギには先に部屋に戻ってもらった。



「ははっ。しっかしルゥク兄ちゃん、どっから見ても姉ちゃんにしか見えなかったよなぁ。どうやったら、あんな変装できるんだろ?」

「そういや、俺も初めて会った時は騙されそうになったなぁ」


「あいつは()()ができてるからな。それに、仕事でもずいぶん女装慣れしてるみたいだし……」


 ルゥクが『影』を始めてから、どれくらいの月日が流れているのか、わたしは詳しく聞いたことはない。


 だが、確実に年季が入っているはずだ。そうじゃなければ、あんなに自然な『女』にはなれない。断言してやる!



「それにしても、閉店までは意外に長いな……」

「兄ちゃんたちの舞台があった時はあっという間だったのになー? ………………ん?」


 舞台が終わった一階部分を手すりから何気なく見ていると、スルガが何かを見付けたと指差しながらゲンセンとわたしを呼ぶ。


 スルガが指差した席には、先ほどまでいなかった二人連れが座っていた。


「今、席に着いたばっかり。あの人ら、こんな閉店間際に来て……」

「でも、仕事終わりに遅くなるのは珍しくねぇぞ?」

「…………確かに…………だが、何か…………」



 店はだいぶ客が少なくなり、良い位置にある卓も空きがある。それなのに、あの二人連れはまるで隠れるように、中二階に続く階段の近くの動きにくい席を選んで座っているのだ。


 しかも、二人とも布を頭に目深に被っているため顔もよく見えない。


 …………よくよく見れば、怪しんでくれと言わんばかりだな。一応、霊影で聞いてみるか……。



 建物の中なので、霊影を目立たないように小指の紐くらいの細さにして二人連れの近くまで這わせる。


『……だ…………それ…………くらい』

『もし…………。なら…………』


 霊影を細くしたので、あんまりよく聞こえない。用心深く、さらに足元近くに影を進めると『ある言葉』が耳に入った。


『……“国の飼い犬”が町に入ったらしい……』

『それは、まずい…………早く…………様に報せて…………“商品”が見つかったら…………』


 国の飼い犬……?

 商品……?


 なんだ? あんまり良くないことのような……


「何か、不穏なこと話してる…………」

「不穏? 何の話…………って、おっちゃん! あれ! あっちで何か騒いでる!!」

「あ! 酔っ払いが喧嘩始めたな! 行ってくる!!」


 二人連れに気を取られていると、反対側の席で数人が掴み合いを始めていた。


 ゲンセンがすぐに酔っ払いの間に入っていくが、その騒ぎのせいか、怪しい二人連れはそそくさと会計をして店を出ていってしまった。


「あいつら……いなくなったなぁ。うーん、何だったんだろう?」

「……国…………商品…………?」


 これが嫌な単語に聞こえて仕方ない。

 それに、何かあの二人連れの雰囲気がどこかで見たことあるような気がしていた。顔も見えないのにおかしな話だ。


「ケイラン? 大丈夫か?」

「あぁ。別に何ともない。ちょっと気になっただけで…………」

「港町は色々な人間がいるから気をつけてねー?」

「あ…………」

「あ、ベルジュ兄ちゃん、お疲れー!」


 そこへ急にベルジュがやってきた。


 演奏の時は端っこにいて目立たなかったが、隣りに立たれるとやはり身長が大きい。これで頭や目を隠していなかったら、店中の客がざわつくだろうと思う。


「どうして店に? 演奏終わったばかりで疲れたんじゃないのか?」


「ルゥクやユナン程じゃないよ。ぼく、もう少しして閉店になったら、店の掃除を手伝おうと思って。店主にはお世話になってるから、いつも閉店後に片付けやるんだー♪」


「そ、そうか……」


 顔は見えないがベルジュがニコッとして、正面からわたしのことを見ているのが落ち着かない。昼間に変な冗談を言われたせいだろう。


「ふぃ〜……これだから酔っ払いは…………」

「ゲンセンおかえりー♪」

「よぅ、ベルジュお疲れさん」


 わたしたちの席にベルジュも加わり、世間話をしながら時間を潰した。


 その後、何人かの酔っ払いの面倒はあったが閉店までは大きな出来事はなく、無事に港町の一日目が終了した。





 …………………………

 ………………





 翌朝。


 目を開けると同室のサイリとユナンの姿はなく、カガリも見当たらない。

 近くの卓で薬草の仕分けをしているコウリンがいるだけだ。


 …………みんな、とっくに起きていたみたいだな。


 昨晩は閉店後に就寝したので、今朝は起きるのがだいぶ遅くなってしまった。これがしばらく続くと、あとで旅に支障が出そうで怖い。


 そう思いながら体を起こすと、ズンっと頭が重くなった。


「おはよ…………う……」

「おはよう。わ、何かすごい顔してるわよ? ちょっとごめんね…………あ、熱がある!」

「う……本当か。何かだるいと思った……」


 最近は熱を出すのも少なくなってきたから、すっかり油断していた。


「そのまま寝てなさい。アタシは薬湯を作ってくるわ」

「うん……お願いする……」


 コウリンが何種類かの薬草と石鍋を手に厨房へ向かった。


 頭ぐらぐらする……これは起きられない。


 野宿している時はそんなに感じないが、宿で熟睡してしまうと溜まっていた疲れが一気にでるのか、寝起きがとても辛いことがある。それがよく来るのが、宿に滞在した時の二日目だ。


 あ……そうだ。今日はスルガも連れて、役所に行かないといけなかったのに。


 昨日は行くのをやめた分、今日はルゥクの通行証と給料の手続きがある。少し寝ていれば治るだろうか?


 コン。


 入り口の戸が控えめに叩かれた。


「ん?」

「ケイラン、起きてる?」


 部屋の入り口に、ものすごい『美女』が顔を出した。


「……………………………………………………………………………………………………………………………………」

「ケイラン?」

「あ……ごめん。ルゥクだった……」

「本当に大丈夫?」


 他人の目がある宿に滞在しているからなのか、朝から女装をしていたようだ。


 声ですぐ気付くものだろうに…………


 さっきよりもぼぉっとしてきたせいか、だいぶ判断が鈍くなっている。これは本格的にまずいかもしれない。


「コウリンが廊下を慌てて歩いてたから、何事かと聞いたら君が熱出してるって言うんだもん…………また無理してたの?」

「いや、してない。伊豫では特に何ともなかったから油断はしてたけど…………」


 そういえば、伊豫に滞在していた時は調子も良くて、普通にすごしていたうえに『影』や気術の訓練までしていた。


 …………今さら疲れが出た? 


「とにかく……大人しく寝てないとダメだね」

「ルゥク、ごめん……今日は役所に行こうと思ってたのに…………」

「そんなの後でいい。しばらくは滞在するんだし……」

「そうだな。踊り子がいないと……サイリたち、困るもんね?」

「別に。それはどうでもいいけど……」


 ルゥクはムスッとしてそっぽを向く。


 あぁ。そういえば、ルゥクが不機嫌なのって…………


「お前が怒っているの…………私のせいだよな?」

「え?」


「私が勝手にお前のこと踊り子にしたから…………怒っているんだよな……?」

「なんで?」


「だって、サイリたちの前で踊らせてから、ルゥクはずっと不機嫌で…………」

「…………………………」


 踊らせる前からだっけ? でも、不機嫌なのがわたしのせいだったら嫌だなぁ……


「……まったく、なんでそう思ったのか」


 ルゥクがため息混じりでぽつり呟くと、片手をわたしの額にあてる。ひんやりとした手の感触が気持ちいい。


「熱、上がってきたんじゃない? もう今日は寝てなよ」

「わかった……」


 額を触る手が静かに髪の毛を撫でていく。



 なでなでなでなで…………


 まるで猫の子みたいに撫でられるが、わたしは少しも嫌ではなかった。何故なら、手の向こうに見えるルゥクが口の端を上げていたからだ。


「…………君のせいじゃないから」

「……ん?」

「僕の不機嫌。君は悪くないから」

「…………うん」


 それを聞いて、不安だった気持ちが消える。


「あと……僕の方もごめん」

「…………なに?」

「君の踊り見て笑ったこと」

「…………もういい。許す」

「踊り、教えようか?」

「…………そうだな」


 具合が悪いせいもあるが、踊りのことももう気にしない。ルゥクの今の機嫌も直ったみたいだし。


 女装はしているが、いつもの機嫌の良い時のふんわりした笑顔が見えた。



「ふぁ……」


 撫でられているうちに、次第に眠気が襲ってきた。

 コウリンが薬湯を持ってきてくれるまで、一眠りしようと目を閉じた時……


「早く終わらせないとなぁ……」


 ルゥクが小さく呟いたのが耳に入る。


 何を……終わらせると?


 疑問に思ったがそれを口に出す前に、わたしの意識は眠気に負けて沈んでいった。




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