花顔柳腰の傍に
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―――それは港町へ到着する半日前。
「やっぱり、町に入る前に気分は上げたいじゃなーい?」
「町に入ったら、大通りでお披露目ですねー♪」
「………………なるほど。それでコレ?」
鼻歌を歌いそうな表情をするサイリとユナンとは対照的に、ルゥクの気分がダダ下がりなのが見て取れる。
もうすぐ町に着くという早朝。
わたしたちは森の開けた場所に野営をしていた。
目を覚ますと、ハギが馬車から衣装が入った桐の箱を出している。
ルゥクにここから女装してもらい、町に入ると同時に宣伝として目立ってほしいということだった。
「ルゥクさんは男性ですから、普通の露出した踊り子の衣装は駄目ですよね。あ、これなんか良いじゃないですか?」
「いいわね。でも、こっちの色味も捨て難いわ」
「お姉様、模様ならこっちもキレイですよ!」
「うわっ、着物がたくさん……!」
「これ、全部持って旅しているのか?」
地面を埋め尽くすように、ズラリと着物が広げられた光景は壮観で、わたしもコウリンも思わず見入ってしまう。
ハギの小さな馬車にぎっしりと入っていた荷物は、芸人が使う衣装や普段使いよりも上等な着物、質のいい布地などだった。
「私の実家は、西の町で古くから着物店を営んでいます。たまに行商ついでに、色々な場所から布を仕入れてくるんですよ。サイリとユナンにはその途中で会いました」
旅芸人と商人。
時々旅の道連れとなり、お互いに足りないところを補っているらしい。
「でも、治安の悪い所とかは大変だな? 誰か戦士か傭兵でもいれば安心なのに」
「そうなんだよね。いつもはその時に用心棒を付けるんだけど、今回はいい人が見つからなくて…………そしたら、賊に襲われてあなたたちに会ったわけよ!」
単体で旅をするのは危険であり、いつもは用心棒をそれぞれ付けていた。しかし今回はなかなか良い人材が見つからず、短い距離だからまぁいいか……と思っていたら賊に襲われてしまった。
「合流した時に誰も雇ってなかったのが痛かったわ。あたしたちかハギのどちらかでも雇ってたら、あんな賊には襲われなかったのに」
「ずっと一緒なわけじゃないのね」
「そうなの。この時季はここにいるからって、だいたいの目安を教えてもらって待ち合わせてる感じかな?」
サイリたちの話を聞いているのかいないのか、ルゥクは淡々と広げられた衣装を手にして眺めている。
「うっふっふっふ〜! ルゥクさん、気に入った衣装はあったかしら〜?」
「………………じゃあ、これで」
「ああ、それも良いですね! じゃあ着てみますか?」
「………………あっちで着替える」
ルゥクは衣装を持ってふらりと森の奥へ消えた。
そこへ行き違いに、川で顔を洗ってきたゲンセンとスルガがやってくる。
「うん? ルゥク、どこ行ったんだ?」
「着替え。なんか、ずいぶん奥へ行ったみたいね」
「化粧もするだろうから、着替えたら戻ってくるとは思うが……」
「着替えなんて、ここでやれば早いのになー?」
ルゥクの行った方を眺めてゲンセンが顔をしかめた。
「なぁ……あいつって、本当に男だよな?」
「へ? そりゃ……そうだと思うけど……」
「何よ、今さら疑うの?」
「あ……いや……宿屋とかで同室になるけど、ルゥクが着替えているとこ、全然見たことねぇから……」
「そういや、おっちゃんとは何度か風呂が一緒になったけど、兄ちゃんとは会ったことねぇなぁ」
聞けば、伊豫に長い間滞在したにもかかわらず、ゲンセンが部屋にいると着替えの時はいつの間にかでていき、小野部や長谷川の家にあった大浴場でも、スルガは一度もルゥクを見かけなかったそうだ。
ルゥクの“女性疑惑”が今になって出てくるとは。見たことはないが、奴は男で間違いない………………はず。
「それってさぁ、単に見られるのが恥ずかしいだけなんじゃない? ほら、あいつってあんな顔してるから、同性からもいやらしい目で着替えを見られたことがあったとか……」
「確かに。それはあるかもな」
以前、男女関係なく狙われたこともあったと言っていたから、それで仲間でも目の前で着物を脱いだりするのが嫌なのかもしれない。
そこはちょっと同情する。わたしも例え女性でも、裸をジロジロと見られるのは恥ずかしいだろう。
「あ。みんな、おはよー!」
ちょっとだけルゥクに憐れみの念を抱いている時、ルゥクが行った方向からベルジュが顔を出した。
「あっちの河原でルゥクがいたよー」
「ルゥクに会ったのか?」
「うん。お化粧する前だったけどキレイだったよ」
「え……もう着替えたの? さすが早いわね……」
ベルジュに警戒しなかったところを見ると、着替えてしまえば化粧は見られても良いらしい。
地面に広げられた衣装をハギが箱に戻すと言うので、わたしとコウリンも手伝って馬車に運ぶ。
ルゥクが着替えに行ってから少し経つので、そろそろ化粧も終えて戻ってくる頃だろう。
「じゃあ、そろそろ食事の用意でもしようかな」
「コウリン、私も手伝――――――」
「お待たせ。これで良い?」
不意に背後から聞こえた声に振り向くと、そこには「天女?」と思わず言ってしまいたくなるようなとてつもない“美女”が佇んでいた。
顔はルゥクの面影があるのに、完全に別人にしか見えない。
長い黒髪は付け毛だろう。喉元や胸は衣装や小物で上手に誤魔化され、女性としては長い手足は隠したりせずに『踊り子』の特徴として完璧に生かしていた。
胴体の露出は低いのに、色白でスラリと伸びる手足はその辺の女性よりキレイである。
「えっと……ルゥクだよな?」
「僕だけど…………」
しかし、声はそのままルゥクのものだ。
ルゥクの女装は何度か見ていて分かってはいても、今回はケタ違いに美女感が高くて近寄り難い。なのに、わたしは目を離せずに上から下まで、じっくり拝見してしまった。
「きゃああああ! ルゥクさん、すっごいキレイっ!!」
「お化粧の腕前すごいですねー! 私の化粧もお願いしますー!」
「え? ユナン、あたしがいるのに……」
「お姉様は腕にお怪我をされてますもの。少し大人しくしてくださいな」
双子姉妹がきゃあきゃあとルゥクの周りではしゃいでいる。ハギとベルジュもため息をついてルゥクを見ていた。
「すごいです。衣装に合わせた小物や化粧も完璧。さっきサッと選んでただけなのに……」
「ルゥク、キレイだねー♪」
「うわ……これ、絶対に酒を口実に踊りを見に行くやつだな……」
「ルゥク兄ちゃんスゲェな……黙ってたら、雰囲気も本物のお姉ちゃんにしか見えねぇよ?」
「うん。ありがと…………」
みんなから次々と贈られる賛辞にも、少しも嬉しくない様子のルゥク。
「アタシ、女として自信なくなるわ……」
「…………私も」
わたしもコウリンも、目の前の美女に嫉妬の気持ちは微塵も湧いてこない。完全に『女として負けた』と敗北を受け入れてしまっている。
もうこれは、口説いてくる男どもばかりを責められないのでは? という気持ちにさえなってくるのだ。
「はふぅ……これは出発前に一度、じっくり踊りを見ておかないとねぇ……」
「見ないと、気になって落ち着かないですよねぇ……」
「衣装の具合とかも気になりますし……」
「一曲弾くよー♪」
「はいはい…………」
懇願…………半ば強制的に芸人たちにお願いされ、コウリンが食事の支度をしている間、ルゥクたちは練習と町に入る打ち合わせをすることになった。
わたしはコウリンを手伝いながら、ルゥクの踊りを横目で見る。まだ本番じゃないせいもあるが、ルゥクは黙って無表情に踊っていた。
…………んー……なんか、調子が狂う。
少し前からルゥクの様子が変な気がする。
小さな違和感が胸に去来するが、それを確かめようにも明らかに不機嫌なルゥクに、踊りをけしかけた自分がなんと声を掛けていいのか分からなかった。
…………………………
………………
――――現在。
「あははっ! みんな、ルゥクさんの方に釘付けだったわねー! 気持ちいいーっ♪」
「うふふ……歌姫としては、ちょっと妬けてしまいましたね♪」
今いるのは、港町で一番大きな酒場兼宿屋。
さっそく、今夜からここで歌と踊りが披露される予定だ。
「うわぁ、いい部屋ね。素泊まりだとしても、タダで泊めてもらえる部屋にしては上等よ」
「うん。ここの店主はあたしとユナンの親戚みたいなもんだからね。この町に来る度にお世話になってるんだ!」
ここはサイリとユナンの知り合いの店だというので、港町にいる間にわたしたちもお世話になることになった。
わたしたちは男女に分かれて、大きな部屋を二つも用意してもらった。
窓から外を覗くと、目の前の通りにはかなり人の往来が見える。地元の人間と旅人が半々のような感じだろう。
「さすが港町は賑やかだな」
「ここは国でも魚介の水揚げが一番ですから。働き口も多いし経済も安定しているんですよ」
国外との貿易はしていないと言うが、ここは大きな漁港であるため、国内の様々な地域から物々交換や働き口を求めて多くの人が集まる場所である。
そこでこんな大きな酒場を構えているなら、ここの店主はなかなかの商売上手だ。
「ねぇ、男どもの部屋に行って、今夜からの打ち合わせをもう一回しない?」
「そうですね。それに、私たち以外は夜まで自由行動にした方が良いですし」
サイリとユナンは男性陣の部屋へ行くようだ。ここで自由行動なら、わたしもこの町でやることもある。
「サイリ、ここの役所はどこにある?」
「役所? ああ、それなら町の中心からやや東よ。でも、もうそろそろ夕方だし、用があるなら明日にしたら?」
町の大きさに圧倒されて忘れそうになるが、この町の役所ではルゥクの通行証に印をもらうことと、わたしやスルガの路銀と給金を受け取る手続きをしなければならない。
「来たばかりだし、もう少しゆっくりしたら」
「まぁ……そうかな……?」
お役所仕事は夕方行っても明日に回される。そこから身分確認やら何やらで数日は掛かるし…………なら、明日でもいいか。
女性みんなで男性陣の部屋へ行くと、女装したルゥクが部屋の中心の寝台に座り、他の男たちがそれを遠巻きにして見ているという謎の光景があった。
「…………………………」
「「「…………………………」」」
ルゥクがいつになく不機嫌のせいもあるが、まるで安易に近寄ったら痛い目を見るような…………そんな雰囲気が漂う。
「…………なにやってんのよ?」
「いや、なんか近寄り難くて…………知らない奴が見たら、複数の男が美人連れ込んだみてぇに見えるし…………」
「確かに。状況だけ見たら犯罪の匂いしかしないな……」
「ルゥクさんだけ一人部屋にしてもらおうか?」
別の宿泊客にあらぬ誤解を招かぬよう、その方が良いかもしれない。
サイリとユナンがルゥクと打ち合わせを始めたので、その他の面々は自由行動となった。
わたしは特にやることはないが、ルゥクの護衛兵としては、町に到着したばかりの今日は側にいた方が良いだろう。
「ねぇ。ここから自由行動なら、アタシ買い物に行きたいんだけど? 薬草とか売っている店に行きたいのよ」
「じゃあ私が案内しますよ。この辺りの商人とは、顔馴染みが多いので……」
「ほんと? 結構、人知れず質のいい物がある所とか……知ってる?」
「えぇ、もちろん。玄人には堪らない品揃えの店を知ってますよ」
「きゃ~、楽しみ!」
コウリンが買い物に行くと言うと、それにハギがついて行くことになった。ハギはにこにことしながら、周辺の店の説明をし始める。港町には薬の材料が豊富に集まるというので、コウリンはかなり嬉しそうだった。
「……なるほど、そういう店って裏路地が多いのね。あ、それならゲンセンも買い物に付き合ってよ」
「え、俺も? いや、でもほら…………薬草とかわかんねぇし……」
「いいのよ。荷物持ちとか、用心棒としてついてきてよ。アタシとハギさんじゃ、ガラの悪い奴らに狙われそうだし」
確かに寂しい道はコウリンには危険だし、ハギさんはいい着物着てるから、二人だけで歩いたら港のゴロツキに目をつけられそう。ゲンセンも行くなら安心だな。
「じゃあケイラン、いってくるねー!」
「うん、気を付けて」
「その……なんか、すまん……」
「え? あぁ、いえ……確かに私だけよりは安心ですので、気にしないでください……」
「…………?」
三人が出掛ける様子を見て、気のせいかゲンセンとハギの会話がぎこちないような…………
わたしが首を傾げていると、スルガが隣りで苦笑いをしていた。
「ハギさん……どう見ても、コウリンのこと狙ってるんだよなぁ」
「へ!? そうなのか!?」
「やっぱ、ケイランは気付いてなかったかー。ゲンセンは気付いてるから、一緒に行くの気まずいよなぁ」
え…………なんか、知らぬ間に色々と起きてる?
「わ……わからなかった……」
「あ〜……ケイランも、もうちょい人の顔色……っていうか、雰囲気とかわかればいいのにな?」
「………………善処する」
これは『見気』の術のせい…………ではない。
年下のスルガに言われたのも衝撃だが、自分の察しの悪さに精神的にかなりの打撃を受けた。