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向き不向き

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

ケイラン視点続きます。

 正直、眠い。

 でも眠ってしまったら失礼だし。


「……でね〜、去年まで踊り子をしてくれていた娘が、急に子供が出来て嫁いでいってね〜。あたしの即席の踊りとユナンの歌でなんとか回ってたんだけど、これがギリギリの生活なのよぉ…………はぁあああ〜……」


 突然の勢いでわたしたちに『踊り子』をやってくれと懇願してきたサイリは、これまでの苦労をため息混じりで長々と話し続けた。


 昼間の移動と戦闘の疲労、加えて夕飯を食べ終えた後で最高潮に眠気が襲ってくる時間に、愚痴のような長話は精神的に辛い。


 ゲンセンもウトウトと頭を揺らしているし、スルガなどベルジュに寄りかかって完全に眠ってしまっている。


「ふぁ…………それで、私たちの誰かに少しの間だけでも踊り子をやれ…………と?」

「うんうん、ほんと港町で稼ぐまででいいのよ! お願い!! あたしの怪我が治るまで、どうしても歌と踊りが欲しいのよ!!」


 そう言って両手を合わせた彼女の腕には、痛々しい包帯が巻かれていた。先程、賊と戦った時に負った怪我だ。


 元を辿れば、わたしたちが手負いにして放ったゴロツキ共が原因だし……それに、旅の連れ合いが増えれば、道中無駄に襲われる確率が減ることは魅力的だ。


「できれば女の子! ケイランかコウリンにお願いしたいの。無理ならそっちの男たちでも文句はないわ!」

「いや、でも…………」


 急に踊れと言われても……しかし、黙って話を聞いていたコウリンがすぅっと手を挙げた。


「アタシ、ほとんど趣味だけど踊りくらいならできるわよ」

「コウリン?」

「子供の頃から、おじいちゃんの患者さんたちに見せてお小遣い稼ぎしてたから」

「逞しい……」

「じゃあ、ベルが音出すから見せてよ」


 サイリが馬車から大きな布の包みを持ってくる。受け取ったベルジュがその包みを解くと、五本の弦が張られた楽器が現れた。


「あ、スルガ、ちょっとゴメンねー」

「ふが……」


 寄り掛かるスルガを横に寝かせて、ベルジュが楽器を抱える。手には薄いヘラのようなものが握られていた。


「じゃあ、一回試しに弾くね」


 始めにティンッ! と高い音が鳴り、そこから繋がった音が流れてくる。

 素人のわたしでも上手いと思うほど、それは澄んだ音色で辺りに響き渡った。


 さすが、音楽で生活をしている芸人は違うなぁ。


「大丈夫だと思うところで踊りに入っていいよ」

「うん、この曲なら知ってるし大丈夫かな……」


 パンっと音を立てて扇を開くと、コウリンは曲に合わせてくるくると踊り始める。


 うわぁ、これは上手だなぁ。


 見た感じ玄人とまではいかなくても、人前で披露できるくらいの動きではあった。コウリンはどんなことでも、ある程度の水準は器用にこなすと思う。


「………………どう?」

「うんうん、イケるイケる! 上手よ!」


「本当に上手だ」

「たいしたもんだなぁ」

「コウリンスゲェじゃん!」


 寝ていたゲンセンとスルガも目が覚めて見ていて、終わった時に笑顔で拍手を贈っていた。


「コウリンさんに合う衣装あったかな。あとで見繕っておこうかな」

「わたしと衣装合わせるのも良いですね!」


 ハギとユナンも乗り気である。このまま黙っていれば、踊り子役はコウリンに決まりだろう。


 ふぅ、一件落着…………


「じゃ、次はケイランね!」


 ぴきっ!


 サイリの言葉に体が強ばった。


「………………え〜と…………これはもう…………コウリンで決まりで良いの…………では?」

「何言ってんの! ケイランもできたら、もっといいじゃない! 二人で踊ったら絶対可愛いわよー♡」

「…………え……いや、でも…………」


「ケイラン、あんたお嬢様でしょ。良いとこの家って()()()()として舞踊くらい習ってるはずよね?」

「………………………………いや……その……」


 …………………………まずい。


「ね! おそろいの着物にしてー、振り付けも考えてー♪」

「可愛いどころが二人いれば収入も倍になりますねぇ♪」

「……………………………………………………」


 双子がめちゃくちゃはしゃいでいる。これは非常にまずい展開だ。


「いいわね〜、アタシもひとりで踊るよりケイランと二人の方が心強いし!」

「そうだな。良いんじゃないか」

「オレ、ケイランの踊りみたい!」

「……………………………………………………」


 ダメだ。仲間たちがキラキラした目で見てくる。


「じゃあ、弾くよー」

「はい、扇。うーん楽しみー♪」

「……………………………………………………」


 ベルジュがにっこりと笑って楽器を構え始め、コウリンもワクワクした様子で扇を手渡してきた。


「……………………………………………………」


 コウリンが踊った時と同じ曲が流れる。この曲は、お祭りや祝い事などにもよく聞く曲であるため、この国の人間は子供の頃から馴染み深いもの。


 そう…………だから、踊りの()()()()がよくわかってしまう。



 ――――こうして、地獄の時間が始まった。




 …………………………

 ………………



「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………満足か?」


「「「…………………………はい」」」


 ホー……ホー……

 リーン……リーン……


 夜更けの森で、フクロウの鳴き声と虫の声がやたら大きく聴こえる。


 わたしは焚き火の傍で腕を組んで立ち尽くす。

 周りにいる仲間たちは誰一人として、目線を合わせずに下を向いていた。



「…………え、え〜と、いや〜、そのぉ…………人間は向き不向きがあるから…………ね?」


 張り詰めた空気に耐えられなかったのか、サイリが喉の奥から絞り出したような声で慰めの言葉を口にした。


「サイリ……正直に言ってくれて構わない…………私の踊りが『下手くそ』だと……」

「う…………」


 わたしが踊り始めてすぐに、サイリとユナン、ハギは難しい顔で黙り込み、ベルジュは楽器を弾いていくうちに顔を青くし、うちの仲間たちは顔を引き攣らせていった。


「そうね……ケイランのために正直に言うと…………『壊れた水車』かしら…………」

「『建付けの悪い雨戸』……か?」

「『関節が曲がらなくなった鹿』……とか」


「………………………………」


 コウリン、ゲンセン、スルガ…………独特の表現をありがとう。たぶん、言っている方も辛いと思う。


「まぁ……うん、まさかここまでとは思わなかったのよ……………………うん、ごめんなさい……」

「謝らないでくれ。子供の頃から踊りだけは…………どうしても駄目だったんだ…………」



 子供の頃、確かに淑女の嗜みだからと母が踊りの先生を家に招いた。


 最初こそ『楽しんでやればいいのよ』と優しく声を掛けてくれた先生だが、一日二日三日…………四日目で来なくなってしまった。


 それ以来、母は祭りなどが行われる度に、


「うちのケイランは身体が弱いので……」


 と周りに言っては、祭りの踊りに誘ってくる者たちを遠ざけていたのだ。



「えーっと、じゃあ……ゲンセンさんとスルガくんは…………」

「俺、酔っ払いの宴会芸だから……」

「腹に顔描いて踊るやつしかできない……」


 わたしの方を一切見ずに言っているあたり、たぶんこの二人の踊りは今のよりマシだろうと思ってしまう。


「じゃあ……コウリンにお願いしようかな……?」

「う……うん。頑張る……」


 ものすごく気まずい空気の中、ほぼ踊り子がコウリンに決まるという時。わたしの視界の隅に奴の姿が入ってしまった。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!」


 木に手を付き、声も出さずにプルプルと震えながら笑い転げているルゥクである。


 あの野郎ぉぉぉぉぉっっっ!!!!

 さっき、サイリの無茶振りの時には目も合わせなかったくせに、人の踊りだけはしっかり見て笑い震えているんじゃないぃぃぃっっっ!!!!


 無性に腹立たしくなり、


「アイツ!!!! ルゥク踊れますっ!!!!」

「っっっ!?」


 気付けば、カッとなってルゥクをビシィッ!! と指さし叫んでいた。


「えっ!? 本当!?」

「できる!! なんなら女装も得意だ!!」

「ケ、ケイラン!」

「………………………………あ゛ぁ?」


 つかつかとルゥクに近付き、ルゥクが寄りかかっていた大木にバンッ! と手をついて顔を近付ける。


「ケイラン? ちょっ……近い……」

「………………できるよなぁ?」


 見上げたルゥクの顔が珍しく焦っているが、そんなの知ったことではない。


「…………きっとお前なら、『影』の仕事で女装して旅の芸人の踊り子なんかに扮して、酒宴なんかで目標の人物に接近したことなんて、絶っっっ対に何度もあったりするよなぁぁぁ!? 相手が油断するためなら、踊りの一つや二つは簡単に踊ってみせるんだよなぁぁぁ!?」


「まるで、見てきたかのように言わないでよ………………まぁ、だいたい当たってるけど…………」


 自分でも驚くほどスラスラと、ルゥクの昔を想像することができた。そして、どうやら正解のようだ。


「私などより、さぞ上手に踊れるのだろう? 何もあんなに笑い転げることないのに……」

「…………もしかして、君って踊れないのかなり気にしてたの?」


 そうだよ、悪いか。

 身体が弱いのもあったが、遠くから楽しそうに祭りで踊る人たちを眺めては、いつも羨ましく思ってたんだから。


「どうせ、私は何やっても下手ですよ……だ」

「………………はぁ」


 ほぼ八つ当たりに近い言葉に何も返さず、ルゥクはわたしと大木の間からするりと抜け出てサイリたちの方へ歩いていく。


「あら? お兄さん、踊ってくれるの?」

「…………いいよ。“男踊り”と“女踊り”、どっちをやればいいの?」

「もちろん…………“女踊り”で!」

「……………………」


 ルゥクがコウリンから扇を受け取り、無言で焚き火の近くに佇んだ。


 曲が流れ始めると、予想通り…………いや、想像以上に上手く踊るルゥクがいた。


「…………すごい……」

「あれ…………ルゥクだよな?」


 もはや、誰も目を離すことなく見続けている。

 そこにはルゥクではなく『女性の踊り子』がいるとしか思えない。


 いくら『影』の任務で必要になったとしても、これは才能としか思えないくらいに、ルゥクの踊りは見事だった。


 ………………ずるいなぁ。


 今のところ、ルゥクの欠点は料理の腕前が最悪だというくらいで、目立つところは何でもできる気がする。


 それに比べ、わたしが得意なことって何だろうか?


 ルゥクの舞を見ているうちに、先ほどまでの怒りが消えてゆく。しかし、それと同時に情けないような気持ちが湧いてきた。


「どうせ、刑場までの『通行証』なんだ……」


 わたしの小さな呟きが仲間に聞こえることはなかった。




 …………………………

 ………………




 二日後。

 港町の賑わっている通りを、馬車を引いて歩いていた。


「ハイハイ! 今日は酒場で歌と踊りを披露するよー!」


 馬車と並行して歩くサイリが大声で辺りに宣伝している。わたしやコウリンたちは、それを馬車の後ろから眺めていた。


「……通行人の視線が()()()()()よねぇ」

「これだけで宣伝になっているな……」


 道行く人たちはみんな、馬車の御者台の方を見ているのがよくわかった。


 …………みんな見るにきまっている。


 馬車を操るハギの隣りには、王都でも滅多にお目にかかれないような『絶世の美女』が座っているのだから。






ケイラン、ルゥクに壁ドン(樹木ドン?)をしました。

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きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] さっきの感想間違えましたw 『不気味なケイラン』じゃなくて、『不器用なケイラン』と書こうとしたのでしたw
[一言] 不気味なケイランも可愛いぞ( ˘ω˘ )
[一言] >『壊れた水車』 Σ( ̄□ ̄|||) ルゥク凄い! ……でもケイランが可哀そう ><。
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