合縁奇縁 二
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「わぁ〜……初めて見るわねぇ……」
「ほわぁあああ〜……」
「………………………………」
芸人のサイリたちを助けてコウリンが待つ野営地へ連れて行くと、コウリン、スルガ、カガリ、三人の視線は一点に集中することになった。
『金髪』と『青い眼』。
サイリの仲間のひとり『ベルジュ』に目が釘付けになっている。
「す、すごいすごい! 眼が宝石みたいにキレイ!! 観察していい!? ちょっと覚え書き書いていい!?」
「オレ、金髪は初めて見た! 兄ちゃんこれ本当に頭から生えてんの!?」
「………………………………………………」
三者三様。
コウリンはひたすら観察するために眺め、スルガはクルクルと彼の周りを歩き、カガリは黙って硬直しているようだった。
「あの……そんなに見られると恥ずかしい……」
頬を染めながら訴えるベルジュ。
あんなにジロジロ見られてるのに少しも怒らない。本当に大人しい人なんだなぁと思う。
「あはははっ! ベルジュを見た時の反応がみんな違うわねーおもしろーい!」
「ふふっ。みなさん、素直ですねぇ」
「やっぱり珍しいもんなぁ。最初は仕方ないね」
愉快そうに笑うサイリとユナン。服屋のハギもうんうんと頷いている。
「おーい。お前ら、そんなにジロジロ見たら失礼だぞ!」
ゲンセンが三人に向かってベルジュへの態度を窘めているが、しばらくは落ち着かなそうだ。
そんな中、ルゥクはというと少し離れた場所で静かにサイリたちの様子を伺っているように見えた。
知らない人達が急に来たから警戒しているのだろう。
見る限りだが、サイリと妹のユナン、ベルジュ、そして助けを求めてきたハギ…………全員、そんなに悪い人物には思えない。
…………まぁ、もしもこの人たちが『影』だった時のために、警戒しておくに越したことはないか。
伊豫で『影』の訓練をして以来、わたしは心の片隅に『疑う』という気持ちを残すように心掛けていた。
――――“仕事中の『影』の、見た目から見える真実は一割も無いと思っていてください”
教えてくれたタキはそう言っていたのだ。
ゴウラに襲われた時も、奴は化け物に追われる被害者の振りをして近付いてきた。
ルゥクだって女装して相手を欺く時、どこにも本人だという要素が見られない。
騙して当たり前。
いついかなる時も油断はできない。
『疑え』と自分に言い聞かせていると、すぅっと心が冷えた。
ふと思う。
疑って……これで、良いのだろうか? と。
「……………………」
「ケイラン、どうしたの?」
「え……?」
「なんか、ここ最近は時々ボーッとしてるけど……」
え? そんなにぼんやりしていたか?
「あ、別に……何ともない。ちょっと考えることが多くて…………」
「熱とかあったりしない?」
「え!? あ、だ……大丈夫だ!」
顔を覗き込んでいたルゥクの片手が上がったのを見て、いつもの“額に手をあてて熱を計る”行動だと思って慌てて大丈夫だと訴える。
それでも面白がって手をあててくるのだが…………
「そう? じゃ、無理はしないでね……」
「……………………うん」
ルゥクは手を引っ込めると、焚き火のところへ行って薪を焚べるのを手伝い始めた。
あれ? なんか……いつもよりあっさりしてないか?
いつものルゥクなら、わたしのことを徹底的にからかいながら熱を計ってくる。
何だ。触らないのか……………………はっ!?
ある事に気付いて、一気に顔が熱くなった。
「〜〜〜〜〜っ!!!?」
わたし、今…………ルゥクが触らなかったことに『物足りない』とか思ったのか!?
なんてことだ。あいつがいつもベタベタとしてくるせいで、すっかり触られることに慣れてしまっていたらしい。
これではまるで……まるで…………
「飼い慣らされた犬かっ……!?」
「え? 急に何言ってんの?」
「イヌかわいいよな。オレも好きー!」
思わず出てしまった心の声に、コウリンとスルガがすかさず反応する。二人の顔を見てさらに恥ずかしくなった。
…………もう、隠れたい。
…………………………
………………
「ハイハイ! じゃあ、まだ食べてない人はごはんにしましょ!」
コウリンたちは皆が戻るまで、食事を待っていてくれていた。温め直して、さらに増えた人数分を素早く作ってくれたようだ。
器によそいながら、コウリンがサイリやベルジュをチラッと見た。
「えーっと、口に合うか分からないけど……」
「ああ、気にしないで。みんな旅して歩ってるから、温かいごはんは全部ご馳走よ」
「いや、その、彼は“お粥”とか平気?」
コウリンの言葉に、器を渡されたベルジュはキョトンとした表情だ。
「……? 大丈夫だよ?」
「あ、いやその……外国の人って、食べ物も違うって聞いたから…………お粥よりも別のものが主食って…………」
「外国人? ベルジュが?」
サイリたちがベルジュを見て口の端を震わせた。サイリが始めに吹き出す。
「ぶふっ!! あはは!! 大陸人も外国人も同じ人間なんだから、そんなに掛け離れた食べ物は食べてないわよ! あははははっ!!」
特に面白い話でもなかったのに、ゲラゲラと笑い転げるサイリ。どうやら彼女の笑いの沸点は相当低いらしい。
「ボク、髪の毛で間違われるけど、外国人じゃないよー。見た目から、付けられた名前は別の大陸のだけど」
「え? そうなの?」
「ふふっ。外国の人って金髪が多いっていいますよね。でも、ベルジュは生まれも育ちもこの国ですよ」
「やだ、アタシったら……てっきり……」
「ま、初めて合う人はみんな思うんじゃないですか? 私もそう思いましたし……」
ユナンが穏やかに笑い、ハギもコウリンににこりとする。
わたしも外国人だと思っていた。そしてコウリンが驚くのも理解できるし、自分の髪の毛を思うと彼がこの国の人間だというのも理解できる。
「……私も両親が黒髪だったから、そういうものかもしれないな」
「ケイランは先祖に銀髪がいたんだろうな」
「たぶん…………」
髪をいじりながらスルガと話をしていたら、いつの間にか逆隣りにベルジュが座っていた。
「うん。ボクのお父さんとお母さんも大陸の人だよ。ボクだけこんな感じになっちゃったけど……」
そう言ってベルジュも自分の髪をチョイチョイと触り、そしてわたしの銀髪をじっと見詰めてくる。
「ボク、自分以外に金髪や銀髪を見たの、ケイランが初めて。ケイランは頭隠したりしてないの?」
「いや。いつもは頭巾を被っているけど、ちょうど休憩する時だったから取っていたんだ」
普段の移動中や町中では頭巾を被らないと、すれ違う人たちの視線が痛い。
伊豫ではそこまでジロジロ見られなかったような気がしたが、この国ではやはり珍しいのだろうと思う。
「その髪の毛、やはり苦労したのか?」
わたしはこの髪の毛のせいで、人買いから商人の家に売られたことがある。両親は恨まなかったが、買った商人には嫌悪感はあった。
「うーん、あんまり人に見せないようにしたから。見せなきゃ問題はなかったよ」
「そうか……」
ふんわりと笑う彼の顔には殺伐とした雰囲気は無いように感じた。
ちゃんと隠していたから、この人はそこまで酷い目には遭わなかったのかもしれない。
そう思ったら少し安心した。やはり、髪の毛ひとつで人生が変わるのは他人でもいい気分ではないから。
「ふーん…………なかなか良い画じゃないの?」
「へ?」
焚き火を挟んで、わたしとベルジュの何気ない会話の様子を見ていたサイリがニヤニヤとして言ってきた。
「良かったわねベル。その娘、あんたにけっこうお似合いよ?」
「…………へ?」
サイリの言っている意味がよく分からない。
「ベルは大人しいうえに、いつも顔隠しているせいで女の子と縁がないのよ。ねぇ、ケイラン。あなたに恋人がいないのなら、こいつのこと考えてもらえないかしら?」
「えっ!?」
「ちょっ……サイリ、何言って……!!」
サイリの言葉にベルジュが慌てて立ち上がる。その顔は焚き火のように真っ赤になっていた。
「あっはっはっはっ!! 何赤くなってんのよ! かわいい奴めー!」
「お姉様。ベルは奥手なのですから、ハッキリと言ってしまっては余計に照れてしまいますよ? まぁ、そろそろ考えてもいい年頃ですしねぇ」
注意するユナンもニヤニヤとしているので、本気でサイリを止めようとはしていないようだ。むしろ煽っているように思えてちょっと怖い。
「もう! 二人ともやめてよ! みんなの迷惑になるよ!」
「え〜、良いと思ったのにぃ」
「あら、残念。ふふ」
ベルジュに怒られながらも双子姉妹の顔はニヤけている。
「おい、冗談だよな?」
「あはは、ぼくったらそんなに怖い顔しないでよ。今日会ったばかりのケイランに、本気でそんな無理言わないわよ。ゴメンね♪」
わたしの隣りでムッとするスルガに言われ、サイリは手を合わせてニコニコと謝ってきた。
「そ、そうだよな……冗談……良かった」
「ゴメンね、ケイラン。サイリたちイタズラ好きなんだよ……」
うん……どうやら、わたしはベルジュをからかうのにサイリたちに使われてしまったようだ。
いつもはルゥクが率先してからかってくるから、わたしも言い返すことができる。しかし初対面の人間にからかわれると調子が崩れるな。
……………………あれ?
何かいつもより足りない気がして辺りを見回すと、わたしとスルガ以外の仲間たちは、各々で静かに過ごしていた。
いつもは真っ先に何か言ってくるルゥク。しかし、あいつはスルガの後ろで無言で武器の手入れをしていた。
呆れるように突っ込んでくるコウリンも、ハギが手伝いを申し出て二人で食事の後片付けをしている最中。
そして、ちょっと離れてゲンセンが座っているのだが、わたしと目が合うとちょいちょいと自分の背後を指さしてくる。
ん? ゲンセンの後ろ?
何だろうと覗き込むと、まさに『初対面』でスルガに食って掛かってきたカガリが、ゲンセン背中の下で小さくなって隠れていた。
え? 少し前の勢いはどこへ?
しかも、ルゥクじゃなくてゲンセンの後ろにいるし。
「……カガリ? どうした、そんなに丸まって?」
心配になって近寄って声を掛けると、カガリはビクッと身体を揺らす。
なんか、急に触られたウサギみたい……。
「な、なんでもねぇです……」
「でも…………」
「あ……あちに構うなです。ちょっ………………です……」
「……?」
セリフの最後が聴き取れなかったが、怯えるようなカガリの目線の先を辿るとそこにはベルジュが座っていた。
「ベルジュ?」
「う……あ、あの……あちは一度、王都へ戻るです。璉将軍に荷物を銀嬢にちゃんと渡した……って伝えてくるです……」
フラフラと立ち上がるカガリ。
わたしを睨んでくると思ったのだが、顔面蒼白になって力無く笑顔を作っている。
「おいおい、大丈夫か?」
「今から帰るって……もう夜遅いし、朝になってからでもいいんじゃないのか?」
見たことの無いカガリの様子に、わたしもゲンセンも心配してしまう。
「いや、あちは帰るための術を使うですから、夜に紛れた方がいいで――――」
「あれ? その子、どこ行くの?」
「――――――――ひぃっっっっっ!!!?」
カガリがわたしを避けて立ち上がった時、ベルジュが背後からひょっこり顔を出す。その途端、カガリは物凄く引きつった顔をして叫び声をあげた。
「ルゥク様! 銀嬢! また港町で会うですぅぅぅっ!!!!」
「え!? 待っ、カガリ!!」
バサァアアアーーー!!
カガリは近くの茂みに勢いよく飛び込むと、見習いとはいえ『影』らしく、そこから一切の気配を消していなくなった。
「何だったんだ?」
「なんでそんなに怯えて……?」
「あー…………ボクが怖がらせちゃったかなぁ?」
困ったようにベルジュが笑う。
「時々、この青い眼が怖いって子供に泣かれることがあるから…………子供に避けられるの、ちょっと悲しいんだけどね」
「そうなんだ。大変だな」
確かに『青い眼』って滅多に見ることがないから驚くか。わたしは銀髪を珍しがられても、瞳は灰色だから大陸人に多くいるし。
「失礼な奴だなぁ。ベルジュ兄ちゃん、別に怖くねぇのに……」
「ありがとー、スルガ」
いつの間にか、スルガとベルジュが仲良くなってニコニコと話している。本当にスルガは順応が早い。
「ねぇ。今聞いちゃったんだけど、あなたたち港町に行くの?」
「え? あ、はい……」
明るい声色でサイリが背中に張り付いてくる。
「じゃあさ、しばらくあたしたちと一緒に旅してくれない?」
「えぇ?」
「旅芸人って盗賊やゴロツキに狙われやすいのよ。街道と港町で守ってくれると助かるのだけど。ちゃんとお礼はするから!」
「で、でも……そうだ、ルゥ…………」
サイリの勢いに負けそうになって、ここはルゥクに聞こうとしたが…………
「返事が無いなら決まりねーっ!!」
「えっ!? そんな……」
ルゥクと目も合わないうちに話が決められる。
「あっ、そうだ! あと、誰かに『踊り子』やってもらいたいから、この中で誰がいいか今から選びまーす!!」
「「「はぁっっっ!?」」」
おい!! 急になんか、とんでもない流れになってるぞ!?
誰の了承もないままにトントン拍子で進む会話。
『大変だから止めろ!』という思いを込めてルゥクを見たが、何故かルゥクは明後日の方を向き、ため息をついていた。