合縁奇縁 一
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「た、助けてくださいっ!!」
急に森の中から飛び出してきたのは、二十歳前後くらいの男性だった。
背が高く痩せていて、パッと見は模様が美しい派手な着物を着た『遊び人風』な格好をしている。
しかしそれに不似合いな、きっちり切り揃えられた黒髪が目に入り、次に際立つのは整ってはいるが地味で疲労が浮かんだ面構え。
男性はまるで下り坂を走って来たように、わたしたちの前に転がり込んできた。
「助けて……! この先に馬車が、山賊に囲まれてっ!! 仲間が、逃げられなくて……!!」
相当慌てて来たのか、男性は息も絶え絶えに必死で状況を説明しようとしている。
「はい、お水! まず落ち着いて、説明してちょうだい!」
「は、ありがと……」
竹の器に入れられた水をコウリンから受け取り、男性はそれを一気に飲み干して深く息をついた。
「はぁはぁ…………こほっ、すみません……私は旅の芸人でして、この先の街道で野営をしようと馬車を停めたら、森の中から急に山賊が出てきて……!!」
「そう、わかったわ。この先真っ直ぐ?」
「は、はいっ!」
コウリンが男性の背中を擦りながら話を聞く。
この話が本当なら、今すぐ現場に向かってあげた方が良いのだが………………
「本当に仲間が?」
「っ!? 本当です!! どうか助けてください!!」
涙さえ浮かべた必死の声。これなら信じても良いと思っているのに、昼間のルゥクを襲ってきた奴らを思い出してなかなか腰を上げられない。
「ルゥク……」
「うん。ねぇスルガ、ちょっと……」
「ん? なに、兄ちゃん」
判断に困ってルゥクを見たら、ルゥクは何故かスルガを呼ぶ。
「どう?」
「どう……って…………あぁ、そっか。う~んと、この人は嘘ついてない……かな?」
「そう。じゃあ、行こう」
スルガの言葉にルゥクはあっさり立ち上がる。
一瞬だけ意味が分からなかったが、すぐにスルガが『見気』の術持ちであることを思い出した。
『見気』の術は物事を見定める。物の善し悪し以外にも、人間を貶めるための嘘や敵の強さを見ることもあるという。
「スルガ……嘘も見抜けるんだ?」
「うん、まぁ……まだ何となくだけど。でも、これからは機会が有れば『見気』を磨いた方が良いって、ルゥク兄ちゃんに言われてたし……伊豫に居た時よりは嘘つく奴が多いだろうからって」
「“真偽”の実践か……ルゥクらしいな」
確かに、術は生活の中で少しずつ研ぎ澄ました方が、より精度が上がっていくというもの。伊豫ではスルガの周りには、彼に対して嘘をつく者が少ないとルゥクが判断したのだろう。
「ケイラン、ゲンセン、行くよ! スルガはコウリンとカガリと一緒に留守番! その人についてあげて!」
「わ、わかった!」
「おし! 行くぞ!」
ルゥクが腰に札の小物入れと刀を差し、男性が示した方向へ三人で走る。
背中に霊影を出して準備しているせいか、行く先に複数人の気配がした。おそらくそこが目的地だろう。
――――それにしても…………
走りながら、わたしはチラリと前にいるルゥクに視線を投げる。
こいつ、最近は色々と首を突っ込むことが多くなったなぁ……。
ルゥクは旅を始めた頃、人間に無関心なように見えた。
邪魔する者は弱者でも容赦なく、そいつの事情など知ったことじゃない。ましてや、行きずりの初対面の人間が助けを求めても、それにすぐ対応しようとすることはなかったと思う。
「……なぁ、ルゥク?」
「なに、ケイラン」
ルゥクに並走して質問をしてみる。
「よく……知らない人間を助けようと動いたな? お前なら質問責めにしてすぐに行かないと思ってた」
「別に。僕が行かなきゃ、君がすぐにでも無理して行くだろ?」
「え……」
「どうせ行くんだし、時間短縮したんだよ」
「そう、か……」
ルゥクの中で、わたしは有無も言わずに助けに行くものだと結論付けられていた。
いや、確かに困っている人を助けるのは当たり前だ。あの男性が嘘をついていなければ、わたしは助けに行くのに何も問題は…………
――――だが、わたしは一瞬だけ疑ったじゃないか。
これがルゥクを嵌めようとした罠だったら?
………………と。
小さくズキリと胸が痛んだ。
何だか、最近のわたしは前よりも警戒心が強くなって、判断を鈍らせている気がする。あの男性はどう見ても一般人だろうに。
こんなことでは、大事な時に踏み込めないのでは…………
「………………」
「どうかした、ケイラン?」
「いや。何も…………」
「おい、二人とも! アレじゃねぇか!?」
ゲンセンが指差す方向が明るい。
夜の森の中、街道で焚かれた灯りがハッキリと見えた。
…………………………
………………
灯りが見えてから、なるべく足音を立てずに素早く近づく。近くの茂みに身を潜め、ここから見える人数を確認してから助けに入ることにした。
「おら! さっさと馬車とお前らの荷物をよこしな!!」
典型的な賊の台詞を吐きつつ、十数人ほどの男たちが輪になって小さな馬車を囲んでいる。
馬車には三人の人影。いずれも頭まで隠せる外套を羽織っていて、三人の性別や見た目はよく分からない。
わかったのは二人が刀を構えて、一人が彼らに護られるように馬車に張り付いていること。刀を持った一人が腕を怪我していることだ。
武器を持った二人は頑張って抵抗したのか、地面には五人ほどの賊が倒れていた。
「ほらほら、さっき逃げた兄ちゃんみたいに、馬車を置いていけば殺したりしねぇからよぉ? ギャハハ!!」
「「…………ん?」」
下品な笑いを聞いていると、隣のルゥクとゲンセンが同時に顔をしかめる。
「……二人とも、どうした?」
「いや……だって、なぁ?」
「うん。これは最悪だねぇ」
「…………?」
ルゥクとゲンセンは顔を見合わせて頷くと、なんの打ち合わせも無しに茂みから立ち上がり賊の前に歩いていく。
「んんっ!? 何だテメェら………………ぎ、ぎゃあああああーーーっ!!!!」
賊の頭っぽい奴が、ルゥクたちを確認した途端に叫び声をあげた。
「お前ら昼間、俺たちを襲ってきた奴らだろ?」
「ははぁん? さては僕を殺り損ねて、職を失ったから山賊に転職したって訳かぁ。ほんと、ろくでもない奴らだよねぇ」
………………理解した。
この世には悪いことから足を洗う機会を自ら手放し、再び悪事へ横移動していく者どもがいるということを。
「せっかく術初心者のスルガが相手になって、優しく折檻してやったのに…………もっと激しいのが良かったと? しょ~がないなぁ~~~」
『しょうがない』と言うルゥクの口調は最高に愉しそうである。
「さて…………『晶樹』!」
スドドドドドドッ!!
「「「ぎゃあああああああああっ!!」」」
ルゥクが右の小物入れから札を取り出し、術で周囲を塞いでいく。何故なら、森を火事にする訳にはいかなかったからだ。
あとはお約束なので省略しよう。
山賊……もといゴロツキどもを殲滅するのに四半刻も掛からなかった。
ボロボロになりながら逃げるゴロツキの背中に向けて、「四回目なら消せたのに……」という呟きが聞こえたが敢えて無視させてもらった。
…………………………
………………
「うん、もう大丈夫そうだから移動した方がいいね」
ルゥクとゲンセンが先の道を見回って安全を確認してくれた。
「移動、大丈夫ですか? うちの仲間に医者がいるので、ちゃんとした手当はそちらでしましょう」
「ありがとう。歩くのは問題ないわ」
怪我をした一人の腕に止血のため手拭いを巻いておく。その応急処置の様子を、もう一人の仲間がじっと見ている。
「お姉様、ここは無理をせず馬車の中に…………」
「いや、馬車の中は荷物だらけだし、歩いても大したことないから……」
助けた三人のうち、刀を持っていた二人は女性だった。
二人とも黒髪で片方が短髪、もう片方が長髪である。違いは髪の毛の長さで顔が瓜二つ。どうやら双子の姉妹であるようだ。
「ふぅ。とにかく、助けてくれてありがとう。この辺は治安がそんなに悪くないって聞いてたから、あんな山賊崩れに油断しちゃった。あはは」
「もう、お姉様ったら……」
怪我をした短髪の女性が姉。
長髪の女性が妹らしい。
年齢は二十代半ばくらい。双子それぞれの雰囲気は若干違うが、二人ともとてもキリッとした美人だった。
…………………………
………………
「囲まれた時は、相手の人数の多さにどうしようかと思いました……」
「ちゃんと『服屋』が助けを呼んできてくれて良かったわ。ま、この馬車はあいつのだから当たり前か」
「服屋?」
ゲンセンが先頭で歩き、そのあとを小さな馬車を引いてコウリンたちがいる野営地へ向かう。その道中に彼女たちと話をした。
軽く自己紹介をして少しずつ彼女たちの素性を聞く。
この双子の姉妹は、姉の名が『彩莱』、妹が『由楠』と言った。
「そうなの。あたしたちは旅の芸人で、あの『葉綺』って奴が衣装担当。あたしが化粧、ユナンが歌をやってるわ。あと一人…………」
サイリがじっと後ろの馬車に視線を送る。馬車はユナンが馬を引き、わたしたちの後ろから静かについてきている。
「ちょっと、あんたもこっちおいで」
「う、うん…………」
最後尾をルゥクが守っているのだが、そことほぼ同じくらいの距離、馬車の真後ろから一人の人物が恐る恐るこちらを覗き込んでいた。
あの人、さっきから全然喋ってなかったな……。
ゴロツキに囲まれていた時に馬車に張り付いていた人物だ。
頭から外套を被っていて顔が判らない。しかし猫背気味だがルゥクと並ぶと頭ひとつは大きい。身長と声の低さからすると男性だろう。
なんだか…………子犬のようにプルプルしてるけど。
男性はチラチラとこちらを見ているが、なかなか近付いてこようとはしない。それどころか、再び馬車の後ろへ引っこもうとするところだった。だが、それをサイリが掴んでこちらへ連れてくる。
「身体は大きいけど大人しくてねー。ほらベル、自己紹介!」
「…………『ベルジュ』……だよ」
ベルジュは身体に似合わない小さな声で名乗った。
「この子、あたしたちの弟みたいなもんでね。臆病だし楽器担当だから、さっきも戦わせないようにしていたの。手を怪我されちゃたまらないからね」
「そうか。よろしくベルジュ」
「うん……よろしく……」
完全にわたしの方が見上げているが、小さな子供に話すように穏やかに接しようと試みる。顔はほとんど見えず、あちらからは視線を合わせてはくれないようだ。
「ごめんね、この子ちょっと恥ずかしがり屋なのよ。もう成人になってるんだけどね」
「大丈夫、焦らなくていいから。でも…………『ベルジュ』なんて変わった名前だな。この辺の出身じゃない?」
サイリは「う~ん」と唸ったあと、ベルジュの頭の布をガシッと掴んだ。ベルジュは慌ててそれを押さえる。
「サ、サイリ!? 何を……!?」
「どうせ、この人たちにバレるんだから見せちゃいなさいよ。ほら、このお嬢さんも珍しいでしょ? 大丈夫だから!」
「え?」
わたしが、珍しいって……?
サイリがベルジュに宥めるように言い、程なくして彼の頭の布が退けられる。
「あ…………!」
「最初に見せちゃった方がいいのよ!」
「~~~っっっ!!」
そこにあったのは、隠すのが勿体ないくらいの整った彫りの深い顔と…………
松明の灯りでもハッキリ判る『金髪』。
金髪の人間は銀髪よりさらに珍しい。
わたしは今まで金髪の人間には会ったことがなかった。
「『金寿』って呼ばれるやつよ。ほらほら、瞳もすごいのよ!」
「め……?」
「そ、そんなにスゴくないよ……?」
サイリがグイグイとベルジュの頭を押す。
恥ずかしそうにこちらを見るベルジュの瞳は、まるで瑠璃の璧のような『青色』だった。