不測不足 二
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
ケイラン視点です。
前回以上にドタバタ。
ヒラヒラと落ちてきた葉っぱが辺りに舞う。
「ルゥクさま、ルゥクさま〜!! 会いたかったです〜〜っ!!」
頭上の木から落ちてきたのは十二、三歳くらいの女の子だった。
確か…………そう、カガリだ。
『影』の見習いでホムラの妹分。
前髪を頭のてっぺんで結んで、おでこが出ている可愛らしい感じの子だ。
背中にひっ付いたカガリが、スリスリとルゥクの頭の後ろに頬擦りをしている。まるで子猫が親猫に甘えているようで微笑ましい。
「はいはい。カガリは元気だね」
「はい!! あちはいつも元気だです!!」
座っているルゥクに背負われるような形で、カガリは嬉しそうにクセのある返事をした。表情などからこの子がルゥクを心底慕っているのがよくわかる。
「……さっきからずっと木の上でみてたんだから、すぐに降りてくれば良かったのに」
「だぁって〜、ルゥク様を驚かせたかったんだです〜♡」
どうやらカガリは少し前から傍で潜伏していたらしい。微塵も驚く様子を見せないルゥクに、カガリが甘えっ子の拗ね方をしている。
「あのぅ、ルゥクさま。さっき、札が残り少ないって言ってたですよね? だったら“邑”に行きますよね? ね?」
「まぁ……近いうちに。でも先に港町に行くから、すぐには行かないよ」
「それでも良いです! やったー!! ルゥクさまが久々に“邑”に来るですーっ!!」
“邑”というのが気になってコウリンと顔を見合わせていると、ルゥクがこちらをチラリと見て言う。
「“邑”はそのまま……僕がたまに滞在する集落だよ。職人が多くて、僕の『板の札』もそこの職人に頼んでる」
「お前の他に板の札を作れる者がいるのか?」
「うん。他にも、薬や工芸品も手作りしている物作りの得意な人間が多いから、行ってみると楽しいかもしれないな……」
「え? 薬師もいるの? わぁ、アタシ行ってみたい!」
はしゃぐコウリンとは対照的に、『行ってみると楽しい』と言う割にはルゥクは楽しくなさそうに視線をずらしている。
でも、ルゥクの札を補充するのなら、近々必ず行くことになるのだろうな……。
「そんなことよりも……ホムラから聞いたけど、カガリは何か王宮から預かり物があったんじゃないのか?」
「はい、あるです! え〜と…………………………ほぃ、銀嬢。王宮の兵団から預かってきてやったです!」
「えっ? うわっ!?」
ニコニコしていた顔から一変、カガリは実に面白くなさそうな表情で懐から何かを取り出し、わたしに向かって投げ付けてきた。
「カガリ、人に物を渡す時にそういう渡し方しないの」
「って! う…………べ、別に壊れるようなもんじゃないです……」
肩にアゴを乗せていたカガリの額を、ルゥクがペチンと指先で小突く。カガリがわたし宛の荷物を投げたことを注意している。
…………まぁ、ちょっと粗暴なところもあるが、まだ小さな子供だし腹を立てることもないな。
わたしから見れば、カガリの行動は可愛いものだ。
お駄賃……というのもなんだが、ご褒美くらいはあげようと、小物入れの中に入っていた携帯用の飴玉の袋を取り出す。
「カガリ、お使いご苦労さま。飴玉食べるか?」
「いらねです! あちはガキじゃねぇです!」
「ほら、好きな飴を選べ」
「しつこいですね! いらねで………………塩飴だけもらってやるです」
なるほど。好物は塩飴か。
頬を膨らませながらも、飴を一つ取って頬張っている姿はリスみたいで可愛い。
…………よし、町に行ったら塩飴を多めに買っておこう。
「むぐ……銀嬢、早く荷物開けるです。『璉将軍』が直接渡して確認させろっておしゃってたです…………むぐむぐ……」
飴玉が大きいせいかカガリはもごもごとしながらも、さきほどよりは機嫌良く話している。
『璉』殿はわたしの父が引退した後に兵団の将軍になった人物だ。だが、わたしの所属する部隊は彼の命令を直に聞くことはほとんどない。
「将軍から直接……何だろう?」
渡された荷物をしげしげと眺める。
両手のひら大の白い布が巻きついた筒状のものだ。表面にはわたしへの宛名と送り主の名が記された紙が張り付いている。
するすると布を巻き取ると、中にはそのまま筒状の入れ物があった。これは兵団で命令などの巻き物を入れるためのものだ。
蓋を取るとチャリッと音を立てて、金属の何かが膝に落ちてくる。
「あ……これは………………」
それは金属の小さな板が付いた鎖だ。
わたしも同じものを持っている。
「どうやら私宛に来たものだが、本当の荷物の宛先はスルガのようだな」
「へ? オレ?」
「これは仮のものだが兵士の身分証明の金属板だ。それと一緒に『兵士入団許可証』も入っている」
「うわぁ……」
兵士の身分証明を首に掛けてやり、許可証の巻き物を手渡すと、スルガは目を輝かせてそれを広げた。しかし、一通り眺めてから眉間にシワを寄せる。
「え〜と……『汝をこの証明書をもって入団を許可する』…………か。けっこうあっさりしてるのな。もっと何かすげぇものがくるかと思った……」
「……兵士に雇われるだけなんだから、そんなもんじゃないの?」
もっと厳かに仰々しく兵士にされると思っていたのだろうか。拍子抜けしたようなスルガに、コウリンが笑いながら諭した。
さらに眉間に深いシワを刻んで、スルガは巻き物をくるくると閉じる。
「私が入団した時は他にもたくさんいたから、式典なんかもあったな。所属部隊も記されていないから、スルガの正式な入団の手続きは王都へ行ってからになるのかもしれない」
「仮の入団許可だね。次の町へ行った時に兵士の身分証を出せば、君にも任務中の路銀と給料が兵団から出るはずだよ」
「へぇ。じゃあ、これは失くさないようにしないと!」
スルガは首に掛けた金属板を大事に懐へしまい、その様子をルゥクの後ろでカガリがじっと見ていた。
「ルゥクさま、この赤毛は兵士だったです? いつから旅に加わったですか?」
「うん? カガリは初めてだね。スルガは最近、訳あって僕についてくることになった伊豫の子だよ」
ルゥクはスルガのことを濁して伝える。
スルガは伊豫の王族だが、その身分を隠し兵団に入ることで他の王族を大陸から守る約束になっているためだ。
そう考えると、スルガの入団許可証を将軍が直接出したのは、他の兵士に知られないようにするためなのだろう。
王都へ行ったら、わたしもスルガと一緒に将軍に挨拶に行かないとな……そう考えていると、何故かカガリが眉をひそめてスルガとわたしを交互に見ていた。
「銀嬢、この赤毛はあんたの『彼氏』ですか?」
「へっ!?」
「んん!?」
「「「っっっ!?」」」
一瞬、その場の全員がカガリの言ったことが理解できずに固まる。
「なんで、そうなる!?」
「なるほど。銀嬢には兵団に彼氏がいたですか……」
「な、なっ……!? ち、違うぞ! スルガは違う!」
何故!? これはカガリにハッキリと言わなければ誤解される!
「スルガはルゥクの旅に加わったからここにいるだけで、私が連れてきたわけではないからな!?」
わたしが必死に誤解を解こうとしていると、そこへスルガも割って入ってきた。
「そうだぞ!! オレはケイランを嫁にしたいけど、本人から許可はまだもらってない!!」
「やめろ。余計に混乱するだろ……」
「…………スルガ、あんたが言うとややこしくなるから黙ってなさい」
コウリンがスルガの口を押さえて黙らせ、ゲンセンが後ろへ引っ張っていく。
「…………ほんとに、あんたの彼氏じゃないですか?」
「違う。本当に違う!」
「……………………そう、ですか」
どうやら解ってくれたか…………と、ホッとしたのだが…………
「じゃあ、彼氏じゃないのに『ひざ枕』してたですか。とんだけーはくな女でやがるです。そういうの尻がるって言うです…………」
「えぇっ!?」
どうやらカガリは、かなり前から頭上で待機していたらしい。スルガに膝枕をしてたところを見ていたようだ。
け……軽薄…………尻軽…………?
膝枕って、そんなに重い意味があったのか?
ゴーン……と、何処からか寺の鐘の音が響いた気がする。
これまでの人生で初めて言われた言葉に、わたしは地面に両手をついてしまった。
…………え? わたしの行動がそう見えてしまっていた? そんなふしだらな女と、こんな小さな子に思われた?
「ルゥクさま、騙されちゃダメです! あちなら、ルゥクさまにしかひざは貸さないです!」
「いや、遠慮しておく……」
ルゥクがカガリの提案をやんわり断っている。
そういえば、わたしも寝ている間にルゥクに膝枕をされた時、起きて気付いた途端に恥ずかしさが込み上げてきたっけ。
最近、そういうことがなあなあになってきて慣れてしまっていたようだ。
「そ、そうだな……普通は…………やらないな」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ケイランはアタシが言ったから、スルガに膝を貸しただけで……」
「……でも、それを銀嬢がヨシとしたんなら、それは銀嬢が悪いんだです!」
「…………………………うん」
「ケイラン!?」
コウリンが弁明してくれているが、カガリの言うことには一理ある。誤解されるような行動をとったわたしには返す言葉がない。
あー、これは初心にかえって『恥』とはなんだと、根底から見つめ直さなければ…………
「……………………」
「ケイラン! ちょっと、何悟ったような表情してるのよ!? 傷付いたの? 大丈夫!?」
コウリンがぐらぐらと揺するが、わたしの胸中はそれどころではない。
わたしが頭の温度を極限まで下げようとしていると、怒りが沸点に達したスルガがヅカヅカと進み出てきた。
「おい! さっきから聞いてれば、目上の人間にずいぶんな言い様じゃねぇか! このチビ!!」
「なっ……!!」
『チビ』と言われてカガリの方も頬を紅潮させて立ち上がる。
「はっ! 節操が無いって言って何が悪いんですか!? 鼻の下伸ばしてた赤毛が出しゃばるんじゃねぇです!!」
「ケイランが怒らないのをいいことに好き勝手言うなよ! 誰かれ構わずに膝貸す訳ねぇだろ!? ケイランはオレが『年下』だから面倒見るついでに膝貸してくれたんだよ!!」
「やっぱり、己のことを解ってやってるんだよね。スルガは……」
「こいつ、けっこうしたたかよねぇ」
ルゥクとコウリンがボソボソと突っ込んでいるが、そんなことを気にも掛けずに二人は言い合って譲らない。
以降はもはや売り言葉に買い言葉だ。
「オレは気力切れで寝てたんだよ! 疲れているだろうからって親切心でやってくれたんだぞ!!」
「はんっ!! 女の親切心でべろべろに発情しやがって、情けねぇ男だことです!!」
「あぁっ!? お前、年齢のわりに口悪すぎじゃねぇの? そんなんじゃ、ルゥクになんて相手にされねぇな!!」
「はぁっ!? てめだって銀嬢の相手ができると本気で思ってやがるんですか!? おめでたい奴だです!!」
「んだと!! この『一寸チビ』!!」
「うるせぇです!! この『あて馬赤毛』!!」
わたしだけでなくルゥクにも火の粉が飛んできた。さすがにそろそろ止めないといけない気がする。
「二人ともだんだん言葉にキレが出てきたなぁ」
「ルゥク、感心してないで止めろ! あぁもう…………二人とも!! 私が悪かったのだから、いい加減に――――」
「ケイランは黙ってて!!」
「銀嬢は黙ってろです!!」
「…………………………はい」
うぅ……止めようとしたら怒られた。
「もう! ねぇ、ケイラン。この二人『霊影』でぐるぐる巻きにしちゃったら?」
「いや、それは……」
コウリンから物騒な提案が出る。
物騒ではあるが、最終手段はそれしかないと半ば諦めた時だった。
「いい加減にしろ、二人とも」
ぐぃんっ!! と、スルガとカガリの体が地面から離れる。
見ると、今まで静観していたゲンセンが、二人の首根っこを掴んでぶら下げていた。
「おっちゃん、何するん…………!!」
「放せ、デカブツ!!」
「喧嘩するのはけっこうだ。だが、続きなら飯食った後にしろ。せっかくコウリンが作った飯が冷めるだろうが」
ドサッ!
ゲンセンは自分が間で壁になるように、二人を両脇に下ろして座らせる。
「コウリン。悪ぃけど、この子の分の飯もあるか?」
「えぇ、いっぱいあるわよ。はいはい、あんたたちもお腹空いてるから怒りっぽくなるのよね?」
コウリンが汁物の椀と焼いた餅を添えて、スルガとカガリに手渡す。
「ありがと……」
「ども、です……」
その時、パチリと視線が合った二人だが、
「「ふんっ!!」」
同時にそっぽを向いた。しかし、それ以外は何も言わずに黙々と食べている。
たぶん、二人も止められて内心ホッとしているのではないだろうか?
「さすがゲンセン。子供の扱い上手いな……」
「やっぱり雰囲気が『お父さん』だよねぇ。僕なら面白いから最後までケンカは見物しちゃうもん」
………………面白がって見物するな。
こいつは長生きして“人間のあしらい方”を知っていても、“人間の扱い方”はあまり得意ではないような気がする。
うちの父の育ての親らしいが、あんまり世話をしなかった……なんて言っていたものな。
ルゥクの子育て…………見たいような、見たくないような。こいつに直接育てられた子供が、一体どんな大人に育つか想像するのがなんか怖い。
そんなことを考えながら、渡された夕飯を食べようとしていた時…………
ガサガサガサガサッ!!
森の暗闇の中から、こちらに向かって走って来るような音が聞こえる。
「何だ?」
みんな、音のする方に視線を向けて集中すると……
ガサガサガサガサッ――――ザザザッ!!
「た、助けてくださいっ!!」
茂みから一人の人物が、わたしたちの前に飛び出してきた。
「仲間がっ……盗賊にっ……!!」
どうやら今日は、大人しく一日を終わらせてはくれないようだ。