不測不足 一
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
ケイラン視点です。
「てめぇが“不死のルゥク”だな!? 悪いが、ここで旅を終えてもらうぜ!!」
所詮“ザコ”である。
夕方。町からだいぶ離れた街道の途中。
ゴロツキ二十人ほどが、わたしたちの行く手を阻んでいた。
「…………だいぶ伊豫にいたから、久し振りのこの感覚が懐かしいな」
ルゥクと旅を始めてから出会う“毎度お馴染みのゴロツキ集団”に約三ヶ月ぶりに出会ったのだ。
「伊豫では長谷川家の命令が効いていて、私欲のためにルゥクを狙う奴いなかったものねぇ」
「ついでに言うと、スルガが加わってから初めての襲撃じゃねぇのか? 大陸に戻ってきても今までなかったし」
「あー、僕らの人数違ってたから様子見てたんだねぇ」
みんなも慣れたもので、突然の襲撃にも微塵も驚いていない。
もはや大陸の名物と言ってしまいたいが、こんな奴らばかりだと思われたくないものだ。
「「「正直、面倒臭い…………」」」
「…………僕は何年もこいつらに付き合っているんだけど」
「「「はぁあああ~…………」」」
「あああああっ!? てめぇら!! 人の顔見て嫌なため息つくんじゃねぇえええええっ!!」
わたし、コウリン、ゲンセンがゴロツキをうんざりとして眺めていると、向こうはその態度が面白くなかったらしい。先頭に立っている奴が、これ以上ないほど顔を真っ赤にして武器を振り回し怒鳴っている。
しかし、ルゥクの実力を知っているのか、簡単に間合いを詰めてこないところに奴らの小心さを感じてしまう。
意外にこのゴロツキは相手の感情の表れに敏感なようだ。けっこう繊細な心の持ち主なのかも…………いや、繊細な奴は金で人を襲わないか。
ゴロツキを心の中で弄んでいると、わたしの隣でスルガが拳を握って嬉しそうな顔で前方を見詰めていた。
「うおぉ……こいつら本当にルゥク狙ってきてんだなぁ!」
「そうか、スルガには新鮮なんだ…………」
うん……わたしとしたことが初心を忘れていた。スルガを見倣っておこう。
「お、そうだ。ちょうどいいじゃねぇか」
ゲンセンが何かに気付いてスルガを見る。
「スルガ、お前一人『風刃』でこいつらぶっ飛ばしてみろ」
「え? 術使っていいの?」
「あぁ。この後は野営するつもりだから、どうせなら飛び技の練習台にしたらいい」
「おっしゃあああ!! やってやるぜぇ!!」
「おう、なるべく殺さずにやれよー」
「別に殺してもいいんだけどね」
ルゥクの物騒な言動はいつものこと。そんなわたしたちに見守られ、スルガが勢い良くゴロツキたちの前へ踊り出た。
「出ろ! 『風刃』っ!!」
「うわっ⁉ なんだこのガキ⁉」
風の術と『敏捷』の術を持っているスルガ。
ただでさえ脚の速かった彼に、素早さを上げる術が付与されたのだ。ゴロツキたちの攻撃はことごとく空振りに終わる。
「おー、やっぱ速ぇなぁー」
「ほんと、僕やホムラといい勝負だね」
「………………」
わたしはスルガの戦いを眺めながら、胸から苦いものが迫り上がって来るのを感じた。
スルガ同様、ルゥクもゲンセンも本職の『札』や『剛拳』の術の他に、身体の機能を向上させる『肉体強化』や『敏捷』、『豪腕』などの術を持っている。
これらの術は普通に生活していても勝手に発動し、例え普通の術を使えなくとも並の人間よりは身体的に優れた能力を発揮できるのだ。
わたしの使える術は『霊影』のみである。
兵士になる前もなってからも、様々な術を習得しようと鍛錬を欠かしたことはない。それなのに、わたしは一般的な身体強化の術は何も身に付かなかった。
「……羨ましい……………………はっ⁉」
キョロキョロと辺りを見ると、みんなはスルガの方を向いている。
…………今の……聞かれてない、よな?
自分の口から出た言葉に、自分自身で動揺してしまった。
己に無い才能に嫉妬とは……情けない。
わたしは黙って見守った。
――――実践に勝る鍛練なし。
この後、みんなのお許しが出たスルガは、のびのびと術を使ってあっという間にゴロツキを一掃した。
ついでに言うと、森の街道沿いにぽっかりと広場ができたことも付け加えておく。
…………………………
………………
川の近くの林を今夜の陣として、ルゥクが焚き火を作ってコウリンが食事の準備を始めた。ゲンセンは焚き木やら水汲みやらでその場を離れている。
「ぐー…………」
飛び技をふんだんに使ったせいか、野営地を決めるとスルガはすぐにバテてしまった。やはり、術師初心者のスルガにはまだ、『風刃』の術による衝撃波の攻撃は気力がキツイらしい。
「…………まぁ、あれだけ思い切りやれば疲れるだろう」
「そうね。夕飯ができるまで、そのまま寝かせててあげましょ」
「いや……でも……これは…………」
「あら、いいじゃない。たまにはヤル気を上げるご褒美だと思うわよ」
「私のこれでご褒美に……なるのだろうか?」
鍋をかきまぜながら笑うコウリン。わたしはこの『ご褒美』のせいで食事の手伝いができなかった。
なぜなら、すよすよと気持ち良さそうに眠るスルガの顔があるのは、わたしの眼下……膝の上だったのだから。
膝から太ももにスルガが頭を乗せて眠っている。
いわゆる『膝枕』だ。
コウリン曰く。
“初めてゴロツキを一人で倒しました”記念だそうだ。
何かご褒美を…………と、何故かこういうことになっていた。
「スルガ、頑張ったもんね〜。ご褒美っていえば『膝枕』で良いわよねぇ。ねぇ、ルゥク?」
「……………………何で僕に聞くの?」
あぁ、そういえばルゥクもご褒美に膝枕を所望していた。そのままごろ寝よりも、わたしの膝でも少しはマシになるものな。
そう、旅において睡眠は大事だ。
これがご褒美になるくらい、枕は大事なのだろう…………うん、そう思っておこう。
「ふぅ。言ってる間にご飯できちゃったけどね。はいはい、スルガー。残念だけど、そろそろご飯にするから起きなー」
「ほぇ? ん〜……もうちょっとだけ…………」
寝惚けているのか、スルガは太ももにスリスリと頭を擦り寄せてくる。
「〜〜〜っ!!」
く……くすぐったい!
それにちょっと恥ずかしい!!
「…………起きようか、スルガ?」
「んがっ……兄ちゃん揺らすなよぉ〜……」
ルゥクがいつもの三割増しににっこりとしながら、スルガの首根っこを掴んで揺すり始めた。スルガはスルガで必死の抵抗なのか、わたしの膝をしっかりと押さえて意地でも起きない。
ルゥクも揺する手をもう少し緩めてほしい。わたしまで倒れそうになるだろうが。
「なぁ、かなり疲れていそうだし、もう少し寝かせてやっても良いんじゃないのか? 私なら平気だから……」
ちょっと頭は重いが痺れるほどではない。
こんなに必死に寝ようとしているのだから、相当眠たいのかもしれない。
そう提案した途端、ルゥクが顔を顰めた。
「……ケイラン? 今の状況、君解ってる?」
「へ? 状況って……」
膝を枕として提供しているだけだが?
…………まぁ、多少は恥ずかしくもあるが。
「いや……だって、スルガまだ子供だろ……」
「来年には成人。ついこの間、君に求婚してきたこと忘れたの?」
「……………………」
………………………………そうだった。
ついつい年下だと思っていたが、この国の成人は十六歳でスルガはあと一年足らずで大人だ。
確かに、いつまでも許嫁でもない女の膝で寝ている訳にもいかないな。
今のスルガはわたしと同じ、規律を重んじる軍に入った兵士だ。王都へ行く前に色々教えておかないといけなかった。
「スルガ、そろそろ起きろ。国の兵士はいつまでもだらだらとしてはいけないぞ!」
「いや、違う。そうじゃない」
スルガを起こそうしたら、間髪入れずにルゥクが突っ込んでくる。
…………? 何が違う?
わたしは当たり前のことを言ったが?
「……兵士とか、そういうんじゃない」
ルゥクがジト目から呆れたような表情をしてきた。何が不満なのかわからない。
ルゥクとよくわからない問答をしていると、落ち着かなかったのかスルガがパチリと眼を開けた。
「ふぁあ〜……しょうがないな……起きるか。よっ……と!」
弾かれた弦のように、勢いをつけて飛び起きる。
「ルゥクはもう少し『ご褒美』の時間長かったんじゃねぇの?」
「僕はいいの。ご褒美の重みが違うから」
「ちぇ〜……」
…………ご褒美の重みって……?
腕を伸ばしながら、スルガはルゥクに対して不満を訴えているようだった。
「まったく、男って変な見栄を張りたがるんだから…………ケイラン、そこの器取って」
「あ、あぁ」
二人のやり取りを横目に、コウリンはさっさと食事の準備を進めている。
そこへ薪を抱えたゲンセンが戻ってきた。
「おかえりー、遅かったわね」
「おぅ。街道に掛かった倒木を切り分けるのに、だいぶ手こずった。ルゥクにも手伝ってもらえば良かったな」
ゲンセンは先ほど、ゴロツキたちに囲まれた場所まで戻っていたそうだ。
スルガがゴロツキごと倒した木が、何本も街道に横たわってしまったので、街道の片付けついでに薪としてまとめて持ってきたのだ。
「乾燥してない生木がほとんどだから、今夜使えるのは小枝と途中で拾った枯れ枝だな。さっき作った薪はこの『札』に収納ておいたぞ」
そう言って、ゲンセンはルゥクに『板の札』を手渡した。
「へぇ、二枚分になったんだ。随分多く集まったね」
「あぁ。これから行く先で、乾燥させた薪と交換していけば道中の焚き木には困らない。しかし……この収納の札、便利だよなぁ」
しげしげと板の札を眺めるゲンセン。
「気力の少ない俺でも三枚も有れば、小型の馬車くらいの荷物を持って移動できるくらい入るもんな」
「そうそう! ほぼ手ぶらで旅するなんて思わなかったぜ!」
スルガも小物入れをポンポンと叩いて笑っている。
和んでいるみんなの様子に、ルゥクはため息交じりに呟いた。
「ああ、でも……定期的に札を換えないと壊れてしまうのが難点なんだよねぇ」
そうなのだ。
わたしもそれを知らなくて、旅を始めてふた月くらいした時に、壊れた札から荷物を外にぶちまけたことがある。
「僕もついつい、取り換えを言うの忘れててね。僕は慣れきっていたし……ここまで長く一緒にいる兵士もケイランくらいだから……」
「札の色が変わったら取り換え時だったか?」
「永遠に使えるもんじゃないんだもんね。これ、ルゥクがいなかったら、いつかは使えなくなるのねぇ……薬の材料持ち歩くのに便利なんだけどなぁ」
通常の『札の術師』の札の素材は紙でてきているが、ルゥクの使う“板の札”は薄い石のような素材であり、他ではあまり見ることの無い珍しいものだ。
なんでも、この板の札を作る困難さ故に、ルゥクの札の術師の門派は途絶えたと云われているくらいなのだ。
「ねぇ、アタシは一応あんたの弟子なんだけど、この札だけは教えてもらえないかしら? それとも、やっぱりあんたの札は教えられない?」
コウリンがチラリとルゥクの方を伺うように見た。
「いや、収納の札くらいは教えてもいいよ。札の作り方さえ覚えればコウリンでも使えるけど、けっこう作る工程が面倒くさい……………………あ」
「ん? どうした、ルゥク?」
腰の札を入れている小物入れを覗き込んでいたルゥクは、眉をひそめてう〜んと唸っている。
「収納の札、あと五枚しかない……」
「え?」
現在わたしたちは一人二枚ほど使っている他に四、五枚は共通の荷物に使っている。
「じゃあ、あとひと月もしたら大荷物になるじゃない。“空札”は無いの?」
「いや……有るんだけど、収納の札とはちょっと厚みとかが違うんだよね……あ、でも空札も少なくなってきたな……」
“空札”というのは何も描いていない、術を込めていない紙や板のことだという。
「まいったな……伊豫の封印を解くのにかなり使ったし……しばらくは保つけど……どうしようかな……」
ルゥクが珍しく悩み始める。その時、
「ルゥクさま〜〜〜〜っ!! それなら一緒に“邑”に帰るです〜〜〜っ!!」
――――――ドサァッ!!
頭上から、ルゥクの背中に小さな影が勢い良く落ちてきた。