始まりの陽光
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新章の始まりです。
視点移動あり。
ルゥク→ケイラン
“孤独”とは周りに誰も寄せ付けないこと。
大昔はそれを“孤独”と考え、それに浸っていた時期がある。
だが、別に“孤独”とは周りに人間がいてもいなくても、容易に成立するものだということを、いつの頃からか理解するようになった。
そして、その“孤独”を好んでいると公言する奴ほど、それを恐れているということも知っている。
だから自分は“孤独”について考えないようにした。
考えなければ、こいつは少しだけ鳴りを潜める。
そこでやっと解放された気になって、そいつを気にせずに自由に振る舞った。
考えず、忘れて、もはや片隅にも思わなくなる。
だが、それは決して消えてはいない。
忘れた頃に、そいつは以前よりも強く巨大になって、自分の背後に貼り付いているのだ。
――――“喪失”という恐怖を伴って……
…………………………
………………
早朝…………と言っても、まだ朝日は顔を覗かせていない。
ここは小さな村の宿屋。
この僕……『楼 流句』と愉快な仲間たちは、昨日の昼にこの村にたどり着いた。
いつもなら、こんな小さな村に昼から滞在せずに次の大きい町へ野宿しながらでも向かうが、皆が思った以上にバテてしまっていたので早めにゆっくり休憩することにした。
この五日ほど、半島の【蛇酊州】から馬車や馬で移動し大陸に着いた。大陸に着いてからの移動は徒歩なのだが、それがキツかったようだ。みんな、予定よりも早く疲れが出てきた。
蛇酊州での滞在が長かったせいもあるのだが、初めて徒歩で旅をする最年少の『駿河』が初めから元気いっぱいに先に進んでしまい、真っ先に疲れ果てるという微笑ましいことをしたせいでもある。
旅馴れてない子供が、急に外に出たらそうなるのはわかっていたので、今回は僕たち大人の監督不行き届きってことで大目に見てあげようと思う。
次、やんちゃしたらお仕置きだけど。
そして僕は今、そこの屋根の上で御来光を拝んでいるところ。
別に拝んだからといって何か御利益を期待している訳ではなく、ただ単に目が覚めてしまったのだ。
……それでも、最近はぐっすり寝過ぎなんだよなぁ。
旅をしていない時、一人で行動する時は睡眠などほとんど取っていなかった。
しかし、国の兵士である『佳蘭』と旅をするようになり、薬師で医者の『香琳』、傭兵で拳術士の『玄泉』と……同行者が増えていく度に、僕の行動に彼らを合わせるのは困難になった。
逆に僕が彼ら…………つまり人並みの生活に合わせたので、中途半端に目覚めてしまい、ここで皆が起きるまで時間を潰していたのだ。
「これじゃ、ただの早起きのじいさんだよね…………」
「中身はじいさん以上でやすけどねぇ」
呟きに即座に答える声がある。
「………………おはよ……」
「お早うさんでさぁ」
知らぬ間に、隣にピッタリと『焔』がくっついていた。
ここまで物音一つ無ければ気配も無い。全身黒づくめの口元しか見えない男がくっついているのだから、普通の人間ならば心臓に悪いはずだ。
「何? なんか伝令?」
「………………旦那は何の反応もありやせんね」
屋外だし、ホムラの行動は今更なので僕は驚きもしない。しかし、口元はにんまりしていても、どこか残念そうなホムラの様子が気になった。
「悪いんだけど、僕に驚きとかの反応を求めないでくれる? …………というか、お前はそんなの欲しがらないと思ってたんだけど……」
「いえ、最近は嬢ちゃんの反応が楽しいもんで…………旦那が無反応だと物足りなくなりやしてね…………」
「お前もケイランのせいで贅沢になったなぁ……」
おそらく、もし今のホムラの行動をケイランに仕掛けたら、彼女は面白いように叫んで飛び退いただろう。
……それでその後、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに怒るんだよなぁ。それが物凄く可愛い。
「……一度見たら止められないんだよねぇ」
「……旦那も大概でやすね」
うん、僕もホムラの性癖を笑えない。
「さて……冗談はこれくらいにして、何か用事があったんだろ?」
「へぇ。『篝』から“伝書鳥”が来やして。近くまで来てるようなんで、そのうち合流すると思いやすよ」
そう言うと、ホムラは白い紙を折って作られた“伝書鳥”を手渡してくる。
“伝書鳥”はカガリの使う術の一つで、簡単な文書を鳥の形にして飛ばすもの。大きさは片手で握って隠せるくらいの小さいもので、目的の相手に向かって飛んでくるのだ。
「カガリの奴、王宮から何か預かりものがあるみたいなんで」
「ふぅん? 別にホムラに渡してくれても良かったのになぁ……」
ホムラには珍しく、一瞬だけにんまりが引っ込んでため息をついた。
「あっしに渡すんじゃなく直接持って来たいみたいでさぁ。まぁ、旦那に会いたい口実だと思いやすが…………最近は生意気に色気づいてきやして……」
ホムラはカガリがヨチヨチ歩きの頃から面倒を見ていた。こんな成りで、意外に良いお兄ちゃんをしていたりする。
「子供の時期なんてあっという間だよ。気付いたら、みんな僕より年上になってるんだから」
「……今回でそうならねぇことを祈りやすけどね」
「まったくね…………」
座っている位置に朝日がまともにぶつかってきた。ホムラと話しているうちに、完全に夜が明けたようだ。
ホムラが徐に立ち上がる。
「しばらく王都への連絡はカガリを通してくだせぇ。あっしは旦那に言われてた『あれ』を探りに行くんで」
『あれ』とは、蛇酊州のゴタゴタが終わった直後に、王宮から命じられた『影』の仕事だ。僕が行く頃までにホムラにある程度調べてもらおうと思っていた。
「あぁ、あれね。でも、ちょっと早くない?」
「実はちょいと厄介でして。早めに入って馴染んでおきたいんでさ。本当ならあっしよりも、旦那の方が向いてる任務なんですがねぇ」
「ごめん。仲間と一緒じゃ、僕が単独で離れて敵の所に潜るわけにいかない。契約上、王宮からの任務はケイランも連れて行かなきゃならないし」
ゴウラの時は“化け物”が相手だとわかっていたから、ケイランと別行動にしたけど今度はそうはいかないだろう。
だいたい、旅の間に『影』の仕事をまともにもってくる王宮側もおかしいのだけど…………でも、これも『処刑場』に入るための条件だから仕方ない。だから、こういう時のために僕にはホムラがいるのだ。
「じゃ、あっしは行きやす。旦那もお気をつけて」
「あぁ。そっちは頼んだよ」
「へぃ」
朝日とは逆に跳んで、ホムラの姿は暗がりに消えた。
「ふぅ。僕もそろそろ降りるか……」
みんなも起きる時間だろう。そう思いながら屋根から降りたところで、宿の水汲み場に見知った顔を見付けた。
「ん? あぁ、ルゥクか。おはよう」
「おはよう、ケイラン」
真面目なこの娘はだいたい一番に起きてくる。
「ふぁ……おはよう……」
「よう。早いな」
「うぅ~……眠…………」
ぞろぞろと仲間たちが出てきた。
「おはよう。顔を洗ったら出発するよ」
「早いな……目的地は決めてあるのか?」
「うん。ここから北東の港町に行く。みんなもそれでいい?」
「「「おー」」」
顔を洗っていたり、眠い目を擦りながら仲間たちは同意の声を上げている。
「…………ちょっと忙しくなるかも……」
みんな寝起きで油断しているためか、ポツリと呟いた僕の声は聞いていなかったようだ。
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早朝、宿の一部屋。
みんなで荷物の最終確認をしに集まっていた。
「え~と……北東の港町……あ、ここか」
村を発つ前に地図で次の場所を確認する。
今回はこのまま村から近くの街道に出て、平坦な道を行けばいいということになった。
地図を広げていると、わたしの肩越しからスルガが覗き込んできて首を傾げた。
「ふぅん、伊豫から出てまた海沿いだな。何、船にでも乗るの?」
「最初に説明したと思うが、ルゥクの大陸での旅は基本的に徒歩だけだ。それに、ここから船に乗っても、陸の外側を回るだけで私たちの旅には意味がない」
この港町から行ける航路では、伊豫に引き返すか王都から遠い港にしか行かないだろう。
「そうそう、僕らは陸路を回るように仕向けられているんだよね」
スルガとは反対側の肩越しから、ルゥクも身を乗り出して地図を指差す。
「それに、ここの町から出る舟のほとんどは漁のためだよ。今から行く港町は貿易港というよりは漁港だ。それでも大きな町だし立派な役場もある。ついでにそこの役場で『通過証明』をもらわないと、僕は処刑場に入れないからね」
わたしは地図上の印を指で撫でる。
久し振りで忘れそうになっていたが、ルゥクが処刑場に入る条件として『国中の決まった町を通過する』という、とてつもない回り道をさせられているのだ。
「オレ、伊豫以外の港って初めてだなぁ。コウリンとゲンセンは?」
「アタシはないわね。海も伊豫で初めて見たし」
「俺はあちこち行ったな。西の貿易港にも行ったことあるぞ」
「えっ! 貿易港って、外国の船も来るんでしょ? 他の大陸人……外人さんいた!? 顔かたちが違うって本当!?」
「いや、いたかもしれねぇけど俺は見たことないな」
興奮気味のコウリンにゲンセンが首を振って笑う。二人のやり取りを見ながら、わたしは自分の前髪をつまみ上げる。
そういえば、この大陸から海を隔ててさらに西には、ここよりも大きな大陸が在ると聞いた。そこに住む人間は、ここの大陸人と違って『金髪』や『銀髪』が多いらしい。
「そこなら、私の髪の色も珍しくないのかな?」
「そうだねぇ」
「へ?」
ルゥクがまだ肩越し覗き込んでいた。そのまま、顔をこちらに向けているのでとても近い。
「あっちの大陸の国じゃ、逆に僕みたいな黒髪の方が珍しいみたいだよ?」
「こ、こっちと反対だな……」
ルゥク、顔……顔近い! 耳に息掛かる!!
「……気になる?」
「ふぇ?」
「僕も向こうの大陸には行ったことないんだよねぇ。あまりにも遠いし、知り合いもいないから……」
「そっ……そう……!」
あまりの近さに離れようと一歩踏み出した時、ガシッと両肩を掴まれてしまった。
「もしも外国に行くなら、誰と行こうかなぁ? できることなら二人っきりで…………」
「ひぇっ…………」
耳元で低く、艶かしく響く声。
おいぃぃっ!! そういう相談は普通に言え!!
それにわたしに言わなくても、お前について行ける奴は絶対にいるはずだから!!
それでも、以前に比べてルゥクが前向きに未来のことを話してくれるのは嬉しいことだ。
「…………その前に! ルゥク、外国に行くなら『影』を辞めないと!」
「うん、そうだね」
にっこりと笑うルゥクから離れようとじたばたしていると……
「はいはい! あんたたちじゃれてないで出発するわよ!」
「いや、誰もじゃれてなんて……」
急にコウリンが割って入り、わたしはルゥクからひっぺがされた。ルゥクとふざけていたように見えたのだろう。それは心外だが、内心では助かったと思ってしまう。
その時、コウリンはムッとした表情でわたしの手を掴み…………
「…………アタシも行く」
「ん?」
「ケイランが外国行くなら、アタシもついていく。ダメ?」
「行く予定はないが……その時はコウリンも良いよ」
「本当? やった!!」
「オレも! オレも一緒に行きたい!!」
「あー、わかったわかった……みんなで行こう」
「やったーっ!!」
コウリンに良いと言ったら、スルガも話に乗ってくる。みんなで旅行の話も楽しいかもしれない。さっき、ルゥクも行きたがっていたしな。
「ルゥク、どうせなら全員で行くのが良いのではないか?」
「えー、あーそう……そうだねー…………」
「…………?」
何とも歯切れの悪い返事をしながら、ルゥクは苦笑いを浮かべている。
「…………お疲れさん」
「別に…………」
ゲンセンが横で頷くのに対し、拗ねたように口を結んでしまった。なんだ、行きたい訳じゃないのか?
「よーし! 行くわよ、みんな!」
「おー!!」
「…………何で君が仕切ってるの?」
元気なコウリンとスルガの声、ルゥクの呆れたような声を聞きながら、わたしたちは小さな村の宿屋をあとにする。
「街道を歩くなら安全だな」
「そーね。ま、ゆっくり行きましょう」
…………しばらく平穏に過ごせますように。
気持ちよく晴れた朝の空にこっそりと祈ってしまう。
しかしこの祈りが無駄だということを、わたしが一番よくわかっていた。