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序章

いらっしゃいませ。序章です。

よろしくお願いいたします。

「このまま眠らせてほしい」


 そう言われて眠らせてあげられれば、わたしも貴方もどんなに楽だったのだろう。苦痛に耐えたその身は、わたしには想像もつかない時間を過ごしたと訴えてきた。


 だが、わたしはわたしの見た時間しか知らない。

 彼の人は私の知らない時間をどのくらい過ごしたのか。

 これはわたしの我儘だと充分解っている。


 だけど、どうか起きていてほしい。

 その間、わたしが貴方の手を取ろう。


 貴方が眠るのを忘れるまで。


『生きたい』と思うその時まで。







 ――――某日、昼過ぎ、とある山道にて。


 ドォオオオオオン!!!!


 岩ばかりの単調な風景に突然爆音が響く。


 ドドドドドドッ!!!!


 今度は連続で細かい爆発が聞こえ、高い土煙がもうもうと上がった。


「ぐっ、ごほっ、う……おい!! ごほっ、やり過ぎだぞ、ルゥク!!」


 わたしは頭を隠すために巻いている布で口を覆って防ごうとした。しかし、土煙の量が凄くて頭巾の隙間から容赦なく埃は入ってくる。平均より小柄なわたしは、あっという間に全身粉っぽくなってしまった。


 うぅ、服の中にも砂が……。


 無駄だと思いつつも、軍服の飾りの隙間やブーツの埃を懸命に払ってみる。後でちゃんと脱いで払わないといけない。

 前で合わせる着物や浴衣よりはマシだが、こんなにしょっちゅう砂まみれになるのなら、もう少し簡単な服装を考えた方が良いだろうか?


 兵士とは言っても、わたしだって年頃の女の端くれだ。ジャリジャリと埃まみれになって、うれしい訳はない。


「…………まったく……もう少し、後始末が楽な方法はないものか……」


 わたしはぶつぶつと文句を言いながら、視界の悪くなった周囲に仲間の気配を探る。


 ジャリ……。少し離れた所で砂を踏む音が聞こえた。


「だって、こいつら集団でいるんだもん」


 呑気な声と共に辺りに突風が吹いて、土煙は風に流されてみるみる消えていく。


 目の前が急に開けて埃っぽさがなくなり、深く息を吸ってやっと落ち着いた。何も被害を被らなかった仲間を目視し、わたしはこめかみを押さえて深くため息をつく。


 前にひとりの人物が立っている。

 ぞろりと裾や袖が長い着物に、細い刀と腰の両脇に小物入れを帯革で留めた旅人の様相。


 しかし、目立つのは服よりもその容姿。

 肩までの艶のある黒髪、整った女性のような中性的な顔立ち、細身だが背が高く均整がとれた体格の持ち主。



 こいつの名は【ルゥク】。

 特殊な能力、『術』を使う『術師』だ。


 ニッコリと美少女のような笑顔をこちらに向けてくるが、こいつは男であり、()()()()()はこの男のせいである。


 死屍累々。


 岩山の道に大柄の男ばかり、ざっと三十人ほどがあちこちに倒れていた。それぞれ(すす)まみれになってちょっと煙が出ている。頭がチリチリに焦げている者もいるが、うめき声や痙攣(けいれん)が確認できるので死んではいないようだ。


「山道が変形したらどうする……爆発の『術』は、ほどほどにしてほしいのだけど…………」

「こっちの方が手っ取り早いからね。それに、文句ならそこでのびている奴に言ってよ」


 そう言って、倒れている男のひとりを指差す。


 うん…………何か、あいつひとりだけ焦げ具合が酷い気がする。


「僕のことを見て『優男』って言ったんだよ」

「そうか、それは災難だな……」


 もちろん、災難なのはやられた方だ。

 ルゥクは『女顔』『姉ちゃん』『優男』などの言葉を投げ掛けられると、誰彼構わず実力行使にでる。


 紛らわしい表情(かお)をするせいで、ここまで来るのに何人もの男共が口説きに来て、ボコボコにされたことか……。



 ルゥクの手には、手の平の大きさほどの紙の板が握られている。それにはキレイな模様が描かれていて、様々な『術』を発動させることができた。


『術』というのは、体の中にある“気”を体外で具現化する力のことだ。


 今の爆発はこいつがこれで術を発生させたためだ。土煙は風の術を使って飛ばしたのだろう。


 ルゥクは『札』を使う『札の術師』だ。


「……もう少し穏便に進みたいものだ……」

「あははは。もう諦めなよ、ケイラン」


 わたしはこいつと会ってから平穏という言葉を忘れつつある。


「戦闘なら私にも少しは任せてくれないか? 私だって『術師』で国の兵士だ」

「嫌だよ。僕は女の子は護る主義なんだ」


 そう言ってルゥクは、自分より頭一つ以上も背の低いわたしの頭を撫でた。


 このやりとりもだいぶ慣れてきたが、やはりわたしは兵士であり、このルゥクは……。


「さぁ、早く行こう。今日中にこの山を越えよう。君にはちゃんと、この僕を目的地まで『護送』してもらわないと」

「………………」


 足場の悪い岩の道を二人だけで歩き出す。倒れている男たちには、生きているなら自力で帰ってもらおう。

 わたしは複雑な気分でルゥクを見上げた。


「…………まだ、考えは変わらないのか?」

「変わらないよ。君には僕の死に目に付き合ってもらう、って決めているんだから」


 眉をしかめるわたしに、ルゥクは優しく微笑んでいる。


 この笑顔が消える瞬間に立ち会えと、残酷なことをこいつはわたしに言っているのだ。



 わたしは国の兵士。わたしの今の任務は『囚人』の護送、死刑囚のルゥクを処刑場まで連れていくこと。



 何故、こんなことになっているのか。


 ルゥクと旅を始めたのはついこの間。

 わたしはこれまでの経緯を思い返していた。


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