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ロスト・グリモワール  作者: 朝日がさん
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ルベア無双


「決闘、開始っ!」

「『火炎魔法フーゴ・マギアス――火竜の息吹っ!』」


 ロビソーの決闘合図が為された瞬間、セドリスが先制攻撃とばかりに魔法を行使した。

 それも中級魔法の省略詠唱。冒険者学園の教師陣でもこの規模の魔法の省略詠唱は難しいらしいので、やはり魔法科の首席は伊達ではない。


「ルベアっ!」


 その火竜のブレスを模した火球は真っ直ぐに、そして迅速にルベアへと迫った。やはり狙いは最初からルベアだったのだ。

 狙われた当のスケルトンにしか見えない悪魔は未だ抜剣すらせず悠然としており、オルドは慌てながらルベアを突き飛ばそうとする。


「心配ご無用」


 近づこうとしたオルドを右手で制し、ルベアは迫る火球へと一歩踏み出した。


「……へっ?」

「……あ?」


 何が起きたかは分からない。

 ただ、気付けばルベアの左手には刀身を晒した剣が握られており、セドリスの放った火が消えている。

 影も形もなく――火球が消滅している。



「不発か? 初等生じゃあるまいし、不発なんて……少し気を抜きすぎたか」


 自分の放った魔法が突然消えたのにセドリスは幾分か戸惑ったようだ。未熟な者が放った魔法は、時として魔力が維持できずに途中で霧散することがある。どうやらその「不発」と呼ばれる現象が起きたと断じたようだ。

 一度肩を竦めると、セドリスは改めるように杖を構え直した。


「へっ、運がいいな。だが、次は外さねぇーぜ」

「ルベア、君は左から回り込んでくれ。俺は右から回り込んで相手を攪乱させよう。先制攻撃を外して、セドリスも――っておいっ! ルベアっ!」


 初撃を外したのを見て、協力すればセドリスの足元を掬えるかもしれないと考えたオルドの言葉を、しかしルベアは無視するかのように歩き始めた。

 ただ悠然と真っ直ぐに、杖を構えるセドリスを目指して。


「なんだぁ? そんなに殺されてぇのか? なら、とっとと死ねっ! 『火炎魔法フーゴ・マギアス――火竜の息吹』」


 再び放たれたセドリスの魔法はルベアに直撃――する寸前で、再現するかのように掻き消え、そして何事もなくルベアは歩き続ける。


「は……あ、なんで?」


 さすがに二度目の不発はありえないと感じたのだろう。セドリスの表情が一気に曇る。ルベアの背中を見ているだけのオルドにしたって、何が起こっているのかさっぱりわからない。ただこの光景、どこかで見たような気がする。


「ふむ。これでもまだ、早すぎるか」


 オルドもセドリスも、そしておそらくは観戦する外野も立会人も何もわかっていない状態で、ルベアは小さく呟きながらも歩を続ける。


「良く分からねぇーが、もう容赦はしねぇっ! 『闇をも溶かす紅蓮にて、我に仇名す敵を祓え。清き炎は罪を浄化し、無辜の咎人に裁きの救いを。火炎魔法フーゴ・マギアス――煉獄の大火っ』」


 セドリスから放たれたのは、彼の本気の一撃だった。

 それは火炎魔法の上級に属するもので、学生に過ぎない身で行使するにはあまりにも大それた技だ。

 だが彼はそれを実際に詠唱し完成さえ、この場に煉獄の炎と呼ぶにふさわしい煌々と燃え盛る炎の津波を呼び出した。


 先ほどの中級魔法がお遊びに思えるほどの熱量。周囲を焼き尽くしてもまだ足りないと言わんばかりの広範囲の炎がルベアを襲い、


「これくらいの早さならどうか」


 ゆっくりと振られた一本の剣によってあっさりと消滅した。


「死ねえぇ――っ?」

「……へ?」


 その上級魔法のあっけない最期に、誰もが目を見張る。

 単なる低級モンスターであるはずのスケルトンが振るった、随分ゆっくりな剣で消されてしまったのだ。見掛け倒しもいいところである。


「え、あ。そっ、そんなわけがねぇ。こんだけ魔力を使って放った、会心の一撃だぞ? 手応えもあった、今までで一番の出来だ。なんで、なんで届かねぇ?」

「人間の小童にしては、筋は良いのだろう。だが、魔術の構成が荒い上に核の位置が分かりやすい。これでは初級魔法も上級魔法も同じであるな」

「核だと? お、お前、俺の魔法の核を狙って切ったって言うのか? ふ、ふざけんなっ! そんな事、一流冒険者だってできやしねぇぞっ」


 セドリスの驚きももっともだ。

 通常、大抵の魔法には大元となる核と呼ばれる魔力の塊がある。その塊が魔法を形作っているため、崩されると魔法が維持できずに消滅するのは道理だ。いわば、「不発」と呼ばれる現象を人為的に作り出すのである。


 だが、放たれた魔法の核を崩すなど荒唐無稽だ。魔法の魔力の流れをよめば在処が分かると言われているが、そんなものは物理的に不可能なのだ。

 魔力の流れなどよほど時間をかけて集中しなければよめない。無論、こちらへと迫る魔法を悠長に眺めていればもろに攻撃を喰らってしまう。だからこそ一瞬で核を見極め、そしてそれを覆う魔法を超えて壊せる者しかできない技だ。



 一流冒険者と言えどもそう簡単にはできないだろう。


「……嘘だろ。父さんたちみたいな奴だな……」


 もっとも、オルドはそれができる超一流たちを知っていたのだが。

 

「さて、小童。今ので随分と魔力が減ったようだがまだ続けるかね? 今なら降参した方が得だと思うが」

「だ、黙れっスケルトン風情がっ! こ、こんなはずが、こんなはずがねぇーんだよっ!」


 降参を勧めたルベアに激高したように、セドリスが杖を掲げる。


「さっ『裁きを請うっ! 我に仇名す者へ身を焦がす雷をっ! 我が正義を轟声と共に光照らし白日に晒せっ! 雷魔法ラヨ・マギアス――雷神のてっ

「すまん。もうけっこうだ」


 セドリスの魔法詠唱が終わらない内にルベアは一瞬で距離を詰め、彼の持っていた杖を三分割に刻んでしまう。

 当然、杖を媒介にして放たれる魔法は不発に終わり、セドリスは短くなった杖を持ったまま呆然とする。


「さて、敗者の証明をしてもらおう」

「く、ぐぅ。こ、こんな……こんな、こと、が……」


 喉元に突き付けられた白刃に、血走った眼を見開きながらも一歩も動けない。それはおそらく、魔法科で首席に居座り続けたセドリスが初めて体験する、完膚無きまでの敗北だった。



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