決闘開始
セドリスが決闘の場に指定した『リザーウドの林』とは木々がうっそうと生い茂り、低級の魔物たちが棲息する小さな林だ。
冒険者学園の裏手側に存在し、D級以上の魔物も出ない比較的安全な場所で、よく実地訓練の授業の場として利用される。
当然、オルドも何度か足の踏み入れたことのある場所だ。
「へっ、逃げずに来たな」
林の入口には既にセドリスが待ち受けており、彼の傍らには立会人として呼ばれたのか非常勤講師のエザン・ロビソーが立っている。
エザン・ロビソーはロビソー老と呼ばれる高齢の講師で、主に薬術学の担当をしている。本来であれば、不測の事態に決闘者の間に入って止めなければならない立会人に選ばれるはずのない人物だ。嫌な予感しかしない。
「ほっほっほ。儂を立会人に選んでくれるとは、なかなか見込みのある者たちじゃな。近頃の学生は、高齢を理由に儂になど声を掛けてはくれん。寂しい限りじゃ」
「立会人は成人した職員であれば誰でも可能です。ロビソー講師だって、十分にその資格はありますのに」
悲しそうに告げるロビソーに、セドリスが外面のいい労わるような笑みを浮かべて慰めた。そしてこちらへと意味ありげな視線を送ってくる。
「セドリスの奴、俺をなぶる気だな」
「うむ?」
「基本的に決闘は、相手が負けを認めれば終了だ。だが、相手が負けを宣言しても攻撃を加え続ける奴もいる。相手が負けを認めた以上、殺さなければ攻撃し続けても反則負けにはならないからな」
「それでは負けを認めた意味がないのでは?」
「だからこその立会人だ。立会人が強制的に間に入り、決闘の終了を告げるんだ。攻撃を続けようとする馬鹿を力づくで黙らせてな」
ところが、今回立会人に選ばれたロビソーではセドリスを止めることなどできなさそうだ。おそらくはそれを狙って彼を立会人に頼んだのだろう。
「はぁ、なんとも無茶な決まりだ。立会人が止められなければどうすればいいのだろうか」
「通常はそんなケース想定しないさ。立会人を選ぶときは、対決者が二人で決闘を止められる相手を選ぶのが当然だ。そして両者を止める力はないと自覚している者は、立会人に選ばれてもまず断るから」
「……あのご老人は秘められた力を隠しているのか」
「単にセドリスの上面に騙されているだけだろう。魔法科の首席様ともあろうものが、弱者を甚振るはずがないってさ」
普段から二人に関わっている教師であれば、セドリスがオルドの事を目の敵にしている事は知っているはずだ。ところがロビソーは非常勤講師であり、授業数もあまり多くはない薬術学の担当だ。詳しいことは知らないのだろう。
「ふむ、まぁ問題はあるまい。オルド殿には我輩がついているからな。あの小童には好きにさせんよ」
「……期待してるよ」
妙に自信満々のルベアに力のない笑みを送りながら、オルドはどのようにして上手に負けるかを考えていた。
セドリスの狙いはオルドではなくおそらくルベアだ。決闘は一対一が原則であるが自分の使い魔であれば戦力にできる。魔法の延長と考えられるからだ。
だからルベアを決闘に参加させるのは問題ないが、セドリスの狙いは戦闘に出てきたルベアの命を奪う事だろう。
対決者の命を奪うのは反則行為でも、魔法の延長である使い魔の命を奪ったところで反則負けにはならない。
なればこそ、この決闘はルベアを参加させないほうがいいのかもしれない。
「ルベア……」
「今さら我輩を除け者にしたりはしないであろうな? オルド殿」
だが、そんなオルドの心を読んだようにルベアの方から釘を刺してくる。
瞳などないその伽藍洞にはたしかに、漲るものが宿っていた。
オルドは小さく溜息を吐く。翻意など、到底不可能だった。
「……ああ。ただ、不味いと思ったら逃げてくれ。幸い決闘で負けたくない首席様だ。反則負けになるから俺は殺せないだろう」
「カッカッカ。杞憂もここまでくれば清々しい」
人の心配を一笑し、林の中へ入っていくセドリスとロビソーを追うルベア。学園で借りた木刀の柄を握り、『ロスト・グリモワール』の入った鞄を背負い直すと、オルドもその後を追いかける。
たとえ何が起きたとしても、曾祖父の友人を自称するこの悪魔を殺させたりはしないと誓った。
林の中へ入り少し進むと、何故か数名の学生たちが屯しておりこちらへにやけづらを向けてくる。どうやらセドリスが呼んだギャラリーらしい。
「へへ、魔神の曾孫様が来たぜ」
「見ろよ、本当にスケルトンを使い魔にしてやがる。あれでリバーンに勝つつもりかよ」
「ついにやけになったんだろうよ」
皆一様に好き勝手言ってくれる。どうせ誰もオルドが勝つとは思っていないのだろう。当然だ。オルドだって勝てるとは思っていない。
「さぁて、始めようか。勝負のルールは学園の定めた規則通りだ。降参した相手は負け。決闘者を殺害した者は負け。決闘者以外の助太刀を故意に受けた者は負け。ただし、自身の使い魔は決闘者の一部とみなす……それでいいな?」
「ああ。もう何度も君とは決闘しているからね。わざわざルールを教えてくれなくてもいいよ」
「へっ、そうかい。先生、合図を」
ゆっくりと杖を構えたセドリスを見て、オルドも背中の鞄を降ろし、腰元の木刀を抜いた。剣術科の生徒以外は基本的に学園内での帯剣は禁止されている。そのためこの木刀は、剣術科の先生から借りた物だ。
当然、手に馴染む馴染まない以前の問題ではあるが、四の五の言っていられない。
最近はただ負けるだけの決闘ばかりしていたが、今日はルベアのためにも本気を出すべきだ。たとえ勝てなくとも、殺させたりはしない。
「よし、では始めるぞ。両者構えっ! 決闘、開始っ!」
そして決闘の火蓋が切られたのだった。