一方的な約束
その日は登校した時から、いつもと少し違っていた。
普段はオルドの事など気にも留めない学園の生徒たちが、一様にこちらを驚きの目で見てくるのだ。中には胡散臭そうに見てくる者たちもいるし、馬鹿にしたような表情を浮かべている奴もいる。
まぁ、それもそのはずだろう。
魔法を使えないことで有名なオルド・エネシールが、雑魚モンスターであるスケルトンを伴って登校してきたのだから。
胡散臭そうにこちらを見てくるのは、魔法を使えないオルドがどのようにしてスケルトンを使い魔にしたのか気になっているのだろう。馬鹿にしている奴らはスケルトンなどを使い魔にして見せびらかしている――ように見える――オルドを嘲笑しているのだ。
オルドにしたって、スケルトンと連れ立って登校してくる者がいれば笑ってしまうかもしれない。
なんせスケルトンときたら、魔法を使わなくとも大抵の人間は勝てるというのが一般常識なのだから。オルドだって、学園の実技で実際に戦ったことはあるが、剣一本で瞬殺できた。つまりは使い魔にしたところで、一瞬の壁役が精々なのである。
そんな魔物を連れて歩いているオルドは、ある意味分相応と思われているかもしれない。
「うーむ。オルド殿、やたら視線を感じるのだが気のせいか?」
さすがに見てくる人数が人数だけに、学園を物珍しそうに見ていたルベアも気になったように囁きかけて来た。
「気のせいじゃない。全く、何だって学園までついてくるんだ。お陰で俺はいい笑いものだ」
「何をおっしゃる。オルド殿の師として、学び舎でも指導することは大事なのだ」
「誰が俺の師匠だって?」
「それに、お主のいない時にご家族に鉢合わせしたら面倒だぞ? どう説明したって怪しい奴と思われるに決まっている」
「……それは、たしかに」
その言葉には同意せざるを得ない。いくらか話の分かる祖父であれば別だが、父に見つかれば問答無用で争いになるだろう。ルベアの実力のほどは分からないが、A級冒険者として名を馳せている父が相手では、さすがに悪魔と言えども分が悪いのではないだろうか。
「はぁ。今日は仕方ないから大人しくしておいてくれ。騒ぎはごめんだ」
「無論だとも。我輩も騒がしいのは好まんからな」
ルベア自体相当騒がしいと思うオルドだが、一応周囲に声が届かないように気は遣っているようだ。仮に話しているのが周囲にバレたら、喋るスケルトンとして余計に奇異な視線を向けられることだろう。
とにかく今日一日は無事に授業をやり過ごし、そして帰ってから祖父たちにグリモワールについての相談をする。当然、このスケルトン型の自称師匠にもお引き取り願う。そうすれば、変わらない日常が帰ってくるはずだ。一応持ってきたグリモワールは、誰にも見つからないようにしよう。
そう考えて校舎へ向かって歩いていたオルドは、
「おやおや、ついに気でも触れたかオルド・エネシール」
背後から掛けられたその声に、呆気なくその希望的観測を諦めた。どうやら何事もなく今日一日を過ごすのは難しそうだ。
「セドリス・リバーン……」
無視すれば余計にうるさいだろうと思い渋々振り返れば、相も変わらない腹の立つにやけ顔で、魔法科の首席様が立っていた。
「なるほどなるほど。魔法の行使が不得意であれば、使い魔を従え戦力にするのは理にかなっている。驚いたよ、エネシール。お前がそんなに利口だったとは」
「……それはどうも」
「だが、その使い魔に選んだのがスケルトンとはいただけないな。ただの村人でも素手で勝てそうなそんな雑魚モンスター、何の戦力にもなりはしない。精々、一瞬でも相手の気を逸らすのに使える程度だが……ああ悪い悪い。お前にはお似合いか」
嫌味ったらしくルベアをしげしげと観察し、そしてオルドに向かって侮蔑の表情を浮かべる。
その表情に辟易としながらも、波風を立てなくない一心で言い返すのを何とか堪える。
「ああ、我ながらいいコンビだと思っているよ。じゃあ、遅刻したくないんで先に行くから」
「まぁ待てよ。人が折角褒めてんだ。少しぐらい話に付き合え」
一体誰がいつ、だれの事を褒めたのかさっぱり分からないが、仕方なくオルドは校舎に向かいながらセドリスへ視線を向ける。
「別に、俺は君と話すことなんてないんだが」
「なぁ、エネシール。俺は不思議なんだよ。これまで魔法らしい魔法を使ってこなかった――いや、使えなかったお前が、どうやってスケルトンとは言え使い魔にできたのか……おい、どんな手を使った?」
世間話をするようでいて、その実、こちらを脅すように睨みつけてくるセドリス。最後に声音を思いっきり低くしてきたところを見るに、余程ルベアの秘密が気になるらしい。
とは言え、オルドも馬鹿正直には答えられない。
「どんな手も何も、普通に使い魔にしただけさ。君の言うように雑魚モンスターなんでね、俺程度の力でも使い魔にできたよ」
「適当なこと言ってんじゃねーぞ? アンデット系のスケルトンみたいな魔物、ゴブリンやオーガ以上に使い魔にするのは困難なんだよ。ネクロマンサーやリッチ以外に、そう簡単に使役できるわきゃねぇーだろうが」
「……それは知らなかった」
さすがは性格は最悪でも魔法科の首席である。オルドが知らなかった知識をさも当然のように語る。いや、あるいは単純にオルドが無知なだけの可能性もあるが。
「とっとと真面目に答えねぇーと、その白骨標本ごと埋葬してやるぞ?」
「ちょっ、君、短気すぎるだろう……」
痺れを切らしたように懐から杖を取り出したセドリスに慌てるオルド。そんなオルドとセドリスの間に、白骨標本ことルベアが立ちはだかった。
「あん? やんのかスケル――」
「貴様、いささか横暴に過ぎるのではないか?」
「――っ? 喋った? 今、このスケルトンが喋ったのか?」
驚き、こちらへ確認するように視線を向けてくるセドリスに、思わずオルドは頭を抱えた。
ルベアが話すと言う事実をもう知られてしまった。未だ授業も始まっていないと言うのに。いや、それ以前にまだ校舎に辿り着いてもいないのに。
「我輩の名はルベア。オルド殿の師匠――使い魔だ。オルド殿を侮辱する言動は、この我輩が許さんぞ」
「……珍妙な。喋るスケルトンなんて初めて見たな。おい、エネシール。こいつはなんだ? こいつはどっから拾ってきた?」
「……はぁ。拾うも何も、『インフェロス』から召喚して使い魔にしただけだ。嘘はついてない」
もう、こうなっては仕方がない。さすがにロスト・グリモワールの事を語るわけにはいかないが、真実を話さなくてはセドリスも納得しないだろう。オルドは諦めてルベアが『インフェロス』の住人であることを白状した。
「『インフェロス』だと? つまりこいつは悪魔だって言うのか? 馬鹿言うんじゃねっ! そんなことがありえるかっ」
しかしセドリスは、オルドのその回答に一層激怒したようだ。
周囲にいる生徒たちの存在を忘れたかのように、大きな声でこちらに向かって怒鳴り散らしてくる。
「いいか? この世界と『インフェロス』を繋ぐ次元の狭間には、魔力網が張り巡らされている。その網を潜り抜けられるのは、魔力の少ない低級悪魔だけだ。そしてそんな低級は使い魔になるだけの知能なんて持ち合わしちゃあいねーよ」
「……そうなのか?」
魔法が使えない事から、全く必要していなかった知識を当り前のように言われてもオルドには判断がつかない。確認をするためルベアに問いかける。
「うむ、おおむねその通りだ。中には魔力を持たないながらもそれなりの知能と力を持つ者もいるが……まぁ多くの悪魔はその力を魔力に依存する。それ故に、高位の悪魔であればあるほど、魔力網に阻まれてこの世界に渡ることができなくなる」
「へぇ? じゃあ、ルベアは低級悪魔なのか」
「ぶっ! わ、我輩が低級悪魔?」
まぁ、見た目スケルトンなルベアが上級の悪魔とは思えないし納得はできる。そう思って呟いたオルドに、ルベアは何故か吹き出してから少し可笑しそうに上下の歯を打ち鳴らす。
「カッカッカ。ふむ、オルド殿はラウバー殿の曾孫にしてはモノを知らんな。後で召喚術についての知識を叩きこむことにしよう」
「えー、知らなくていいよ。そんな使い道の無さそうな知識……」
なぜかやる気になっているルベアにげんなりしつつ肩を落とせば、すっかり痺れを切らしたようなセドリスが、オルドの胸ぐらをつかんできた。
「てめぇ、俺様を無視して骸骨と喋ってんじゃねーよ」
「む、無視したわけじゃないだろう。だいたい、もう授業が始まるぞ。魔法科の首席がこんなところで油売ってていいのか?」
「……ちっ。上等だ、後で決闘しやがれ。お前のその糞みたいな使い魔を粉々に粉砕してやる」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺に君と決闘する理由なんか――」
「承知した。それではまた改めて相対することとしよう」
胸ぐらをつかんだまま、セドリスが吹っ掛けてきた決闘を拒もうとしたオルド。だが、オルドが断るよりも先に、ルベアが再び二人の間に入って了承してしまった。
それも全く動きの見えない速さで、オルドの胸ぐらをつかんでいたセドリスの手を外させながらだ。そのあまりの早業に、セドリスも一瞬だけ怪訝そうな顔つきになった。きっと何が起きたのか分からなかったに違いない。
「……まぁいい。今日の放課後、『リザーウドの林』に来い。立会人は俺が用意しておく」
「いや、俺は受けるとは――」
「逃げんなよ?」
オルドに有無を言わせない睨みを利かせ言い残し、セドリスは校舎へと歩いていく。それをなす術なく見送ったオルドは、溜息を吐いた。
「……不味いことになったなぁ」
「何をおっしゃる。面白いことになったの間違いでは?」
この事態を引き起こしたルベアが、能天気にもそう言った。さすがに腹の立ったオルドは、傍に立つスケルトンの尻――骨盤を無言で叩く。
「ひゃんっ?」
その可愛らしい反応は、ルベアのしわがれた声で台無しだった。