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ロスト・グリモワール  作者: 朝日がさん
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ロスト・グリモワール


「ない……ない。やっぱりどこにもないかー」


 冒険者学園の授業が終わって家に帰ったオルドは、エリーに言われた通りさっそく曾祖父の部屋の探索を行っていた。


 曾祖父であるラウバーの部屋は彼が亡くなってからずっとそのまま保存され、時々誰かが気まぐれに中を捜索するのみになっていた。ただ、もう何年も新しい発見があったと言う話は聞かない。いや、それ以前に今では中に入る者もいないようだ。

 

 基本的にこの家に住む者ならば自由に立ち入ることができるため、オルドも学園の中等部にいた頃に部屋へ立入り魔具探しをしたことはある。

 もっともその時は本当に何かが見つかるとは思ってはおらず、単に宝探し感覚で物色したに過ぎなかった。年頃の少年と言うのは往々にしてそのようなものである。


「仕方ない。諦めるか」


 今回はその時とは違い、オルドのできうる限り隅々まで探したつもりだ。

 当時は怖くて近づく事もできなかった切り刻まれ、ナイフの突き刺さったままの肖像画の裏も探した。得体の知れない呪術の罠が仕掛けられていそうな、机の引き出しの中も隅々まで探した。


 それでも新しい発見はなかったのだから、やはりこの部屋には何もないと見るべきである。


 明日、エリーはまた何か言ってくるかもしれないが、「ないものはない」そう伝える他なさそうだ。オルドにはこれ以上どうしようもなかった。


 捜索のために部屋の本棚から引っ張り出した書籍等を直し、散らかしてしまったところや移動した家具を元の状態に戻しから一息吐く。ラウバーの部屋を捜索した者は、出るときにきちんと掃除していくのが決まりとなっていた。


「よし、これでいいだろう」


 すっかり入る前と同じような景色になったことを確かめ、部屋から出るために一歩踏み出す。しかしその瞬間、前に出した右足で左足を蹴飛ばすと言うドジをやらかしたオルドは、思わず後方へとよろめいた。


「うおっと、と?」


 何とかこけないようにバランスをとって、それでもこけそうになり部屋の奥にある壁に埋め込まれた柱に触れる。


 その瞬間だった。


「――え?」


 一瞬でオルドの体内に眠る魔力が柱へと飲み込まれ、急激な虚脱感が押し寄せてくる。物心ついた時から常人離れした魔力を保有していたオルドにとって、その感覚は未知なるものだった。

 例えるならば長時間太陽に晒されていた生身のように、吐き気やめまい、動悸や発汗が一度に襲ってきたかのようだ。


「……なんで?」


 吐き気と戦いながら触れていた柱から手を離す。だが、失われた魔力は戻ってこないうえ、どうやら柱に注ぎ込まれた魔力も取り消すことができないようだ。


 オルドの魔力を吸った柱には紋様が浮かび上がり、ついでその柱が埋め込まれていた壁にも同じような光の紋様が浮き出てくる。


「あ……」


 突然の事態と虚脱感に身動き一つとれないオルドの前で、ゆっくりと壁が動き出す。


 上半分が少しずつ奥にずれ、反対に下半分は迫り出すようにオルドの方へと動いてくる。その様子はまるで、大きな机の引き出すを開けるのに近い。


 そしてその一文字に断割れた壁から、一冊の本が顔を覗かせる。


 柱や壁同様、奇妙な紋様が表紙に刻まれたその本は、しかしそれ以外は単なる書籍と変わらないように見えた。

 

 魔力を放っているわけでも特別を大きいわけでもない。ページ数もそれほど多くはなく、特別な材質でできているようにも見えない。


「……ろ、『ロスト・グリモワール』――」



 だが、オルドはその本を見て直感した。これは曾祖父であるラウバーが所持したとされ、彼の死後、忽然と姿を消してしまった幻の魔導書である、と。


 ラウバーが関りを持った異世界『インフェロス』の悪魔たちの名が記され、好きに呼び出すことができたとされる使い魔の書。それを所持した者は強大な力を持つ悪魔たちの支配者となり、この世界を征服することも可能だと言われている。


 それ故誰もが欲し、探し求め、今なお発見に至っていなかった。その事から自分の死後、悪用を怖れたラウバーが、秘密裏に処分してしまったというのが現在では常識となっている。


 中には現存するという希望が捨てきれずに探し求め続けている者もいると聞くが、『ロスト・グリモワール』――つまり、失われた魔導書――と言う呼び名が定着するほど、その可能性は低いとされていた。

 

「……嘘、だろ? なんでこんなところに。なんで誰も見つけられなかったんだ?」


 暫しの間放心し、それでも何とか驚きから立ち直ったオルドは魔導書らしき本へと近づいてく。そして、その本の上に小さな紙切れが乗っている事に気付いた。


「……『友へ』。え、これだけ?」


 その紙を手に取って読み上げれば、そんなたった一言。

 拍子抜けしつつ肩の力を抜いたオルドの掌の中で、握っていたその紙きれが一瞬で溶けて消えた。

 どうやら魔法が施された紙だったらしい。


「読んだら消える仕掛けか。初歩的だけど、俺には無理だな」


 秘密文書などの作成時に使われるが、魔法自体は初歩的なものだ。魔法科に通うものであれば中等部以上は使えるだろう。そう、オルド以外。


「まぁ今は、紙切れよりも魔導書だよな。いや、これ本当に『ロスト・グリモワール』なのか?」


 五十年近く誰もが探し求めていた幻の魔導書が、一番捜索されたであろうラウバーの部屋に眠っていたとは。そしてそれを、魔法の才能が全くないオルドが見つける何てこと、あっていいのだろうか?


「なーんか、偽物のような気がしてきたな。誰かを陥れるための罠じゃないか?」


 自分の実力を知っているからこそ、オルドはそんな後ろ向きの可能性を考慮する。つくづく惨めな男である。


 触れた者を呪い殺す類いの罠がかけられているかもしれない。そんな緊張感を持って恐る恐る本に手を伸ばすオルド。指でつついたり、手の甲で撫でつけたりを繰り返してようやく触っても問題ないことを確信した。


「ん、結構重いな」


 手に取り見た目以上に重く感じるその本をぱらぱらとめくってみる。

 中はどのページもそれほど文は書かれておらず、随分と余白がある。どうやら一ページごとに単語が一つ二つ書かれている程度のようで、魔法使いが使うマギア語が使用されているが呪文や魔法に関して書かれたものではなさそうだ。

 魔法科に通っていると言う事もあって、普段から魔法書や呪文書を見慣れているオルドは直ぐにそう判断した。


 ページをしげしげと眺めていると、一ページだけやけに他のページよりもヨレヨレになっている事に気付いた。

 おそらくはそのページだけ、なんどもなんどもめくっていたのだろう。


「なになに……『ルベア』か」


 オルドがマギア語で書かれた文字を読み上げた瞬間だった。


 自分の身体から微量の魔力が本に流れ込み、一陣の風が部屋中を駆け巡る。そしてその風圧に思わず目を閉じ腕で顔を庇ったオルドは、室内に何者かが出現した気配を感じた。


「……え」


 おそるおそる目を開けて腕をどかしたオルドが視たのは、襤褸をまとい、帯剣したスケルトンであった。いや、正しくは――。


「おお、ようやく我輩を呼んだな。久しぶりだ、ラウバー殿」

「……」


――襤褸を纏い、帯剣した『喋る』スケルトンであった。



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