魔神の曾孫
オルド・エネシールは落ちこぼれである。
底の見えない膨大な魔力。魔神と呼ばれたラウバー・エネシールの曾孫。冒険者や魔術師として名を馳せている祖父母や両親。それらを加味したとしても自他ともに認める落ちこぼれである。
いや、加味したが故に彼は落ちこぼれであると言えた。
何故か? 簡単だ。
彼には一切魔法の才能がなかった。
体内に眠る魔力は底知れないが、肝心な魔法が初級すら発動できない。冒険者育成のための学園――通称冒険者学園――の魔法科に通っていれば低学年でも行使できると言われているが、十七になっても満足に使えないのだ。
冒険者とは未開の地を探索したり魔物を討伐したり、あるいは『インフェロス』より渡って来た悪魔を狩る者たちのことである。当然、剣や魔法の腕が優れている者は重宝され活躍できる。
オルドにしたって初めこそその膨大な魔力と家柄で期待され、鳴り物入りでルスター王国冒険者学園の魔法科へ入学した。だが、今となってはお荷物以外の何物でもない。むしろ退学にならないのが不思議なくらいだ。
かと言って剣の才能があるわけでもなく、精々中の上程度。魔法は見限って専ら剣の腕を磨いてはいるが、剣士科の生徒には無論のこと歯が立たない。
いい加減居た堪れなくて学園を辞めたいところだが、魔神の家系が許してくれない。学園側だって、それが理由で退学にできない。いくら何でも魔神の曾孫を退学にしたとあっては、学園の評判にも関わるからだ。
つまり現在、オルドの人生は八方塞がりの状態だった。
「オルド・エネシール。お前に決闘を申し込む」
そんなオルドは学園に行くと毎日のように決闘を申し込まれていた。冒険者学園には順位制と決闘制があり、科ごとに成績が優秀な者から順位が付けられている。
そして立会人の元決闘を行い、成績下位の者が上位に決闘で勝った場合、両者の成績が入れ替わると言う仕組みになっているのだ。
当然、魔法の一切使えないオルドは魔法科では断トツの成績最下位。通常であれば決闘を申し込むのはオルドの方であって、他者から勝負を仕掛けるメリットはない。
なんせオルドに勝ったところで順位は変わらず、逆に負ければ一気に最下位に落ち込んでしまうのだから。
「また君か、セドリス」
ところが、オルドは実際に連日決闘を申し込まれるのだ。それも魔法科において同学年の首席、セドリス・リバーンと言う男子生徒にだ。
何故、戦っても何のメリットもないオルドに決闘を挑むのか。その理由は簡単だ。
セドリスはオルドを圧倒して彼を笑いものにしたいのである。
ある時は初級魔法だけで。
ある時は全校生徒の前で。
そして極め付きにはオルドが失神するまで過度な攻撃を加えることもあった。立会人が止めなければ、後遺症が残っていたかもしれない。
「断る。もう君とは戦いたくない」
そんな経緯もあって、以前まではその決闘を素直に受けていたオルドだが、先日からは断るようにしていた。
笑いものにされるのは許せても、さすがに半殺しにされるのは勘弁してほしい。
「今日も逃げるのか? 落ちこぼれめ」
「ああ。俺じゃ君に勝てないことはよく分かった。素直に逃げさせてもらうよ」
「生意気な口を利くんじゃねぇっ。決闘なんて関係なしに、痛めつけてやってもいいんだぜ?」
「おいおい、物騒だな……」
懐から杖を取り出したセドリスを見て、オルドは冷や汗をかきながら両手を上に挙げ降参の意を示す。
学園の規則で合意なき決闘は禁じられている。無論、私闘も禁じらており正当な理由なく相手に攻撃した者は罰せられる。
魔法科首席であることに誇りを持っているセドリスだ。自ら評価を下げるような真似はしないとはずだがそれでも怖いものは怖い。
なんせ戦いになれば、間違いなく負けるのはオルドなのだから。
「ちょっと、セドリス。またオルドに嫌がらせしているの?」
険しい目つきでオルドを睨み付けるセドリスの背後から、そんな非難するような声が上がる。
「エリー……」
セドリスの背後から現れたのは、赤い髪の毛が特徴的な少女だった。
オルドやセドリスと同い年にしては童顔で、身体も彼らよりずっと小さい。しかし見る者を不思議と笑顔にする、そんな溌溂とした女の子だ。
「エリーには関係ないだろう?」
「関係あるわよ。オルドは私の幼馴染なんだから。苛めたら許さないわよ」
「ちっ」
魔法科ではそれなりに成績が良く、また柔和な人柄から人望もあるエリーと事を構えたくないのかあっさり引いて去っていくセドリス。正直オルドはほっとした。
「ありがとう、エリー。助かったよ」
「いいの。セドリスってば、魔法の腕は確かだけれど保有魔力量に自信がないのよ。それであなたに嫌がらせするのね……それよりもオルド、いい物は見つかった?」
「え? あ……」
「もう、忘れてたでしょう?」
唐突なエリーの言葉に、オルドは一瞬何のことかと考える。そしてその表情が顔に出てしまったのか、彼を見上げるエリーの顔が一瞬険しくなった。
しかし、直ぐに何事もなかったかのように拗ねたような声音でオルドの事を嗜めてくる。
「覚えているよ。曾祖父が残した使えそうな魔具のことだろう? 探しているけど今のところ見つからないなぁ」
一瞬だけエリーの見せた鋭い眼差しに違和感を覚えながら、忘れていなかったふりをしてやり過ごすオルド。もっとも彼女の呆れたような顔つきを見れば、そのふりが見抜かれているのは明白だが。
「ちゃんと探しているの? あなたの曾お祖父さんが残した便利な魔具が見つかれば、セドリスにだって勝てるかもしれないのよ?」
「それは無理だと思うけど。でもまぁ、帰ったら本格的に探してみるよ、曾祖父の部屋」
「見つかったら教えてちょうだいね。私も興味があるわ、魔神が残した魔具の存在に」
魔力を宿し、特別な力を発揮する道具である魔具。オルドの曾祖父ラウバーはその魔具を創る優れた制作者でもあった。ラウバーが創ったとされる魔具はどれもが所有者に大きな力を授けるとされ、今でも高値で取引されている。
噂ではまだまだ残された魔具があり、冒険者や魔術師、好事家たちが躍起になって探しているとか何とか。
だからこそラウバーの部屋は調べに調べられ、祖父や両親も隅々まで家探ししたはずだ。オルドだって簡単にとは言え魔具探しをしたことはある。しかし新たな発見はなかった。
もう、自宅に残っている遺品はないと見ていいだろう。
だが、エリーはオルドに会うたびに魔具探しを勧めてくるし、このままでは一生言われ続けるかもしれない。
一度きちんと探して、それでも見つからなかったとすれば彼女も納得してくれるはずだ。
オルドはエリーとの約束通り、放課後にラウバーの部屋をあらためることにした。