月聖の君
「うらうらうらっ!」
「くっ!」
悪魔と悪魔の勝負は、片方が『真正解放』を果たしたことから防戦一方となっていた。無論、圧しているのは『真正解放』を果たしたアサグであり、圧されているのは『限定』状態であるルベアの方だ。
アサグの魔法や拳を剣を使って何とか防いでいるものの、防ぐのがやっとと言った有様である。
「『雷神の鉄槌』っ!」
頭上から飛来してくる雷を避けたルベアに対し、右手から振るわれたアサグの拳が顔にめり込む。
「ぐっ!」
吹き飛ばされた先にはアサグの放った火炎魔法が待ち受けていた。そのまま突っ込めばただでは済まない。
ルベアは吹き飛ばされながらも身体を反転させ、ぎりぎりで着地。襲い来る火炎魔法を躱してアサグに斬り掛かった。
「ふん、その身体でよくも粘るものだ。だがっ! 『水龍の射滴』」
「ガっ」
アサグの掌から射出された高圧の水が、ルベアの肩にあたって骨を削る。当たり所がもう少しズレていたら、肩から先を飛ばされていたかもしれない。
「ふん、私が『真正解放』さえすればこんなものか。先ほどの威勢はどうした?」
「……はっ!」
見下ろすように近づいてきたアサグに対し、ルベアは跳ね起きながら剣を振るう。だが、その一撃は読まれていたのかあっさりと躱され、逆にあばらに右の拳が突き刺さった。
「が、あ」
「諦めろ。今の私には貴様は勝てん。無駄な抵抗は見苦しいぞ」
「だ、黙れっ!」
優位に立っていたにもかかわらず、敵の策に引っかかってまんまと窮地に立たされてしまった。しかし、ルベアにしても簡単に諦めるわけにはいかないのだ。
何度も何度も魔法や打撃を喰らってボロボロになりながらも、ルベアは必死にアサグに喰らい付いた。だがついに、傷ついた身体の修復に少ない魔力を回さなければ生命を維持できなまでになってしまった。
やがてその魔力も尽きれば、ルベアは本当に死んでしまうだろう。
「ぐ、ぐぅ……」
疲労から立ち上がることすらできなくなったルベアに、アサグは嘲笑を向ける。
「くっく。最早立ち上がる事もできんか。だが、その弱体化した身でよく頑張った方だ。同郷のよしみ、だ。止めは刺さんでおいてやる」
地面に無様に転がるルベアから興味を無くしたように、アサグはオルドの方へと体を向けた。
「もっとも、貴様の魔力は風前の灯火。私が何もせずとも時期に力尽きるだろうがな」
「る、ルベア……」
倒れ伏すルベアにオルドが心配げな声を掛けるが、アサグがそのオルドへと歩み寄った。
「さて小僧。貴様は私の魔力回復のために使ってやろう。有難く私のために役立つといい」
オルドの身体へとアサグの手が伸ばされかけたが、素早くアサグは反転してオルドから距離を取った。
アサグとオルドとの間に、満身創痍のルベアが剣を振り下ろして立ちはだかっていたのだ。
「……ほう、まだ私と戦うつもりか? そんなに主が大事か? 健気な事だ」
「ち、がう。彼は吾輩の主などではない」
「ふん?」
「彼はただの、そう、ただの私の友だ」
「……ルベア」
「はっ! 友? たかが友の、それも人間の友人のために命を散らす? 愚かなっ! それではまるで人間だな。貴様は悪魔失格だ。よかろう、その人間の前で葬り去ってやる」
「くっ」
ルベアとゆっくり掌をかざすアサグ。おそらくは高位の魔法で止めを刺すつもりなのだろう。既に満身創痍のルベアに、その攻撃を防ぐ術はない。
「ルベアっ」
諦めかけたルベアの足首を、横たわったままのオルドが掴んだ。
「ルベア。俺の魔力を使ってくれ」
そして静かな声でそう囁いてきたのだ。
そんな事をすればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。アサグを『真正解放』させるほど魔力を消耗させたうえ、ルベアにも魔力を与える。それは――自殺行為だ。
「し、しかし、それではオルド殿がっ!」
「俺は魔力だけが取り柄だ。君のために、魔力をあげる事しかできない」
「無茶だ。アサグに吸われ、さらに我輩までお主の魔力を吸ってしまえば」
「いいから……頼む。奴を倒せるのは君だけなんだ」
「くっ」
覚悟を決めたオルドの声に、ルベアも覚悟を決めざるを得なかった。
「話はしまいか? ならば消え去れ」
アサグの魔法が完成し、掌に悪魔すらも存分に殺し尽せる魔力が集中する。だが、その力が解き放たれるよりも先に――
「ええい、もうどうなっても知らんぞっ!」
ルベアの覚悟が完成した。
その瞬間、オルドの身体からはありえない量の魔力が一気に消費される。それは、勝ち誇っていたアサグを引き攣らせるには十分な量だった。
「ば、馬鹿な。この魔力量は……」
ルベアから吹き上がる魔力が、アサグの掌から解放した高位魔法をあっさりと消し飛ばす。そしてルベアを覆い隠すように空間を捻じ曲げるていた魔力から現れたのは、白銀の髪に純銀のドレスを纏った美女だった。
「白銀の髪……純銀のドレス。そしてこの魔力量……ば、馬鹿なっ! 何故、何故こんなところにっ! 何故、人間の使い魔などにっ……」
「言ったはずだ、使い魔ではない。我輩は彼の友だ」
凛とした声音でそう言い放ち、ルベアは剣を掲げ上げる。
「ルベア……そうか、ルベアかっ! 貴様が『月聖の君』ルベア――」
「さらばだ」
たった一振りでアサグは消し飛び、グラウンドには巨大な斬撃痕が残る。
その余韻すら消えないままに、ルベアは倒れ伏したままのオルドへと近づいた。
「オルド殿」
アサグを倒したルベアがオルドの傍にしゃがみ込むとオルドの意識は既に薄らいでいるようだった。間違いなく死にかけている。
いかに魔力量に優れたオルドと言えど、アサグに次いでルベアにまで魔力を提供したのだ。無事でいられるはずもない。体内に残った僅かな魔力で命をつなぎとめているが、それも時間の問題だった。
「は、はは。すごい、や。魔力量には自信あったのに、ぜ、全部持ってかれた……」
「オルド殿。喋るな。手を」
「奇麗、だ。ルベア、君は美人だったんだね」
銀の髪と白い肌に、オルドは月を思い浮かべた。なるほど。だから「月聖か」と。
ルベアのひんやりとした手がオルドの掌を包み、オルドは安らかな気持ちになる。
そして妙な安心感を抱いて、眠りへと落ちていった。




