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ロスト・グリモワール  作者: 朝日がさん
18/20

真正解放



「ルベア、そっちは任せたぞ」


 オルドはルベアと似たような姿の悪魔の相手を同じ悪魔であるルベアに任せ、未だへたり込んだままの魔法科の生徒へ駆け寄った。


「大丈夫か?」

「な、何だよ、あれ。あ、あんな化け物、俺知らないよ……」

「悪魔だよ。いいから早く逃げるんだ」


 力のない声を出して、攻防を続けるルベアと悪魔を見つめる魔法科の生徒。彼をとにかく引き起こそうとするも、完全に腰が抜けているのか立とうとしない。


「おい、早く立ってくれ」

「む、無理だよ。腰が完全に抜けてるんだ。た、助けてくれよっ」


 魔法科の生徒は情けなくオルドに縋るような目を向ける。

 だが、引き摺って行こうにも、目の前の生徒はあまりに巨漢だった。別に筋力に優れていると言うわけではないオルドでは、どうやっても動かせそうにない。


「……やれやれ」


 オルドと生徒のやりとりを戦いながら見ていたのだろう、ルベアが迫って来た悪魔に掌底を浴びせて距離をとらせる。


「我輩が奴を引き離して時間を稼ごう。その隙に、そこな小僧を安全な場所へ」

「あ、ああ。助かる」


 吹き飛んでいった悪魔を追いながらそう言い、ルベアが時間を稼いでくれることとなった。


「ふん、人間などに肩入れするとは酔狂な悪魔だ」


 ルベアの狙いがオルドと自分たちを引き離すことだと知った悪魔が、嘲笑するように肩を竦めた。


「貴殿は人間を襲う事しかできない悪魔の面汚しだな」


 そんな悪魔に対し、ルベアはせせら笑うかのように指先を下に向け掌を見せる。その言葉を受け、悪魔は苛立ったように目をぎょろつかせた。


「なかなかどうして、口の方は達者のようだな。私の名はアサグ。『インフェロス』にて序列932位の男爵である。よもや貴様も位階持ちか?」

「だったらなんだというのか?」

「いや、グリモワールの制作者ラウバー・エネシールと言えば、高位の悪魔を数多使役していたと聞く。貴様もその類ではないかと思っただけだ。だが、ラウバーらしき者は近くにはおらんな。杞憂のようだ」

「……今の我輩はオルド殿の単なる師匠。たしかにラウバー殿は関係ないな」


 話を切り上げ、ルベアは拳を握りしめて一足飛びでアサグへと迫る。アサグは振るわれたルベアの拳を反転して躱し、その勢いのまま回し蹴りをお見舞いする、が。


「……ちっ、やはり一筋縄ではいかんか」


 アサグより鋭く入れられた蹴りを防いだのは、腰に差していた剣の鞘である。その事実を噛み締めるように、アサグは距離をとってから重々しく呟いた。


「貴様のような存在がいるのであれば、『限定召喚』などすべきではなかったな。脆弱な人間など、魔力なしでも支配できると思っていたが」

「どうやら貴殿は余程お喋りがお好きなようだ。ふむ、それが遺言のつもりであるならば、同郷のよしみである。聞いてやらん事もないぞ?」

「ほざけっ!」


 今度はアサグの方から殴り掛かってきたため、ルベアは腰元の剣を抜いて迎え撃つ体制に入る。


 自分も相手も『限定』状態だ。互いに魔力がなく魔法が使えないのであれば、武器を持っているルベアが断然優位だった。

 そのうえ、本来の実力差もある。油断をしなければ足元救われるなんて考えられない。ルベアはそう――油断した。


「『炎龍の砲声』!」

「なっ?」


 殴り掛かって来た腕を剣で斬り捨てようとしていたルベアに対し、握られていたアサグの拳が開かれる。

 そして、ありえないはずの魔法攻撃がアサグの掌から放たれた。


 ルベアはその一撃に対し、即座に核を見破って剣を振るう。だが、ルベアの剣が核に届く前に、アサグの魔法が小さな爆発を起こして視界が遮られる。


「しま――」

「まさか、あの召喚者と傍にいた女の微少の魔力が、こんな形で役に立つとはな」


 相手を見失ったことで不意打ちに備えたルベアに対し、アサグのそんな声は、遠くの背後から聞こえた。

 逃げたのかと一瞬考えたルベアは、だが、その声の方向を悟って戦慄した。


「オルド殿っ!」

 

 振り返るとアサグによって首元を掴まれたオルドの姿があった。


「う、くっ! は、離せっ!」


 オルドも必死で手足をばたつかせるが、悪魔であるアサグから体の自由を取り戻すことはできない。


「悪魔相手に人間の人質など通用するとは思えんが、魔力の足しぐらいにはなろう」

「オルド殿から手を離せっ!」


 ルベアが剣を振りかざしてアサグに近づくも、掴んでいたオルドを盾にされて振るうことはできない。


「くくく、よもや本当に人間が悪魔相手の枷になるとは。こいつは利用価値があるな、魔力は少しぐらい残して――あ?」


 オルドから魔力を吸い取ろうとしたアサグは、信じられないと言ったように目の色を変えてオルドの方を見た。


「この魔力量……こいつは、何だ?」

「オルド殿っ!」

「くぅぅっ!」


 アサグに魔力を吸い取られているのか、オルドが不快そうな顔つきで唸り声を上げる。ルベアが救出を測るも、アサグがオルドを盾にして牽制を続ける。


「ひ、ひぃっ! ば、化け物っ!」


 オルドが魔力を吸い取られている姿に恐怖したのか、今まで立ち上がることすらできなかった魔法科の生徒が、突然ねじが巻かれたブリキのように立ち上がった。

 そしてその体に似合わない俊敏な動きで、その場から駆け足で逃げだす。

 幸いな事に、アサグはその姿を完全に無視し、追わなかった。それ以上に、目を奪われることがあったのだ。


「くはっ! なんだこいつは。吸っても吸っても底が見えんっ! 信じられん。すごいっ! すごいぞっ」


 ルベアに対してオルドを盾にした冷静な牽制をしつつ、しかしその顔には狂気が浮かんでいる。


 アサグの身体に肉が、衣服が、そして魔力が次々に現れていき――そして。


「ふん、まだ息があるか。貴様は生かして私の所有物にしてやろう。その膨大な魔力があれば、いくらでも我が配下を呼び出せる」

 

 オルドの魔力を吸い取り完全な姿となったアサグは、彼を放り捨てた。


「あ、だ」

「オルド殿っ!」


 投げ捨てられたオルドに声を掛けつつも、ルベアは禿頭の大男となったアサグから一切目を離さなかった。

 肉体も魔力も万全。

 位階持ちである悪魔のアサグが『真正解放』を果たした。それは未だ『限定』状態であるルベアにとって、強敵となり得ることを意味しているのだ。

 余所見など、する余裕はなくなっていた。



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