悪魔を止めし者
グリモワールを盗んだ疑いのあるセドリスたちを探していたオルドとルベアだったが、突然ルベアが真剣な雰囲気で一定の方角を見た。
「どうした?」
「……あの小童、召喚を行ったな。何か、この世界に渡って来たぞ」
「え? 誰か分かるか?」
どうやらセドリスはさっそくグリモワールを使ってしまったようだ。悪魔がこの世界に呼び出されてしまったらしい。
仮にルベアの知り合いであればなんとか穏便にお引き取り願うように頼めないだろうか。
「……いや、この魔力に覚えはないな。真正召喚されたのであれば、この魔力量なら下級だ。だがあまりよくな邪気を感じる。急ごう、こちらだ」
ルベアがオルドの足でも追い着ける程度の速度で走りだしたので、オルドも慌てて追いかける。
しかし、二人のいた場所から悪魔の呼び出された場所か結構距離があったようで、辿り着くのに五分ほどかかってしまった。
そしてその五分の間に、悪魔は姿をくらましていた。
おそらくグリモワールを盗み出したであろう、エリーとセドリスを干からびた遺体へと変えて。
「……ひどいな」
二人が関わっていないと思っていたら、この遺体がエリーとセドリスのものである区別がつかなかったかもしれない。
それほど二人の身体は干からびきって別人のようだ。
「……これは魔力を吸われているな。どうやら呼び出された悪魔はわざわざ限定召喚されている……術者の魔力が足りなかったか」
「……そう言えばルベア。学校に来る前に呼び出される悪魔は基本的に『真正召喚』だって言ってなかったか? 何かの間違いか?」
「いや、その通り。基本的には『真正召喚』でなければ現れない。何故なら、『限定召喚』で現れた時のリスクが高すぎるからだ。決めごともないのに最初から『限定召喚』で現れる悪魔には、大抵ロクな悪魔はおらん。最初から召喚主を害する気満々な奴らばかりだ。こやつはどうやら、外れを引いたみたいだな」
ルベアは無残にも干からびた顔を晒すセドリスを一瞥し、吐き捨てた。
「なんにせよ、呼び出された悪魔を早くどうにかせねばな。このやり口を見れば、『真正解放』を狙っているのは歴然だ。犠牲者が増える」
「『真正解放』……朝、聞きそびれたけど、それって――」
「ああ、『限定召喚』でこの世界に現れた悪魔が、何らかの方法で、元の魔力を取り戻すことだ。奴の場合、この学園の人間どもを片っ端から襲い、魔力を吸い尽くすつもりなのだろう」
ここは冒険者学園。並み以上の魔力を持つ魔法科の生徒や教師がたくさんいるからな――そんな風にルベアは続けて嘆息した。
「我輩にとって、この学園の人間がどうなろうと知ったことではないのだが、それではオルド殿への心証に関わるからな。手早く処理するとしよう」
「……頼めるか?」
「無論だとも。こちらだっ!」
オルドの言葉に重々しく頷くと、直ぐに踵を返して駆け出した。オルドもそれに倣って付いていく。
「ひ、ひぃっ!」
「ちっ! ちょこまかと逃げやがって。魔力のある人間がたくさんいるのは良いが、その分、捕まえるのに手古摺るな」
セドリスたちの魔力を吸い取ったアサグは、真正解放を目指し他の生徒たちを襲っていた。
しかし、アサグの姿がスケルトンに目玉が生えた見るからに化け物な姿であるため、生徒たちは恐れからか直ぐに逃げ出し捕まえることができない。
本来の力があれば人間など造作もないが、限定召喚された状態では追いかけるのに一苦労だ。
「く、来るなっ! 『わ、我を邪なる腕より守れ! 水魔法――水龍の射滴』」
迫ってくるアサグに恐怖したのか、生徒の一人が立ち止まって魔法を唱えた。平均よりも肥満体な身体だ。おそらくはこれ以上走れなくなったのかもしれない。いずれにせよ、アサグにとって好機でしかない。
生徒の掌から高速で放たれた直線の水。
それはまともに当たれば人体をも貫通する怖ろしいほどの高圧水ではあるが、当たらなければ何の意味もない。
アサグは射出されたその水をあっさりと躱し、魔法を放つために立ち止まった生徒へと瞬時に迫る。
「ひ……」
「ふん、貴様も我が糧となれ」
すくみ上って身動きの取れない生徒の首に、アサグの白骨化した腕が伸びる。
だが、その瞬間――。
「やれやれ。意外と大したことのない小物で助かったな」
同じように白骨化した掌が、アサグの腕を掴みとめていた。
「……何者だ?」
明らかに人間ではない姿と存在感。
自分と同じようにスケルトン然りとしたその姿は、そのままスケルトンと言うわけでは無論あるまい。ただのスケルトンが喋るわけがなく、アサグの攻撃を止められるはずもないのだから。
「名乗りが必要な相手とは思えんな。どうせすぐ、貴殿とは死別することになる」
名を聞いたこちらに対し、返って来たのは傲慢にもそんな一言。思わず苛立ちを覚え、掴まれている手を取り戻そうと力を籠める、が。
「……なるほど、単なる身の程知らずでもなさそうだ」
引こうにも押そうにもピクリとも動かない自身の腕に、アサグは目の前の相手の手強さを悟った。




