狙い
「へぇー。それじゃあ、オルドが悪魔を呼び出したって言うのは本当なの?」
「ま、まぁ」
「すごーいっ! そんなこと、普通はできないわよ」
結局、エリーと一緒に昼食をとることになったオルドは、彼女のしつこい追及に悪魔が召喚できることを話してしまった。
もっともこの話はセドリスにも伝わっているし、昨日の決闘の場にいた生徒たちにも知れ渡っている。噂が広まるのは困るが、今さらその事を知るものが一人増えたところで問題はないだろう。
「エリーこの話は内緒にしておいてくれよ?」
「わかってるわよ。それで? オルドはどうやって悪魔を呼び出しているの? まさか陣を書いてるわけじゃないでしょう?」
「ああ、そんな知識、俺にはないからね」
通常、悪魔を呼び出す場合は地面や紙に召喚陣と呼ばれるものを書いて召喚詠唱を行う。そうすることで対象が陣の上に現れるのである。
ところが、オルドの持つ『ロスト・グリモワール』であればそんなものは不要なのである。グリモワールが媒介となって『インフェロス』へと召喚主の声を届かせ、そして呼びかけに応じた悪魔が近くに出現するという仕組みなのだ。
「陣を書いてないのであれば、魔具を使っているんでしょう? それは、魔神ラウバーの魔具なんじゃないの?」
「え? ああそうだけど」
「ひっどーい。昨日私には、何も見つからなかったって言ったじゃない」
「そ、そうだっけ? いやー、ごめんごめん。でもこれ、結構危険なものらしくて、あんまり人に見せちゃいけないらしいんだ」
ジト目で睨んでくるエリーに怯みつつ、オルドは弁明するように『ロスト・グリモワール』が入った手提げ鞄を軽く叩く。その様子に、エリーが一瞬だけ鋭い目でオルドの鞄を見た。
「……エリー?」
「へぇ。やっぱり、あなたの曾お祖父さんの魔具はすごいわね。私、感心しちゃった」
「まぁ、すごいけど、それだけ危険も伴うんだよ。エリーも興味があるみたいだけど、迂闊に近寄らない方がいいと思う」
「……そうね」
昼食を食べ終え後片付けをしていると、不意にエリーが眠たそうに欠伸した。
「ふー、ご飯食べたら眠くなってきたわね……」
そして伸びをするように、ゆっくりと両手を空へと伸ばした――その瞬間だった。
「オルド殿っ!」
今まで静かにしていたルベアがオルドを突き飛ばし、彼の背後に立った。
「る、ルベア?」
慌てて振り返ると、遠くの方から球状の火が飛んでくるのが見える。何者かがこちらに魔法を放ったのだ。
距離があったために、飛んできた火球は容易く構えていたルベアに掻き消された。しかし、決闘や実技以外で他者に魔法を向けるのはご法度だ。良くて停学、最悪即退学の上に罪を問われる場合もある。決して悪ふざけでは済まない。
「何者かっ!」
誰何するルベアに、声による返答はなく、代わりと言わんばかりに再び火球が飛んできた。
「ちっ! オルド殿、ここを動かれるなっ!」
「え? ああ」
あまりの事態に頷くほかないオルドを置き去りに、ルベアは火の球が飛んできた方へ向かって一気に駆ける。もちろん、途中で飛んできた火の球を切り捨てることも忘れない。その速さたるや、獣のごとくだ。
「……すごいわね、オルドの使い魔は」
「ああ。あの格好だけど、一応悪魔だからね。やっぱりそこらの冒険者とはくらべものにならないよ」
「そう。セドリスの言うとおりね……」
「え?」
急に低くなったエリーの声とその口から紡がれた名前に、オルドはルベアを見送っていた姿勢からエリーへと向き直る。
「『雷魔法――電竜の接吻』」
「――ぇあ?」
エリーから伸ばされた腕が向き直ったオルドの額に触れるや否や、突然目の前に火花が散った。そして目の前が真っ白になる。
「な、なにを……」
体が意思に反して前傾に倒れ込み、オルドの意識が急激に遠のいていく。
「ごめんね、オルド」
頭上から降ってくる無感情な声に、オルドは目だけでエリーを見上げる。
気を失う前に辛うじて目の端で捕らえた彼女の瞳は、ルベアの言うように知己に向けるそれではなかった。
「わ、悪かったよっ! こんなに怒るなんて思わなくて……俺は頼まれただけなんだっ!」
オルドとエリーを置いて駆けだしたルベアは、直ぐに魔法を放っていたと思われる男子生徒を捕らえ、壁に抑えつけて詰問していた。
捕らえられた男子生徒に抵抗の意思はなく、素直に自分が人から頼まれたのだと白状した。
「頼まれた? 一体誰に頼まれたのかね?」
「セドリスだよ。あいつ、昨日の決闘でオルドと仲良くなったから、低級魔法をぶつけて様子を見てくれって」
「低級魔法をぶつけて様子を見る? どういう意味かね?」
「いや、俺だって良く分からねぇーよ。でもセドリスが言うには、不意打ちは実践的な訓練になるし、低級魔法なら当たってもどうってことないからって……」
「それで間抜けにも君は、あの小童の言う通りにオルド殿に魔法を?」
「セドリスは魔法科の首席だぞ? 何か特別な訓練方法だと思ったんだよ。それに、お礼に俺の読みたかった魔術書を貸してくれるって言ってたし……自主訓練ってことで先生の了解もとったってっ!」
男子生徒の言う事に嘘やごまかしは無さそうである。男子生徒はセドリスに言われ、疑うことなくオルドへ魔法の攻撃を仕掛けたのだろう。
考えてみれば色々と不自然な点が思い浮かんできそうなものだが、セドリスだって馬鹿ではない。
おそらくはこの男子生徒であれば一切疑問を持たずに実行すると踏んで、彼にその事を依頼したのだ。
「昨日の復讐か? いや、オルド殿の傍に我輩がいるのだ。こんな低級魔法では傷一つ付けられないことなどあの小童なら分かるはず。第一、あの小童ならば己の手で復讐しようと目論むはずだ」
男子生徒を解放し、オルドたちのところへ戻りながら独り言を呟くルベア。セドリスの狙いが何なのかを考え、そしてふと思いいたる。
「……そうか、この魔法攻撃はオルド殿を害するためではなく、我輩と引き離すため――オルド殿っ」
つまりルベアはまんまと釣りだされ、オルドと距離を開けてしまった。セドリスの狙いがオルドなのであれば、この瞬間はまさに好機だろう。
間に合う事を祈りながら、ルベアは来た道を駆け戻った。




