webs unknown battle groud:なろう行動
陽が葉むらをすかし光線のように降り注ぐ中で、銀髪の少女は森の大樹の根元で意識を取り戻した。
『……トっ!!』
木々を伝う風に聴き慣れた声が混じる。
『セシャトッ!!』
神様の声だ。正式名、全書全読の神様。金髪碧眼の少年の姿をしているが、実はお菓子好きのお年寄りである。
「神様?」
セシャトはぷっくりとした艶やかな唇を開き、鈴がなるような声を出して、周囲に視線を巡らした。
が、金髪碧眼の神の姿はどこにも見えず、代わりに遠くで、悲鳴。
薄絹を裂くような女の悲鳴が……。
『この馬鹿者が。今すぐ逃げるのだ。死ぬぞ』
「あ」
『…らあら…とか言っている暇はない。まず合流するのだ。太陽を背に歩け。さすれば合流できるだろう』
「合流、ですか?」
『うむ。合流だ』
「神様は無事なのですか? 何やら物騒ですが」
そう、物騒なのである。ここは不思議の国ではない。
大樹の森。神様は神様だが姿は少年。腕力だって少年並みなのだ。ジンベエザメとか無駄にいかつい物をより代にしているが、実際の腕っ節はからっきし……。
こんなハードボイルドで不穏な空気は全く似合わないお方なのである。
『うむ。それは心配ない。死んでしまったからな』
「あらあら」
立ち上がり歩き始めたセシャトは、ちょっぴり上空を見上げた。白い歯を見せた神様の笑顔が浮かんでいるのかと思ったからだ。
『あれだぞ。どこぞの哲学者のように、神は死んだの死んだではないぞ。肉体が破壊され、よりしろとして……おーい』
セシャトは立ち止まった。
金髪碧眼の少年の遺体。首元から一筋の朱を流して、木の根に倒れこんでいる。
顔がこちらを向き、眼がえぐれて眼窩からこぼれ落ち……。
……。
肌色の手足が生えている。手の振り方が中々可愛らしい。
目玉のおや…もとい、目玉の神様になっても、愛嬌は健在だった。その水晶のように青い虹彩も。
「あらあら」
とセシャトは呟いた。
セシャトは目玉となった神様から事の顛末を聴く。
発端は中国サイトの一括コピー事件だったらしい。
実はあれは中国の古き邪神、『全書全毒の神』の仕掛けた罠だったそうだ。
「初耳です」
「ん?」
「全書全毒の神さまって、ご兄弟ですか」
「うむ。人類皆兄弟だろう。つまり、神は皆根源でつながっておる。つまりあやつは親戚のようなものじゃ。しかも物凄い性悪なのじゃ」
セシャトは想像を試みたが、髪を黒くそめた神様しか思い浮かばなかった。
「奴は性悪すぎての、古の昔、全ての神で奴を封印したのだが、違法工事で掘り出されて、甦りおった」
「あらあら。甦ると大変なのですか」
「うむ。奴は全署全毒の神じゃからの。全ての書物が有害指定図書に書き換えられてしまうのじゃ。少年ジャ○プならばゾロとサンジがシュウドウを歩む。桜木花道と流川楓はバスケそっちのけであっついぶっちゅうじゃ。全ての作品が崩壊する。小説家になろうはオールノクタ○ンじゃ」
ふと、セシャトの脳裏に『腐女子』という言葉が浮かんだが、言葉にするのは控えた。
全書全毒の神様は、神様を眼鏡っ娘に女装させたような外見なのかもしれない。
この想像の破壊力、邪悪加減に、セシャトの背はあわ立った。
「あらあら」
それでも気丈に彼女はいつものフレーズを繰り返す。
目玉の神様となった全(健全図)書全読の神様は、目玉だけで頷く。
「うむ。恐ろしい女神じゃ」
やっぱり女子でしたかあああああああー!!
と何処かのだれかがずっこけた気がしたが、そんなのは気のせいに過ぎない。
セシャトは目玉の言葉に耳を傾け続けた。
……要約すると、全書有害指定の神様は、中国のコピーサイトを使って、バトルロイヤルゲームのぱくりのぱくりゲームを開発させたらしい。
その名も、なろう行動。
先月から、小説家になろうとコラボしているゲームである。セシャトのフォロワーたちもはまっている。
本家顔負けのつくりこみ具合。多様なコスチューム。
なにより、1キルでブクマが1増え、優勝すると評価ポイントがなろうに加算されるという、なろう魂をくすぐる、邪道な仕様なのだ。
これに多くの作者たちが飛びついた。
もちろん設定を変えるだけで、ポイントリンクは解除できる。普通に遊ぶことも可能である。
セシャトも神様と一緒に遊んでみた。
2人で拾ったメリケンサックで散弾銃に立ち向かい、見事に瞬殺されたのは良い思いでである。
が、実はそれは腐女子の神の罠であった。
なろう行動の熱気は、電子サーバーに蓄積され、臨界を超えると、利用者の魂の70パーセントを強制召還するのである。
「あらあら。日本中大騒ぎですか」
「3割は残っているからな。平和は保たれておる。が、いかんせん3割じゃ。みな上の空、事故も多発しておる。セシャト、お前は紅茶に練りからしマヨネーズを溶いて飲んでおるわ」
「あらあら」
と平常を装いつつも、彼女は戦慄した。
しかも、である。このままの状態が続くと、日本中の魂が『全て』このなろう行動の世界に集められるらしい。
そして腐女子の世界は改変されるのだ。
「世界はどうなってしまうのですか」
「まず。そうだのう。不思議の国は、お菓子の国に改変させられる。セシャト、お主は美白にさせられて、髪は水色超ロングツインテールで毎日ライブをさせられるじゃろう。そこに……」
セシャトは思わず神様を強く握った。
神様は潰れかけた。
「死ぬわ!! また死んだら今度こそ消滅するわ!!」
叫ぶ髪。褐色の肌を青ざめるセシャト。
ひたあやまりの彼女に、神様は使命を告げた。
まずはこの世界を制覇しなければならない。
メリケンサック1つで全ての敵をなぎ倒す。
倒された敵の魂は現実世界に戻る。
ここで死ぬと消滅するのは、神さまと、神の被造物、セシャトのみ。
「そう焦るでない。お前にはメリケンサックがある」
優しく肩をたたく、もとい、肩の上でジャンプする神様。目玉だけになっても優しさは変わらない。
思わず微笑んだ時。
視線を感じた。
怜悧な瞳から発せられる、射るような眼差し。
女性であった。上司とのやりとりに疲れていそうな、ちょっとストレスが肌にたまった若い女性。
セシャトは足を止め、お互い睨みあいながら、時計回りに円を描く。
女性は太陽を背負ったとき足をとめた。仁王立ちから、ゆっくり腰をかがめて、拾ったのは……。
木の枝。
セシャトは眼をこらした。何を考えているのか、確かめたかったからだ。
陰になる顔。上目遣いの眼だけがぎらついている。
「佳穂一ニ三じゃ。気をつけろ。いつものあやつではない。なろう行動の狂気に毒されているのじゃ」
はい、と答えようとした刹那、獣のような咆哮が轟いた。
やせぎすの男が、佳穂の背後から突如現れ、分厚い辞書を斧のように振りかぶったのだ。
セシャトは眼を覆いたくなったが、目玉だけで瞼がない神様は、ちゃんと見ていた。
「一ニ三(イーアールサン!!)」
一突きであった。その一突きで、男の左右の目玉、及び喉が貫かれる。
それは、木の枝によって。
そう。実は佳穂一ニ三の真の名は、かほひふみではない。もちろん、かほいちにさんでもない。
真実の名前は……。
かほ いーあーるさん
であった。中国語である。彼女が中国史に惹かれるのも無理はない。名前からしてそうなのだから。
「あの男は……柿崎巴。辞書使いじゃの。創作者を酷評で突き落とし、実験体としてデータを取る手練るじゃが、瞬殺。おそるべき技量じゃ」
巴さん?
とセシャトが眼をあけると、絶命し地に崩れすみの男の死体は、光の粒子となり、大気に広がり、消えた。
「死んだわけではない。魂がもどったのじゃ。今頃カップラーメン海鮮塩でもすすっているだろうよ。ホットコーラで作った代物じゃから、謎の味に悲鳴をあげるだろうが、舌を焼けどするくらいじゃ。それより、気をつけるのじゃ。くるぞ!!」
佳穂の踵が大地を蹴った。
一瞬でつめられる距離。
両目と喉を貫いてくるのはわかっていた。
「イーアールサン!!」
響く佳穂の気合。
セシャトは右の上腕で両目を防ぎ、左の拳で喉をかばう。
が、貫かれる。
腕も、拳も。
バックステップ。
拍子にバランスを崩す。
尻餅をつきかけるところに佳穂が、逆手にもった枝を振り下ろしてきた。
体を横に転がしてかわす。
佳穂に振り下ろされた木の枝は、大地に激突し、砕けちった。
「むぎゅう」
潰れた蛙のような神様の声。間がぬけているが、苦しそうだ。
セシャトのお腹の下で、神様が潰れかけていた。
「大丈夫ですか? 神様」
「甘いものを食べすぎじゃ。肥ったな、セシャト」
「余計なお世話です」
言いつつ、神様を肩にのせて、セシャトは立ち上がった。
木の枝は砕けた。
佳穂に武器はない。状況はセシャトと神様の圧倒的有利……でもなかった。
怜悧なる瞳に狂気を宿したまま、佳穂はかたわらの巨木に抱きついた。
「な」
「あらあら」
佳穂が試みることが、不吉の直感となって、神と被造物の少女を戦慄させる。
そう、佳穂はコアラのマーチの獣のコスプレをしたいわけではなかった。
大木にしがみつき、腕力と背筋の力をもってさば折りにしたのである。
響く野太い破砕音。
それは絶望をはらんでいた。
木の枝を佳穂は武器とする。
枝は『木だったもの』だ。
折られた大木の幹も、『木だったもの』である。
つまり、この大木の巨大は、なろう行動の魔力、腐女子の眼鏡っこの女神に魅入られ、狂気の戦士と化した佳穂にとっては、『木の枝』に過ぎないのだ。
実際彼女は構える。
槍投げを彷彿をさせる。
「まずい、の」
「あら……あ、ら」
「イーアールサン!!」
大木の一突き三連撃。
それは大砲であった。
森の地に、3本の真っ直ぐで巨大な爪あとを残す。
が、横に飛んだセシャトはぎりぎりかわしていた。
白ワイシャツの上の黒ベストは吹っ飛んでいたが、まだワイシャツは残っている。
つまり放送コードには全くひっかからない。
この時点で、腐女子の女神の魔の手から、まだ少女は守られていた。
遠くでずん!!
という音がする。
佳穂の手からすっぽ抜けた大木が、遠くの山肌に激突、砕け散ったのだ。
恐るべき膂力。
佳穂はなろう行動なんかすぐに止めて、オリンピックを目指すべきだと、神様は思ったが、もちろんセシャトはそれどころではなかった。
目の前の敵が、別の木にコアラのマーチのポーズを取っている。
ニ撃目がくる……!!
「まずいのう」
そう、まずいのだ。佳穂も学習している。今度は、逃げる方向に向かって、一ニ三!! を放ってくる。
小説で分かる。彼女はとても賢い。狂気の戦士となった今も、その聡明さは健在なのだ。
「……健在? 神様! 案があります!!」
小さく叫んでセシャトは、拳からメリケンサックを外した。
※※※
戦士・佳穂の視線は、銀髪の女をとらえていた。
みしりと木が悲鳴を上げる。
一旦木皮にひびが入れば、後はたやすい。
次は当てる。角度を低くして、大地ごと削り取る。
そう決めていた。
敵は滅するのだ。
と、肩にとん、と何かが乗った。
青い虹彩の目玉。
目玉がメリケンサックを振り回して、攻撃……はしてこない。
サックを掲げて片足でくるくると回っている。
バレリーナ。バトン。
- ………。-
頭痛がした。忘れていた何かが、記憶の奥底から首をもたげる。
とん、と目玉は大地に飛び降りた。
佳穂を一度見上げて、またくるくると踊り始める。
銀髪の女も踊り始めた。
目を伏せ、両腕で優雅なる楕円を形作り、楽しげに踊る。
その表情は穏やかで、慣れ親しんだツィッターのアイコンそのものであった。
彼らは楽しげに舞う。
それは楽しげながらも、完璧なる舞踊。
そう、舞踊だ。
佳穂が魂を捧げた作品。
その作品の中で、サクは踊った。
魂。
- ワタシノ、タマシイ、ハ……-
それは一瞬の隙であった。
創作というものに、凶戦士の佳穂の魂が一瞬引かれた時※、つまり力がゆるんだとき、セシャトが佳穂の横に駆け寄った。
佳穂の髪をむんずとつかみ、前屈みにさせるセシャト。
すかさず佳穂の頭を自身の股の間に正面から挟み込む。
そのまま凶戦士の胴体を両手で抱え込み、腕を佳穂の、へそのあたりでクラッチ。
体を一気に天空に向かって、垂直に持ち上げながら、勢いよく尻餅をつく。
パイルドライバー。
佳穂の頭部は、真下のメリケンサックに打ちつけられた。
ぐしゃりと潰れる音。
めり込むメリケンサック。
「あ、っぶないのお!! 潰れるところじゃったぞ!!」
叫ぶ青い目玉の神を傍目に、セシャトは光の粒子となって消え去る戦士に見入った。
力なく白目を剥く佳穂の腕は、ぴくぴくと動きながら、くの字を作っていた。
そう、彼女も、セシャトたちと舞を踊りたかったのかもしれない。
もし、機会があれば。
お菓子の国ではなく、不思議の国として守られたあの店で……。
セシャトは佳穂と手を取り合い、ダンスを踊りたい、と思った。
※現実世界の30%佳穂一ニ三は、婦好とサクのどエロレズ物を虚ろな瞳でpcにカタカタしていた。
セブンのアタリメを緩く口の端にくわえる姿は、酷くすれっからした感じであった。
が、普段はコミュ力の高い文学女子なのである。誤解されぬよう。
後、セシャトは力尽きたが目玉の神様が頑張って、独力で腐女子の女神を倒したので、世界の平和は守られた。