表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛鴨  作者: 山本 宙
2章 P.S.帰ってきてよ
8/70

8話 優しくないわ

寒さを感じる風は部屋の空間を小さく踊っていた。


窓、扉を閉め切っていても、寒いのは辛い。


ポットで水を温めて、簡素なコーヒーを作る。こだわりはない。

太陽が昇り始めた時間は、開き切っていない目を覚ましたい。


コーヒーはカフェインが含まれていて目が覚めるんだよ。

だなんて本当かどうかよくわからない。

作用の実感は無くても毎朝コーヒーを飲んで出発をする。



藍野の周りには急に女性という生き物が囲むようになった。

藍野はいつしか出会いを、愛情を求めるようになった。

毎日の習慣はほとんど決まっていて仕事に熱が入っていても、帰っては一人になる。

一人の時間は居心地よく思えることがあっても、孤独で寂しく思えることもある。

何かあたたかいもので包まれたい。

冬の時期なんて特に寒いと感じて、藍野を包み込むものは毛布だった。




そして藍野は神奈川駅にいた。

「おはよう。藍野君」

ヘイヘイが背中越しにポンと肩を両手で叩いて話しかけた。

「日本の正月は過ぎましたね。何していましたか?」

明るい表情は太陽に照らされて真っ白な肌を輝かせた。藍野も愛想よく笑顔で返す。

「お餅を食べたよ。お餅おいしかった」


日本の文化を語るほど立派な人間ではない。

だけど日本の風習をヘイヘイに言ったらどんな反応が返ってくるのだろうか。

お餅を食べたなんてごく当たり前の会話でも、ヘイヘイの顔がどうなるのか、じっと眺めたくなった。



「正月はお餅ね。私のふるさと中国にも正月のようなイベントがあるわ。その日に食べるのは焼き餃子かな」

祝い事はどこに行ってもあるのだろう。

どこの国もイベントごとは過ぎてしまうと何事もなかったかのように商店街や駅近くは閑静になる。


静かな街も悪くない。

ゆっくり散歩をしながら二人は何気ない会話をしていた。

「私、行ってみたいところがあるの。」

「行ってみたいところ?」

「ここからとても遠いの。郡上八幡に行ってみたい。郡上八幡は知っていますか?」



藍野はキョトンとした。行ったことないのは当然だが、聞いたこともない。

「郡上八幡ってどこにあるの?」



藍野は知らないことを恥じらいながらもヘイヘイに聴いた。

「ん~、はっきりわからないけど、とにかく遠いですね」


ヘイヘイは曖昧な情報を頼りに藍野に話していた。

しかし、藍野にスマートフォンの画面を見せつける。

「この景色を見たいの!」

大きく声を張って気分が高まっている。

藍野がスマートフォンの画面をのぞき込むと、そこには一面に広がる激流の川の水が載っていた。


激しく流れる川は美しいというよりも、迫力ある景色だった。

藍野も画面をしばらく見入ってしまう。

「ねぇ、すごいでしょ。こんな景色を見てみたいのよ」


「素敵な1枚の写真だね。郡上八幡を今度調べてみるよ」


スマートフォンで検索をかけるのは後にした。

それよりもお腹を空かしていて何か食べたい気持ちが膨らんでいた。

二人は寿司屋に入って食事をとることにした。

席は満席状態で、入り口近くの席についた。お品書きは達筆な文字で、寿司のネタが思い浮かびあがってくる。



藍野は注文したマグロを頬張りながら湯呑を眺めた。

抹茶の香りがほのかに香る。

寿司屋には東京に住むようになってからは一人で行く店になっていた。

湯呑を眺めるのは今まで一人通っていた時と変わらない癖だが、隣を見るとヘイヘイがいる。

藍野にとって落ち着く時間が絶え間なかった。

「お寿司おいしいですね。」

へいへいも注文した寿司を食べる。

「今日は僕のおごりだからいっぱい食べてね。」

藍野がそう言うとヘイヘイは目を細めた。

「あなたは彼女じゃない私にお金を払う。少しおかしいわ」

「え?」

どうしてそのようなことをいきなり言うのか。

不思議な気持ちになったが、ヘイヘイは続けて言葉にする。


「私も楽しみで来ているの。お金は私も出したいの。お金を払うあなたは何だか優しくない。この時間を大切にしたいから、分かち合いましょう」


お互いが少し沈黙になった。

ヘイヘイが言おうとしていることは何となくわかった。

そこまで言われると分かち合うべきなのだろうか。

「ねぇ、あなただけ気持ちを満たさないで。私の気持ちも汲み取ってね」


国籍が違うのに難しい日本語を駆使して説得するヘイヘイは賢くも心強く思えた。

その言葉の通り、ヘイヘイは強い心を持った女性、気の強い女性でもあった。


「わかったよ。ところでヘイヘイは何の仕事をしているの?」


お金を持っているのかと疑問に抱き、今まで聞いていなかった仕事のことを質問した。

「私の仕事はバー経営です。3店舗の店を営んでいるの」


それを聞いて驚きを隠せない。

中国から日本に来てそこまで仕事をこなせるなんて驚くしかない。

藍野はおしぼりを持って意味もなく自分の頬を撫でた。


「バー経営・・・」


「藍野君、私は普段バーで店員もするの。今度店に来てね」

店の場所を教えてくれたヘイヘイ。藍野は今度店に行ってみようと素直に思った。

「ありがとう。行くときは連絡するね」

「うん。私が藍野君に美味しいお酒をプロデュースしてあげる。そのかわり、お金払ってね」

奢りは無し。

店を経営すると、優しさはそこに無いということか。


ヘイヘイの大事にするところがわかった気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ