69話 愛しています。鴨さん
「ねぇ、亮介。久しぶりにどこかにお出かけしない?」
食器を洗いながら亜子が藍野に話しかける。
ソファーに座ってテレビを観ている藍野が亜子の方に顔を向けた。
「お出かけしようか。どこか行きたいところはある?」
「ん~、亮介は?」
「そうだな。フライボードで遊んでみたい!」
意外と返事が早く返ってきた。
しかも、亜子にとってあまり聞きなれないものだった。
「フライボード?何それ?」
亜子が頭を抱える。
空を飛ぶ遊びだと直感したが、
藍野に詳しい説明を求めた。
「フライボードって言うのは水圧で上に上がって、水上を駆け巡るスポーツだよ」
楽しそうに話す藍野。
それを聞いて亜子は一瞬沈黙の状態になったが・・・。
「楽しそうね!!私、それ今すぐやりたい!!!」
亜子も楽しそうと思ったら、すぐにやりたがる人間だった。
「よし、そうと決まったら準備をしよう」
この二人はとても楽観的で、決め事も意外とすんなり決まってしまうようだ。
場所も多少遠くてもあくまでも楽観的に向かう姿勢で、
遊びにはどうやら苦が無いようだ。
「行先は湘南だ!!行こう!」
「イエーイ!フライボード!!」
二人は湘南にたどり着いた。時間は昼間で丁度運動するにはもってこいの時間だ。
「ところで、亮介はこのスポーツやったことあるの??」
「いや、無いよ。全然・・・」
亜子は満面の笑顔から、苦笑いへと変わっていき、不安に包まれた。
「大丈夫だって!楽しいに決まっているのだから!」
何の根拠もない言葉だが、亜子はその言葉をただ頼るしかなかった。
いよいよ体験の時・・・。
二人は水着でライフジャケットを羽織った。
見たこともないボードなどの道具一式は
インストラクターに言われるがまま、身体に装着した。
少し緊張している亜子の顔を見て藍野が声を掛ける。
「安心しろ。俺がいるから」
その瞬間の藍野の顔は亜子にとって、ひと際たくましく。そして大きく亜子を安心させた。
フライボード、やってみれば二人はとても楽しんでいた。
水辺に落ちる。水辺から飛び出す。
言葉は歓声。言葉は悲鳴。
そして二人は水上を飛び回った。
ぐるぐると回り、格好を気にしない腰引けの藍野は
亜子から見て愛らしく思えたりした。
「あなたは鴨?」
亜子が冗談を藍野に飛ばす。
「僕は藍野亮介だ!」
インストラクターを気にせず二人は言葉を交わす。
「うるさい!亮介は鴨――!!」
「くわ、くわー!」
笑い飛ばして藍野は勢いよく水辺に向かって落ちた。
水がはじける音。
ケラケラと便乗して笑う周囲の人。
・
・・
・・・。
「愛しています。鴨さん」
そう誰にも聞こえない小さな声で亜子が囁いた。




