67話 ヘイヘイと心美
「あら、いらっしゃい」
扉を開けると店長が心美を出迎えた。
「決断できたのかしら?」
「はい」
運命を大きく変わる決断の時、
心美は人生の分岐点だとも思った。
突然のオーナーの話。
幾度となく押し寄せてくるプレッシャー、まだオーナーになったわけでもないのに
言い渡しがあってから常に思い悩んだ毎日だった。
「さぁ、返事は私じゃなく、オーナーに直接言ってちょうだい」
そう言って店長は、心美をパソコンの前に座らせた。
「ここでいいのですか?」
少しためらった表情で、心美は店長を見た。
「そうよ、butterflyのオーナーであるヘイヘイは今、中国にいるの。だからビデオ通話で繋げて談話してもらうわ」
「そうですか・・・」
緊張しながらも心美は息を大きく吸って、冷静を保った。
「それじゃあ繋げるわよ」
「はい」
パソコンの画面が接続を知らせる。
そして画面に映ったのはヘイヘイの顔だ。
「どうも、はじめまして。Butterflyのオーナーのヘイヘイです」
「はじめまして!林原心美です!」
心美は緊張で言葉がカタコトになっているが威勢よく挨拶をする。
「元気な方ね。話は店長から聴いているわね。林原心美さん」
「はい」
ヘイヘイはオーナーの推薦を店長に任せた経緯を話す。
「今、butterflyは私が不在の中で運営しているわ。当然、そんなの時期オーナーが決まるまでの繋ぎでしかない。今いるメンバーで、できる範囲の仕事を任せているの。だけどね、人材不足なの。皆、バイトで雇っている人たちで、残念ながら店舗の責任を担える人がいないわ」
固唾を飲んで心美は話を聞いていた。
「そこで私は、あなたが働いていたお店である【Natural】の店長に人材がいないか伺ったの。【Natural】で私は下済み生活をしていて、店長には当時お世話になったのよ」
Naturalとは心美が働く店の名前。そして、店長とヘイヘイの過去を初めて聞いた心美だった。
「店長が推薦するあなたは本物だと私は信じている。あなたと私は同じ道を歩んでいるに違いない。だけどbutterflyのオーナーは仕事が多くて大変なのよ。心美ちゃん、できるかしら?」
心美は横で話を聞いていた店長の目を見つめた。
私なんかで本当に大丈夫なのか。心配な気持ちが募る。
不安そうにする心美を、店長は微笑んで声を掛けた。
「心美ちゃん、あなたならきっとできるわ。私がそう思うのだから間違いないわよ。自信もって!」
そう言って店長は心美の背中をポン!と叩いた。
心美は画面越しにヘイヘイに訴える。
「私はbutterflyのオーナーを引き継ぎます。全力でやります!」
ヘイヘイの顔がにこやかになったのが、画面越しでも分かった。
「その心意気よ。業務の引継ぎはビデオ通話でやるわ。心してね」
心美は大きく頷いた。
いよいよ心美がbutterflyのオーナーとなった。
右も左もわからない状態から、バー経営をする。
前代未聞かもしれない。それでも挑戦しようと思えたのは
店長の後押しがあったからだ。
心美はさらに大きな決断をした。
脱サラして、バー経営一筋でやっていくと。
大きな期待を背負って心美は挑戦する決心をした瞬間だった。
「ところで心美ちゃん、私がもう一つ経営しているLove Duckというお店があるの。その店は私がいなくても問題なく、運営できている店なんだけど、一度足を運んでちょうだい。そこで合鴨料理をご馳走してもらうといいわよ」
「Love Duck?合鴨料理?」
「いいから、行き詰ったりしたらそこに行くとリセットできるわ。和やかで心が落ち着くわよ。しっかりと鴨肉を食べなさい」
ジョーダンで言っているような気もしたが、
何だか心の支えにも感じる一言だった。
心が落ち着く店って言うのは本当の事だろうと直感した。
「私の開店1号店よ。色々とヒントもあるかもしれないし、必ず足を運ぶのよ」
それが最後の言葉となった。
「よく腹を決めたわね、さすが私の愛弟子ね」
店長の言葉も心美を大きく包み込んだ。
Naturalは定休日。それでも夜中まで、テレビ通話をしていた。
本当に長く感じた時間だった。
Naturalの外は真っ暗な空間に包まれていた。
その中で光り輝く月はとても綺麗だった。




