56話 末期
テンテンが目の前のコップを眺める。
その光景を見て藍野は深刻さを感じていた。
なぜ、そのような冷めた顔で呆然としているのか・・・。
何かあったに違いない。しかし、それほど心ここにあらずとも
感じさせる姿はかわいそうでならない。
藍野からしてみれば、テンテンがLove Duckで大暴れしてきた過去を
全く知らない。
藍野にとってLove Duckは特別な場所。
貴重であり、心のよりどころである。
そんなLove Duckを潰しにかかっていたテンテンが
出所してきて早々、Love Duckにきて席に座っている。
そんな状態は店長、亜子からしてみたら恐怖でならない。
テンテンの口が小刻みに震えていた。
震わせながら藍野に語り掛ける。
「俺はこの店に悪いことをした・・・ヘイヘイにあわせる顔もない」
「過去に何かあったのですね」
藍野はテンテンの助けを救うように会話を始めた。
「俺はどうしようもない現実から逃れたいがために、悩んでいた。しかし、何をしたらよいかわからず、とにかく混乱が収まらなかったんだ。そして・・・多くの人を傷つけていた。」
「具体的に何を?」
テンテンの話は漠然としており、何を言いたいのかわからない・・・。
胸襟を開いて話してほしいと藍野は思った。
歯を食いしばりながらテンテンが話す。
「この店もろともぶち壊そうと思って・・・とにかく目の前が真っ白だったんだ」
「もろとも?あなた自身も追い込んでいたのですか?」
テンテンが涙ながらに頷いた。
大男が涙を流しながらうつむく姿は異様だった。
「いったいあなたの身に何があったのですか?」
藍野が率直に聞く。
「私は末期だ。医者にもうすぐ死ぬと宣告された。それからだ・・・。私がおかしくなってしまったのは・・・」
その言葉はLove Duckの人間にとって初めて聴くテンテンの心境だった。そして命が残りわずかしかない現状を誰も知らなかった。
亜子が会話を聞いていて、衝撃を受け会話に割り込む。
「それ!!ヘイヘイさんも知っているのですか!?」
テンテンが首を横に振った。
実の妹であるヘイヘイも知らなかった。
寿命が残りわずかと宣告されて、テンテンは重い現実を受け止めることができなかったのだ。そして誰にも話すことができなかった。
「そんな・・・どうして誰にも言わなかったのですか・・・」
一番辛い思いをしているのはテンテンだ。
しかし、話を聞いていた藍野と亜子は同情する以上に、
同じ苦しみを感じているかのようだった。
それはヘイヘイの存在がそうさせたのかもしれない。




