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愛鴨  作者: 山本 宙
8章 空飛ぶ鴨
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56話 末期

 テンテンが目の前のコップを眺める。

その光景を見て藍野は深刻さを感じていた。


なぜ、そのような冷めた顔で呆然としているのか・・・。

何かあったに違いない。しかし、それほど心ここにあらずとも

感じさせる姿はかわいそうでならない。


藍野からしてみれば、テンテンがLove Duckで大暴れしてきた過去を

全く知らない。


藍野にとってLove Duckは特別な場所。

貴重であり、心のよりどころである。

そんなLove Duckを潰しにかかっていたテンテンが

出所してきて早々、Love Duckにきて席に座っている。


そんな状態は店長、亜子からしてみたら恐怖でならない。


テンテンの口が小刻みに震えていた。

震わせながら藍野に語り掛ける。


「俺はこの店に悪いことをした・・・ヘイヘイにあわせる顔もない」


「過去に何かあったのですね」

藍野はテンテンの助けを救うように会話を始めた。


「俺はどうしようもない現実から逃れたいがために、悩んでいた。しかし、何をしたらよいかわからず、とにかく混乱が収まらなかったんだ。そして・・・多くの人を傷つけていた。」


「具体的に何を?」

テンテンの話は漠然としており、何を言いたいのかわからない・・・。

胸襟を開いて話してほしいと藍野は思った。


歯を食いしばりながらテンテンが話す。

「この店もろともぶち壊そうと思って・・・とにかく目の前が真っ白だったんだ」


「もろとも?あなた自身も追い込んでいたのですか?」


テンテンが涙ながらに頷いた。

大男が涙を流しながらうつむく姿は異様だった。


「いったいあなたの身に何があったのですか?」

藍野が率直に聞く。




「私は末期だ。医者にもうすぐ死ぬと宣告された。それからだ・・・。私がおかしくなってしまったのは・・・」


その言葉はLove Duckの人間にとって初めて聴くテンテンの心境だった。そして命が残りわずかしかない現状を誰も知らなかった。


亜子が会話を聞いていて、衝撃を受け会話に割り込む。


「それ!!ヘイヘイさんも知っているのですか!?」


テンテンが首を横に振った。

実の妹であるヘイヘイも知らなかった。


寿命が残りわずかと宣告されて、テンテンは重い現実を受け止めることができなかったのだ。そして誰にも話すことができなかった。



「そんな・・・どうして誰にも言わなかったのですか・・・」

一番辛い思いをしているのはテンテンだ。

しかし、話を聞いていた藍野と亜子は同情する以上に、

同じ苦しみを感じているかのようだった。


それはヘイヘイの存在がそうさせたのかもしれない。



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