44話 同棲 section5 缶コーヒー
「結婚を考えています」
突然の拓斗からの告白は藍野の脳裏を叩き潰す。
「結婚だって!?」
表情が大胆なほど大きく開いたように伸びた。
それは戻すのも困難と思えるほどに。
開いた口が塞がらない。
「相手は林原心美さんか?」
以前から社内恋愛をしている相手である女性の名を
あげて問いかける。
「そうです・・・」
藍野はずっと拓斗を応援してきた。
そして、心美の貞操が脆く拗れていることも知っている。
ただ、しばらく拓斗の相談に時々付き合っていると、
その心美を許す拓斗の姿もずっと見守っていた。
「そうか、拓斗なら幸せにできるぞ」
「そうですかね・・・」
藍野の発言は上っ面の言葉ではなかった。
「そりゃ、拓斗の心の広さと言ったら驚いたもんだよ。心美さんは拓斗についていくべきだと思うよ・・・」
心美は水商売をして何人かの男に貢いでもらっている。
それは知っていた。
それを心美本人から打ち明けられても拓斗は全て受け止めた。
心美にふりかかっていた宿命は、すべてお金の問題だった。
「お金が必要」
それは彼女の口から出てきた重たい言葉。
滝のように降りかかってくる水のように、
心美は借金に追われていたのだ。
毎日が苦痛で、貢いでくれる男は何人かいても、
心を許すことができなかった。だれも信用できないまま今まで生きてきた。
そこに現れたのが拓斗だった。
拓斗の言葉が・・・
拓斗の笑顔が・・・
拓斗の温もりが・・・
心美の心を救っている。
客観的に見た藍野でも、
二人の関係は切っても切れない関係のように思えた。
それは拓斗を見て思った。心美を守りたいという強い志しが、
垣間見えるのは普段からの付き合いでも伝わってきたのだ。
「二人ならどんなことでも乗り越えていけそうだね」
そう言って藍野は缶コーヒーを飲み干した。
「藍野さん、これからも色々とお世話になるかと思います。よろしくお願いします」
「もちろん」
二人は壁にもたれて上を向く。
オフィスを繋ぐ廊下の天井は低かった。
だけど、未来を想像すると、どんな場所でも偉大な空間に思えたりもする。
「ここの休憩所で、どれだけ藍野さんに恋愛相談したのだろうか。それにLove Duckでも閉店間際まで話し合いをしたものです。ここまで自分と向き合えたのは、藍野さんが励ましてくれたからだと思います」
「十分に拓斗は強いよ。何があっても心美を離さない。そんな気がしてならないよ」
「ありがとうございます」
二人は休憩時間ギリギリまで話をした。
缶コーヒーを飲み終えても・・・。




