36話 発展を求めて
束の間の休息は仕事を終えた後の食事だ。会社の人と一緒に食べる時だってあるだろう。
その場では仕事話が大々的になる。
共に意見を出し合って、今後の仕事に対しての考えを持ち込んで論争したりもするだろう。
酒の場であればコミュニケーションを飲みにケーションと銘打って、
ともあれ楽しい時間にしようと皆で盛り上げていく場になる。
そして、藍野とヒデの二人なるとお互いの話は仕事ではなく、当然のことのように恋愛話を果敢にする。
恋愛話をするものの、ヒデは既婚者である。ヒデからすれば恋愛話は聞き手になることが当たり前になってくる。
そうであってもヒデは藍野の聞き手に回って恋愛話を受け止める。
それはヒデにとって藍野の恋が実ることを切実に願っているからだ。
恋愛話の開口一番、藍野からの話題はヘイヘイとの旅行だ。
「とても緊張したよ」
と言いつつも、時系列であったことを隠さずに何でも話した。
それに対して、ヒデが一つ疑問を抱き、藍野に聞いた。
「まぁ、ヘイヘイさんと旅行を楽しんだのは素晴らしいと思う。だけどな、どうして宿泊までしておいて恋愛の発展をしてこなかったんだ」
少し説教じみた言葉は藍野に突き刺さる。
「僕だって泊りで良いってヘイヘイから聞いたときは腹をくくったさ!何かあるとも思ったよ」
「あのさぁ、せめて告白をどこかでしないと、宿泊を先にしてしまったら順番がおかしいだろ」
「まぁおっしゃる通りです」
ヒデはチャンスを逃していると訴えているようだ。
当然、ヘイヘイと藍野にはまだ付き合っている関係もない。
ずっとお互いの関係に変化は生まれていない。
「藍野、どうするんだ?ヘイヘイさんを狙っている男性は藍野だけじゃないかもしれないぜ?」
今思い返すとなぜ、告白をしなかったのか後悔する。
遠方まで二人きりで、しかも宿泊までしてどこかにチャンスはあっただろう。
恋愛の経験が乏しい藍野にとって、告白のタイミングを逃したのはミスなのかもしれない。
「俺が一緒に行っていればアドバイスできたのかもな」
と冗談交じりで笑いながら鴨肉を頬張る。
「そろそろ一人の女性にアタックして付き合えよ。この店にも亜子ちゃんという女性がいるじゃないか」
「そうだな・・・」
今の藍野は贅沢といえるかもしれない。
そんな選択の余地はあってないようなものかもしれない。告白したって振られる可能性だって十分あり得るのだから。
しかし、藍野は怯えているわけではなく、告白に踏み切るタイミングのようなものが本当に知らないらしい。
「まぁ、焦れとは言わないよ。だって結婚も視野に入れて相手を選ぶんだろ?」
「もちろん。結婚を考えているさ。だからこそ踏みとどまっているのかもしれないな」
藍野は考える。頭を抱えて髪の毛をかきむしった。
「藍野、とりあえず結婚は置いといて、ちゃんと付き合うところから考えればさ。先に進まない気がする」
「思い切って告白しなよ」
「えっと・・・誰に?」
「自分で考えろ」
ヒデは藍野のことがどうしようもない奴だと思ったに違いない。
さすがにここまでくると恋愛に無頓着なこところが浮き彫りになって、恋愛話もコントに近い状態だ。
「俺とお前は長い付き合いだ。とにかく応援するから、期待に応えてくれよ」
「僕にとってヒデは必要不可欠だ」
「当り前だ」
本当にずっと恋愛をしてこなかったら、こうなってしまうのだと客観的に見て切実に感じる。
ヒデは藍野の背中をポンと叩いた。




