31話 郡上八幡section3 川の水と一滴の雫
「さぁ、鮎料理を食べながら外の景色を眺めよう」
意気軒昂な言葉にヘイヘイは感化された。
「いっぱい食べます。最高の景色を眺めますわ」
椅子に腰かけて、ヘイヘイはすぐさま注文をして隣の窓を開けた。
するとそこには大きな川があり、綺麗な水が勢いよく流れていた。
「目の前の川は吉田川って言うらしいよ。ヘイヘイはずっとこの川を見たかったんだよな」
「そうです」
そう言うと突然、ヘイヘイの目から一滴のしずくが流れた。吉田川の勢いある水とは相反して、わずか一滴の水はヘイヘイの頬を通ってスッと垂れ落ちる。
「どうした!?涙を流しているじゃないか」
藍野は左手をポケットに突っ込んでハンカチを取り出した。そのハンカチを渡そうとしてヘイヘイに手を伸ばすと、ヘイヘイはハンカチごと藍野の手を握った。
「ずっと辛かったの・・・」
「私は今までがむしゃらに働いてきた。でもだれにも頼ることができなかった。むしろ頼られてばかり、亮介はそのことを知っているでしょ」
「そうだったね」
「亮介にすがる気持ちで今まで付き添えて本当に心が安らぎに満ちたわ」
ヘイヘイは藍野の手をずっと握ったまま離さない。涙でぬれた頬を拭こうとしなかった。
「涙を流してみっともないって思うでしょ」
ヘイヘイは涙を流してしまって恥じらいを感じていた。
「それは違う。ありのままで良いじゃないか。それで良いんだよ」
藍野はヘイヘイの手を払いのけて、そのまま手に持ったハンカチをヘイヘイの頬まで持っていった。
一滴のしずくがこぼれ辿っていった線を、ハンカチで拭いた。
「今、僕がしていることは許されることなのかな・・・」
プライドが高いヘイヘイに気を使った藍野がとった行動はヘイヘイを癒した。そしてヘイヘイはそっと言葉を口にする。
「素敵な男性だよ。亮介は・・・」
「本当に外の景色は私みたいで、迫力ある川にずっと私の感情は同化していた・・・。でも亮介と一緒に見ていると、別のように感じるの。私ではない。私は亮介と一緒にご飯を食べる一人の女性って・・・」
鮎料理が机に並んだ。
店員のおばちゃんが語り掛ける。
「ゆっくり食べていって。景色もゆっくり眺めていってね」
ヘイヘイはおばちゃんにニコッと笑い、手を振った。
「亮介、連れてきてくれてありがとう。私は嬉しいです」
二人は鮎料理を食べながら外の景色を眺めて、時間を共に分かち合った。
いつまでもこの時間が続いていてほしい。時間が止まってほしい。それほど入り浸りたいほどの、ひと時を二人で感じていた。




