30話 郡上八幡section2 ~突然のkiss~
藍野とヘイヘイはいよいよ岐阜県にたどり着いた。山奥へひたすら自動車は走る。軽快に走っていく車は、緑に包まれながら弧を描くように高速道路を左右に突き進んでいった。のどかな風景はヘイヘイの視線をくぎ付けにした。
「この山道は私の故郷を思い出します」
「東京はビルに包まれているから、木々に囲まれるのも悪くないな」
ハンドルを握りながら藍野はヘイヘイと会話する。藍野の目線は前方で運転に集中している。
その真剣なまなざしは横顔からも伝わってくる。ヘイヘイは藍野の横顔に見惚れていた。
「こんな遠くまで連れてきてくれてありがとう」
そう言ってヘイヘイは藍野の横顔にグッと近づいた。
「どうした?」
一瞬の出来事だった。
ヘイヘイは藍野の頬にキスをした。
その瞬間、藍野は驚きに満ち、時間が止まっているかのような感覚になった。
「ヘイヘイ、頬にキスした?」
「うん」
「嬉しいな。ありがとう」
何一つ嫌がらなかった。驚きは隠せないほどの仰天だったが、それよりも心が沸騰するかのような藍野だった。
「もうすぐで着くから待っててね。疲れたら寝てもいいよ」
尽くす姿勢はいつものようにヘイヘイを笑顔にさせた。はにかんだ顔は太陽の光を浴びるとさらに輝きが増した。
「私はとっても幸せな時間を過ごしていますよ。藍野さん」
嬉しい気持ちは隠さずに言葉にした。そしてヘイヘイは藍野の横顔をずっと見て到着を待った。時折、ヘイヘイは藍野に話しかけてドライブを楽しんだ。
キスした頬に今度は人差し指で突っつく。
「かっこいいぞ。亮介」
「いきなり亮介かよ」
二人はラブラブな関係になっている様子だった。
ようやく自動車は目的地にたどり着いた。
そこには一軒の店が構えていた。
「このお店は?」
「料亭だよ。ヘイヘイが前に見せてくれた写真はおそらくこの店から外の景色を撮ったのだと思う。調べたんだ」
「そうだったんだ」
ヘイヘイは店の外観を眺めた。
「ここは鮎料理が食べられるみたいだよ」
「ふーん」
ヘイヘイは適当に返事をしながら店の佇まいをしばらく見ている。
「さぁ、店内に入るぞ」
そう言って藍野はヘイヘイの手をギュッと握りしめて先導した。
ヘイヘイの手は相変わらず華奢だった。
引っ張られながら先に向かうことはヘイヘイにとってあまり経験しない出来事だった。
いつも自分が店舗でスタッフに指導している身分であるため、誰かに頼ることが普段経験しない。手を引っ張られる感覚は、ヘイヘイにはとても新鮮である。
「今日の亮介は積極的だな」
笑顔で藍野に言葉を投げかけた。




