29話 郡上八幡section1
店舗をいくつか抱えていて、全くと言っていいほど自分の時間が無い。ヘイヘイは自分の時間を欲していた。
過去に藍野と約束をした郡上八幡に行くデート。その日は本当に来るのだろうか心配していた。
まだ、二人は彼氏と彼女の関係ではない。しかし、ヘイヘイは藍野と一緒にいると疲れた心を癒してくれる大切な存在だった。一緒にいると楽しい、落ち着く、そして癒される。
お互いは出身国が違う者同士だ。藍野は日本人で、ヘイヘイは中国人である。
仕事の内容も全く違う。
そして性格もかけ離れていた。ヘイヘイはプライドが高く、計算高く、気が強い女性。一方藍野は穏やかで、優しく、おっとりとした男性。
お互いは自分にないものを魅力に感じて、相手を求めるようになったのかもしれない。
プルルルップルルル
ヘイヘイのスマートフォンに着信が入る。
藍野からだ。
「もしもし?」
「もしもし、藍野です」
低い声がヘイヘイの耳に入る。聞きたかったおっとりとした優しい声。
「お久しぶりですね・・・もう連絡がこないと思っていましたわ」
「約束忘れてないよ」
藍野は後日、郡上八幡に一緒に行くことを告げた。
ヘイヘイはとても嬉しかった。覚えていてくれたことと、本当に郡上八幡まで連れて行ってくれることに対して心を打たれる。
「本当に連れて行ってくれるのですか?遠いですよ」
「大丈夫。安全運転で行くから、確かに遠い道のりかもしれないけど、ドライブを楽しもうよ」
やがて二人は車に乗って郡上八幡に向かった。目的地ははるかに遠い。車は、はるか遠くへ西へと向かう。
ヘイヘイに見せてもらった一枚の写真は郡上八幡のどこで撮ったかわからない。
濁流の川の風景は店から外を眺めて撮ったような写真だった。
藍野ですら行ったことのない場所に、ヘイヘイを車に乗せてひたすらアクセルを踏んでいく。
「現地に着いたら鮎料理が食べられるみたいだから、一緒に食べような」
「うん。一緒に食べよ」
二人だけの空間がずっと続く。
お互いに休みをしっかりとっての旅行だ。
この時間をとにかく大切にする気持ちで二人は過ごす。
途中でサービスエリアにも寄った。
「アイスクリームが食べたいわ」
そう言って店を探し歩いていると、ヘイヘイが藍野の手を握った。
「えっ?」
藍野は繋がれたてを見て一瞬動揺した。
「手繋いじゃった。いいでしょ?」
「いいよ。迷子になるなよ」
そう言って藍野はヘイヘイの手をギュッと握り返した。
二人は向き合って見つめあった。
「さぁ、アイスクリーム食べたら郡上八幡に向かって出発だ」
二人はまた車に戻ってサービスエリアを出た。
車は勢いく高速道路を走行していく。晴天が車に光を注いでボンネットが輝きを放つ。タイヤは凄まじく回転して道路の上を回る。
車は遠くへ、さらに遠くへ走っていった。




