28話 紬
「あの時の手紙がまだ残っているの・・・」
「そうなのか」
二人は暗くなった並木道を帰路として歩いていた。
「P.S.が藍野くんだなんて全然知らなかったわ。読み返すと心が温まったよ」
「どんな文章を書いていたか覚えていないな」
藍野は美姫に手紙を書いていた記憶はあるが、内容までは覚えていない。それも随分と過去をさかのぼった話だ。しかし、好きという気持ちも手紙で伝えていたのは覚えていた。でも藍野は恥ずかしくて、忘れたふりをする。
「今思うと、どうして藍野くんの手紙に返事しなかったんだろうって後悔している」
「後悔って・・・」
その時を振り返るのは美姫にとって辛いのではないか。いつも通い続けて美姫を心配していた藍野とななみは時間を惜しまず、引きこもりの美姫に手紙を書いていた。手紙はななみが書いてから、後半を藍野が書く。藍野の部分はP.S.(追伸)として送っていたのだ。それは女性の仲を優先して、藍野は一歩引いて美姫を見届けていたことが事の発端だろう。
追伸は、ななみにも見られていない二人だけの文通になっていた。藍野が一方的に気持ちを伝えていた手紙だった。そうやって二人は話しながら過去を振り返っていた。
「私も藍野くんのことが好きだった!!」
「えっ!?」
いきなり大きな声で美姫が藍野に叫んだ。
「藍野くんのことが・・・大好きだったの!!!」
美姫の言葉を耳に入れた瞬間、藍野は周りの時間が止まったような感覚になった。
「好きだったのかよ・・・両想いだったのかよ・・・」
「ごめんなさい、私が引きこもりになったせいで・・・。今でも好きでいてくれたらいいな!」
ずっと片想いと思い込んでいたが、実は両想いだった。しかし、高校生だった当時の二人の間には大きな溝があって近づけなかった。振り返っても後悔しかないのは間違いなかった。
「いったい何だったのだろうね。今までずっと、片想いだと思っていたんだよ」
「そう・・・」
高校時代から随分と年月を過ぎ、二人はようやく当時の心の欠落を埋め合わせることができた。藍野は少し上を向いてゆっくり深呼吸した。
「美姫、ずっと思い悩んでいたことがようやく解決した気がした。美姫と久しぶりに会った時から、実はもう僕の心の傷は癒されていたのかもしれない。今でも美姫の事が好きだよ。友達としてね」
「本当に藍野くんは友達思いの人ね!私も大好きよ。友達としてねって、後付けした感じだね」
二人は恋愛の中にいない。しかし、友達という間柄も、物足りなさを感じるほど、二人は信頼しあえる仲となっていた。
「また一緒にお出かけしましょう」
「家までは気を付けて帰るんだよ」
「藍野くん・・・ありがとう」




