24話 なけなし愛
心美とデートをする予定だった日曜日、拓斗は一人で街を歩いていた。
目的もないまま街に出歩く自分に嫌気がわく。
人が多い街路を外れて喫煙所でタバコを吸う。
喫煙者は、最近は吸うところが無くて肩身が狭いものだ。
一人二人と喫煙所に足を運ぶ連中に紛れ込みながらも、拓斗は煙草を口にくわえた。
フーッとゆっくり煙を吐く。上を見上げるとビルの隙間から明るい空が覗き込む。
(こんないい天気に見舞われたのなら、心美とデートしたかったな)
ボーっとしながら辺りを見渡して、たばこの火種を灰皿に擦り付ける。
「買い物でもして帰るか」
ゆっくりと歩き始めた拓斗はまた街路を歩いてショッピングモールにたどり着く。
昼食と夕食は自炊することにして買い出しに向かう。
すると目の前に心美が男性と歩いていた。
藍野が目撃した時と同じように男性と腕組みをしながら歩いている。
その二人は拓斗の方向へ歩んできた。呆然と立ち尽くす拓斗は言葉も出なかった。
そして、心美も拓斗の姿に気づき立ち止まる。また腕組みをしていた男性も一緒になって立ち止まった。
「ごめん、用事ができたから先に行ってくれる?」
「あぁ、先に行っているよ」
心美が男性を遠くどこかへ向かわせて、拓斗と二人きりとなるようにした。
「拓斗さん・・・」
「いったい、どういうことだよ」
拓斗は怒り口調で心美に詰め寄った。
「話を聞いてくれる?」
「ふざけるな!」
「全部話すわ。彼はお客さんよ!」
「お客さん?」
心美は同じ会社で働く女性であり、客への接待などする会社ではない。
また事務仕事で客を扱う業務は到底ない。
いい加減な言いがかりだと思い、拓斗はさらに怒る。
「いくらなんでもおかしいだろ。意味不明な嘘も通用すると思っているのか?」
拓斗が最上級で怒っているのも仕方がない。しかし、心美は話を続ける。
「私は夜の水商売もしている。仕事を掛け持ちしているのよ」
「はっ?」
「同じ会社で働く拓斗には話せなかったの。もう少し時間が欲しかったの。仕事を掛け持ちしないと私は借金を返せないの!」
「借金・・・」
いまだに信じることができない拓斗。
「それが嘘だったら、マジで心美を許せないぞ」
「嘘じゃない!借用書だって持っているわ」
すぐさま心美はカバンの中から紙を出した。その時、心美の目からは涙がこぼれた。涙ながらに出した紙は借用書だった。拓斗は疑ってかかり、心美の言葉を責める思いで溢れていたが、借用書を目の当たりにした途端に全身の力が抜けた。
「本当なのかよ」
眼を疑おうとしたが、手に取った借用書は本物だった。
「心美・・・親の肩代わりで借金しているのか」
「これはいいわけじゃない。ただの私の生き様よ。拓斗を怒らせてしまったのも私が悪いわ。嫌いになったら私に別れを告げても構わないよ」
涙ながらに訴えた。
「でもこれだけは言わせて。私は拓斗のことが本当に好き。いつも会社で支えてくれていたのだもの」
心美は毎日が辛かった。
朝から晩まで寝る間も無く働きづめで憔悴していた。
そこに拓斗の励ましで何度も救われたことに感謝していた。
そしていつしか、拓斗のことを愛するようになっていたのだ。
「いつも私のことを元気に励ましてくれて嬉しかったの。でも誰が見たって許せないのはわかっている。今一緒にいた男性は客だったとしても、言いがかりに過ぎないよね」
2000万円。金銭に群がってしまいたいほどの大金を返していかなければならない心美に拓斗は同情したい気持ちになった。
「俺はそんな大金を持っていないから・・・何もしてやれないな」
拓斗は下を向いて立ちすくんだ。
「ごめんなさい。これが私の運命なの。それでも拓斗は私の事好きでいられる?」
ひざ詰めの言葉に拓斗は大きく息を吸い込んで答えた。
「副業のことは、会社には内緒にする。それに一緒にいてあげることしかできないけど、心美とこれからも付き合っていくよ」
心美はハンカチで口を押えて大泣きをした。
「男のところに行って来いよ。今は顔も見たくないけど、後で連絡してくれ。今日のことは忘れてやるよ」
そう言って拓斗は背中を向けて歩いて行った。
そして背中越しで心美にまた話しかけた。
「そうそう、夜の店に関する予定でも、これからちゃんと話してくれ。もうこんな出くわしは御免だ」
拓斗はそう言いながら手を振り、そのまま遠くのほうへ歩いて行ったのだった。




