20話 灯台の下に咲く一輪の花
「おはようございます!」
社内の空気が一変した。
「元気だな。拓斗」
隣の席で仕事をする藍野が驚きながら言った。
「藍野さん、いよいよ今日が街コンの日です!良い報告をお待ちください」
「あぁ」
笑顔で話し合う二人。
合鴨料理を食べて交流を深めた仲で、互いに協力し合って仕事にも精が出る。
藍野の頼み事にも誠心誠意尽くす拓斗を、周囲も一歩引いて彼を見届けていた。
「よし、気合を入れて、街コンに行ってきます!」
今までの準備はアニメの予習のみ。
街コンは初めて参加するのもあって、何を準備すればよいかわからなかった。
しかし、その場を思いっきり楽しもうと、アニメ婚と題して開催するイベントにアニメで話題を持ちこそうと、彼は一つに絞っていた。
そして、開催時間の15分前に拓斗は現地に着いた。
「いよいよだ。どんなアニメでも持って来い!」
人が徐々に集まり、アニメ婚が幕を開けた。
最初から食い気味で会話を耳にして出際を待つ。
「どこからいらっしゃったのですか」
と女性が話を持ち掛けた。順番に住まいを男性が話していく。番がくる拓斗はモゾモゾしている。
(自己紹介か。やっぱり街コンとなると緊張するな。でも藍野さんに良い報告をするためにここは頑張らないと)
拓斗の気持ちが、先輩の励ましを思い出すことによって急上昇する。
「望月拓斗です!住まいは都内で駅近く!一人暮らしをしています!」
元気が取柄の拓斗は自己紹介でも元気いっぱいに発言した。拓斗のハイテンションに女性は後ずさりするように発言する。
「あの、好きなアニメは何ですか?」
「はい!好きなアニメは主に!・・・大海賊青髭!とかスーパーウォッチくん!!格闘するアニメなんかは元気をもらいますね!」
とにかく元気で押し切ろうとする。予習してきたアニメを、力強く歯を噛み締めながら言ったが女性陣はきょとんとした。
「拓斗さんは本当に元気ですね・・・」
「元気だけが取柄なもので!」
ハイテンションが空回りして、周囲が苦笑いではびこった。
予習してきたアニメが誰にも受けない。拓斗のハキハキとした言葉は空を切るように消えていく。
「終了の時間です」
司会者が終了の挨拶をした。
結局、拓斗は誰にも好きなアニメを共感されることはなかった。
そうなると予習のもすべて意味が無くなり、女性の心を掴めないまま時が過ぎていった。
「あれ?もう終わっちゃった」
拓斗は最後の最後まで、誰とも連絡交換せず、ただ街コンの時間を過ごして終えた。
「こんなはずじゃなかったのに・・・」
拓斗は背中を丸めて家に帰っていった。
翌日、会社で先輩の藍野に街コン結果の報告をした。
「藍野さん!!惨敗っす!もう無理っす!!!」
拓斗はお手上げだった。何も恋愛に発展せず街コンを終えてしまい、悔しい気持ちでいっぱいだった。
「落ち込むことないよ。まだまだ始まったばかりじゃないか。街コンに限らず、色々なものに対してアタックしていきなよ」
先輩は心強い助言をして離れていった。
「まだまだこれからっす!頑張ります!」
意気込みが強く、拓斗の握りこぶしが震えた。
「拓斗さん、一緒に昼ごはん食べませんか?」
「そうっすね。・・・え?」
拓斗に昼食を一緒にしようと話を持ち掛けたのは同じ部署の女性だった。
「外のベンチに一緒に行きましょう」
急展開が拓斗に襲い掛かる。今まで女性一人が拓斗にご飯を誘うのは初めてだった。藍野が遠くから見守って独り言を言う。
「おぉ!拓斗君にも春がきたかな」
誘ってきた女性は拓斗と同僚で、名前は林原心美だった。
「拓斗さん、今日はやけに落ち込んでいるような気がして、心配になりました」
同僚が心配してくれていたなんて気が付かなかった。
「大丈夫っす!ただの寝不足っす」
そう強がっているが、拓斗は街コンの後、家に帰ってすぐに寝たから、寝不足というのは真っ赤な嘘だった。
「でも、いつもみたいに大きな声での挨拶が無かったから・・・」
心美は本当に心配していたのだろう。
カラ元気でも拓斗は全力で挨拶をするような社員だった。
なのに全く聞こえない挨拶をしていたため周囲が驚くほど、拓斗は落ち込んでいるように思えた。
「心配してくれてありがとう。でも心配はいらないっす!心美ちゃんが声をかけてくれて本当にうれしいっす!」
心配してくれる心美に感謝を述べて、深々と一礼をした。まるで軍隊の一人のようにビシッと直角に上半身を下げた。
「なら、よかった。拓斗君のことが心配になって・・・ごめんなさい」
「謝らなくてもいいっす。心美ちゃんには感謝っす!」
そう言ってコンビニ弁当のご飯を頬が膨らむぐらいに入れ込んだ。
「もし何かあったら私に言ってくださいね。拓斗さん」
笑顔でそう言って、心美が拓斗を抱きしめた。
暖かい身体が拓斗を包み込む。
拓斗はいきなり抱きしめられて動揺を隠しきれない。
絶叫コースターに乗っているような顔で固まってしまったが、抱きしめている心美からはその表情が見えなかった。
「これが、灯台下暗しってやつか」
拓斗は反対に抱きしめて、二人は包みあうように抱きしめあった。




